第18話 3人の美少女に着てほしい水着をプレゼントしたら大喜びされた件。
「あの…………、
夏休み、皆さんで一緒にお出かけしませんか?」
珍しいことに銀条院さんが、俺の隣の席で雑談している黒沢さんと朱川さんを、遊びへと誘った。
彼女は先日のゲームセンターが恋しいと言わんばかりに、花の飾りのついたヘアゴムで髪を結んでいた。
黒沢さんと朱川さんは一瞬だけ固まり、お互いにぱちくりと目を合わせていたが、すぐに
「いいね、行こっか」
と笑顔で快諾した。
2人が一瞬困惑した理由は、俺にもわかる。
銀条院さんは我々庶民とは一線を画する、〈超〉が付く程のお嬢様だ。
そんな彼女が庶民を遊びに誘うなど……
というかそもそも庶民とプライベートを共に過ごすということ自体が、普通ではありえないことなのだ。
「皆さん……ありがとうございます!!」
それはそれは嬉しそうな笑顔だった。
「いいじゃん、楽しんできなよ」
一連の出来事を横目で見ていた俺は、3人に向かってそう言った。
が、銀条院さんは笑顔のままこちらを向いて補足した。
「神藤君も行くんですよ?」
え、俺も……?
――――――
その日の夜。
俺は一応、オオカミ子さんにこの話について相談することにした。
この件は、現在絶賛進行中の
〈クラスの女子全員とデート〉プロジェクト
とは出どころが別の話だ。
オオカミ子さんが企画したものではないから、別の女の子と出かけるには許可が必要だと判断したのだ。
「いいよ、行きたいのでしょ?」
彼女は快諾してくれた。
黒沢さんとの同居の時もそうだったが、この人……聖人レベルで懐が広いと思われる。
「その代わり、1つお願いしてもいい?」
と、オオカミ子さんは切り返してきた。
少し身構えつつも、俺はいいよと答えた。
「出かけた先で、一緒に行った女の子達の写真を撮って、私に送ってほしいの。
それなら行ってもいいよ」
なんだ、そんなことか。
それくらいであれば、被写体の女の子達が許す限りではあるがお安い御用だ。
「でも、どうしてそんな写真が欲しいの?」
と、俺は一応聞いてみた。
「だって、気になるじゃない?
……オタク君の周りにいる女の子がどれくらい可愛いのか。
……オタク君に写真を撮られて、どれくらい嬉しそうな顔をするのか。
だから……とびっきりの可愛こぶったヤツをお願いね!」
少しだけ嫉妬深いのが、オオカミ子さんらしかった。
――――――
週末。俺達は5人で通話をすることになった。
行く場所や当日の行程を決めるためだ。
なお、俺と黒沢さんは先日から同居を始めているが、朱川さんと銀条院さんにバレないように別々の部屋から参加している。
ちなみに5人目というのはオオカミ子さんのことだ。
なぜか彼女も通話に音声OFFで、チャットだけで参加しているのだ。
彼女が直々に、3人に被写体になってくれるよう頼みたいからとのことだった。
「……というわけなんだけど、
黒沢ちゃん、朱川ちゃん、銀条院ちゃん、行き先での写真をもらってもいいかな……?
アルバムにしたら思い出になるかなって思って」
オオカミ子さんにそう言われ、3人はまんまと賛成していた。
「それにしても、どこ行こうか?」
俺は本題に切り込んだ。
「あ、私から提案してもいい?」
そうメッセージを送ったのは、オオカミ子さんだった。
「海……、とかどう?」
――――――
「海……?!?!」
真っ先に反応したのは朱川さんだった。
「やだやだ、こいつに水着見られるとか絶対ムリ〜!」
黒沢さんと銀条院さんも頷く。
「私もイヤかな……オタク君、じろじろ見てきそうだし」
「私も遠慮したいです。普段から胸ばかり注目されていて息苦しいのに、海だなんて……」
……まあ、それはそうだろう。
そんな中、オオカミ子さんは3人に対して揺さぶりのメッセージを送った。
「皆さんはどうして彼に水着を見られたくないのですか?
肌の露出した恥ずかしい姿を見られたくないってことは……
オタク君を〈男の子〉として意識しちゃってるってことですよね……?
皆さん、本当はオタク君が好きなんですね!」
……これは、誰がどう聞いても暴論だった。
別に俺を男の子として意識してようがしていまいが、肌を露出するのは恥ずかしいに決まっている。
さあ、みんな、オオカミ子さんへ反論をどうぞ、
……と思っていたのだが、しばらく誰も声を上げず、しーんとした空気が流れた。
ここで黒沢さんが沈黙を破った。
「べ、別に見られてもいいけどね……??
全然……こいつのことなんて男の子として見てないから、見られたところで何ともないし……!?」
黒沢さん、オカミ子さんに翻弄されすぎである。
指摘するのはそこじゃないだろうに……。
俺を男として見ているかではなく、肌を出す時点で普通は恥ずかしいだろう。
前々から思っていたが、黒沢さんは場の流れに飲まれやすい傾向があるようだ。
……もしかしてだが、先日のお風呂で色々と俺に見られてしまったことを思い出して、テンパっているのか……?
「やっぱり、私も海で構いませんわ……。
周囲の視線から逃げてばかりではダメですもの」
銀条院さんまで賛成してしまった。
彼女は〈周囲からの視線で心が乱れる自分を克服したい〉という目標があるので、それが決め手になったのだと思う。
「じゃ、オタク君を意識しているのは朱川ちゃんだけってことだね」
オオカミ子さんが朱川さんに鋭い一撃を刺した。
「ぐぅぅぅ……!!」
電話の向こうで彼女の苦しむ声が聞こえた。
「み、みんな本気……?
わ、私さ……ほんとにムリなんだけど……」
今回、朱川さんは珍しくまともな反応をしていた。
この前はあんなに計算チラリズムを駆使して下着を見せつけてきたのに、水着となると途端に恥ずかしがるのは、少し面白かった。
まあ、黒沢さんや銀条院さんが横に並ぶと考えると、自分の身体のラインに自信を無くすのも無理はないのだが。
「じゃあ、朱川はオタク君が好きだから、行くのやめるってことね?」
黒沢さんが茶化すように言うと、朱川さんは電話越しに割れた声で吠えた。
「クソ……行くよ!!……行ってやるよ!!」
とりあえず話がまとまった。
……そして通話の最後、オオカミ子さんはまたしてもとんでもない爆弾を投下して去っていった。
「あ、水着はオタク君に選んでもらったら?
彼のこと意識してないなら、別にいいよね?」
――――――
ということで俺は3人の美少女と、なぜか一緒に水着を買いに行くことになった。
オオカミ子さんは通話中どうして海などと言い出したのか、あの後本人に確認したところ、俺を取り巻く女の子達の身体のラインを写真に収めて知っておきたいからとのことだ。
……俺は一体、そんな変態的計画に協力していいのだろうか。
「いいじゃん、オタク君が着てほしい水着を選ぶ流れにしてあげたんだからさ」
と彼女は言う。
まあ、それに関しては……正直まんざらでもなかった。
「やばぁぁ……」
朱川さんが、ほぼ〈紐〉の布切れを手に取り、声を漏らしていた。
彼女は近くにいた俺に気づき、釘を刺した。
「ねえ、お前……何でこっち見てるの?
まさか私の水着はこれにするとか言わないでよね……?
ほんとにコロすからね」
一方、黒沢さんは終始青ざめていた。
「やっぱりおかしいって……。
クラスの男子に水着を選んでもらうなんて……」
黒沢さん、ここに来てまともな価値観を取り戻したらしい。しかしそれはあまりにも遅すぎた。
彼女が現実を受け入れるまで、そっとしておこう
銀条院さんが
「ねえ、神藤君……これとかどうかな?」
と俺のもとに水着を持ってきてくれた。
ああ、銀条院さん……以前までは俺なんかとは口すら聞いてくれなかったというのに、なんて可愛らしくなったのだろう……。
俺は笑顔で彼女から水着を受け取った。
今の彼女なら、どんな水着でも似合う気がした。
…………ん!?
そう思ったのだが、彼女の持ってきた水着を俺は二度見してしまった。
その水着には肩紐というものが付いていなかった。代わりに胸から背中に回す紐が2本付いており、その2本の紐の間に2つの正方形の布が取り付けられていた。
要するに、眼帯ビキニだ。
下の履く方は、鋭角の逆三角形から腰紐が斜め上に伸びている。
お嬢様……それ、えっちなやつですよ……。
銀条院さん、庶民の服装に関する知識がなさすぎる。
まあ、やんわりと断ったほうが良いか。そう思った俺は、なるべく自然に銀条院さんにアドバイスをしてあげた。
「ちょっとやめといたほうが良いんじゃない?ほら、珍しい形だから目立っちゃうし」
「目立つならむしろ、周囲の視線を克服するチャンスです!」
いや、そういうことじゃなく……。
銀条院さんは眼帯ビキニを自分の胸に押し当て、俺にトドメを刺した。
「ねえ……これ着たい♡……ダメ……?」
俺は必死に「ダメ」と言おうとしたのだが、なぜだろう……その2文字がどうしても口に出せなかった。
俺は頭を抱えてうずくまった。
「ねえ、いいでしょ??
私……また可愛くなりたいの……」
彼女の無垢な心を踏みにじるのが申し訳無くて、俺は震えながら声を絞った。
「す、すごく……似合うと思うよ……」
彼女は大喜びでレジへと向かった。
――――――
銀条院さんが眼帯ビキニを買うまでの一部始終を、朱川さんが顔を真っ赤にして見ていた。
あいつ、まじかよ……?と表情が言っていた。
その後しばらく、朱川さんは水着売り場をうろついていたのだが、何やら覚悟を決めたように俺のもとへとやってきた。
「ねえ……やっぱ気が変わった。これにする」
そう言って彼女は、先程手に取って見ていたほぼ紐の布切れを、片手でぎゅっと握りしめて俺に見せた。
「ど……どうよ……?
やっぱりお前みたいな変態はこういうのが好きなんでしょ……??」
俺は唾を飲んだ。
「け、けっこうきわどくない?」
「うるさい!!」
彼女は後ろを向いた。
「……でも、良いんじゃないかな?」
とりあえず俺はそう言っておいた。彼女は後ろを向いたまま無言だった。
「あと、胸のサイズ間違えないでね。
えーっと……Sって書いてあるから大丈夫か」
グリッ……!!
朱川さんが俺の足を思いっきり踏んだ。
「ぐあぁ……!!」
「あ、サイズ間違ってた!……いけな〜い!」
そう言って彼女はMサイズを手に取り直した。
後に、この選択が彼女を苦しめるのであった。
さて、残るは黒沢さんだ……。
彼女はもじもじと俺のもとへやってきて、こんな感じの水着を選んでもらえないか、俺にリクエストした。
「その……、露出が控えめで、派手じゃなくて、そんなにオトナっぽくなくて、でも子供っぽくもなくて、高校生が皆んな着るような、真面目な水着がいい」
そんな水着はこの世に1つしか無かった。
俺は彼女にスクール水着を手渡した。
――――――
土日が明け、次の週。
外は大雨だった。
水着まで買って準備した、楽しみで待ち遠しい夏休みの夢。
消えるのは一瞬で、あっけなかった。
俺達は学校で、銀条院さんにこう言われたのだ。
「海……私だけキャンセルさせていただけませんでしょうか」
屋敷にダメと言われてしまったらしい。
自分のことは気にせず、俺達だけで楽しんできてほしいと……。
俺達は返す言葉を失ってしまった。
…………。
放課後、誰もいない教室で、銀条院さんは席に座りうつむいていた。
俺はそろりそろりと近づき、大丈夫?と声をかけた。
「ええ、仕方ありませんわ。
そもそも私は銀条院家の人間です。自由に遊びに行ける方がおかしいのです。
皆さんで、私の分まで楽しんできてください」
そっとしておいてあげようと思った。
……残念だが、黒沢さん、朱川さんと話して、今回の海は取りやめにしよう。
俺は彼女のもとから離れることにした。
ごめんねと思いつつ俺は振り返った。
歩き出そうとしたその時、俺の右腕の袖が急にぐいっと後ろに持っていかれた。
後ろを向くと、銀条院さんが顔をつっぷして俺の袖を掴んでいた。
ぐいぐい、と何か言いたげに引っ張っている。
俺は彼女がそれを言葉にするまで待ち続けた。
彼女は顔を伏せたまま、泣きそうな声を絞り出した。
「本当は行きたい……。
みんなで海行きたい……。
私も、連れてって……」
俺は歯を光らせて返事した。
「俺にまかせなさい!」
やれやれ……俺のような凡人が、この最高の家柄出身の美少女お嬢様と海で遊ぶには、やはり一筋縄では行かないらしい。
それもそうだ。銀条院お嬢様の破壊力MAXで間違いない眼帯ビキニ姿を、そう簡単に拝めるわけがないだろう。
……しかしだ。今、俺の前で泣いているのはそんな気高きお嬢様ではなく……
ごく普通の、かわいい1人の女の子だった。
1人の女の子が俺に、泣きながらお願いをしている。
だがら俺は頷いたのだ。
――――俺はこのしょぼくれた女の子を泣き止ませるために、急いで黒沢さんと朱川さんのもとへ走って向かった。




