第16話 黒沢さんとお風呂で……××× ②
黒沢さんが浴室に入った後、俺は手を震わせながら衣服を脱いだ。
俺の体の一部はみっともない肥えた姿を晒しており、とても人様に見せられるような状態ではなかったが、彼女が一糸まとわぬ姿で浴室に入っていったので、俺もタオル等で隠すことはしなかった。
俺は浴室の扉を開けた。
黒沢さんが鏡の前で下を向いて立っており、両手で身体を隠していた。
少しでも多く重要な箇所を隠そうと、彼女は綺麗な黒髪を前側に持ってきていた。
俺は彼女の後ろに立った。
うちのアパートの風呂は狭い。
下を向くと彼女のうなじがあった。
それに気づいた彼女は、身体をぎゅっと押さえるように少し丸めた。
怖いのだろう。
当然だ。
俺自身、一歩間違えたら彼女を襲ってしまうのではないかと問われても否定できなかった。
「汗臭いからあんまり近づかないで」
黒沢さんはそう言った。
確かに2日間お風呂に入っていないだけのことはあり、彼女は黒髪美少女にあるまじき、強めの匂いを身体から放っていた。
しかし、その匂いは鼻をつまむような不快なものではなく、むしろもっと鼻を近づけて嗅ぎたくなるような女の子のそれだった。
彼女はふと首だけこちらを振り返った。
俺の目を見て彼女は言った。
「洗うから後ろ向いてて」
――――――
彼女はゴシゴシと身体を擦っていた。
クラスの女の子と一緒にお風呂に入れるなんて夢のような話だと誰もが思うだろう。が、しかし実際の所それは拷問に近かった。
振り向けばきっとすごい光景が広がっているのだろう。
……なのに、
……絶対に後ろを振り向いてはいけないのだ。
後ろからシャワーの音が聞こえてきた。
黒沢さんが身体に付いた泡を落としているのだろう。
シャワーのお湯が時折、俺の足や背中にかかった。
シャワーの音が止むと、今度は髪の毛を擦りシャンプーを付ける音が聞こえてきた。
そこからしばらくして、またシャワーの音が聞こえ始めた。髪の毛の泡を流しているのだ。
……さて、後ろを振り向いてはいけない本当の我慢地獄が始まった。
なぜなら、彼女は今、確実に目を瞑っているからだ。
――――――
黒沢さんが目を瞑っている以上、振り向いても彼女にそれがバレることはないのだ。
だから今なら振り向いても、彼女に嫌われるというデメリットは無いし、また彼女自身を傷つけることもない。俺が1人でハッピーになるだけだ。
よって、今、この状況で振り向くのを我慢する力は、己の〈善意〉以外にない。
振り向かないでと言われたから振り向かない、ただこれを守り通せるかだけだ。
……俺は男として、女の子からのお願いを反故にすることなんてできない。
絶対に振り向くものかと心に誓い、拳を握り、唇を噛み締めた。
――――――
振り向くと、そこには天使がいた。
黒い髪の天使がペタッと座り、まっすぐ前を向き、目を瞑って髪の毛にシャワーを当てていた。
膨らみは、鏡越しに正面から見ることもできたし、上から直接見下ろすこともできた。
同じ状況になった時、決して振り向かないと断言できる奴だけが俺に石を投げなさい。
俺の〈善意〉というものは想像以上に貧弱だったようで、俺は首どころか身体全体を黒沢さんの方に向けていた。
興奮と罪悪感で自己嫌悪になりそうだった。俺の善意が貧弱なのではなく、男子高校生の本能が強すぎるのだから仕方ないと、そう信じたかった。
俺の腰の辺りに、黒沢さんの後頭部があった。
その様子をなんとなくじっと見ていたとき、悲劇が起こった。
ガンッ……!!
シャワーヘッドを握りしめた彼女の拳が、意図せず俺の肥えた部位を下から思いっきり殴り上げたのだ。
「うぐぅぅぅ……あああ……!!!」
俺はその場に倒れ込み、悶絶した。
激痛が走り、身体をよじってただただ苦しんでいた。
「え……!?
何……??
だ、大丈夫……!?」
黒沢さんは背中の異変に気づき動揺していた。
俺があまりにも苦しむ声を出すものだから、彼女はパニックに近い状態になり、泡で目が開けないままその場に立ち上がった。
が、浴室の床は泡で滑りやすくなっていた。
「ひゃっ……!!」
ああ、もう最悪だ。
彼女はツルリと足を滑らせ、悶え苦しむ俺の上に背中から容赦なく迫ってきた。
俺はせめて彼女だけでも怪我しないようにと、痛みを堪えて身体を仰向けにし、彼女を受け止めるために両手を開いた。
「うぐぁ……!!」
その甲斐あって、彼女は無事だったようだ。
……が、一方の俺は昇天しかけた。
彼女の後頭部がおでこに思いっきり直撃し、頭が割れるように痛み、意識が飛びそうになる。
幸運にも、痛ましい肥えた部位には、何やら柔らかい肉が落ちてきて、ムチッと包み込まれたたようで、2度目の激痛は免れた。
左手には、何やらモッチリした感触を捉えていたが……
俺は激痛で朦朧、彼女は目が開けられずパニック状態のため、一体どこを触ってどこを触られているのかよくわからなかった。
左手を握ると、不思議なことに鎮痛作用があった。
――――――
大事故を経て、俺達はなんとか命からがら服を着た。
明日からお風呂とかどうするの?と黒沢さんに聞くと、川の水を汲んで浴びるなどと言ってきたため、俺は彼女のことを今日から泊めてあげることにした。
水もガスも、聞いてはいないがおそらく電気も止まっているであろうただの屋根付きの箱に、女の子を放り返すのも心苦しい。
彼女は「ありがとう」と言って頭を下げた。
「今日からお世話になります」
黒沢さんは学校での態度とは裏腹に、俺の部屋にいる間は、まるで別人のように礼儀正しく失礼のないように振る舞った。
お礼もごめんも言えるし、料理までしてくれた。
俺達は改めて握手をした。
クラスメイトの黒髪美少女との、ちょっとだけ先が思いやられる同居生活が、今日からスタートした。




