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フェンリルさん、おいしそう  作者: ひなみそら
第五話:始点
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ラバーキンの靴紐にて(2)


「…何が悲しくて全身に歯形を付けなければならんのだね……」


 少しやつれた様子のディーアが、一足先に着替え終わった。頬にはくっきりと歯型が残ってる。

「とってもおいしかった。それでこそフェンリルの友人を名乗るにふさわしい」

 元の服に袖を通す私は大変ご機嫌。お肌も艶があるくらいだ。

 表情も、髪の色も、まるで正反対の二人。

 揺らめき燃えるような髪の、山吹色の炎は言う。

「彼方にとって友人はおやつかね? それだから友人ができないのではないかね?」

 煌き流れるような髪の、薄水色の氷は返す。

「このフェンリル様の友人を名乗る資格を与えてあげてるのに。取り消す?」

「そうしたら彼方は友人がゼロ人になるが、如何に」

 並ぶと私より頭ひとつ分高い彼女はじと目で見下ろしてくる。お風呂でのスキンシップを経て、少し表情が豊かになってるきがする。それは睨み返す私も同じ、かも。

 しばらく至近距離で睨みあっていると、彼女は嘆息。勝った。

「乙女は汚れないという都市伝説があるが、宿に居るときくらい着替えたらどうかね?」

 彼女は白シャツの袖口から取り出した杖を一振り。すると、私の足元に現れた魔法陣が、回転しながら爪先から頭の上まで通り抜ける。何をした、この魔女。

「野犬のように警戒するのではないよ。服の汚れを除去したのだ。あぁ、彼方は狼だったね?」

 まだ噛まれた感覚があるのか、ディーアは歯形のある頬を撫でた。頬肉はふわふわでなかなかおいしかった。今度ハティでも試そう。

「旅支度もできないまま慌てて出てきたから仕方ない。正直助かる。ありがと」

 素直にお礼を言ったのに、杖を仕舞う彼女は意外そうに、動きを止めてしまった。そんなに驚く事か。

「…てっきり、口先だけかと思えば、友人らしくお礼を言うのだね」

「口先だけだからお礼を言ってるのかも。心から感謝なんてしてない」

 背中を見せて、鏡の前にあるドライヤーを手にする。

「なら心からお礼を言われるように甲斐甲斐しく世話をしようか?」

 近寄ってきたディーアはスイッチを入れたばかりのそれを奪って、静かに吐き出される暖かい風を私の髪に当て始める。

「それは友人と言わない。召使い。私は一向に構わないけど」

 背中を押し付けて、見上げてやれば、彼女は優しい笑みを浮かべた。

「此方は口先だけで心を騙しているのかもしれないよ?」

「私もまた演技で、あなたを利用しようとしているのかもしれない」

「そうであろうね。彼方は狡猾な狼だ」

 頬の歯形を指差し、互いに笑みを交し合う。

 髪を丁寧に乾かしてもらいながら、友人、とかいうのに、まんざらでもない自分に心が浮ついていた。

 素性を明かした上での遠慮の無い言葉のやり取りって、楽しい。

「野犬を手懐ける気分だ」

 楽しいから、こういう事を言われてもむっとしない。こちらも楽しく返した。

「懐かれたと思ってると喉笛噛み切られるから気をつけたほうがいい」

「であばれ、いつまでも懐かないでくれると良いよ。許しそうで許さない、ぎりぎりの付き合いで行こうじゃないか」

「最初からそのつもり」

 許しそうで許さない距離。これって少し、癖になりそうな距離感だ。

 踏み込んでは遠ざかり、踏み込まれては、後ろに下がる。悪くないと思う。後腐れがなくて。

「デュナミス製のドライヤーは静かで良いね。ヴォイドの物は雷の力で動くのであるが、煩くてね」

「…雷の力で髪を乾かす…? 焦げない?」

「正確には機械の力で温風に力を変換するのだよ。その時の駆動音が煩い。こういうのも含めて交易ができれば、という考えが募っているのだよ」

 魔狼の頃、いろんな場所を旅したけど、ヴォイドだけは行った事無いからなんとも言えない。何もない場所でコツコツこちらの世界から資源を持ち帰って、工夫する事で豊かになって行ったなら、生活面を比べて不満が出るのはおかしくは無いけど。

 ほどなくして私の髪は乾き、ご丁寧に髪までまとめてくれる。首の後ろの私の定位置。ここが一番楽で、落ち着く。

 ディーアは続いて自分の髪を乾かし始めた。山吹色と朱色の髪が温風に踊る様は、鮮やかな炎が揺れているように見えて、綺麗だった。つい見とれてしまうほどに。

 乾かし終わると、彼女は長い前髪を垂らして片目を隠してしまう。

「もっと顔見せればいいのに。別に悪くないと思う」

「悪い、悪くないの問題ではなくてね。この顔自体がコンプレックス……トラウマなのだよ」

 ドライヤーを置いて、彼女は洗濯物の入った紙袋を片手に、脱衣所を出て行く。私も後に続き、話の続きを期待したけど、彼女は何も言わなかった。魔女の過去にも興味はあるけど、先に確認する事がある。

「ひとまずコレを置いてくるから、彼方はここで待っていてくれるかね? 途中になってしまった話の続きをしよう」

「わかった」

 待つ、と言っても狭い宿だから、彼女の用事は私がソファーに座るより先に終わってしまった。布製のソファーに深く腰掛けて、遅れてディーアも向かいに座る。私が窓際で、彼女が客室側へ背を向ける形。

 少しの間、心地よく響く時計の音に耳を傾けて、身じろぎをした方が口を開く。

「さて、此方としてはやはり件のローブが気になるわけだが……実物を持ってきて頂ければ幸いであるよ。如何か」

「……構わないけど、アレは私のものではあるけど、現時点の所有権はまだ別の者にある。今は旅の疲れが出て休んでる」

 私としては今すぐにでもあのローブに触れ、かつての力を取り戻したいわけだけど、姿を歪めるほどの想いを残したユフィールについて、一度二人と、特にハティと相談しておきたいと思ってる。

 故に、今はまだハティの所有物。

「ふむ。であれば、此方の方の事情を話した方がよさそうであるね。とはいえ、此方から何を話せばいいものか…」

 足を組んでひじを押さえ、口元に手を置いて悩む仕草は、髪色や容姿も相まってなかなか凛々しい。ハティもそうだけど、真剣に悩む仕草が似合う類の少女だ。お風呂場であんな表情をしたから、尚更映える。ふふふ。

 心の笑みを漏らさないように気を引き締めて、まじめな話題に意識を向ける。

「ひとまず、ディーアがここで悩んでいた理由を聞かせてほしい。私の復活を予言した者が魔女なら、あなたの仲間のはず。何を躊躇う必要があった?」

「…………ヴォイドも一枚岩ではない故に、であるよ」

「…こちら側で交易の手段を探る、調和派、とでも言うべき魔女なのに?」

「調和派であった故に、であるね。今の彼方と同じようなもの、であるね」

 今の私?

 首を傾げると、ディーアは杖を取り出して、私達の間にある机に杖先で円を描く。先の丸い木製の杖が滑ったところで、石材を使ってる机に傷なんて付かない。それでも彼女は迷い無く杖を動かしていた。

「彼方は町をひとつ潰して、エインヘリャルに追われそうなのであろう? その魔女も、ここ数年問題行動を起こしていてヴォイドの元老院から目を付けられているのだよ。具体的には、不法な(うつつ)への長期滞在。ならびに、人のいる町での能力の行使、再三の召喚拒否に、抵抗、同胞の殺害。つまり、ヴォイドの問題児であり、一切のリスク無しには会えないのだよ」

 見えない魔法陣の真ん中をコンッと叩くと、紙袋が破裂するような音と共に、机に二人分のティーセットが現れた。かつて魔王が祝い事の席で作って見せたデザート、ケーキなるものが二切れ、種類違いでお皿に乗ってる。

「ショコラとショート、どちらが良いかね? ちなみに本日のお茶はレモンティーになる」

「じゃあ、こっちで」

 茶色い方を選ぶと、「お目が高いね」とディーアは白いイチゴが乗った方を自分の方へ引き寄せた。

「命の危険もそうであるが、抹殺命令が出ているような魔女に無断で会って、此方にまで妙な疑いをかけられれば、此方の元に集うほかの魔女共にも迷惑がかかる。故に悩んでいた。元々は模範的な魔女がなぜこうなったのか……原因は十中八九予言に関するものであるが、彼方に関係する事なのか、あるいは…」

 予言。フェンリルが復活する、という予言。そもそもその魔女がそう言うに至った理由は確か…。

 フォークでケーキの三角形の先端を切り離し、まずは一口。

「あ、これおいしい」

 触感はふわふわ、クリーム部分は舌触り滑らかで、味はほんのり苦いけど、総合的には甘い感じ。さっぱりした風味のお茶もなかなか。

 時刻は午後三時。お昼も食べてなかったから、さらに嬉しい。尻尾があったら間違いなく振られてる。

「お気に召して頂き光栄であるよ。次はヴォイドの人気店の限定品を手に入れてあげよう」

「…餌付けはされないよ?」

「わかっているとも。だがそんな幸せそうな顔を浮かべられてはね、貢ぎたくもなる」

 言われて顔を手で隠すけど、魔女が魔女らしく笑うだけだった。からかわれた。おのれ。

 彼女も白いケーキをフォークで切りながら口に運び始める。一口ずつ楽しむような上品な食べ方をする彼女に、私は結論付ける。

「つまり、私の興味と、あなたの興味は同じところに繋がってる、という事」

「うん。彼方がローブを手にした経緯を話してもらえると、お互い抱えてる謎を紐解く鍵にもなるであろうね」

「私が話してもいい…けど、それを話すなら私よりも適任の二人が居る」

「所有権がどう、とかいう者の事かね?」

「そう。私もまた、二人から話を聞かないといけない。丁度いい」

 ケーキを置いて、私は立ち上がって客室の方へ向かう。それをディーアは、疑うような視線だけで止めた。

「…此方の事を話しても問題は無いのだろうね?」

 そういえば、魔女はこの世界の敵だった。交易がどうとか言うから少し忘れてた。

 ミデンは直接私を殺してくれたけど、言っていた言葉を含めると敵、と言っていいのかどうかわからない。ディーアはディーアで、最初から膝枕されるような関係だし。

 それはともかく。

「都合が悪いなら隠せばいい」

 彼女が魔女であると言っても、ハティもスコルも、いきなり相手を殺そうとしないはず。

 たぶん。

 客室のノブに手をかけて、ノックするか一瞬だけ悩んで、そのままドアを開けた。長細い客室の、三つ並んだベッドの真ん中にはハティがヴァナルガンドを抱いて気持ちよさそうに寝ている。部屋は狭いため、見回すまでも無く、スコルの姿は無かった。


「えへへ、フェンリルさまぁ…」


 寝返りを打つハティが寝言を言った。

 夢の中まで私の名前を呼ぶなんて、愛いやつめ。起こす前にもう少しだけ幸せな時間を与えてやろう。

 隣のベッドに腰掛けると、ハティはヴァナルガンドを抱きしめながら夢の断片を現実にこぼす。

「そんなに睨んでも無駄ですよぅフェンリル様……大丈夫です、ハティがちゃんと気持ちよくして、もっと吸ってって言って貰えるようにがんばりますから。色っぽい顔にして涙と涎でぐしゃぐしゃにしてあげますよぅ」

 手を掴み。

「毎日毎日限界までいじめて、ハティさまぁ、って言っておねだりするように調教して――」

 噛み付く。

「ガヴ」

「――いっだあ!?」

 親指の付け根に噛み付かれたハティは飛び起きて、ヴァナルガンドを抱えたまま大慌てで私から距離を取り、ベッドから転げ落ちて行った。

「へ、蛇!? 狼!? どっからでもかかってきやがれです!」

 混乱してるハティは身構えるけど、宿の中に蛇って問題だと思う。狼はここにいるけど。というか彼女も元狼だ。

「元気そうで何より、ハティ。正直無理をさせたようだったから、心配してた」

「あ……………………はい」

「何? その間は」

「あ、いえいえ。別にそんな、心遣いが嬉しくて仮病をしていたなんて言えねえですねーと……はっ」

 じと目で見る私の視線にハティがさらに後ずさりして、隣のベッドに背中を押し付ける。肌が焦げてたし、たぶんあれは仮病じゃないのだけど、わざと言ってるだけ……いじめてもらいたいに違いない。

「い、いや、フェンリル様があたしのためにがんばって下さってほんとにもう、うれしかったぜーってお話です。やだなぁ、ハティなりの冗談ですよ。ヴァンパイアに日光は枯葉並みによく燃えるので」

「そう。それはともかく、スコルは?」

「しらねーです」

 寝てた彼女が知ってるはずも無い。狭い宿なので、居るとしたら外になる。

「ハティも起きられるなら、ヴァナルガンドの事で話がある。とりあえず、先にスコル探してくるから」

「あ、それならハティに任せてください」

 立ち上がった彼女は絶壁な胸を反らして得意げに言った。

「ハティはこの姿になっても『音震(おんしん)』が使えるんです。支配の双牙には無条件で風の魔法が使えるようになる特性があるんですよ。魔狼だった頃の名残ですよ」

「そうなの? じゃ、呼び戻してくれる?」

「お任せください!」

 ハティは眉間に人差し指を置いて眉を寄せ、むむむ、と唸る。『音震』は、風を操る魔狼族が遠距離に居る仲間と会話をするために使う魔法だ。風の精霊に祝福された者同士でしか使えないから、私は使った事がない。

 スコルに使えると言う事は、彼もケンタウロスでありながら、魔狼族の特徴の一つである風の魔法が使える、という事になる。一度、二人の戦うところを見てみたい。きっと近いうちに見ることになるだろうけど。

「スコル、フェンリル様が呼んでます。さっさと戻ってきやがれです」

 特に魔法陣が浮かんでる訳でも地味な魔法。待ってても仕方ないし、私は一足先に居間の方へ戻る事にした。ケーキ食べたい。

「は? 客がいる? 追っ手じゃねぇならお引取り願ってもらえです……え? あぁ、えっと……」

 ドアを抜けたばかりの私に、ハティは困惑した表情を向けていた。

「…あの、フェンリル様。実はヴァナルガンドを取り戻すために、前回協力……した奴がいるんですけど、どういう訳かそいつが今、外に居るようです」

「協力した人?」

「一般の商人で、裏から手を回してくれた奴です」

 話していると、入り口の方のドアが開いた。狭い廊下の先にスコルが顔を出して、少し気まずそうに頬を指で掻いてる。

「あの、よかったら彼女も話に加えてもいいかな…? 一応、ハティも僕も、知っている人なんだけども」

「無関係じゃないなら」

「ユフィールに関係ある人、かな」

「…わかった。通して」

 私は先に居間の方へ行き、ハティも後に続いてくる。聞き耳を立てていたらしいディーアは、ソファーでカップに口をつけていた。ハティは場違いと思われる彼女に驚いていたけど、私が彼女の正面のソファーに腰掛けると、警戒しつつも隣に座った。その腕には畳んだヴァナルガンドがある。そこでようやく、ディーアも興味深そうに、夕焼け色の目でハティを観察し始めた。

 続いてスコルが入ってきて、彼も同様にディーアを見て警戒した。すぐにこちらの方まで来て、ソファーを回り込んで私の背後に立つ。

「…ヴァンパイアにケンタウロス。珍しい組み合わせであるね。二人もお茶は如何か? 残念ながらケーキの方は無いのだが」


「ならお得意の『生ヒヨコ』を振舞えばいいじゃないのさ、山吹の」


 響いた声に、ディーアが腰を浮かせ勢い良く振り返った。逆さまの炎が揺らめくその一瞬で袖から杖を抜き、杖先を相手に向ける。

 杖を向けられた相手は、からからと楽しげに声を漏らした。

「『あっち』は好きよ? あの食感は。白餡なんか入れて、カステラ生地にして、食べてるときに動かなかったら最高さね」

「それはもはや焼き菓子であるよ。『呪い屋』」

 殺気向き出しのディーアに対し、呪い屋と呼ばれた女性は袖を合わせながら人当たりのよさそうな笑みを貼り付けまま歩いて行く。そして暖炉に向いていた揺り椅子の向きを変え、腰を降ろした。

「どっこいせっと…」

 息を吐き出しながら揺り椅子に深く腰掛けた彼女は、白髪交じりの頭に乗っけていた底の浅いシルクハットを膝の上に乗せる。

 丸渕眼鏡に、見たことの無い様式の布製のコートとロングスカート。種族は人間ではあるようだけど、『生ヒヨコ』を食す文化…ヴォイドの住人みたいだ。つまり、彼女もまた魔女。

 スコルとハティの協力者…って言ってたはずだけど。

「ふー…やれやれ。山吹の、そんなに警戒する事無いじゃないのさ。何もここでおっぱじめるつもりなんてないのよ? あっちは」

 あっちって、私達の事かと思ったけど、私を挟んだハティの視線は警戒心で一杯だった。スコルの方も、腕を組んだまま気を許してるようではない。ユフィールの知り合い、前回の協力者、とやらは彼女のはずだけど、単純な関係ではなさそう。

「何故、『貴様』がここにいるのかね? 此方の休日を壊しに来たのなら、即刻お引取り願うよ?」

「偉そうな口を効くじゃないさ、尻の青い餓鬼が。あっちだって山吹のがいるとは思わなかったのよ。でもまぁ、丁度いいじゃないのさ。お互い、それぞれ、抱え込んだ疑問をここらでひとつ、証明といかないかい? 魔女も狼も隔たり無くまとめてみんな、ね」

 長い煙管を取り出した彼女に、ディーアが身を竦ませる。相手はその様子にくっくと声を漏らした。

 しばらく彼女を睨んでいたディーアだったけど、様子を眺めながらもケーキを口に運びはじめた私を見て、肩を落としてしまう。なんか、ごめん。お腹へって。

「彼方は、状況をわかっているのかね? 魔女である此方が臨戦態勢なのだよ? 件の予言をした魔女がこの者であるのだよ?」

 魔女という言葉にスコルとハティから警戒心が漏れ出した。どうやらあの白髪交じりの人物が、魔女だという事を知らなかったらしい。あるいは、ディーアが魔女である事か。変わらずケーキを食べる私に、その警戒もすぐにしぼんでしまうけど。

 しっかりケーキを味わって、口の中が空っぽになってから答える。

「わかってるけど、この手の雰囲気は慣れてるし……それに、ディーアが何が何でも守ってくれると踏んでる」

「当然であるよ。友人なのだからね」

 私達のやり取りに、ハティが腕を絡めてきた。

「フェンリル様、ハティもいますよぅ。あとあたしにもケーキください」

「はいはい」

 少し大きめに切ったショコラケーキを口に入れてあげると、ハティはなんとも幸せそうに顔を緩める。それを見ていたスコルも、そっと顔を寄せて私の耳元で言った。

「ぽるたん、僕にもいいかな」

「はい」

 スコルにはカップについてた輪切りのレモン。彼はそれを嬉しそうに受け取って、しゃぶり始めた。

「恋が甘酸っぱいってこういう事なのかな……酸っぱさばかりで甘みなんて感じないけども、きっとこれに耐えれば同じくらい濃く甘い愛が待っているんだね……でも大丈夫、僕はこの酸っぱさに、確かな愛が含まれている事を理解しているよ…」

 ようやくスコルが馴染んで来たみたいで何よりです。どちらかと言えば、ケンタウロスが、かな。

 緊張感の欠片もないやり取りに、ディーアはいよいよ深いため息をついて、ソファーに座った。そのまま杖を置いて、自棄気味にショートケーキを手掴みで食べ始める。

「山吹の。そんなものを食べてたらまた肥えるよ?」

「かつて太っていたかのように言って此方を貶めるのはやめて頂けるか、呪い屋よ。まずはこちらの彼方に自己紹介をするのが礼儀と思われるが、如何に?」

「おやこれは失礼したさ。ではちょいと、お耳を汚しを…」

 一度咳払いをして、揺り椅子に座っている彼女は口を回し始めた。


「やぁやぁお初にお目にかかります、我は『呪い屋』と申す者。遥か東、それより先は陽の産まるる地のみとなる極東の島国より参った田舎者なれど、今日日流れ流るる商いの波風に揺らり揺られお見苦しくも各々方の前にこの身を晒す流れとなり申した。稀なる(えにし)に惹かれ、(うつつ)に垂れる(ことわり)の糸を引き、紡ぎに紡いだ夢の終わりに、神祇(じんぎ)と為る夢を見出したもの」

 流暢に語った彼女は、その豊満な胸に手を置いて、誇らしげに名を名乗った。


「我が名は灯集(ひつど)紡祇(つむぎ)、呪縛の魔女にして、いずれ創り世の扉を超える者。本日は遠きあの日に笑った(ともがら)の声を今一度届けに参った次第さ」


 どこか悲しく、だけど優しげに。誰かが言う魔女らしくない表情で、私の知る魔女らしく人間臭い感情を宿して。


*サブタイトル、章、等も落ち着いた頃に変える予定です。既に一度変えてたりします。ストーリーには影響しません。

次回更新日は7/27(水)を予定しています。

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