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フェンリルさん、おいしそう  作者: ひなみそら
第五話:始点
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気付いた事


 アーデイン・ボルバッティアは、物語の主人公になりたかった。

 この世に生きる者全てが主人公だ、とは、有名な誰かが言った言葉をそのまま母が我が物顔で言い聞かせたモノだ。自分の人生は自分でしか生きられないのだから、自分が主人公で何が悪い、と。

 まったくだ、と彼は思っている。アーデイン・ボルバッティアの人生は他の誰かに任せられるものじゃない。だから、自分が後悔しないように生きて、やれるようにやって、そうやって歩いてきた道がいつか誰かに語り継がれる物語になるのだと思ってる。

 実際、誰かに語って聞かせるような物語は、本当に数少ないのだが、それが人生なのだと、彼は考えていた。

 そして、今回の事も、誰かに聞かせるような物語にはならないだろう。


 アーデインが嫌うシチュエーションの中でも、今回のはトップクラスに嫌なヤツだ。


 自分の大切な何かを守るために、誰かの大切なものを犠牲にする。誰かが得るべきハッピーエンドを奪う、そんな物語の終わり方。

(こんな事なら話聞かねぇでさっさと突き出しゃよかったな)

 弓をたたんだ愛武器、ディーヴァを担いだまま、アーデインは冷気の漂うファソリの町並みを歩いていた。矢束や旅の荷物が入っているリュックサックは、今は背負ってない。ディーヴァは矢が無くても発動できる魔法がいくつもあるし、何より考え事をする時に担いで歩くと、考えがはかどる。きっと一緒に考えてくれているのだ。そろそろ喋りだすのも時間の問題だと思っている。

 大切なモノには魂が宿る。今回のローブは、それを証明しているのだし。


 突き出した大小様々な氷によって、ファソリの町並みは歯並びの悪いゴブリンの歯のような有様になっていた。生えてきた氷に押し上げられ、溶けた分だけ隙間が出来て、建物はいつ崩れてもおかしくない状況だ。

 地面に至っては足元を見なければ躓くほどがたがたで、岩肌が向き出しの山道を歩いているかのようだ。そんな遠目からではわからない被害が、今回の事の深刻さを物語っている。もしあの夜、ローブを纏ったシトリの暴走を止められなかったら、魔法がさらに進行して、巨人が畑を耕すように地面がひっくり返って、町は跡形も無くなっていたかもしれない。

(こんなやべー魔法を使える道具だから、逆に話を聞いてから渡そうと思ってたんだよな……こんな気持ちになる事も、覚悟はしてたけどさ)

 変わり果てたファソリでは行方不明者の捜索や、家屋から荷物を回収する人々の姿がちらほらと見受けられる。落胆する者、作り笑いを浮かべる者。住民の表情はそれぞれだ。見上げれば覆いかぶさるように伸びた氷の結晶もあるのだが、時間が経てば経つほど氷が溶け、危険が増すのが今のファソリの状況である。せめて貴重品だけでも持ち出したい。そう思う住人に、鎧姿の騎士が一緒についているようだ。

(あのハティってやつが、すっげー苦労したのもわかっけど、呪いのローブって証拠を出さなきゃシトリが疑われるだけだしな。つっても、シトリがやったって証拠である氷系統のデュナミスもねぇけど。時間が経っちまうと、逆に隠したり、仲間に渡したって疑惑が増えるだけだからな……)

 町を適当にぶらつきながらも、アーデインはあのハティという少女も笑える未来を模索していた。誰かに聞かせられない物語は、がんばって解決すれば誇れる物語になる。そう考えれば、無茶な作戦だって思いつくのだ。

 例えば、証拠として提出した後に、また取り返す、とか。説得してローブ含めて非は無い、と言わせるか。思いつくのは簡単だがどれも現実味が無い。エインヘリャルのヴァルキリーがやってきてしまっている、というのが最大の難点だった。ヴァルキリーはまじめで堅物なのが多いと聞く。

 それなりに冒険者として経験を詰んで、後味の悪い仕事もしてきたアーデインだからこそ、半ば諦めてはいるのだが、諦めたらもがく事もやめてしまうのを知っているので、彼はアレコレ考えながら歩いているのだ。


 白銀の鎧を身につけた騎士とすれ違い、アーデインは南大通りに差し掛かる。魔法の発生源と近かった通りのため、ここから先は進めば進むほど崩壊の度合いがまったく違う。

 突き出た氷に貫かれた店、倒れた柱に押しつぶされた家。地盤が緩んで傾いでしまった建物もある。ファソリの南の入り口は、完全に氷の花に覆われてしまっていて、人通りもまったく無い。空気は夏も近いというのに、肌寒いくらいだ。まるで異世界のような光景の中を進んでいると、見知った影が、半壊した建物の前でなにやらやっているのが見えた。

「おろ? シトリ?」

 声をかけると、動きやすそうな格好の上下に身を包んだ彼女が、やけに明るい表情で振り返る。

「あら、おはようございますアーデイン」

 短いシャツから露出した腕には包帯が巻かれていて、目の下には隈があり、元気そうとはいえない表情である。それに気付いていたが、アーデインはそれを表情に出さずに言った。

「お前テントで寝てたんじゃねーの? なんだか思ったより元気そうじゃん」

「はい。おかげさまでだいぶ良くなりました。二人がテントの方で話している間にこっちにきたんです。今のうちに荷物を回収しとこうと思いまして。この有様ですから」

 彼女に釣られて上を見上げれば、今にもこちらに倒れてきそうな巨大な氷塊がある。シトリの店からは魔法の発生源はもう少しだけ離れているはずだが、こちらに傾いてきたら、と思うと恐怖を感じずにはいられなかった。

 見たところ、彼女も私物の回収をしているようだが、詰まれた箱は抱えて運ぶには少し多いようだ。荷車も無いのにどうやって運ぶつもりだろうか?

「あんま無理すんなよ。言えば手伝ってやったのに」

「気持ちだけで結構ですよ…と言っても今からでも手伝うんでしょう?」

「まぁな」

 彼女は笑みを浮かべ、必要なものをいくつか口にする。貴重品、着替え、日用品のいくつか、そして、板状で保管しているデュナミス。

「ガッフ君とポルタさん、旅に出るって言ってましたから。私のデュナミスあげちゃおうかなって思ってるんです。どう思いますか?」

 崩落した建物の側面から中に入り、瓦礫で半分ほど埋まった青空の見える倉庫を二人して探す。

「シトリがいいならそれでいっけどさ。冒険者ってデュナミス育てんのも醍醐味だと思うんだよなぁ、おれっちは」

 そのガッファスが、片腕を失ってしまった事は、今のところ伏せている事だ。余計な心労はかけたくない。

「そうですね。新しい技を覚えるたびにどう繋げるか考えるのが楽しいんですよね。なら、ポルタさんに全部あげちゃいましょうか? 護身用としては申し分ないと思うんですけど」

「……お前の強さでポルタが暴れんの…? ちょっと想像したくねぇなぁ…」

「その際には是非、私の体術を伝授したいところです」

 シトリの体術はデュナミス無しでも十分戦えるものだ。どこで誰に教わったのか、彼女は頑なに教えてくれないが。

 探しているのは『拳術師のデュナミス』。それがシトリの持つ、持ち上げる事も出来ない量の金塊と同じ価値のあるデュナミスである。板状で管理しているという事は、盗まれてしまえば換金されてしまう、という危険があるのだが、この状態のデュナミスは何か印でも付けない限りは他のデュナミスと外見上はなんら変わらない。一目見て、それが価値のある物だと見破るのはまず不可能だ。何より、板状のデュナミスは隠しやすい。

「あ、ありましたありました」

 そんな声と共に、金塊は瓦礫の中から発掘された。

 埃を被った鍵付きの小さな木箱を拾い上げた彼女は、鍵を取り出したりせず、そのまま両手に力を入れてバキバキと音を立てて箱を潰してしまった。「えぇぇ…」と声を上げるアーデインをよそに、彼女は中から数枚のデュナミスの板を取り出す。

 青白い透明の板。種族によって大きいとも、小さいとも言えるポケットサイズのそれは、シトリが冒険者だった証となるものだ。

 靴に宿らせる移動補助や服に宿らせる防御特化、武器そのものや装飾品に宿らせる類のもの。板の状態では一切の力が無いため、なんの圧も無いが、あれらこそが彼女を『マンティコア』と呼ばせた、力の源である。

 ちなみに、マンティコアとは獅子の体に大コウモリの翼、サソリの尾を持つ怪物で、素早く動き、素早く飛び回り、地平線の獲物を毒針を飛ばして狙撃する、という手の付けようのない魔物である。素早く動き、素早く跳ね回り、近接型のくせに、遠く離れた敵に魔力の塊を雄々しい気合と共に飛ばしてくる(しかも着弾点で爆発する)、まさにマンティコア。

 異名を口にすると嫌がるどころか喜ぶのだが。

「…渡すんなら箱のまま渡しゃいいのに」

「この瓦礫の中から鍵を探すんですか? 無理ですよ」

 瓦礫と言っても、半分ほど建物の姿は保っているのだが。破壊の原因はどこだと探してみれば、溶けてずいぶん小さくなった氷の塊が倉庫の真ん中に転がっていた。床がぬれており、割れたインク瓶で黒い池が出来ている。シトリは塊を蹴飛ばしながらデュナミスの束をポケットに差込み、作業を再開した。

 塊が貫いた天井は崩落して、二階の一部と青空が見えている。面影の残る酒場の方では床から天井まで伸びた氷塊に棚が壊され、倒れた酒瓶で芳醇な香りの赤い川が出来ているし、こんな場所にいるシトリも辛いだろうな、と考えつつもアーデインは荷物探しを手伝った。

「お、これシトリが使ってたガントレットだろ? 持ってくか?」

 アーデインにも見覚えのある、ミスリルをふんだんに使った防具兼武器であるガントレットは、素材の特性で見た目以上にずっと軽い。シトリの方へ放ると、彼女は胸で受け止め、懐かしそうに目を細めた。

「そうですね。持って行きましょう。あとグリーヴと、胸当て見つけてもらえます?」

「おっけー」

 瓦礫塗れの倉庫をひっくり返していると、アーデインの足元でガラスの割れる音がした。足をどけてみると、それは写真立てだった。やべ、と思いながら拾い上げてみると、埃を払ってみると、割れたガラス越しに、色あせてセピア色をした家族写真が姿を見せる。

 朗らかに笑う二人の人間と、つまらなそうにする、一人の人間の子供。背景はどこかの湖のようだ。

「あー…シトリ悪ぃ、割っちまった」

 重そうな瓦礫を片手で持ち上げていた彼女に差し出す。シトリは写真を見て、つまらなそうにした。

「気にしないでいいですよ。これは、ゴミです」

「へ?」

 シトリは写真立てを黒い泉に放る。水音を立てて落ちたそれは、インクが染みてすぐに黒くなってしまう。

「アーデインには話してませんでした? 私、両親の事嫌いなんですよ」

「…じゃぁなんで店を継いでんだよ」

「両親の形見だから……だったから、ですね。それだけの理由で、意味なんてなかったんです」

 瓦礫をどかし、ため息ひとつ。

「あの写真の二人は義理の親なんですよ。血のつながりは無いんです。本当の両親は、父の方は私が生まれる前に事故で亡くなり、産みの母は私が生まれて一年経ったころに、私の事を思って別の男性と結婚されたそうです。ですが、私が物心付く前に母は病に倒れ、新しい父は店を継ぎましたが、彼もまた私の事を思って――という理由の恋愛をして、結婚されてるんです。酷い話ですよね?」

「…おれっちにはわかんねーよ。人間じゃねぇもん。でもさ、シトリの事を考えてくれたんだろ?」

「そうですね。実際、よくしてくれました。ですけど、やっぱり血の繋がってない人ですし、それを理由に、二人はお互いにいい所を見せたかったんですよ。偽りでも優しくしてくれている分、幸せでしょうけど、子供なりに気を使うことはありましたよ。特に、二人が仲良くしてるのを見ると、やっぱり嘘なのかなって思ってしまいましたし」

「それで不機嫌そうなのか」

 アーデインは先程の写真を拾い上げる。だいぶ黒くなってしまって、両親の顔は見えなくなっていた。シトリは、荷物探しをしながら続けた。

「二人が好き合っていたのはわかってましたし、気にせず子供でも産んでほしいと、家を出ました。私自身、欺瞞を事実に整形したような家族生活に耐えられなかったんですよ。二人が倒れる前、お腹に赤ちゃんがいたそうです。私の妹です。今は土の下ですけどね」

 シトリはミスリル製のグリーヴを見つけ出し、ガントレットの横に並べた。

「何事も無く、妹が生まれていたらまた違ってたんでしょうけど。二人が死んで、ここから居なくなってから、余計にわからなくなってしまったんですよね。本当に愛されていたのか、違っていたのか。私も愛していたのか、そうでないのか。好きなんて言いませんでしたし、家を出るときむしろ大嫌いって言って出て行きましたから。戻らないつもりだったんです。まんまと戻って、お墓の前で都合のいい思い出だけ拾って泣いて、店を継いでしまい、文字通り、潰しましたけどね」

 私の手で、と。

 それは違う。言いかけたアーデインを制するように、彼女は笑い声を上げた。

「ふふ、大事なお店でしたが、壊してみればそんな事なかったって理解しましたよ。アーデインならわかるんじゃないですか? ほんとに大切だったのは、私が私である事だったんです。同情なんかで店を継ぐくらいなら、やりたい事をやっていた方がよかったんです。机の中に仕舞われていた、私の知らない、私宛の手紙が、二人もそうする事を願っていたんだって、教えてくれました。偽りでも、家族だったんだなぁって思いましたよ」

「よかったじゃんか。気付けて」

「そうですね。いい機会なのかもしれません。今ここで私が、失いたくないと思うもの。それが私の歩むべき道なんでしょう。同情なんかしないで、やりたいようにやれ。それが遺言でしたからね」

 胸当てを拾い上げ、彼女はそれらの防具を持って外に出て行く。アーデインはインクで汚れた写真を立てかけ、彼女の過去に思いを馳せ、今のシトリを追った。

 通りの方では、腰を屈めて木箱を持ち上げるシトリの姿があった。そんなに抱えたら足元みえないだろ、と思う量だが、彼女はそのまま頭の上に木箱を乗せて、絶妙なバランス感覚を見せる。持ちきれていない布袋なんかもそのまま腕に引っ掛けて、歩き始めてしまった。これでデュナミスの補助が一切ないというのだから、人間とは思えない人間である。

「他のもんはいいのか? もっとありそうなもんだけど」

「アーデインだってリュックサック一つ分が全財産ですよね? こんなものですよ。金庫とかから財産もしっかり回収しましたし、どうせこの町にはいられませんからね。多すぎても、仕方ありません」

「……何度でも言うけどさ。お前に罪はないんだぜ? 町に残るって選択だってあるだろ」

「面白い事いいますね。さっきの話聞いてました?」

 横に並びながらそういやそんな話だったか、と頭を掻く。冒険者時代の名残を大事な物として拾ったのだ。そして、拾ったものが自分の歩むべき道だと。いや、それってつまり?

「…え? お前復帰するつもりなの?」

 顔を見上げて言うと、躓いて転びそうになった。動揺したように見えた――実際に動揺したアーデインを横目に、シトリは照れくさそうに笑みを浮かべる。

「事の成り行き次第、でしょうね。私に罪がないなら、そうしようと思います。ポルタさんがデュナミスをいらないって言うなら、今度こそ最強の座を目指しましょうかね」

 なんだか、一年以内にとなりの国の闘技場に姿を現し、猛者を薙ぎ倒し、来年には魔女の勢力の強い北方に行ってそうだ。アーデインの知る限り、近接戦闘でシトリの右に出る者はいない。現役時代に苦手だった魔法主体の敵さえ克服したら、本当に最強になるだろう。

「シトリに罪はねぇよ。不幸な偶然だったんだ。でもさ、お前クライエンの事とかどうすんだよ」

「はて? 何の事ですか?」

 涼しい顔でとぼけるシトリ。罪悪感で押しつぶされそうだと思って、心配してやっていたが、考えてみたらシトリという人物は肝が太すぎ、尚且つポジティブな考え方が得意な奴であった。遠慮していたアーデインが、馬鹿の様である。

「お前、クライエンに告白されたんだろ? もしかして、まさかとは思うけど、この事件に乗じて有耶無耶(うやむや)にするつもりなんじゃねぇだろうな?」

「あらやだ言いがかりは止して下さいません? 私だって繊細な乙女なんです。アーデインの事だから私を心配して罪悪感がどうとか考えてくれていると思ったんですけど、そういう事言うんですね。そんな外道みたいな事考えられませんよ」

「あぁ、そうだよな。引退してすっかり丸くなっちまったもんな。悪ぃ」

「ま、考えましたけどね」

「うぉい」

 声を低くして、シトリは悪役みたいな顔で言う。

「悲しみながらクライエンさんに慰められるのって結構良かったですよ。なんていうかこう大事にしてくれてるんだなってすごい感じました。お前さんのせいじゃない、とか必死に言ってくれていやもう、ほんとに嬉しかったです。おかげで元気になりましたけど抱きしめられたドキドキのせいで寝不足になりました。いやぁ、私ってこんな乙女なところあったんですね」

「…前言撤回だ……お前なんも変わってねぇ。ファソリに来てしおらしくしてたから、半分別人としてみてたぜ…」

「集団生活に溶け込むにおいて猫を被るのは当然です。私があなた達二人が来るのを楽しみにしていた理由ってなんだと思いますか? 羽を広げるためですよ。戻ってきた理由が理由ですから、窮屈極まりないんです」

 道を歩きながらアーデインはなるほどな、と思いつつも、騙されていた町の連中が気の毒に思えてきた。罪は無い、と慰めるつもりが、本人が傍から感じていないとなると、むしろ罪を感じろと言いたくなってしまう。両親の事も含めて、何を考えているのかわからないヤツだ。

(てか、おれっちハティとか言う奴に『知らない間に周りを傷つけたシトリの気持ちを』とかなんとか言っちまってるじゃん! こいつびっくりするくらいそこんとこ感じてねぇよ! 感じろよ! もっと罪悪感に苛まれろよ!)

 声に出してツッコミを入れてやりたかったが、それをすると問題になりかねない。今も何も知らない町の住人が、崩れた家屋を掘り返しながら声をかけてきていた。愛想よく返事をするシトリは、頭に乗ってる荷物さえなければ気のいい町の看板娘だろう。怪力は周知のようである。

「…で、ポルタから聞いてはいるけどさ。結局どうするつもりなんだよ」

「あら、喋っちゃったんですね。いいですけど。やっぱり決闘して勝っていただくのが一番、いいんですけどね」

「あっはっは。無理だろ」

 歩きながら綺麗な動きで回し蹴り。見事にアーデインの鼻を打ち、長い鼻を押さえて蹲る。町の者よ、見たか。これがこの女の本性だ。

 顔を上げるが、近くの住人はまったく見ていなかった。そのタイミングを狙ったのだとしたら、恐ろしい女である。ちなみに本気で蹴られていたら、首が取れていたかもしれない。

 冗談一つで命を飛ばされてたら、アーデインはとっくに死んでいるが。

「正直、家庭に入って職人の彼を甲斐甲斐しく支えるなんて想像できないんですよ。気持ちは嬉しいんですけどね」

「…籍だけ入れて冒険でもなんでもいきゃいいじゃん」

 冒険者の出稼ぎ、というのは珍しくない。夫婦で冒険者というのもよくいる。

「あぁ、その手が……でも結婚したら新婚生活というのに憧れるのが女性の性、です」

「知ってたけど、めんどくさい奴だよな。お前」

 再度回し蹴り。アーデインは身を屈めて回避したが、頭の上を風と共に通り抜けた足がそのまま天を向き、踵落としに切り替わった。グシャッ、と、身の詰まった物が潰れる音が響き、顔面からでこぼこの地面にキスをする。流れるような動きであった。日頃の鍛錬の賜物である。

 まったく、恐ろしい女だ。

 アーデインは跳ね起き、構わず先を進むシトリに追いついて涙目で訴えた。顔から土の欠片が落ちる。

「頼むから、頼むからおれっちの旅についてくるとか言うなよ? ただでさえ当初の予定より大人数になってんだからな! ポルタとの二人旅の予定だったんだからな!」

「きゃーやーらしー。尚更ついていかないとダメですね。ポルタさんの純潔の危機です」

「んなことしねぇよ。てか、旅を考えてんなら尚更、無実を証明しねーとな」

 昔のようにそのまま口喧嘩のようなやり取りが始まりそうだったが、その一言で二人の表情は引き締まる。

「そうですね、お願いします」

「…意外だな。あぁいうのに直接関わると、感情とか流れてくるっ話聞いてたからさ、もっと駄々捏ねるかと思ってたぜ」

 呪いは憎しみや悲しみが力をもって具現しているモノ。自我を奪われるくらい強いモノなら、シトリもそれに影響されるかも、とクライエンは予想していて、アーデインもびくびくしながら接しているのだが。

 当の本人は視線を少し先に向けたまま、ため息混じりに答えた。

「あの中にいた気持ちは忘れてません。あの子の言いたい事もしっかり伝わってます。でも、私にはどうする事もできないんですよね。ただ拾ってしまっただけですし、体を貸して、これだけの事を私の体でしたんですから、あの子にはそれで許してもらうつもりです」

「…だからそんな明るいのか?」

「そうですね。あの子、誰かに会いたくて、自分の居場所を教えるためにこんな事したんですよね。それで、少しすっきりしたようなので、私もそれでいいやって。皆さんやガッフ君の事とか悪いとは思ってますけど、あの子の気持ちを考えると、不思議と罪悪感が沸いてこないんです。両親の事も、嫌いなものは嫌いでいいのかなって。私はもしかしたら半分、壊れてるのかもしれませんね。あれ以上踏み込んでたら、あるいは魔法を使ってなかったら、あの子の感情に満たされて、狂っていたでしょう」

 罪を感じてほしくないとはアーデインは思っていたが、ここまで感じてなくて、やった事を受け止めていて、ローブに感情移入もしていなくて、割り切ってる。いい事なのに、どうも釈然としない。

 それも仕方ない。アーデインとシトリは、種族も違えば性別も違う。何より、考え方が根本的に違うのだ。

(…こういう考え方できる奴だから、強いんだろうな)

 深くは考えず、アーデインはそのまま並んで町を出た。

 住民向けの大型テントは、シトリとクライエン、それにポルタと、ガッファスの家族の合計六人が借りる事になっている。今朝までシトリが寝ていたテントは、『保護のデュナミス』という、なんでも鍵付きにできるデュナミスが宿っており、倉庫として使っていいとの事だった。少なくとも事態が落ち着くまでは、そこで生活するしかないだろう。

 今後の事はまだ何も知らされていないが、事件の真相を知る者達は、ひとまずシトリの無実の証明の事だけが、心配である。

 ガッファスには、騎士団やエインヘリャルに気付かれたら、とりあえず何も言わずにテントに案内するように言ってある。アーデインの予測では、怪我人のリストを調べれば、一人だけ毛色の違う傷を受けているのがすぐにわかるはずであり、最初にガッファスの元に調査が及ぶ、と考えていた。そしてその時がタイムリミットだと、決めている。

「おや? なんだか騒がしいですね」

 シトリがそんな風にいい、立ち止まる。顔を見上げて視線を追ってみると、確かに、テント街こと、避難所の方がやけに騒がしい。街道沿いを歩いている二人には、わー、とか、ぎゃーとか、そんな声が聞こえていた。

「また喧嘩か?」

 窮屈な避難生活で、おまけに住人なんかよりも商品や荷物をダメにされた冒険者、商人の方が多い。配給の順番を抜かしただの足を踏んだだのとほんの些細なことですぐに喧嘩になる状況で、喧嘩が起こらない方がおかしかった。アーデインもかなりの回数、仲裁に入っている。

 ちなみにアーデインもカリカリしており、三回ほどディーヴァの魔法を使って黙らせている。

「喧嘩ですか。私が行きましょうか?」

「……やめてくれ。怪我人が増える…」

 どうみても体が疼いているシトリに心から頼むアーデイン。彼女が仲裁に入ったら、喧嘩両成敗が成立してしまう。

「喧嘩なら騎士団が止めんだろ。別に――?」

「おや?」

 街道を少し進んだ所に、一人の人間の男性が飛び出してきた。上半身に包帯を巻いた彼は、何かから必死に逃げるような様子だった。

「ひ、ひぃぃぃ!」

 悲鳴を上げて逃げる彼を追って、テントの陰から飛び出したもの。それは――


「ディーヴァ! 起きろ!」


 咄嗟に名を呼び、担いでいたクロスボウを構える。折りたたんでいたクロスボウは、魔法陣を展開しながら、弓を張り、金具を締め、弦を引き絞る。アーデイン自身もポーチから数枚のトークンを握りこむのも忘れない。

「おいこっちだ!」

 男性に声をかけると、彼はすぐに二人の方へ向きを変えた。追っていた者も、剣を振り上げたまま、向きを変える。

 追っていたのは黒い、靄を形にしたような人型。アーデインはそいつを知っている。『シェイド』、と呼ばれる、古い遺跡に住み着く影の魔物だ。通常は日の光に焼かれてしまうものだが、例外も居る。目の前に。


『バテレ・エンコルポッ!』


 技名の発声と共に、引き金を絞る。手持ちの大砲を撃ったような反動に、アーデインの膝が沈んだ。

 目に見えない魔法の弾は、シェイドに着弾すると、鉄の塊で殴りつけたような鈍い音を響かせた。故郷の言葉で打ん殴り、つまり衝撃を与えるそれだけの単純な属性の魔法だが、効果は絶大。頭に直撃したシェイドはもんどりを打って、一回転しうつ伏せに倒れた。手に持っていた剣が回転しながら地面に刺さり、そのまま日に焼かれるようにして、真っ黒な煙を上げて影は消えて行く。元々ランプの光に焼かれてしまうような弱い魔物。もっと威力を抑えてもよかったかもしれない。

「た、助かった。ありがとう」

 男性は息を上げながら礼をいい、その場にへたり込んだ。

「今のシェイドですよね? なんでこんな場所に?」

 いぶかしむシトリの問いに、息を整えながら彼は答える。

「わからない。あれは剣から、いきなり沸いて――ひっ!?」

 振り返った男性が短い声を上げる。アーデインも目を細め、突き刺さった剣に起こる現象を、ディーヴァを向けながら観察した。

 剣の、陽の光を浴びて出来ていた影が地を這う黒蛇のように揺らぎ、突き刺さった剣の刃に絡み付いて行く。影の蛇はそのまま何匹にも裂かれながら刀身を登って行き、柄にたどり着くと、影を編む様に右手、右腕、右肩、右胸、と、順番に人の姿を作って行く。

 やがて足が、頭が先まで出来上がると、復活したシェイドは剣を引き抜き、再び振り上げ、恨みの篭った声を上げる。


『もっと、大事にしろぉ…』


 ファソリの災害は、まだ終わっていない。ここからが、本番だった。





*次回更新は7/18(月)を予定しております。

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