誕生日㉖
建物から出てると「やかん」が見えてくる。書き間違いでは無い文字どおり「やかん」だ
長く愛されたやかんは芝生頭の腰掛けれるスペースの真ん中にどっぷり体を傾け座る
老若男女構わず愛されるそれは待ち合わせ場所として最適な役割を果たし、いつも誰かが座っている。
三人組のちびっこが何やら楽しそうにしゃべっているのを邪魔しないように距離をおき、もくずさんも腰掛ける。
姉の誕生日は毎年もくずさんが準備している。脂身すくない和食が好きなもくずさんと違いアメリカ的なオイリーなものが姉は好きなので、誕生日の食卓にはアメリカ的な揚げ物が並ぶ。「来年はこんなに豪華じゃなくていいからね。もくずと一緒に入れればそれだけで十分だから」食後の時間には毎年そう言ってくれるが、好きな人の年に一度の誕生日。やっぱり好きなものを食べさせたいと思ってしまう
欲を言えばお店のものを食べさせてあげたいが値段が値段、行きつけのスーパーの物になってしまう。
けど今年は違った。
(せっかくならお店のやつ買ってもいいかな、どうせお金使わないし)
スーパーの特売でおいしそうなものを買ってきたと言いお店の物を出したらお姉ちゃんは喜んで食べてくれるかもしれない。そう思うと足軽に向かっていた
最近できた金沢駅内にある揚げ物チェーン店。もくずさんでも耳にしたことがあるくらい有名なところのものなので店をはみ出すほど行列ができている。列の中で壁に埋め込まれたメニューモニターを見る。
(四つで1200円⋯スーパーなら250円なのに。⋯⋯⋯しょうがないか。今度またくらげの家に行くか)
店員さんがつば付きのキャップをかぶっていたのを新鮮に思いながら注文をすます。
受け取った商品は箱に入っているのにそこが暖かくなっていた。
(どうせなら、このまま食べて欲しいくらいだけど、無理なものはしょうがない。というか、箱に入ってるんだ、まぁどっかに捨ててスーパーの袋に入れとけば大丈夫かな)
駅の車内に匂いが広がっていないか?そんなことを考える余地は頭の中に残っておらず
(お姉ちゃんどんだけ喜んでくれるかな。どうせならお酒も買ったほうが良いかな、私も飲みたいし。けどお金すごいかかるかも、⋯私のお酒を安いのにすれば何とかなるか)
袋から揚げ物の匂いが漏れ出て、一人ニコニコしている女性。もくずさんの隣の席に誰かが座ってくることは無かった
(⋯⋯⋯⋯買いすぎた⋯)
駅前のスーパーで買い物を終えたもくずさんは隣にある公園のブランコに乗りながら一人煙草を吸っていた。手にはさっきより随分大きい袋が掛けられている。お酒、おつまみ、ケーキ、姉の喜ぶ顔を思うと、あれもあった方が良いかも、いつもよりも高くておいしいものの方が良いかも、流れでお会計を済ませレシートを確認したときさっと血の気が引いたのが分かった。それを無理やり忘れようと今煙草を吸っているというわけである
(私って結構バカなのかも)
こんなところを力哉や瞳に見られたらきっと笑われてしまう。吸い殻となった煙草を手につまみそっとその場を離れた。
「ただいまー」
夕方空が赤く染まっていく頃姉が帰ってきた
「おかえり。ご飯の準備できてるよ」
「いい匂いだねー。もくずの旦那さんになったみたい」
テーブルに胡坐をかく姉にもくずは買ってきたものを並べる。スーパーついでに買ったものも含めだいぶ茶色が多いように見える。それを見て、姉の顔は歓喜を言うより不安げな顔を浮かべる
「どしたの?すごい豪華だけど」
「今日お姉ちゃんの誕生日でしょ」
「あ、そっか。もうそんな時期か」
全て並び終え今度はガラスのコップを二つ用意しお酒を注ぐ。少しでも冷たいものをと水の中に沈めておいたが、その水自体ぬるいものなのでそこまで冷たくなっていない
「あれ、これもスーパーで買ったの?」
姉はお店で買ったチキンに指をさす。動揺で微かに止まってしまうが顔色を変えないままもくずさんは
「⋯そう。おいしそうだったから」
「そうなんだ、わざわざありがとね」
姉は仕事つながりでお客さんとご飯を食べることがあるので、普通の人並みには食の知識がある。だから知っている。これがどこの物なのかも。けれど嘘をついてまで自分に良いものを買ってくれる妹が愛しく思えてしまって、姉は知らないふりをした。
「おいしいねー」
昔ながらの檸檬が描かれた、お酒は柑橘類に酸味がありながら、甘く甘美な香りが広がる
「もくずも飲んでみてよ、おいしいよ」
ビールの入ったグラスを置き姉のお酒に口をつける。久ぶりのお酒に少し頭の中の裏側がふらっとしてしまいそうになるが、姉の言うとおり味は非常においしい
「おいしいでしょ。どうせならお店から持ってくればよかったな」
「お姉ちゃんの飲み過ぎるじゃん」
「そんなことないよ。あ、じゃあ後でコンビニでお酒買ってこよ」
「しょうがないな」と口では言いつつも、姉とゆっくりいれる時間がうれしくつい頬が上がってしまう。
「もくずはもっといっぱい食べないとだめだよ。食べ盛りなんだから。お昼ご飯は前言ってた友達と食べてるの?」
もくずはビールを飲みながら頷く。それをまるで父親のように満面の笑みで喜び
「力哉君とも一緒?」
「一緒だよ。前の野球の時も一緒に見たし」
「えーすごいじゃん。あの前言っていた無理やりチアのやつ?力哉君は見てくれたの?」
「最初は見てくれけど途中から野球見てた」
「あらー。せっかくなのに残念だね」
今度は姉がグラスに口をつける。残り少なくなっていたので飲み干そうと勢いよく傾けるたところ、もくずさんが小さく「まぁね」とつぶやいた。それが耳に入ったことで驚き、むせかえる
「大丈夫?」
「今「まぁね」っていったよね。えーやっぱりちょっとは見て欲しかったんだ」
そういわれ、改めて自分の言った言葉を反芻し少し顔が赤くなってしまう。「ち、違う。無意識に出ただけ」「無意識的に好きなんだ」「違うし、好きじゃないし」「もくず、顔赤くなってるよ」「お酒だし」
小学生のような投げ合いが続き、ふっと頬を膨らませるもくずを見て、姉はけらけら笑っている。ただ楽しそうに、ただ嬉しそうに。
力哉よりもくずさん主観の方が描いててたのしい。力哉は「無」だからなぁ⋯




