第20話 銀条院さんのお世話係は、お嬢様のことが好きすぎる!
「け、けだもの……!
サラ様に近寄らないでください……!!」
――終わった……。
銀条院さんのそそっかしいお世話係のセリナさんから信頼を得る計画は、完全に水の泡となった。
信頼を失うだけならまだマシだ。もしこの事実がお屋敷の上層部に報告されでもしたら、俺は出禁どころか、銀条院さんへの会話・接触が永久に禁止されることもありうる。
俺の目標は、セリナさんからの信頼をマイナスからゼロへと戻すことに変わっていた。
「セリナ……何度も言うけれど、さっきのは単なる事故で、私が悪いのよ」
銀条院さんがフォローしてくれている事が、数少ない救いだった。
黒沢さんと朱川さんもうんうんと頷いてくれた。
――――――
……ちなみにだが、俺の紅茶は用意されていなかった。
「セリナ、ダメじゃないの。
神藤君だって私のお友達なのよ?」
「……ううう……だって……」
いじけているセリナさんを見ると、一体どっちがお世話係なのかわからなかった。
とはいえ、銀条院さんが俺を友達と言ってくれたのは素直に嬉しかった。
「……おいしい……」
「ん!たしかに……!」
黒沢さんと朱川さんが出された紅茶を1口啜って感想を言い合っていた。
「でしょう?」と微笑んで銀条院さんもカップに口を付けた。
いいなあ……と傍目で思っていると、銀条院さんが
「はい、どうぞ」
と、自分の口を付けたカップを手渡してくれた。
「え?……いいの?」
俺がそう聞くと、銀条院さんはニコッと笑うので、俺は恐る恐る彼女のカップを啜った。
「あ……すげぇおいしい……」
「良かった。皆さんのお口に合ったみたい!」
銀条院さんが手を合わせる横で、セリナさんが困惑の表情を浮かべていた。
「サ、サラ様……男子と同じカップを使い回すなんて、汚いです!」
「あら、いいじゃない?セリナも飲む……?」
そう言われてセリナさんは少し迷っていたが、俺と銀条院さんが次々と交互に同じ紅茶を啜るのを見て、
「わ、私も飲みます……!」
と加わってきた。
結局、紅茶のカップは3人で飲み回した。
――――――
紅茶を飲み干すと、やることがなくなった。
俺は手押し相撲ではしゃぐ黒沢さんと朱川さんを観戦していた。
身長差が結構あるので、膠着状態が続いていた。
銀条院さんは、セリナさんのメイド服が着崩れているのを直してあげていた。
「ねえ……セリナ、この4人で遊びに行ってはいけないか、屋敷の皆さんにもう一度相談してもらうことはできないかしら?」
「…………。
もしサラ様が本当に遊びに行かれたいのであれば、いくらでもそうします。
私はいつ何時も、サラ様の味方ですから。
……ですが、最近のサラ様の行動は目に余ると、お屋敷の方々に注意されているんです。
この前も、勝手に買われたお洋服を着て帰ってこられて……結構怒られたじゃないですか。
……なぜか私まで。」
「……あの時はセリナにも迷惑をかけたわ。ごめんなさい」
もしや、俺とゲームセンターに行った時の話か……?
銀条院さんとセリナさん、あの後に怒られていたのか。
セリナさんは、神妙な面持ちで続けた。
「遊びに行きたいと要望を無理に通し続ければ、お屋敷のサラ様への風当たりは確実に強くなります。
それでますますサラ様が窮屈な思いをされるのは……私、イヤなんです。
例えば今日みたいに、お友達を呼ぶことも難しくなるかもしれません。
もう私、サラ様の悲しんでいる所は見たくありません……」
「…………セリナ…………」
銀条院さんはセリナさんを優しく抱きしめた。
遊びに行きたい気持ち、屋敷がそれを許さないもどかしさ、自分を案じてくれているセリナさんにわがままを言う申し訳無さ、色々な感情が混ざっていたのだろう。
銀条院さんはきっと、彼女に触れて愛情を伝えることしかできなかったのだ。
「サラ様、この夏は我慢しましょう……?
サラ様は……私の唯一のお友達ですから……
幸せでいてほしいです」
セリナさんは静かにそう言った。
銀条院さんは、彼女を抱きしめる手をぎゅっと強めた。
――――――
ちょっとしんみりした空気になってしまった。
……俺は何と声をかけたら良いかわからなくなった。
が、こういう時、女の子は強かった。
「遊びに行きたいんでしょ?だったらそう言っちゃいなよ!」
「そうよ、銀条院さんは私達が幸せにするんだから!」
若干の無神経と思われるかもしれない。
しかしおそらく、黒沢さんも朱川さんもそれを承知で、銀条院さんをあえて励ましたのだ。
色々事情はあるのだろうが、銀条院さんが4人での遊びを本当に楽しみにしていたことを彼女達は知っていた。……だから、あえて無神経になったのだ。
今日初めて、黒沢さんと朱川さんがまともに役に立った。
「黒沢さん……朱川さん……。
そう言ってくれて嬉しいです。
でも私、セリナにも嫌な思いはさせたくないんです……」
銀条院さんはまだ決心がつかない様子だ。
……やれやれ、こうなっては仕方がない。
ここで出すのもどうかと思ったが、俺は大きめの鞄をゴソゴソと漁り、取っておきのアイテムを彼女達の前に取り出した。
「え!?すご〜〜い」
朱川さんが良いリアクションをしてくれた。
最新の携帯ゲーム機だ。しかも4台……!
加えて俺は、スナック菓子の封を開けて銀条院さんの前に広げた。
銀条院さんは目を輝かせながら、ゲーム機を片手に取り、もう片方の手でゆっくりとスナック菓子をつまんだ。
「な、なにこれ?!……まるで夢みたい!!」
サクッとスナック菓子を口に入れた彼女は、顔を赤らめた。
「なにこれなにこれ……!!
み、皆さん……こんなに美味しいものを、いつも食べていたんですか……!?」
生まれて初めてゲーム機を握りスナックを嗜んだお嬢様は、大興奮のご様子だった。
「ねえねえ、このゲーム機ってゲームで遊べるの??」
変な質問だった。
俺は「もちろん」と答えた。
「サラ様!はしたないですよぉ……!」
セリナさんは困っていた。
「セリナもどう?」
「え?……私も?」
「皆んなでやらないの?……ゲーム!」
「……や、やります!」
銀条院さんがついこの間、人生初のゲームセンターではしゃぎまくっていたことを思い出す。
普通の高校生にとってはありふれた日常だが、彼女にとってそれは、どこまでも非日常の空間だったのだ。
……その経験がよほど楽しかったのだろう、彼女はあの日と同じ、キラキラの目をしていた。
だから俺は、もう一度銀条院さんを喜ばせるために……そして、できれば皆んなでワイワイと楽しんでもらうために、小遣いをはたいて4台のゲーム機を調達したのだ。
まあ、本当は5台必要だったのは予想外だったが。
「銀条院さん、気になるゲームある?」
と、俺は持っていたソフト5つをラインナップとして提示した。
彼女は両手にパッケージを取ってじっくりと観察し始め、しはらくした後、
「これ……」
と1つのゲームソフトを指さした。
それはパニック系サバイバルホラーゲームだった。
――――――
「きゃあああああ……!!!」
ゲームプレイ中の大声は、ほとんどがセリナさんの悲鳴だった。
「あ、死んだ〜」
「このゾンビ、なかなか倒せませんわね」
セリナさんが全員分怖がってくれたので、他の4人は笑いながらゲームを楽しむことができた。
銀条院さんは、あの日のようにまた普通の女の子になっていた。
セリナさんは、ゲームの順番を待っている間は一転して静かになり、俺達と笑いながらゾンビを撃ち殺す銀条院さんを遠くから見守っていた――。
――――――
結局、俺達は今日の目標のことをすっかり忘れ、大笑いしながらゲームパーティを満喫した。
……そして気が付いたら日が暮れていた。
今日、俺は計画を何も成し遂げていないことに気づき、頭を抱えそうになる。
そんな時、セリナさんがふと呟いた。
「……皆さんが遊びに行けるように、やっぱりお屋敷に相談してみます」
……え?
俺は自分の耳を疑った。
「こんなに心から楽しそうなサラ様を見たのは久しぶりでした。
だから……気が変わりました。
やっぱりサラ様には、皆様と遊びに行ってほしいです」
なんてことだ。正直、願ってもいなかった言葉が彼女の口から出た。
それはまさに、今日俺達が引き出すことを目標にしていた言葉だ。
銀条院さんは一瞬だけ目に光を浮かべた。
「ありがとう、セリナ……」
彼女はセリナさんの両手を握った。
そして、俺達全員に笑顔を向けて、元気に言った。
「私も、屋敷の皆さんにわがまま言ってきます!」
最後に、セリナさんは人さし指で俺を指した。
「私と約束してください。
サラ様を絶対に楽しませるって」
「もちろんだよ」
俺はそう返事した。
「そういえば、どこ行くんでしたっけ?」
セリナさんの問いに、銀条院さんが答えた。
「海に行くの!神藤君に水着選んでもらったのよ!」
セリナさんが叫んだ。
「…………この変態!!!
や、やっぱり身体目あてだったのね……!!!」
その後、セリナさんを説得し直すのにもう少しだけ苦労した。
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