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海中もくず  作者: 椎名 園学


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35/53

男㉝

そのまま一直線、家まで止まることなく走り続ける。もくずさんに流されるまま、力哉ももくずさんの家に入った。

「いきなりどうしたんですか?」

久々の全力疾走に腹部が痛く、のどが焼けるように張り付いているのが分かる。深呼吸を済ませ、まだ治りきってない呼吸でもくずさんに聞くと、もくずさんは氷の入った麦茶を運んでくる。胡坐をかきお茶をぐっと飲むと

「ここ最近同じ男の人がずっとどっかから私を見てるの、学校に行くときも、帰りも。今日なんかは授業中に窓から外を見たら、こっちをずっと見ていて。さっき力哉と話してた時、一瞬振り返ったら電信柱の裏から笑いながらこっちを見てて怖くて」

落ち着かせるためにもくずさんはもう一杯麦茶を飲み干す。だらだら汗をかいたもくずさんはよく見ると微かに震えていた

「警察に言わないんですか?」

話を聞いて背筋がぞっとした力哉は、声をほんのり震わせながらもできるだけ冷静に提案する。だがもくずさんは軽く首を振る

「もし私の勘違いだったら悪いから、確定的な証拠とかが出るまでは言うか迷ってる。もしこの生活が続くなら話は変わってくるかもしれないけど」

「お姉さんにはいったんですか?」

「お姉ちゃんは私のことになると心配性になるからまだ。顔も見たことない人だからちょっと不気味で」

「家はばれてないんですよね?」

「多分」

「もくずさんがそのスタンスで行くなら家をバレないようにしながら何か起こるまで待つしかないですね」

もくずさんが何かトラブルに巻き込まれてしまうことを考えモヤモヤした気持ちがまん延するが、本人がそういう以上それを尊重するしかない。不安を流すように麦茶に口をつける

「ピンポーン」

呼び鈴が鳴った。

「宅配便ですーこんにちは」

やや低めの中年男性であろうか、そんな声がする。もくずさんとストーカーの話をしていたばっかりに変に反応してしまったが宅配などよくあることだ。安堵の音をもらしもくずさんを見ると

「私もお姉ちゃんも配達なんて使わない⋯。親族から何か送られたこともないし⋯」

もくずさんは、体を震わせながらも立ち上がる。築年数がだいぶ長いこのアパートはチェーンが無ければ覗き窓すらない、もし玄関にたっているのがストーカーでもくずさんに何かあったら⋯。そう思った時にはもうすでに体が動いていた

「もくずさん、俺が出ます」

多分俺の声も震えていたんだろう。ビクつきながらドアノブに手を伸ばし捻る。声通りの見た目のおっさんが汗を垂らしながら段ボールを持っていた

「こんにちは、配達ディボーションです、吉塚力哉様でよろしかったでしょうか?」

「あ、はい」

普通に普通の配達員、自分の名前が呼ばれた力哉はそう思っていた

「こちらにサインお願いします」

配達員からボールペンを受けとりサインを済ますと、朗らかな笑顔で配達員は帰って行った

「普通に配達員でしたよ、俺が注文したやつですし」

「⋯なんで私の家に、力哉の荷物が運ばれてくるの?」

静かにそういうと。体が急に冷たくなり段ボールを落としてしまう。床に落ちた段ボールはどんと鈍い音がした

「あ、開けてみます」

張り目に沿ってテープをはがしていく。剥がし終え中を覗く

美少女のフィギュアが出てきた

「フィギュア?これ本当に力哉が買ったやつなの?多分アニメかなんかだと思うけど」

フィギュアのキャラが着ている真紅のスカートより赤い色に力哉の顔がなっていく。最近とあるアニメキャラを好きになってしまい一人ぐらしということもあって昨日の夜フィギュアを生まれて初めて買ったのを力哉は忘れていた。

「あ、あれです。いとこがそろそろ誕生日なんで好きなフィギュアをプレゼントしようと思って。よくあることじゃないですか、決して俺が欲しくて買ったとかじゃないですから。」

えらく早口でしゃべり自分でも途中で見苦しい嘘だと、思ったが、そういうのにもくずさんはとことん疎いようで「そうなんだ、フィギュアってオタクの人だけだと思ってた」とごまかすことができた

作り笑いでフィギュアの入った段ボールを手元に隠す。だがもくずさんの家になぜ力哉の荷物が届いたのかは謎のままである


「そろそろ夜ご飯の準備しないと。力哉も食べてく?」

制服の上にエプロンをつけながらもくずさんは煙草を嗜む。エプロン姿を直視してしまった力哉は、もくずさんの手料理を食べたい欲望に体が飲み込まれそうになったが、さすがにそこまでお世話になることは失礼と思い

「いえ大丈夫です。じゃあ、俺そろそろ帰りますね」

正直ストーカーのことが心配でならないが、もくずさんが言う登校途中しか現れたことがないことを信じ、席を立つ。暦の上ではまだ暖かいはずだが、ドアノブを回すとぞっとさせるような、気味悪い冷たさをもった風が吹いてきた


電化製品を買った時「男の子はね胃袋掴んだらイチコロだよ」と姉がついでに買った料理本をめくる。

ページをパラパラめくっていくと力哉が好きそうなものがちらちらでてくる

和食と洋食どっちが好きなんだろ。⋯⋯多分和食かな。

肉じゃがにしよう、そう決めさっそく冷蔵庫を開く。ジャガイモ、ニンジン、玉ねぎ、牛肉。どれも色鮮やかで体を冷やしている。

せっかくなら力哉にも食べて欲しかったな⋯

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