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フェンリルさん、おいしそう  作者: ひなみそら
第五話:始点
44/54

ファソリの災害

前回のあらすじ:燕尾服の女の子が逆さまに飛んできた。

 一体何が起これば人が逆さまになって飛んでくるのか。多種多様な種族がおり、ハーピーやセイレーン等、翼を持ち空を飛べる種族が多いこの世界でも、天地がひっくり返ったまま飛び回れる者などいないだろう。

 ましてや、飛ぶと言うよりはぶっ飛ぶ、という表現がしっくりするような速度でなど。


 ゴガッ!


 飛んできた燕尾服姿の少女は、同じ骨でもスケルトンの骨では決して立てられない生者特有の頭突き音を、運悪く飛翔航路に入り込んだ青髪の少女と共に奏でた。

 頭突きとは到底思えない音が響き渡り、ポルタの足が浮く。二人の少女の首はぶつかった場所でくっついてしまったかのようにそれぞれ後ろに引っ張られ、体がのけぞって行った。そして二人の額が離れた途端、見ていた者の時間が元に戻り、綺麗にまっすぐ飛んでいた少女と、地に足を付けていたはずのポルタは、勢いを若干殺されつつも畑道の十字路へと吹き飛ばされたていった。


「ポルタ!」


 ここで褒めるべきは畑道にいたアーデイン、そして蹲っていたクライエンだ。アルビノゴブリンの彼は自身の半身とも言えるデュナミスの宿ったクロスボウを惜しみなく放り出し、仰け反りながら飛んでくるポルタを受け止めるべく前に出た。そして、クライエンもまた、普段の鈍重な動きとはかけ離れた動きで、もう一人の少女をその大きな体で抱きとめたのだ。

 両腕で細い体を抱きしめ、背中で地面を滑りながら受け止めた二人は、ガッファスのいる十字路にまで滑ってくる。

 アーデインのクロスボウが地面に付く時、次に動き出したのはコボルトのガッファス。彼は今まさに傍に来た二人の少女とそれを受け止めた二人の男の心配よりも、迫り来る次の危機に対して動いた。


「後ろ! 馬の兄ちゃん!」


 叫び、半ば放心状態だったケンタウロスに生気が戻る。横向きに倒れていた彼はとっさに上半身を起こし後ろを振り返った。そして自分に向かってくるそれから逃れるべく、立ち上がって前に駆け出そうとした。

 燕尾服の少女が飛んできた方角。街道の方からこちらへと向かってくるのは、夜の欠片とでも言うような、深い紺色のローブに全身を覆い隠した人物。頭どころか顔までフードで覆い隠したそいつは、武器こそ持っていないものの明らかな敵意でケンタウロスに迫っていた。

 体の都合上、その場で向きを変えるのが苦手なケンタウロスは駆け出し、入れ替わるようにして前に出たガッファスが剣の柄を握った。鎧と盾は組合に返してしまい、楽な冒険者服姿の彼だが、剣だけは母タエニアの物で、まだ携帯していたのである。

「お前止まれ!」

 ケンタウロスが横を抜けた際に警告し、立ち止まるが、相手は止まらない。むしろ冷たい殺意がガッファスに向き、魔物とは明らかに違う気配に毛を逆立てながらも、気を引き締めて腰を低く落とす。

 一歩、二歩、意識を高めて間延びさせた時間の中、相手が十分な間合いに踏み込んだ瞬間に、ガッファスは吠えた。


「グルァッ!」


 獣じみた声をあげ、一閃。直後、鋼を打ったような手ごたえに、剣が打ち返される。

「ッ!?」

 左から右へと抜けるはずだった剣は、相手の右手によって防がれた。細く長い指のついた手は、手の平や指の先に真っ白な氷が張り付いていて、それがガッファスの剣を受け止めたのだ。まるで岩か、それこそ鋼のような硬度で。

 走ってきた勢いをそのままぶつけた様に、ガッファスの剣は高々と弾かれたが、相手もまた片足を軸に左手に振り回されたように見えた。それが攻撃の動作のひとつだと気付いたのは、一拍遅れてから。そいつは一瞬だけ背中を見せ、次の瞬間には浮いていた足で、無防備になったガッファスの脇の下をしなやかな鞭のような動きで打ち据えていた。遠心力の利いたとてつもない力で。

 ろくに防御もできなかったガッファスは蹴りを直撃し、吹き飛ばされた。骨が軋み、肺の空気が搾り出される。痛みが走った頃には、柵を破壊し、畑の中へ頭から突っ込んでいた。手から離れた剣が空中で回転し、地面に突き刺さる。


「ガッフ君!」


 転回し、一呼吸にも満たなかった攻防を見たケンタウロスは、盛り土に頭から突っ込んで動かないガッファスを心配したが、突き刺すような殺意が自分に向くと、意識を人型をした夜の欠片に向け、腰に下げている二本の長剣を抜いた。

 回転した勢いで足元の土を抉った相手は、腕を下げたまま構えもしないが、顔も見えないフードの下からありありとした敵意を感じる。何者なのか、なぜ自分達を攻撃してくるのか。そう考えつつ向き合っていたのも束の間、相手は強く踏み込んで、腕を大きく振りかぶり、氷に半分覆われた手を叩きつけようとして来る。

 ケンタウロスは交差した剣でそれを正面から受け、競り合いになる前に膂力だけで押し返した。鋼を擦ったような音が夜空に響き、どこか獣じみた動きで相手は元の位置に戻って唸った。

 体の線こそ細いが、彼はケンタウロス。力はある。後ろに飛びのいた相手の殺意が、さらに膨れ上がり、フードの下で忌々しく大きく息を吸い込む音が聞こえた。それはまるで殺しても死なない『不死者』を思わせるような、寒気のする息遣い。


「やれやれ、あまり穏やかではないね。なんだい君は? こちらは少々忙しいんだ。お引取り願えるかな」


 口でそうは言うが、内心ケンタウロスは穏やかではなかった。剣こそぶら下げているが、こんなものは故郷の森で訓練を受けてこそ居たが、ここ二年、旅に出てからはまったくと言っていいほど使ってない。盗賊に襲われることがあっても、自慢の足と、デュナミスの力で乗り越えてきた。

 敵と言える『夜の欠片』は、手に付いた氷の爪を開閉してシャリシャリと鳴らして呼吸を繰り返している。この地点で、既にケンタウロスは相手が魔物に類するものではないか、と検討をつけていた。あまり、人らしい仕草や気配を感じない。

 状況説明がほしいところだが、なんにしても今は降りかかる火の粉を払うしかない。


「あまり戦うのは好きではないのだけどね。大切なものを守るには仕方ないか…」 


 ケンタウロスがそう発言した頃、アーデインはようやくポルタを上に乗せたまま起き上がるところだった。矢を入れたリュックサックごと背中を引きずったおかげで彼自身に怪我は無いが、今までに無い距離で感じる匂いと柔らかさにおかしくなりそうだった。だが、訳のわからない事態の中、確実に脅威が迫っている事で、彼の理性は繋ぎとめられる。

 ポルタを地面に横たえ、前髪をよけて額を確認する。激しくぶつけただけあって、少し切れて血が出ていた。おまけに意識も失ってる。気を失うほど頭を強く打つ、なんて心配になる事だが、彼女の胸元のネックレスが淡い光を放っていて、それがアーデインにも見慣れた『守護』の効果を持つデュナミスのものであると見破り、胸を撫で下ろす。魔法陣が出るほど強くないようだが、防御系のデュナミスはどんなに弱くても致命傷は確実に防いでくれる。首を飛ばすような一撃でも、デュナミスが破壊されるのと引き換えに守ってくれるのだ。

 一方、クライエンの方はひどいものだった。そちらの少女の方はデュナミスが無いからか、完全に白目を剥いていて、額からだくだくと血を流してる。口から魂も出てそうな感じだ。ネックレスが無かったらポルタも同じことになってたのか、と少しぞっとした。

 ともかく、今は。

「クライエン、こっちは頼んだ!」

 普段から上着の懐に隠してる赤い液体、回復のポーションの小瓶を二本投げた。クライエンは取り損なってポーションは地面に落ちたが、錬金術で強化されてるガラスはそのくらいで割れたりはしない。今時田舎町でも手に入るような常備薬だが、効果は十分。ある程度の傷を一時的に塞ぎ、重症化するのを防いでくれる。この世界の回復魔法もそうだが、適切な手当てがされるまでの応急処置に過ぎず、効果が切れた途端傷口が開いてしまうのだが、それまでに病院なり手当てするなりすればいい。このポーションなら、一日は効果が続くだろう。


 アーデインは自分が投げ出したクロスボウが落ちる畑の中へと急ぐ。柵を飛び越え、畑に転がるようにして白銀色のクロスボウを手に取った。その間にも、夜の欠片とケンタウロスの戦いは続いていた。

 優位に立っていたのはケンタウロスだ。両腕に持つ剣は長く振り回すだけで相手を近づけさせないほどのリーチがある。音楽家など言っておきながらもその剣筋は明らかに訓練を受けた者のそれであり、まっすぐ、それでいてしなやかな剣筋だ。ガッファスの速く力強い剣とは違い、手数で勝負する類のものだろう。

 右手の剣を受ければ左手が別の角度から襲い掛かり、かと思えば二本並んで切りかかって行く。伊達で帯剣しているものかと思っていたアーデインは、突きや切り付け、受け流しなど、まるで舞う様な攻防一体化した攻撃に舌を巻いていた。

 だが、相手も相手で凄まじかった。絶え間なく繰り出される剣を全て手だけで弾いている。しかもリーチの差など無いかのように懐に踏み込み、全身を使って二撃、三撃と攻撃を繰り出しては押し返され、地面を抉り飛ばし、勢い良く踏み込んでくる。その動きは荒々しく、正面から愚直に襲い掛かってくる様は、人の形をした狂獣のようにしか見えない。

 クロスボウを操作して弦を引き、矢を番えて狙いを定めたアーデインだが、なかなか射撃するタイミングがつかめない。クロスボウは元々連射するような武器でもなく、相手が隙を見せた瞬間や、隙を作るために撃つのが、アーデインの基本的な援護の仕方だ。しかし、狭い畑道でお互い一歩もひかずに正面から打ち合う二人に、何より今日出会ったばかりのケンタウロスの呼吸に、うまく合わせられないのだ。

 

(でもま、相手の気を引いてくれんなら…) 


 アーデインは視線をそちらに向けたまま腰のポーチを開け、小分けにされた中から硬貨を数枚取り出す。

 昼間はガッファスが主体で、アーデインは完全に援護だった。それも、保険という意味の。財産はそこそこあるが、訳あって多額の貯金をしたいアーデインは、節約するためにもクロスボウに宿らせているデュナミスを半休状態にしていた。

 しかし、今は違う。相手が何であれ、本気を出す時である。

「おい馬野郎! このおれっちが援護してやるからありがたく思え!」

 相手の氷の爪を剣で受け止め、ケンタウロスは口の端に笑みを浮かべ、涼しく言った。

「デュナミスだね。期待させてもらうよ、ゴブリン」

「まかせな! いいか、そいつぜってー捕まえるからな!」

 宣言し、アーデインはトークンの一枚――天秤と歯車の模様が刻まれた、物質操作の銅貨を指で弾いた。


「目覚めろディーヴァッ!」


 アーデインが高らかに告げると、クロスボウに刻まれていた細やかな模様に白い光が走る。空中で回転していた銅貨は空気に溶けるように消え、アーデインの愛武器『ディーヴァ』が静かに目を覚ます。


 白銀のクロスボウを中心に白色の魔法陣が一つ浮かび上がり、それを囲うように球形をした魔法陣が展開されて行く。どこか精密な機械を連想させる動きで左右に開いた球形の魔法陣は、風に広がる羽毛のように、大小様々な魔法陣を吐き出し、空中を漂ったそれらはクロスボウに組み込まれる歯車のように取り付き始めた。

 やがて薄い灰色の線だったデュナミスの幾何学模様は強い紅色に変わり、クロスボウの側面にはスイッチのように魔法陣がいくつも浮かび上がる。他にも弓や弓床、先端や弦受けにまで細やかな装飾品の如く浮かび、その全てが互いに魔法文字のやり取りを始める。コアとなる球形の魔法陣は、クロスボウの中心に埋め込まれ、それらの文字を行き来させる心臓のように機能し始めた。

 ただの金属の塊だったクロスボウは、今や魔法機械とも言えるような姿に昇華していた。外見が変わるほどのデュナミス。それは、本当に一部の者しかもっていない代物だ。


 アーデインは一度外した矢を番えるよりも先に、変貌したクロスボウの側面に並ぶ魔法陣の一つを弓床を支える指で叩く。すると、魔法陣のネットワークに光る文字が駆け抜け、コアに吸い込まれると、クロスボウ全体に現れていた光る魔法陣の明度が下がり、側面の魔法陣の幾つかが消え、コアから吐き出された新しい魔法陣に入れ替わった。起動からそこまで呼吸二回にも満たない時間だった。


 アーデインのクロスボウ、『ディーヴァ』に宿る『強弩のデュナミス』はかなりと言っていいほど育っている。不活性状態でも宿しているだけで効果のある『常時発動(パッシブ)形』の威力強化や軽量化はもちろん、活性化状態でのみ使える『起動アクティブ形』の能力も、相当なものだ。とくにそちらは、必殺技とでも言うほどの威力や効果を持つ魔法ばかりだ。

 デュナミスは成長させる能力や、会得する魔法の力を完全に制御できる――というよりは、元々制御するためのものだ。本来は持ち主が道具を介して魔法を使うために存在し、魔法使いが工夫次第で基本の魔法を進化させるように、デュナミスも同じ道具でも最初に宿らせた人物によって得られる魔法が全て違う。その上、木の枝のように多くの種類の魔法が秘められており、必要な魔法や能力を自分で選択して、専用のデュナミスを作り上げていくのだ。

 冒険者を始めた頃から同じデュナミスを育て続けているアーデインは、無数にある『常時発動パッシブ形能力』の中から、状況に応じた組み合わせを組んで、用意しており、いつでも切り替えられるように組み込んである。側面に浮かんでいる魔法陣は、それら能力の組み合わせの切り替えと、最もよく使う魔法のショートカットなのだ。


 ディーヴァの指向性を『狙撃』から『支援』に特化させたアーデインは、その場で狙いを定める。弓床を支える手にはまだ数枚のトークンが一緒に握りこまれており、いつでも魔法が使える状態だ。

 デュナミスの魔法を使うには、自身でショートカットとして登録したキーワード、『技名の発声』か、活性中に浮かぶ魔法陣に所有者が触れる必要がある。

 前者は『不活性中でも発動ができる』『かっこいい』『演出として派手』というメリットがある分、アーデインのような支援系には向かない。技名の発声でこちらが何をするかわかってしまうからだ。

 後者は『無言で発動できる』というメリットがあるが、『発動が地味』『活性化しないと使えない』『活性のために逐一トークンの支払いが必要』というデメリットがある。活性中は何もしなくても蓄えられた魔力が減っていくので、節約のためにも前者を選ぶ冒険者も多い。


 ケンタウロスが夜の欠片と打ち合っている間に、ガッファスが頭を振って立ち上がった。彼が戦闘に加わればかなり楽になるが、アーデインはその前に終わらせると決め、魔法陣の一つを中指で叩く。

 手の平に握られていた硬貨のうち、『現象操作の銀貨』が消え、装填されていた矢に力が注がれるのがわかった。矢は淡い緑色の光を宿し、矢を中心に魔法文字で形成された輪が浮かび上がる。これで、打ち込んだ場所にいつでも魔法を発動させる。足場を崩し、バランスを崩す類の魔法だ。

 敵である夜の欠片が避けられなくなるタイミングを見計らっているが、五度目、押し返されたそいつはすっかり抉れてクレーター状になったそこから動こうとしない。デュナミスを起動する、というのは冒険者の間でも最大級の警告であるので、相手がそれに答えたのかと、アーデインは一瞬思い込んだ。

 息を吸い込む音が聞こえ、さぁ、今の状況をどう説明するのか、と、アーデイン以外の皆も思った時。


「しぎゅるりうは」


 そいつはそんな言葉を紡いだ。

 その声は、まるで水に溺れる者が発したような、奇妙な声。


「くしゅるらういみてやりやかみ」


 こぽこぽと泡を吹く音が聞こえてきそうな効果のかかった嫌な声は、女性の声をしているが、その場の誰も聞いたことの無い言葉を紡いでいる。

「らひやししみにゃらかみ。ふぇるかみとらりゃりゃん」

 誰も、何を言っているかわからない。しかし、ケンタウロスも、ガッファスも、アーデインも、応急手当をしていたクライエンでさえ、そいつが『人なんかじゃない』事に気付いた。滲み出た気配に、漏れ出した悪意に、周囲の気温が急激に下がって行く。空に浮かんだ月が青白く変色した。


「けへ」


 そいつは月を仰ぐ。そこまでしても、フードの中は真っ暗だ。辺りの植物の葉に霜が付き、アーデインの背中に一筋、冷たい汗が流れた。


「けへけヘヤ………ケヒャ、ケヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!」


 やばい。

 堰を切ったように笑ったそいつは、間違いなくやばい類の相手だ。なんでこんな奴がこんな田舎町にいるのか知らないが、先程飛んできた少女が関係あるのは間違いない。是非、今すぐ、説明がほしいところだった。

「な、なんだよこいつ!」

 ガッファスが剣を向け言う。相手は相変わらず笑っていた。

「呪いの道具じゃ!」

 問いに答えたのは後ろに下がっていたクライエン。

「そやつの纏うローブに強い精霊がやどっとる! 精霊に精神を呪われ、『狂い人』になっておるんじゃ!」

「…まじか」

 狂い人。その噂は、アーデインは聞いた事があった。同時に、それが本当なら目の前のコイツは、魔物以上に――つまり、魔女並みに厄介な敵になる。


 狂い人。それは、デュナミスがもたらす負の存在と言われている。


 極稀に、十分に育ったデュナミスの宿った武具が意志を持つようになる事があるという。それは何か言葉を発するわけではないが、持ち主の窮地に、突然魔法を発動し、命を助けを出してくれるとか。また、宿で一人でいると、昔から知っている誰かがそこにいるような気配を感じる事があるとか。例え孤独であろうと、信頼する仲間がそばにいるような絶対的な安心感が得られる、そんな類の話だ。


 こんなのは酒の肴に冒険者が頻繁に話すデマ話、とアーデインは聞いているが、実際にそういう事があったという者も多いらしく、そういう奴に限って真実を黙っていたりする。道具に信頼された者だけが、真実をしれるようにと。夢を追う冒険者特有の気遣いだ。

 アーデインも、その話を聞いた最初の夜にさっそく武器に『ディーヴァ』と名をつけ、いつかそんな日がくるかと期待している。しかし、心温まる話がある一方で黒い噂も流れていた。


 道具と信頼関係を築いた持ち主が、何らかの原因で命を落としてしまった場合。残された道具は誰かに拾われるが、意志を持つ道具が前の持ち主を忘れられなかった時、新しい持ち主を拒絶し、呪うのだと。

 ある者は街中で突然暴れ周り、ある者は不幸に見舞われ、ある者は最初の持ち主と同じ死に方をする。今でこそ手に持つディーヴァを信頼しているが、中古のデュナミス付きクロスボウを買おうとした事のあるアーデインは、その話を聞いてぞっとした事があった。今頃あのクロスボウはどうなったのだろうか?

 目の前の何かのように、誰かを呪っているのか?


 意識を現実に戻し、紺色のローブに身を包んだ、おそらく女性と思われる夜の欠片を見る。

 笑い終わったそいつは今はゆらゆらと左右に体を振っていた。目の前で対峙するケンタウロスも、復活したガッファスも、刺激を与えないようにしている。真偽はともかく、まともな精神をしているような相手には思えなくなっていた。

 どうすればいいのか、誰にもわからなかった。こちらとしては、シトリの事で十分厄介なのに、その上にさらに厄介事が被ってきた。せめて燕尾服の少女が目覚ませばまだましなのだが、あまり期待はできそうにない。

 さぁ、ここからどうするか。今のうちに引くべきか?

 お互い相手の出方を伺ってる。誰もがそう思っていたが、それがまるで見当違いだった事は、ほんの数秒後に知ることになる。




 クライエンは気を失った二人の少女にそれぞれ回復の効果のある魔法薬を飲ませ、事の成り行きを見守っていた。精霊のオーラが見える彼は、少し目を細めれば、その者がどれだけ精霊に関わった道具を持っているか、見ることが出来る。

 右手の畑にいるアーデインは、クロスボウに宿るデュナミスを解放したためかなり強い精霊のオーラが炎のように揺らめいているのが見える。

 畑道を塞ぐようにして立つケンタウロスは、不活性状態のようだが、体を覆うように静かなオーラがあった。おそらく、不活性状態のデュナミスの道具を持っているはずだ。あるいは、デュナミスのプレートを。

 ガッファスの方はタエニアの剣がコボルト族の鍛冶師に鍛えられたという話を聞いたことがあり、剣を中心にガッファスにもオーラが見える。剣からガッファスにオーラが流れ込んでいるような、そんな動きをしていた。それは彼が剣の精霊の庇護下にある、という事だ。

 そして、対峙する紺色のローブの人物。そいつは、はっきり言って桁が違う。

 アーデインのように燃えるようなオーラや、ガッファスのような保護するようなものとは違い、そいつのはローブから溢れるどろどろのオーラが全身を縛り付けているような感じだ。

 本来自然や事象そのものである精霊が、意志を持ってしまい、憎悪と拒絶に呑まれ他者を蝕もうとしている。クライエンにはそう見えていた。

 そのオーラが、縮み、膨れ上がる!


『滅びよ』


 人の言葉で発せられた声は、足元に青白い光を生み出した。遠くの方まで輝いたソレが、魔法陣だと理解する。

「逃げ――ッ!」

 クライエンの警告は突然の地響きにかき消される。敵が何をしたのか、と理解したのは、辺りの地面が畑ごと持ち上がってからだ。


 ゴゴゴゴゴゴゴ。


「な、なんじゃッ!?」

 下から突き上げられるように、かつて一度だけ乗った高速昇降機に乗ったときのように、体が重くなり地面に縫い付けられた。空が近くなり、周囲の地面がバラバラに引き裂かれ、一気に隆起して行く。

 霜柱。

 冬に土を持ち上げ出来上がる、地面の氷柱。あれが今、何百倍もの規模で起こっているのだと、理解した。バキバキギシギシと耳障りな音を立て、空がぐんぐん近くなる。

 地面が斜めになり、手当てをした二人の少女が滑り始める。二つの手をそれぞれ両手で掴み、引き寄せ、クライエンは傾ぎつつある地面を離れるべく、二人を両脇に抱えた。

 クライエンの周囲は、ほんの数秒前まであった田舎の畑ではなくなってしまっていた。土の下から現れた白く巨大な柱が高低差を付けながら空へと伸びて行き、バランスを崩して倒れようとしている。ドォォン、と太鼓を叩いたような豪快な音が腹に響き、自分達が今まさに『災害』と呼べる事態の中にいる事を理解した。


「なんちゅう事をッ!」


 クライエンの立つ足場のすぐ後ろの柱が外側へとゆっくり倒れて行く。バキバキと音を立てて崩れていく柱の隙間から、ファソリの町並みが見えた。もう落ちたらただでは済まない高度になってる。南の建物の一部が隆起した氷に呑まれ持ち上げられ、空へ運ばれるのが見えた。

「クライエン! こっちだ!」

 聞きなれた声に振り返ると、少し低い場所にアーデインがいた。結構な高さがあったが、クライエンは二人の少女を抱えたまま躊躇せず彼のいる足場へと飛び降りる。ズンッ、と柱全体がゆれ、膝の痛みに顔をしかめた時には、さっきまでいた柱は限界になり、中ほどから折れて落ちて、他の柱が作る巨大な階段を転がっていった。氷の岩山、それが今まさに、自分達が居る場所の姿だった。

「ぎゃあああああああ、アフッ!?」

 彼らの横に、背中にガッファスを乗せたケンタウロスが降り立つ。洗濯物のようになっていたガッファスは腹を鞍の上で腹を打ったようで、ぶるぶると震えていた。

「どんどん高度が上がってる。全部が花のように開くのも時間の問題だよ。どうする?」

 地響きがし、足元がまた傾き始める。またどこかで倒壊する音が聞こえた。バキバキとひび割れる音も不安ばかり掻き立てる。

「どうするもこうするも降りるしかねーよ。おれっちが道を作る。みんな、足を滑らせんなよ?」

 言うなり、アーデインは足場の一番端まで行き、ここよりも高く伸びた柱の下へとクロスボウを向けた。そして、彼が引き金を引くだけで柱には大穴が開き、折れて行く。

 そこに飛び乗れば、あとは折れた柱とこれから隆起する柱を伝っていけば外側まで逃げられそうだ。クライエンは飛び降りる度、自重と二人の少女の重みに、膝が悲鳴を上げるのをこらえつつ、外へむけて高い階段を飛び降り続けた。幸い、氷の表面は土で覆われており、走ること自体は簡単だった。

(これだけの規模の魔法、それに氷じゃと? ポルタが――フェンリルがおるタイミングで一体何が起きとる)

 飛び降り、ぐったりとしたまま目を覚まさない傍らの少女を見る。まさか、という思考は次の氷に飛び降りるため一度かき消した。

(ありえん。『フェンリルのローブ』は全てディミウルギアが現れた後――魔女大戦後に見つけられた贋物じゃ。本物は存在せん。なにより黒狼では無いんじゃ)

 武具職人であり、歴史好きでもあるクライエンが、古の装具を調べないはずが無い。特に神獣フェンリルの名を冠するローブに関しては、真っ先に調べ、全てが偽物であると知ってがっかりしたくらいだ。

 何より、フェンリルの体は白と灰、その二色であると、言い伝えにも、本人の口からも聞いている。だとしたら、あのローブは、これだけの災害を短期間で引き起こすほど育ったデュナミス、という事になる。それほどのものが、呪われた道具になったというのは、デュナミス至上最悪の出来事ではないだろうか。

 思考しつつ前を行く仲間の後を追い、高くて怖い、などという女々しい感情を捨てて次々と段差を飛び降りる。膝がポキン、と鳴るが、折れたわけではない。大丈夫だ、間接が鳴っただけ。

「クライエン伏せろ!」

 振り返ったアーデインの言葉に身を深く屈める、頭のすぐ上を冷気が通り抜け、髪の毛の先が凍りついた。素直に下山させてはくれないようだ。

「くッ!」

 後ろを振り向いたクライエンは上から落ちてくる夜の欠片を見た。前に踏み出すが遅く、冷たい爪が背中を深く切り裂く。

「がぁっ!」

 冷たい、が通り過ぎた直後、背中が一気に熱くなる。血が吹き出したのだ。冒険者のころ散々味わった痛みだが、背中の痛みは格別に痛い。

 だが、走らねば。背中を裂かれ、それでも動きを止めずに段差を飛び降り、もうじき魔法のまだ及んでいない平坦な草原に出る。クライエンは両腕の、特に右に抱えた少女の存在を強く感じ、さらにもう一段飛び降りるべく、少し広い足場を進んだ。

「……きひ」

 しかし、それを阻むように、前を行くケンタウロスと、クライエンとの間に夜の欠片が降り立つ。

「クライエン!」

 先行していたアーデインが気付き、振り返った。かつての冒険仲間が、矢を番えずにクロスボウを向けるのを見て、何をしようとしたのか理解した。

 クライエンは構わず、前に出る。相手は短い首を落とそうと、爪を振り上げた。大丈夫だ、振り下ろせやしない。


「ヴォルテックスディジャーダ!」


 アーデインが矢の無いクロスボウを空打ちする。直後、魔法の条件が満たされ、身を屈めて走り出したクライエンのすぐ頭の上で、爆発するように外向きの風の渦が現れ、激しく風を撒き散らした。

 振り下ろされた腕は渦にぶつかり、バチィ! と音を立てて弾かれる。激しく回転する車輪のような風の渦は、クライエンが次の段差を飛び降りるまでその場に留まり、すぐに解けるように消えた。アーデインが逃走時によく使う、攻防一体型の強力な魔法だ。

「町まで逃げろ! 行け、急げ! 走れ!」

 ケンタウロスとクライエンは続け様に魔法を放つアーデインを追い越し、ついにちゃんとした地面に足をつけた。そのまま町へ向かって駆け出すが、巨大な氷の山脈は、今やたんぽぽの花を思わせる形に開き、倒れ、ファソリの町の建物を押し潰していた。町のほうでは悲鳴が聞こえ、パニックが始まっているようだ。

 今も一本が草原に倒れ、地響きと轟音を撒き散らす。


「ガッフ君!?」


 隣を走っていたケンタウロスが声をあげ、クライエンも振り返ると、ケンタウロスの背に乗っていたはずのガッファスがそこから飛び降り、牽制するアーデインの方へ走り始めていた。

「ガッファス! 戻らんかい!」

 アーデインの邪魔をするな! そう叫びたかったが、落ちてきた見上げるほどの柱が、クライエンとガッファスの間を塞ぎ、姿が見えなくなってしまう。足が一瞬だけ地面を離れ、バランスを崩してしまう。

「オーグルさん。あなたは町へ。安全な場所で治療を受けてください。彼らは僕がなんとかします」

「しかし、馬の人…お前さん」

「安心してください。二人とも連れ戻して見せます」

 微笑み、彼は割れて出来た隙間から来た道を戻り始めた。こうしている間にも咲いた氷の花は少しずつ花弁を倒している。成長自体もまだ進んでおり、中央の一番太い柱は雲に届きそうだった。あれが町のほうへ倒れてきたら、どれだけの被害が出る事か。


「まったく、なんでこんな事になってるんじゃ!」


 クライエンは町へと駆け出す。避難と、助けを呼ぶために。

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