第13話 銀条院お嬢様、人生初のゲーセンで男子とイチャつく。
「……こんにちは」
炎天下の中、無表情の銀条院さんが、耐えるように汗だくで俺を待っていた。
彼女はゴシック調のワンピースに身を包んでいた。
黒いロングスカートは幾重もの布が花のようにふわっと広がり、熱を孕みつつ彼女を着飾る。
対照的に、首元から胸元にかけては白の生地にフリルが波打ち、重さの中に清潔感を添えていた。
「あ……ごめん、待たせちゃったかな?」
俺は初デートの女の子を待たせないよう、約束の30分前に待ち合わせ場所に着いたつもりだった。
が、驚いたことに、彼女はそれよりもさらに早くここへ来ていたのだ。
人を待たせないようにという、彼女なりのルールなのだろう。
そこまでしなくても……とは思うが、銀条院家の事情や教育というのがあるのだろう。俺なんかには知る由もなかった。
俺達は少し気まずい空気で目的地まで向かった。
やはり、お互いが了承したデートとはいえ、女の子側からしたら半ば強制的に連れてこられたようなものだ。
楽しむのは難しいんじゃないか……と、今更ながら思った。
彼女と隣で歩くとよくわかったが、来る人来る人、男女限らずみんな彼女の胸を見ていた。
「てか、……え?ちょっと待って……」
横の銀条院さんをよく見ると、ゴシック調のワンピースの胸の辺りが汗ばんで、紫色の下着が透けてしまっていた。
彼女の下半身を覆う黒のロングスカートは、どう見ても熱の籠る色と構造をしている。見ているだけでこちらが暑くなってくる。
一方、清潔感を出すために首から胸は白いフリルとなっているのだが、完全に逆効果だった。
その白地の内側は、熱の逃げ場のない蒸し焼きになっていた。そんな状態であのバストが内側から強烈にビタッと張り付けば、そこだけ透けるのは想像に難くなかった。
以前のような暴走が起こらないよう、胸をあまり見ないようにしてたから、今まで透けていたことに気が付かなかったのだ。
変に胸のあたりを手で隠しても逆に目立つし、彼女が気の毒だった。
銀条院さんは少し下をうつむき、泣きそうな表情で歩いていた。ほとんど無口だった。
――――――
大型ショッピングモールについて、真っ先に服売り場に行った。
「代わりの服だけ買って今日は帰ろうか」
「服なんて自分で買ったことがありません。
どういったものがいいのか……」
俺も同い年の女の子の服なんて買ったことはなかったが……
これとかいいんじゃない?と自分のセンスではあるが選んであげた。
フリフリの白いミニスカートに、肩先を少し隠すくらいの涼しそうな黒のトップス。
女の子の着る服だ。
俺がどう?と聞くと、少しだけ頷いて「ん」と小さく答えた。
俺が店員さんに一声かけた後、彼女は大きなロングスカートを押さえ込みながら、狭そうに試着室へと入っていった。
しばらく待っていた。
……が、銀条院さんが試着室からなかなか出てこない。
そろそろ声をかけてみようかなと思った矢先、彼女の方から問合せが来た。
「……ねえ、オタク君、まだそこにいる?」
「いるよ?」
すると彼女は、カーテンから顔だけを出して俺に尋ねてきた。
「1人では脱げなくて……着替えを手伝ってもらえないかしら」
――――――
俺は心臓を鳴らしながら狭い試着室に入った。
銀条院さんの服の背中には、10個のボタンと、その上にリボンが複雑に編まれていた。
俺はそれを苦戦しながら外していった。
もう1度取り付けてみよと言われても、絶対に不可能だった。
「今日はクラスメイトの女の子達とお茶会に行くと嘘を付いたら、これを着させられたのよね」
その言い方から察するに、男と2人で会うなど本来は絶対に許されないのだろう。
やっと背中を外せた。銀条院さんが纏わりつくワンピースをうっとおしそうに脱ぐと、狭い試着室に熱気がムワッと広がった。
この暑いのに、彼女はきっちりと中に長袖の白シャツを着用していた。白シャツと言っても、全体がびっしょりと彼女の上半身に貼り付いていたので、ほとんど透明みたいなものだった。
下は厚手のタイツまで履いていた。
銀条院家の人間として恥の無い服装ということなのかもしれないが、ここまで排熱が考慮されていない格好をしていれば、汗で透けるのも当然である。
「あとは自分でできそうです。ありがとう。
……あと、あんまり見ないで」
「ご、ごめん……!」
彼女が胸を手で押さえてそう言うので、俺は巨大なワンピースを両手で抱えて試着室を後にした。
――――――
銀条院さんはまたもや、試着室からなかなか出てこなかった。
「大丈夫?着替え終わった?」
「ええ、もう終わりました……」
「開けてもいい?」
「はい……いいですよ」
恐る恐るカーテンの中を覗いた。
するとそこには、一目では銀条院さんとわからないほど、可愛らしくイメチェンした女の子が鏡の方を向いていた。
彼女は、鏡の中の様変わりした自分の姿をじっと見つめて、瞳を輝かせていたのだ。
新しい服は、着たまま会計を通してくれた。
銀条院さんをふと見ると、服装にぴったりのキラキラとした笑顔を浮かべていた。
その後、彼女が気になるというので服屋さんの隣のお店に寄り道し、ヘアアクセを買った。
花の飾りのついたヘアゴムだ。
それで長い髪をポニーテールに結ぶと、一気に女の子らしさが増した。
「こんなにオシャレをしたのは、今日が初めてです……」
彼女は少し泣きそうな目で俺を見つめた。
「似合ってるじゃん」
と返した。本心だった。
店を出て、俺と銀条院さんはショッピングモールの中を散策することにした。
隣で歩く彼女は、時折こちらを向いて満面の笑みを見せてくれた。
俺は終始、彼女にドキドキしていた……。
銀条院さんのこんなに女の子らしい表情を見るのは初めてだ。
ベンチで少し休んでいる時、彼女は大きなあくびをした。
その姿にお嬢様の面影はどこにもなかった。
両手を上げ、目を瞑り、胸をぐっと張って、気持ち良さそうに身体を伸ばしている。
なんだろう……無防備で魅力的だ。
俺はそんな銀条院さんの、胸でもなく、脇でも太ももでもなく、そのたらーんとした横顔に見惚れていた。
――――――
「まだ行きたいところある?」
俺がそう尋ねると、銀条院は
「ここ……」
と地図の一画を指さした。
ということで、俺達はゲームセンターへ向かった。
「すごぉ〜〜い……!!」
銀条院さんは、設置されている全ての筐体を走って見て回っていた。
後ろ姿のポニーテールが大きく揺れていた。
「ずっと憧れだったの」
「ゲームセンターって本当に実在したんだ……!」
「ねえ、これはどうやって遊ぶの??」
銀条院さんは口数が増え、声のトーンも2段階くらい上がっていた。
要するに、はっちゃけていたのだ。
彼女は人生初のモグラ叩きに挑戦していた。
……が、出てきては引っ込むモグラをほとんど追えていない。
彼女は声を出して笑っていた。
彼女が叩こうとする度、胸が揺れていた。
今日はなるべく見ないように我慢していた分、耐えきれず目が勝手にそれを追ってしまう。しかし、銀条院さんはモグラを叩くのに夢中で、俺がチラチラと見ていることなど全く気づいていなかった。
「なにこれ……!?
楽しすぎますわ!!」
銀条院さんは元気な女の子だった。
彼女は本来きっと、こういう性格なのだ。
「神藤君、あれなに??」
「……ん?あ、俺?」
そういう風に苗字で呼ばれたことはなかったので、一瞬反応に遅れた。
彼女はパンチングマシーンへと走った。
重いワンピースを抱えて歩く俺が追いつくと、彼女は狙いの定まっていないへなちょこパンチを、サンドバックにかすめていた。
彼女はいじけた顔でこちらを振り返った。
「ねえ、次はこっち。行こ!」
〈元お嬢様〉は俺の手をぐいっと引いた。
大笑いしている。こんなに楽しそうな銀条院さん見たことがなかった。
――――――
あっという間に日が暮れた。
俺達は名残り惜しそうにショッピングモールを後にした。
彼女との別れ際、夕焼けが俺達を悲しげに照らした。
今日の彼女は本当に楽しそうだった。
しかし一方で、こんな機会が彼女に対して次にいつ訪れるのか、それはわからなかった。
……明日から彼女は、いつも通りで今まで通りの、箱入りお嬢様の生活に戻るのだ。
2人ともそれをわかっていた。
……だから、俺達はその場に黙って立ち止まっていた。
俺が励ましの言葉を考えていた時、銀条院さんは両手でそっと俺の手を握った。
「神藤君……
今日はありがとう……えへ」
俺はたじたじになってしまい、うまく返答できなかった。
彼女はそんな俺を見て、握りしめる手をぎゅっと強めた。
「また行こうね……一緒に」
女の子の銀条院さんは、最高にかわいかった。




