12 屍人形
「それにしても似合いますねー」
カーキ色のつなぎを着た三号が隣を歩いている鳶丸に笑いかける。鳶丸はスカジャンに細身のジーンズという出で立ちで、傍から見ればどこぞの兄貴と舎弟である。
「お前もよく似合っている」
鳶丸はくしゃくしゃと三号の髪をかき回すと笑った。
「それでどうするんですか?調べるっていっても千寿屋さんのような方を頼るんですか?」
「いや、それも限度がある。鬼も人に紛れているが……千寿屋が知らないのであれば、他の者はもっと知らないだろう。千寿屋は情報屋だからな、何かあればあいつの所に集まってくる」
「そうですか……では鬼のゲームの狩人ですか?」
三号の言葉に鳶丸は頷いた。
「そうだな……一度会っておいたほうがいいかも知れない。狩人は水の神の使徒であるレイモンド様だ。それからミズナギ様も参加しているという話だ」
「あ!ミズナギ様って……牛丸様の持ってらした玉の……」
「そうだ。お二人がいるのであれば、鬼のゲームは訳の分からんことにはならんだろうが……お二人も知らぬことがあるかも知れん」
「そうですね。居場所はわかっているんですか?」
「それはすぐにわかる。三号、目を閉じて光の射している場所が捜してみろ」
鳶丸の言葉どおりに三号は目を閉じた。まだ明るい気がしたので両手で目を塞ぐと遠くの場所に天から光が降りている。
「あ、見えました!あっちです」
光の射す方角を指差し三号が目を開けた。
「そうだ。鬼はそれほど強くはないが、神というのは光を持つんだ。では会いに行こう」
二人は大通りでタクシーを拾うと乗り込んだ。
夜の闇のように深く静かな場所でソレは目を覚ました。もうずっと眠っているのに頭痛が酷く、耳鳴りが止まらない。目は開いているか閉じているのか、それすらわかっていなかった。随分前から自分の父親だと名乗る男が、意味不明なことを会うたびに喚き散らしている。そして夜になると此処に入れられる。
ソレは両手を挙げてみる。かろうじて上がったがどちらもブルブル震えている。奇妙だ……昔はもっとすんなり上がったような気がしたが。
握り締めようと指を動かしてみても震えるばかりでうまく出来ない。ぱたりと落ちた両手が胴に触れて、足も動かしてみる。しかしやはり震えるばかりで動きはしない。一体これはどういうことだろう?何か病気か?それとも?
ソレがかすれた声を上げた時、後ろで声がした。ゆっくりと振り返ったが何もいやしなかった。ただ闇に紛れて風が吹き込み、この場所を通って音が出たんだろう。
雨は夜になると酷くなっていた。マンションの窓を叩き、TVの音が聞こえないほどでレイモンドはニュースを確認するためにリモコンで音量を上げた。
新しい殺人のニュースはない。流れている死体についての情報は少し前のものでソファに座っているミズナギが欠伸をした。
「お休みになりますか?」
「そうする……と言いたいが、何か来ているぞ」
ミズナギは玄関に視線を向けて顎をしゃくる。レイモンドは玄関へ向かうとドアスコープを覗いた。誰もいない、しかし何か気配は近づいていた。
カチャリと鍵を開けてマンションの廊下を覗き込む。丁度エレベーターが止まる音がすると、楽しげな声が響いてきた。
エレベーターは廊下の先、少し入った場所にありレイモンドの位置からは見えない。少し待っているとチンピラ風の男二人が歩いてきた。
一人はスカジャンにもう一人はつなぎ。見たことのある顔にレイモンドは微笑む。
「鳶丸殿」
鳶丸は丁寧に頭を下げる。
「お久しぶりです、レイモンド様」
客をリビングへ通し、ソファに座っていたミズナギは眠たそうに視線を向けた。一番後ろにいた三号が目をキラキラさせてミズナギを見つめている。
「初にお目にかかります。鳶丸でございます。これは三号」
鳶丸は姿勢を正し、三号と共に深々と頭を下げた。
「それはいいが、それをなんとかせい。好奇の目は好かん」
おじぎして盗み見ていた三号は、肩をすくめると両手で目を押さえた。
「申し訳ありません、あまりに美しい方ですので……夢中で見てしまいました」
ミズナギは呆れたが、レイモンドは微笑む。
「ミズナギ様、二人は話があって来たようです。もしよろしければお休みになってください。鳶丸殿、私だけで足りるだろうか?」
「はい、勿論。神様がお疲れでしたら、我らは使徒様と話をさせていただきます」
それを聞き、ミズナギは立ち上がると「休む」とだけ言い、部屋を出て行った。
先ほどまでミズナギが座っていたソファにレイモンドが座り、その前に二人が胡坐をかいた。鳶丸が大まかな説明をし、レイモンドは腕を組む。ある程度擦りあわせが済む頃には随分と時間が経っていた。
「やはり……ミズナギ様が仰っていたとおり……。まだ何かは掴めてはいないのか?」
「はい。まだ……ということはお二人も」
うん、とレイモンドは唸る。
「あの……よろしいでしょうか?」
三号は二人を交互に見てから、TVの方を見た。TVには怪しげな儀式をする新興宗教の教祖が白い紙のついた棒を振り回している。祭壇には気味の悪い何かが奉られていた。
「……なんだあれは……禍々しい」
レイモンドの呟きに鳶丸は頷く。
「……これ、なんだかわかりますか?」
指差した先は祭壇の上の物体。気味の悪い赤ん坊のように見えるが少し揺れている。三人はTVを凝視していた。
「……なんだ……これは……」
前かがみで見ていたレイモンドの顔が真っ青になっていく。その時、リビングのドアが開いた。
「それは……まがい物だ」
顔色の良いミズナギがゆったりと近づき、レイモンドに代わりソファに座った。
「まがい物ですか?やはり」
鳶丸が眉をひそめる。
「我々鬼にはわからないこともありますので……ただ、地獄でよく見る屍人形には似ています」
TVの映像は祭壇にズームしていく。粗い映像ではあるが、潰れた顔の下に継ぎ目が見える。
「鳶丸が言うとおり屍人形のようだ……それすらうまく出来てはいないが」
ミズナギの目が冷たく笑う。
「うまく行かずに生きたものを混ぜたようだな。虫が湧くぞ……」
「……業とは嫌なものです」
レイモンドが額を抑えるとキッチンへ向かった。彼はグラスに水を入れて、それぞれに手渡した。礼を言ってグラスに口をつける鳶丸を見て三号が顔を上げる。
「ありがとうございます、でもどうしてお水を?」
「私の力は水を浄化する。何かしら淀んだモノを見たり聞いたりとした時に言霊として体内に飲み込んでしまう」
レイモンドの後に続いてミズナギがグラスを揺らした。
「飲め。レイの力は清浄に働く」
時は戻り、深夜過ぎ、某所。木造建築の怪しげな宗教施設では護摩が焚かれている。轟々燃える炎の前で白装束の者たちが踊り、念仏を繰り返している。
そのうちの一人が突如、背中から火がつき燃え尽きた。護摩の火でないことは確かだった。火の手のない場所でポッとつき、一気に人の形に蒼い炎は燃え広がり、その中にいるものを消し炭にしてしまった。
悲鳴があがる庭に顔を出した教祖は、黒い焼け焦げを足で蹴飛ばした。
「……呪詛返し……か?」
足元に転がっている消し炭は、少し前に怪しげな男に呪術を施した者だった。
怪しげな男はずっと自分は死んでいると言っていたが、ここにそれを理解する者は存在しなかった。なので教祖はその男に嘯いた。
「力をやる」と。
死者を名乗る男に術を施した者は、全てが終わると真っ青な顔をして教祖に告げた。
「あの者は……人ではありません。私が体を開けて呪符を縫いこんだ時、痛がることもなかったのです……恐ろしい、私は恐ろしい……あの術式は本当に大丈夫なのでしょうか?もし仮に……見破られ術を返されてしまったら……」
震えている者の手を握って教祖は笑って言った。
「あなたの術式は完璧です」
教祖自身、あのような術を使える人間は自分達以外に存在しないのだと思っていた、だから決して術式が違っていたり、それが偽りだったとしてもかまわなかった。信者たちは金を運んでくるし、何を言っても、全てにおいて首を縦にしか振らないのだから。
そして教祖は自信があった。それはあの地下に置いているカミサマだ。
誰かが残した屍人形とかいう外法の書かれた本。何度試しても、どうにも本のとおりにはならなかった。だから……。
教祖は地下へと向かう階段を降りる。薄暗い部屋の端に置かれた蝋燭に火を燈し、中央にしかれた布団の上で転がっている物体を見る。
それは赤黒くひずんでいる、赤ん坊のような体格で手足は付いているがうまく動かせないようだった。潰れた顔の目がうっすら開くが何も映してはいない。
教祖は赤ん坊をそっと抱き寄せる。
これは金の生る木だ。今までもいたろうが、こんな風に形にして出したものはいたろうか?
「ううっ……」
小さくうめき声を上げて、赤ん坊が頭を揺らす。
何を考えているのか教祖には検討もつかない。
気味の悪い繋ぎ合わせた体も慣れてくれば可愛く見える。青黒いぶくぶく膨れた手や足は中が腐っている。当たり前だ、死肉なのだから。
そっと指先を握って反応を確かめる。中の骨を折ったとしても痛みを感じるのだろうか?
「とうと……とうと……」
教祖は子供に言葉をかける。母親から教えられた意味不明の言葉だが、少し落ち着くようだった。




