第12話 オタクとの勝負に負けた美少女達の可哀想な末路
明日は運命の日だ。
つまり、数学のテストが実施される日ということだ。
ルールはこうだった。
俺が点数で勝ったクラスメイトとは、一緒にデートをする権利が得られる。俺にとって夢のような話である。
一方で、俺が点数で負けたクラスメイトには、1人あたり10万円までの豪華プレゼントを、自腹で支払わなければならない。
数学が絶望的に苦手な俺は、この数日間、死ぬ気で勉強した。
授業中も、休み時間も、お昼休みも。
朝も、放課後も、深夜静まり返った後も。
生命を削って数学という学問に向き合った。
今晩は戦いの前夜。今までの総仕上げだ。
俺は妖羽さんとの最後の勉強会のため、彼女の家を訪れていた。
――――――
俺が傍らで問題を解き続ける中、妖羽さんはただひたすらベッドの上でごろごろとしていた。
「明日テストなのに、勉強しなくていいの?」
と俺は聞く。
「明日テストだからこそだよ。
冴えた直観というのは、頭の中がざわめいていると湧いてこないんだよね。
だから、前日にリセットしないといけない」
そう言って彼女は目を瞑ってしまった。
「瞑想っていうやつ?」
「うーん、まあそんな感じ」
相変わらず掴みどころのない子だ。
「君もやりなよ」
妖羽さんはベッドから降りて俺の前に正座した。
俺は目を瞑った。
妖羽さんがどういうわけか、俺の両ほっぺたをつついたりつねったりしている。
連日の勉強で疲れていたのだろう。俺はそのまま眠ってしまった。
目を覚ましたら、もうすっかり夜だった。
なぜだろう。頭の下があったかくて柔らかい。
上をよく見ると、妖羽さんが俺を見下ろしていた。
「うわ、ごめん!」
俺は妖羽さんの膝枕で寝ていたようだ。
「いいよ、別に。
気持ち良さそうだったから」
……なんだか、脳が軽やかな気がした。
「今度は私も寝かして?」
「え?」
そういって妖羽さんは俺の膝に頭を乗せた。
無表情の彼女と数秒間、視線がぴったりと合う。どこまでも不思議な女の子だった。
その時、ガチャと扉が開いた。
「うちの妹がお世話になってます!
レイの彼氏くん、まだいる?」
妖羽さんの頭を膝に乗せた俺は、妖羽さんのお姉さんらしき人と目が合った。
……物凄く気まずかった。
「あ…………
え…………?
ご、ごめんなさい……
ほんとにごめんね…………
レイと2人のところ邪魔しちゃったみたいで…………」
「そんなことないよ、お姉ちゃん」
妹の方の妖羽さんだけが平常心を保っていた。
ちなみに〈レイ〉というのは妖羽さんの下の名前だ。
あと、当然だが俺は彼氏くんではない。
「彼氏くん、今日はうちで食べていったら?
と思って声をかけたの」
とのことだった。
お姉さんは、連日通い詰めている俺に晩ご飯をご馳走してくれるつもりだったのだ。
俺は申し訳ないのでと遠慮したが、妹の方の妖羽さんに手を引っ張られた。
「明日本番なんだから、その前に美味しいもの食べときなよ」
――――――
お姉さんの〈リン〉さんは、何というか……
妖羽レイさんと血の繋がった姉妹とは思えないほど表情豊かだった。
背丈や体型は確かに妹さんと似ている、つまり小さめで控えめである。
一方で妹さんのような危うさや怖さを感じない、良い意味で普通の女性だった。
妖羽家は2人暮らしで、姉のリンさんはOLをやってるらしい。
俺達は談笑しながらご飯を食べた。
姉のリンさんは終始楽しそうにしていた。
妹の方の妖羽レイさんがお手洗いに席を立った時だった。姉のリンさんは俺の背中に回り、囁き声で聞いてきた。
「ねえ、2人はどこまでいってるの?」
「……え?」
「レイと付き合ってるんでしょ?」
「い、いや……違いますって!」
「隠さなくていいから。お姉さんに教えてよ」
完全に勘違いされていた……。
「いいのよ、もう……きゅんきゅんしちゃう!
お姉さんもこの前まで職場の後輩君と付き合っててね、最初の方はよく膝枕とかしてイチャコラしてたなーって。
お互いの顔見えるのが、なんか照れくさいよね」
恋バナになった途端、リンさんはより生き生きと話すようになった。
「……あ、でもある日を境に彼……
職場の別の女と急に仲良くなってて……」
ん……?少し雲行きが怪しくなった。
「そうよ、あの乳牛女のせいよ……。
ちょっとおっぱいが大きくて太ももの肉付きがいいだけの、クズを固めてできたような醜い女……。
私の彼が羨ましいからって近づいて来て……
きっと卑怯な手で誘惑したんでしょうね。
あいつが現れてから、彼……
次第に連絡を返さなくなって…………。
あ、だめだ…………死にたい…………」
お姉さんは自分で自分の傷をえぐったようだ。酒の缶を持ってトボトボとどこかへ行ってしまった。
……最悪の空気だった。
お手洗いから妹が戻ってきたので、俺は彼女に一部始終を話した。
「あー、お姉ちゃん、またああなっちゃったか。
よくあるから気にしないで」
よくあるらしい。
……一体大丈夫なのか。
この重苦しい空気に反して、ご飯だけはめちゃくちゃ美味しかった。
――――――
「オタク君、帰るって」
妹のレイさんが、姉の部屋をノックして呼びかけた。
「…………ふぇ?!
…………ちょ、ちょっとまって!!」
扉の向こうから声が聞こえてきた。
直後、ドタバタと慌てているような音が鳴った。
1分後くらいだろうか。
姉のリンさんが慌ただしく部屋の扉を開けた。
「ごめん、おまたせ……!」
俺はドキッとしてしまった。
髪はボサボサで、目元は腫れ、服装はキャミソールとショートパンツで、先程よりも薄着になっていた。
まるで今さっき急いで身につけたかのように、着こなしが若干乱れていた。
部屋の中が少し見えたが、なぜかパンティが床に放り投げられていた。
帰り際、俺は笑顔の姉妹に見送られた。
寝る前、オオカミ子さんからメッセージが来ていた。
「頑張ってるとこ、教室でずっと見てたよ。
明日、応援してるからね」
オオカミ子さんは彼女らしく励ましてくれた。
――――――
次の日。
あっという間に数学のテストは終わり、
あっという間に採点がなされ、
いよいよ返却の時間になった。
点数が明かされ始めるにつれ、教室はざわめきに包まれていく。
中でも、何人かの女子達が俺の席へ点数を持ってきた。
朱川さん、52点。
「あー……ちょっとやらかしたかも。
でもまあ、君に勝つ分は余裕かな?」
黒沢さん、74点。
「よかった……。70点取れた……」
バイトで無理をしている状態でこの点数、本当に彼女は凄いと思う。
銀条院さん…………92点。
「私は本気です。これが私の全力です」
彼女は俺の心をへし折るように、堂々とその答案を俺の顔面の前に提示した。
銀条院さんの92の数字が、俺の目の前に、高い高い壁のように立ちはだかる。
90点代……数学でそんな点数は取ったこともなかった。
「あなたが努力していたのは知ってます。
……ですから特別です。
見たければ今のうちに、存分に見ておくと良いですわ」
銀条院さんは自分にくっついている大きな胸を両手で抱えるようにして言った。
俺は別れを惜しむかのようにそれを見つめた。
妖羽さん、100点……当然だった。
「どうしたの?そんな浮かない顔して」
彼女は俺を気にかけてくれた。
「急に自信がなくなってきてさ……」
俺は悲しげにそう返す。
それを聞き、彼女は俺の額を深くつついて言った。
「大丈夫だよ。私が教えたんだから」
――――――
俺は返却されたテストを受け取った。
点数はまだ見ていない。
……心臓が握られるような緊張を感じる。
こういうストレスはあまり好きではない。
もういい……早く楽になってしまおう……。
俺まず点数の1の位を見た。
数字は「0」だった。
俺は次に10の位を見た。
数字は「0」だった。
「はあ、0点か……。あれだけ頑張ったのに、やっぱりダメだったんだな……」
ふと横を見ると、妖羽さんが可愛らしくパチパチと拍手をしていた。
「おーー……100点じゃん。おめでと」
「…………え……?!
100点……??!」
俺はその場で叫んだ。
教室は一瞬、嘘のように静まり返った。
直後、女子達の阿鼻叫喚の悲鳴が響き渡り、教室は一瞬でパニック状態となり果てた。
「うそ……イヤァァーー!!」
「ムリムリムリ……ムリだから!!」
「あぁぁぁん……お母さぁぁん……!!」
黒沢さんは、疲れを含んだような、しかし悔しそうな表情でこちらを見ていた。
銀条院さんは青ざめた顔で膝から崩れ落ちた。
膝がつく時、教室とおっぱいが揺れた。
朱川さんは、なぜか顔を赤くして口を押さえ、下を向いていた。
妖羽さんを見ると、口元が小さく笑っていた。
「やるじゃん……
好きだよ、そういうむちゃくちゃだけで押し切るの」
多大なる犠牲もあった。妖羽さんの飴と鞭が変なふうに結びつき、俺は右頬を強く引っ叩かれると気持ちよくなる身体になってしまったのだ。
しかし、その代償を払った甲斐は十分にあった。
こうして俺は、高額の負債を抱える危機から逃れることができた。
そして、妖羽さん以外のクラスメイト全員とデートする権利を掴み取ったのだった。
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