第26章:最後の生存術
三度目の玉座の前。もはや、賈詡に与えられた選択肢はなかった。
奇策も、諫言も、全てが死に通じる。
ならば、答えは一つしかない。
彼は、この問いが「戦略」を問うものではないことを、二度の死をもって完全に理解していた。これは、皇帝の自尊心を満たすための、最後の儀式なのだと。
賈詡は、玉座の前に進み出ると、深く、深く頭を垂れた。そして、うっとりとした、心からの賞賛を込めた声で言った。
「―――陛下。そのような問いは、愚問にございます」
「……何だと?」
曹丕が、怪訝な顔で眉をひそめる。
賈詡は、顔を上げぬまま続けた。
「そもそも、武を以て天下を平らげるのは、乱世の英雄のやり方。すなわち、武帝様(曹操)のお役目にございました。ですが陛下、貴方様は違います」
賈詡は、そこでゆっくりと顔を上げた。その目には、狂信的とさえ言えるほどの、輝きが宿っていた。
「陛下は、天に選ばれし、徳による治世を行うべき御方。その文徳の輝きは、太陽のごとく天下を照らし、呉や蜀の者どもも、いずれはその御威光の前に、戦わずしてひれ伏すことになりましょう。武力という野蛮な手段に頼るのは、陛下の徳をかえって貶めることになりかねませぬ。どうか、この洛陽の玉座より動かずして、天下がその徳に平伏する様を、静かにお待ちくださいませ」
それは、戦略でもなければ、献策でもない。
完璧なまでに計算され尽くした、究極の「媚び」であった。
玉座に、長い沈黙が落ちた。
やがて、曹丕の口元が、満足そうに吊り上がっていくのが見えた。
「……面白いことを言う。朕が、父を超えたと申すか」
「左様にございます。武帝様は武で、文に優れた陛下は徳で天下を治める。これこそが、天が定めた理にございます」
その日、曹丕は上機嫌で遠征の中止を宣言した。
「賈詡の言う通りだ。朕が自ら手を下すまでもない。いずれ、奴らは朕の徳の前にひれ伏すであろう」
賈詡は、誰よりも深く頭を下げながら、心の中で静かに息をついた。
彼は、最後の危機を乗り越えた。
もはや、この男の人生に、大きな波乱は訪れないだろう。
彼の長かった航海は、ようやく、静かな港へとたどり着いたのだ。
ついに選択肢を全て正解に導きました!
次回最終話です。
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