車72
「初めまして。清水杏奈です」
自動ドアが締まり切ると、まじまじ見つめる瞳のお母さんに、縮こまった杏奈はひょこっと頭を下げた。
………が瞳のお母さんは何も言わない。無音の状況に、杏奈はビクビクしながら、視線をやると、瞳のお母さんが杏奈の頭に手を伸ばしていた。そして、そのまま無抵抗に杏奈は頭を撫でられた
「あらー。もくずちゃんといい、杏奈ちゃんといい、瞳ちゃんの周りの女の子は可愛い子ばっかりねぇ」
さすさす頭を撫で回されるも、悪い空気ではないことに気づいてなされるがまま、杏奈も自分から頭を瞳のお母さんの方に近づける
「昔もくずちゃんみたいな事付き合ったって言ったけど、実はママこういう子とも付き合ったことあるんだよ。その時はママから告白してね。小動物みたいで、もー本当に可愛かったわぁ。2人っきりになるとね、その後から」
「あーママ!もう車出そ!時間もないから」
実の母の淫らが聞こえそうになって来たので、瞳は声を荒らげて話を無理やり変える。言いたげに口を尖らせつつも「確かにそうね」とお母さんはさっきと打って変わってゆっくりエンジンをかけた。
永遠のようにつづく、田んぼばかりが並ぶ風景を面白そうに眺め続けている杏奈に、スマホをいじる瞳。くらげは杏奈が乗ってからは瞳に助手席に追いやられ、瞳のお母さんの話にただただ静かに首を振り続けていた。
「もう秋って感じですね」
残る力哉ともくずさんはひっそり話す
「だね。力哉はどの季節が好きなの?」
「俺は冬が好きですね。もくずさんは?」
「私も冬かな。静かだし」
「イメージ通りですね」
それにもくずさんは首を傾げる。
「私ってどんなイメージなの?」
「なんて言うか冷静でクールみたいな感じがしますよ」
考えてみれば、もくずさんと瞳は色々反対な気がした。
瞳は何時でもうるさく賑やかで、もくずさんは静かだけど話していると楽しい。どちらの方が良いという感じではなく、それぞれの良さと言った感じだ。
「クールか言われたことないかも」
「逆にどんなのなら言われたことあるんですか?」
「お姉ちゃんからは甘えん坊ってよく言われる」
「甘えん坊なのはお姉さんの方なんじゃないですか?」
前泊まった日の朝のお姉さんがもくずさんに抱きついていたのを見ていると、甘える子供とそれをあやす母のような感じだった。
「私もそう思ったんだけど、お姉ちゃんが言うには私も結構甘えん坊らしい」
「もくずさん甘えん坊なの?私に甘えてくれてもいいぞ」
いつの間にか、前の席から顔を覗かせていた瞳は「うんうん。カモン!Hey!カメン!」と腕を広げ、もくずさんを誘う。困り顔で動かないもくずさんに、瞳は待ちきれず自分からもくずさんを抱きしめた。
「はいはーい。よしよし」頭を撫で自分の胸にもくずさんを押し当てた
「……瞳ちょっと苦しいかも」
「ん?ちゃんと甘えれた?」
「うん。しっかり甘えれたから離してもらえる?」
「もうーもくずさんったらー。また甘えたくなったらいつでも言うんだよ」
瞳は満足気な顔でもくずさんを離し、体を席に戻していく
やっぱりこういう所を見ると、もくずさんは甘える子供と言うよりしっかりした大人なんだとつくづく思う。
「やっぱりもくずさんが甘えているところなんて想像できませんね。絶対甘えられる側だと思います」
「そうかもね」
そう言い、もくずさんは体を耳元に近づけ、力哉にだけ聞こえるような小さな声で
「力哉も甘やかしてあげようか?」
微かに唇を噛み恥じらい紛らわせ囁いた
やや顔を赤くして、もくずさんはそっと離れた
「…やっぱり今の無し…」
もくずさんは下を向いたまま、さらに小さな声で独り言のようつぶやく。
絶対に何か言うべきだ…。それを強く分かっていても力哉や何も言えず、口をもぐごもごさせ力哉も黙って下を向いた




