心の向き方
たくさんの種族がいるこの世界でも、僕ほど生まれる種族を間違えた者はいない。少なくとも、故郷に居た頃はずっとそう思ってた。なぜって? だってさ、世の中はすっかり平和になったというのに、古臭いしきたりや誇りに縋って、このすばらしき世界から閉ざされるなんて、なんとも馬鹿げてると思わないかい? 自由な心の前では森の掟など塵も同じ、着飾る誇りなど似合わない派手なマントのようなものだ。結局のところ、自分にあった生き様という服を選ばなければ、本当の生を謳歌するなんてできないのだよ。
それはまぁ、外の世界は辛い事ばかりだ。この間もちょっと泣きそうになった。いくら平和になったとはいえ、まだまだ半人半馬のケンタウロス族は馬と同じに見られて宿はお断りされるし? 水洗トイレとか使えないし? 公衆浴場とかもう迷惑そうな目で見られますし? たまに馬の厩舎とかの方が居心地良くて泣きそうになりますけど? 湖とか最高だよね、まったく。
あぁ、いや、愚痴るつもりじゃないんだ。それも仕方ない。聞けばケンタウロス族は森に暮らしている者が多いらしいし、友好的な集落はあっても、やっぱり町で寝泊りするやつなんて、自分の家を持っている奴くらいだそうだ。旅暮らしのケンタウロスなんて絶滅危惧種だよ。あぁ、そうだよ。僕の事だ。だから君みたいな吟遊詩人が声をかけて来たんだろう? 誇っていいよ、君の眼鏡はいい眼鏡だ。
なぁ、その絶滅危惧種である僕が、楽器一つで渡り歩く旅の音楽家だったらどうだろう? もはや世界に一人と言ってもいいんじゃないかな。世にも珍しいケンタウロスの旅芸人。見た事ないだろう? 街でお洒落に着飾った音楽家のケンタウロスってね、目立つんだよ。しかも楽器の腕もなかなかと来れば、おひねりもなかなかのものさ。金額からしたら微々たるものだけどね、一人だから十分やってける。他の楽団なんかに比べれば楽なもんさ。両替詐欺はコリゴリだけど。
服が派手? 旅芸人っていうのはさ、目だってなんぼさ。このド派手な服も、大きな帽子も、自慢の体を飾る鞍も、そのためにあるのさ。父上が見たら『ケンタウロスが鞍なんて』とかいいそうだけど、結構子供とか乗せると喜ばれる。子供はいいよね、素直で、無邪気で。
そうそう、この間ファソリという町に向かう途中で、この鞍が役に立ったよ。そうだな、その話をしてあげよう。いいじゃないか、自慢させてくれ。
ファソリの周りは気持ちのいい草原地帯になっていてね。僕は南に向かう途中だった。行く先の決まってない旅だから目的なんてない。街道は閑散としていてそれはもう気楽なものさ。自慢のヒズメでパッカパッカと地面を叩いてね。このブロンドの髪をちょっと強い風に流しながら歩いてた。
道沿いに森の脇を通ってた時だった。目の前をね、ちょこちょこと小さい影が横切ったんだよ。何かと思ったら、そいつはヒヨコだった。ニワトリの子供、あれだよ。ふわふわでかわいらしいあいつ。それが一匹だけいたんだ。
そのヒヨコは妙に人間臭い仕種で、道端の岩の影から僕の様子を伺ってた。変な話だろう? 僕も変だと思った。でもさ、そいつは逃げるわけじゃなくて僕が近づくと離れて、振り返るのさ。でね、どこか案内するようなヒヨコに付いて行ってみる事にした。そしたらどうなったと思う?
女の子だよ。ヒヨコは途中で見失ったんだけどさ。草原の真ん中に女の子がぐったりと倒れてるわけ。え? ゴブリンの女の子? 違う違う、人間の女の子だよ。それもその辺にいないようなとても可愛い、ね。
正直ね。運命だと思うよ。あのヒヨコは僕の運命を導く精霊だったんだ。それ以外に考えられない。なんでヒヨコだったのかは知らないけど。
今でも目を閉じれば思い出すよ。すごい綺麗な、見た事ない不思議な感じの青の髪をしていてね。腰まで届く髪をうなじのところで一つにまとめてるのさ。弱った顔も素敵でさ、覗く八重歯がかわいいのなんの。服は冒険者用のちょっと高そうなやつでね、ショートパンツとニーハイソックスっていうのかい? それををあわせててこう、太ももがね。太ももがすごい、よかったんだ。大人しそうだけどもどこか活発そうで、変に飾ってないところがこう、とにかく、最高だった。
ふふ、もうわかっただろう? そうさ。僕はその女の子を背中に乗せた。この日ほどケンタウロスに生まれた事を誇りに思った日は無いね。忘れかけた父上と母上に感謝したくらいさ。その子、小さい体に似合った軽さでさ、体が痺れてるって言うから、背中によりかかってくるわけ。
君、知ってるかい? 女の子はすごいいい匂いがするんだよ。汗臭い男のものじゃない、何かよくわからないけど、不思議な香りがね。嗅覚に頼らないなにかがあるんだ。あんまり揺らさないで、と言われたんだけどね。揺らす度に体がびりびりするみたいでさ、小さく喘ぐのさ。声を押し殺してね。色っぽかったよ。何度もわざと揺らしてしまったよ。ふふふ。
あぁうん。そりゃもう、理性を保つので精一杯だったよ。男として食べてやろうかって、五分に一回くらい思った。でもほら、僕は種馬にはなりたくないからさ。自慢の楽器、このハーモニカを演奏したり話をしながらファソリまで運んであげたんだ。褒めてくれたよ? ハーモニカじゃないみたい、ってね。ポケットに入るオーケストラだからね、僕のは。楽器さえあれば何でも演奏できるけどね。そこのピアノとかでも大丈夫。あぁ、別料金だけどね。
短い旅は最高だったよ。夢のような時間だったよ。人生最高の日だったよ! だってさ、ケンタウロスしかできない事だよ? 美少女を背中に乗せて、ゆっくり歩き旅なんて。絵描きを呼んで絵画にしてほしいくらい様になってたと思うよ。きっと貴族の屋敷なんかに飾っても遜色ないくらいのものになる。
え? あ、この顔の傷? はは、そう。ちょっと問題があってね。その時についたんだ。なに、勲章だよ、勲章。
いやね、ファソリの近くまで送ってったのはいいんだ。痺れが抜けてきた彼女も訥々(とつとつ)と話してくれてさ。仲間の冒険者とはぐれたんだって、すごい可愛い声で教えてくれた。でさ、何事もなく彼女の仲間と出会ったわけ。
コボルトと白い肌のゴブリン。アルビノって言う奴。そいつら道端で伸びてたんだ。そりゃもう、彼女の頼みだから助けたよ? うん。お礼も言われたさ。で、そのままファソリまで行ったんだ。そこまでは平和なものさ。駆け出し冒険者の腕試しをしてたんだってさ。いやいや、可愛いもんだよ。ケンタウロスから見たら彼らなんて子供にしか見えないからね。あ、でもその二人はちゃんと歩けたから歩かせたよ。男を乗せる背中じゃないからね。
彼ら、というかゴブリンがね嫉妬するんだよ。僕と彼女の仲にね。もうなんていうか、そこまでの旅で僕等の間には切っても切れない絆が出来てしまったんだ。君ならそれが何かわかるよね? わかるだろう?
でも悲しい事にさ、町に着くって事は、お見送りは終わりなんだ。すっかり夜だったし。仕方ないんだよ? でもね、その女の子と別れるのは一生後悔すると思った。彼女達は冒険者、いつまでも同じ場所にはいないんだ。そして僕も旅人、ならいっその事、一緒に行こうと思ったんだ。そのときはね?
うざがられて付けられた傷? 違うよ。そうじゃないんだ。これはね、もっと大切な傷なんだ。
あぁ、勘違いしてるね? のろけ話じゃないんだ。これはもっと崇高な話さ。そう、話はここから。覚悟はいいかいな? よし、じゃあ、話そう。
実は、彼女と出合ったその夜にね、ファソリでは奇妙な事があったんだ。僕は、それに巻き込まれたんだよ。そして、それから僕の人生が逆転し始めたんだ。平和なままの一人旅が、一周回って違う世界になってしまった。
興味あるかい? 世にも珍しい、音楽家のケンタウロス。その、不運で幸せな物語。
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得た情報は噛み砕いて、定期的に頭の本棚に納めないとぐちゃぐちゃに散らかってしまう。必要なときに出せるように、追い込まれても知識で切り抜けられるように、相手よりも優位に立つために、情報は新鮮な内に整理する。
積み重ねた知識は何よりも強い武器になる。体の弱い兄様が教えてくれた事。そして、今も私の習慣となっている事。知識の本棚は魔法の本棚だ。準備さえしとけば、いつでも閲覧できる。
さぁ、今日の分の整理をしよう。
今日得た最大の情報は、魔女についてだ。
まず、魔女は『ヴォイド』という『異空間』、つまりこの世界のどこにもない場所に暮らしてる。
ヴォイドには水や食料どころか、空気すらない場所で、魔女は手先をこちら側に送って、色々な物資を回収しているらしい。けど、その状況が観察できるのは実は珍しい事。
ヴォイドの影響が強い場所は、精霊の力が弱くなる。デュナミスを授けてくれるディミウルギアは、精霊の弱体による世界の崩壊を止めたいから、デュナミスの成長には、魔女の手先、ヴォイドの魔物討伐を唯一の条件にした。
冒険者はヴォイドの魔物を討伐する事で影響を減らし、魔女の侵略を防いでる。
と、ここまでが現代の魔女に対する一般的な知識。
そして、ここからが私だけが知ってるであろう、知識。
ヴォイドには、魔女ミデンの屋敷が今も存在していて、そこには一部の魔女しか入れない。私が会った二人目の魔女、ディアレクティカはその一部の中に入っていて、多くの事を知っている。
彼女曰く、魔女ミデンの姿――具体的には私が一番最初にミデンと出会った時の姿は、再び戦争の引き金を引きかねない、最大の秘匿情報である。
曰く、魔女の予言には私が転生する事が記されていた。ただし、人の姿とは記されてない。
ディアレクティカは、私が秘密を守る限り、敵ではない。
あと、魔女がこちらに来るには書類手続きとか色々必要。ヴォイドの魔物はなにやら作ってるもので『模造品』というらしい。ヒヨコモドキは生食可能。魔女は杖や箒がなかれば魔法が使えない。何かの法則で、魔女は仲間となりうる人物を見つけヴォイドに引き込んでる。
出現には、なんの前触れも無い。唐突に現れ、唐突に消える。
こんなところ。
私が抱えるべき秘密の情報は、特に最初のミデンの姿が知られてはいけない、というのが意味不明。伝説の存在のくせにかわいい少女だったらがっかりするから、だろうか。実はヴォイドでまだ変わらず生きてて、素性を隠して生きてるのかもしれない。
魔王は絶対者として君臨してたけど、ミデンは魔女の中の絶対者でありながらも他の魔女の中に紛れ、裏からあれこれやる事を選んだ……というのなら、辻褄は合う。見た目人間のあいつが、千年生きてるかどうかは別として。
ミデンの姿の事は誰かに喋って回ったところで信じられないし、喋ったところで私になんのメリットも無い。力を失ってしまっている以上、戦争が起こった所で私はなにも楽しくない。だったら平和になった世界で、魔王でも探していた方がまだ楽しい。
ミデンが言っていた、狼の私が死ぬ事が、私のためになる。その理由は相変わらず不明で、考えれば考えるほど訳の分からない事ばかりで苛立ちが募るけど、そこは魔王に会ってから考えようと思う。魔女のことは気になるけど、魔王のほうが私は大事。優先度を決めておけば、今後の生き方が楽になる。
魔女の事は二の次。とりあえず、私の身の回りと、魔王の事が最重要事項だ。魔王に関する情報だけを本棚から引き出して、床に広げておこう。私の周りの事は机に広げて目の届く場所に。魔女の知識は目立つ棚に置いて置くだけにする。
ひとまず脳内の情報を整理して、知識の本棚に収納が完了。最低限の機能だけを保っていた体に意識を戻すと、丁度ファソリの北の門をもうじき通るところだ。空は西の端に夕焼けを残すだけとなった、夜の始まりの時間。あちこちから虫の音が聞こえ始め、心が悪くない感情に満たされる。
おなかもすいていい具合。空の端っこには少しだけ欠けた月が転がっていて、なかなかご機嫌な感じ。
満月の夜は晴れないかな、とそんな事を考えた時だった。
手書きの門を抜けた瞬間に、長く聞いていた声が嘆きの言葉を紡いだ。
「あぁ! なんたる事だろうか! この素敵な旅ももうじき終わってしまうのだね……」
大げさに手振り素振りを加えて舞台役者のように嘆いたのは、私が乗っかってる生物。上半身は人、下半身は馬、というセントール……えっと、現代ではケンタウロスと呼ばれる種族の青年だ。
羽や飾り紐で派手に装飾した服を人の体にも馬の体にも纏ってる彼は、旅の音楽家で、草原に倒れてた私を拾ってここまで運んでくれたのだ。背中には鞍も鐙もあって、乗り心地が大変よろしい。
ブロンドの髪は男性にしては長く毛先は跳ね放題。ケンタウロス族にしては細く、中性的な顔立ち。優男、という奴。人の体と馬の体が交わる腰には、長い剣が左右にぶら下がっていて、私の知るセントールの知識、武術の達人という項目に当てはまる。
ただし、性格は例外と言わざるを得ないけど。
「はぁ、やっと帰ってきたか。なんだかむちゃくちゃ疲れたな……」
深いため息をつくのは、ケンタウロスの傍らを歩いていたアルビノゴブリン、アーデイン。彼はさっきまで街道の端で伸びていた。荷物とかは全部無事みたいだけど、かなりヒヨコモドキにもみくちゃにされたらしく、げっそりとしてる。しなびた白ニンジンみたい。その隣のガッファスなんて口を利けないくらいヘトヘトみたいで、歩く死体状態。
「やれやれ、すっかり日が暮れてしまったね。ポルタさん、体の方は大丈夫かい?」
「ん、おかげさまで回復した」
私と彼が出会ったのはほんの数刻前。山吹色の魔女、ディアレクティカが去って一時間とちょっとしてからだ。
草地で倒れていた私は、偶然通りかかったというケンタウロスの彼に見つけてもらい、背中に乗せて運んでもらう事になった。交渉をしていた時は痺れていた体も、日が沈んだ今ではもう大丈夫。即効性もあるけど体から抜けるのも早い、いい薬だと思う。補充必須。
痺れから回復してからも背中に乗ってるのは楽だし、乗り心地がいいから。何よりケンタウロスの背中に乗るなんて、滅多に無い事。
それに、このケンタウロスは私的に、面白い。
この良く回る口とか。
「やぁ、ファソリは門を抜けてもすぐに町にならないんだね。おかげでもう少しだけ、この幸せを噛み締められるようだ。足を緩めても構わないかな?」
優しい感情に満たされた翡翠色の瞳がこっちに向く。私はやんわりと断った。
「それは困る。私も色々疲れてる。だから目的地まで乗せてくれると嬉しい」
「えぇもちろん。でもおやすみの前に食事はどうだろう。君は窓辺に座って食事を楽しみ、僕は君に愛を囁く。食後には一緒に夜の草原を散歩しよう。素敵な歌を奏でてあげる。君は背中で眠っても構わない。そしたら僕は君を起こさないようにベッドに運び、幸せな夢を見られるように、朝までこの胸の想いを語ってあげよう」
それはなんだか悪夢になりそう。
「…なぁポルタ。この妄想種馬野郎、うざくねーの?」
アーデインがげんなりした顔で私を見上げてそう言った。
「うざいけど、面白い。こういうセントール……ケンタウロスは初めてみる」
「僕も君みたいな素敵な女の子初めてみたよ。そしてこんなに夢中になったのも、初めてだ」
「…こういう女垂らしみたいな奴は突っぱねた方がいいと思うぜ、おれっちは」
「おやおや、ゴブリン。言いがかりはよしてくれないかい? 僕は旅の空に暮らす人馬。女性に好かれ、離れる度に悲しませるような事するわけが無いじゃないか。僕は普段から紳士で優しいケンタウロスなのさ」
「ならポルタに告白紛いの事してんじゃねーよ。紳士ならもっと弁えろよ」
なんでか食って掛かるアーデインに、ケンタウロスの彼は身長差でずっと高い場所から見下ろして言いきる。
「もちろんそのつもりさ。でもね、何事にも本気になるときがあるんじゃないかい? 今の僕はまさにそれさ。恋の奴隷になってしまってるんだよ」
アーデインが完全に引いていた。ガッファスもうわー、みたいな顔。そんな彼らを完全に無視して、ケンタウロスは半身だけ振り返って私に手振りを加えて胸の内を訴える。
「あぁ、ポルタさん。どうか僕を避けないでおくれ。君に一目会った時から運命を感じてしまった。きっと故郷の森を出たのも、今日道を逸れたのも、全てはあなたに会うためにあったんだよ。僕の愛に応えてとは言わない。でも、この燃え上がるような気持ちを受け取ってほしい。僕はあなたの事が心の底からす――」
「足とまってる」
「はい」
ぱっかぱっか。
こんな風に伝えられるのは実はもう三回目。アーデインとガッファスを見つける間に二回ほど言われてる。おかげで彼の性格はあらかた掴んでしまった。
私は彼の耳元に顔を寄せて、声を低く冷たくして呟いてやる。
「ちゃんと言われたとおりにしてくれれないと、困る」
その言葉は普通の言葉ではあるのだけど、このケンタウロスには自分の体を抱きしめるほど、来るものがあるらしい。
「あぁ、なんだろうねぇこの、体の奥から湧き上がるぞくぞくとする感じ。これが本当の恋という奴なんだろうね。今まで僕が他の女性に抱いてきた半端な気持ちじゃない。正真正銘の恋だよ。ねぇ君にはわかるかい、ゴブリン」
「お前頭の中腐ってるんじゃね?」
「…おや、おかしいな。君に罵倒されても不愉快なだけだ。愛が無いね。品位も感じない。所詮ゴブリンか」
アーデインが明らかに苛立った。彼が何か言う前に、私が口を挟む。
「種族差別はあまりよくない。アーデインは私の恩人でもある」
「それは申し訳ない。僕はまだ森をでて二年しか経ってないんだ。偏見が抜け切らないのさ」
「私も最近まで似たようなもの。その気持ちはよくわかる」
「では、ポルタさんは深窓の令嬢であったのだね。今や自由を手に入れた籠の鳥という事だ。苦労したんだろうね。お互い世間知らずだ。でもね、だからこそきっと僕ら同じ目線で色んなことを共感できるよ。海の広さや移り変わる四季のすばらしさ、誰かにとって当たり前の景色も、僕らには特別に見えるんだろうね。どうだろう? 僕と一緒になってはくれないか。僕は本気で君の事をあ――」
「足を止めないと言った」
「はい」
ぱっかぱっか。
「あなたが私に好意を向けるのは勝手。けど私の心があなたに簡単に向くとは思わないほうがいい」
私の心は常に魔王の隣にある。という意味。簡単にはなびかないぞ、という宣言も含めてるけど。
彼はそれがなぜか嬉しいようだ。
「……あぁどうしよう。恋には障害が多いほど燃えるとはこの事なんだね………振り向いてほしいんじゃない。愛を向けていたいんだ。忠誠心という奴かな。ポルタさん、いっそ僕を君専用の愛馬にしてくれないかな……ケンタウロスとか人権とかどうでもいい。跪いてでも君に尽くしたい気分なんだ」
ガッファスもアーデインも何言ってるんだコイツ、みたいな顔してるけど、こちらも三度言われた事で、この提案だけは結構まじめに考えてた。
彼の愛だの恋だのはどうでもよくて、正直生ゴミとしてスライムにでも食わせた方がいいものだけど、ケンタウロス族がセントールと呼ばれた千年前、人型の魔族にとって彼らは最高の馬であり、戦場のパートナーとしてはかなり重宝された。人間の奴隷商が目を付けるほどに。
剣術、弓術共に優れ、馬と違い言葉も通じるし、知恵もある。住処の森から滅多に出てこないのが問題ではあったけど、人馬騎兵団は汎用性に優れた魔王軍の主力の一つだ。団長のキロンはキュクロプスと共にフェンリルである私を散々子犬扱いした奴。あ、思い出したら噛み付きたくなってきた。キュクロプスよりキロンの方が嫌い。あいつ性格悪い。伝承では最初のキロンは武術も知識も一流の賢人なのに、私が知ってるのは酒飲んですぐ暴れるダメな奴だった。そのまま模擬戦の相手をさせられて殺さないようにするのが大変だった。泣かせて跪かせて命乞いさせて謝らせて弁えさせたけど。
そんなキロンに比べればこのケンタウロスの言う事なんてかわいいもの。食い扶持は自分で稼げるようだし、帯剣してるって事はそれなりに戦えるはず。私の護衛としてはもってこい。雑用とかさせたら喜んでやってくれそう。絶対便利。
「えっと、ポルタ? なんかすっげー悩んでっけどさ。こいつ雄だし、下手に信用すっと酷い目に会うと思うぜ? ましてや下半身は馬だし」
アーデインの言葉に、ケンタウロスの彼は冷ややかな目を上から浴びせる。
「心外だねゴブリン。それは僕の人権を侵害してるよ。心外だけに」
「うぜぇ」
「君はわかってないんだね。今も昔も馬は人々に重宝されているんだよ? 君達は冒険者のようだけど、普段移動にしか使ってない馬がもし一緒に戦ってくれたらとか思わないかい? あぁ、もちろん人を乗せるケンタウロスなんて、僕くらいだろうけどね。その有用性をぽるたんは考えてくれているのさ」
今ぽるたんって言った?
アーデインは心底嫌そうな顔をした。
「おれっちは嫌だね。お前みたいなお喋りヤローと一緒に旅なんて考えただけでも寒気がするよ。大体、てめーは付いてくる気満々みてーだけどさ、自分の旅はどうすんだよ? お前だって旅人ならどっか目的地があるんじゃねーの?」
「僕は自由な旅人、草原を抜ける風と同じで目的地なんてないのさ。強いて言うなら、僕の恋が行き着く先、そこが旅の終着点となるだろうね」
「うぜぇ、超うぜぇ。なぁ、ポルタはまじでどう考えてんの?」
「ん? 私は彼がそうして大丈夫なら、是非契約したいところ」
素直に告げると、アーデインの表情が固まった。ケンタウロスは気障なしぐさで前髪を上げ、勝ち誇った顔。そこでようやく死人みたいだったガッファスが視線を上げ、彼も嫌そうにした。
「…ポルタ姉ちゃん、こういう奴が好みなの?」
「全然」
即答したけどケンタウロスは微動だにしない。むしろ横顔がどこか嬉しそうにも見える。「そのほうが尽くしがいが」とか呟いてた。精々がんばるがいい。
「でも、彼の言う通り馬を重宝する世の中だし、ケンタウロスの有用性は考えるまでも無い。人が馬にさせる事は全てできるし、戦う事もできる。居てくれたら旅もすごく楽になると思う」
ケンタウロスも、部族によってまちまちなのだけど、私が乗っている彼は、馬の部分は普通の馬と遜色ない見事なものだ。人の部分を合わせた身長も、長身痩躯で知られるエルフより少し高いくらいで、特別大きいとも、小さいというわけでもない。大柄な種族がたくさん出回ってる世の中だから、その辺歩いてても違和感なさそう。
「でもまだそいつが詐欺師って可能性だってあるぜ? そうやって近づいて、油断させるつもりなのかもな」
確かに、知恵がある分そういう可能性はある。荷物を預けた瞬間に持ち逃げとかされたら笑えない。
けど、このケンタウロスにそれだけの考えがあるようには私は見えなかった。頭軽そう。絶対軽い。でも、それとは別にケンタウロスは忠義を尽くす種族でもある。愛だのなんだのを向けられて鬱陶しくはあるけど、偽りで誰かに尽くしたいとか言うような種族ではなかった。私が避けない理由はそこにある。
ケンタウロスに忠義を向けられる事は名誉ある事だ。私はフェンリルだから向けられてむしろ当然。そう考えると彼はなかなか見る目がある。フェンリルが人の姿でも、魂や精神から溢れるモノを見抜いたに違いない。
私達は本格的に町に差し掛かり、少しずつ遠くから喧騒が聞こえ始めた。
「アーデインが心配なら、私がしっかり調教しておく。きっと彼は嫌がらない」
言うと、ケンタウロスは嬉しそうに体を捻って半身の状態で私の手をとった。
「あぁ! 是非そうしてくれ! この僕という楽器をぽるたん好みに調律しておくれよ! 君が望むなら僕はどんな男にも馬にもなってあげるよ! そして変わり果てた僕を見て思い出してほしい。それが君に対する、僕の愛の証明だと」
「前見て」
「はい」
手を離し素直に進み始める。この素直さも評価できる。彼の中では既に私はご主人様なのかも。
ご主人様……ふふ、悪くない響き。かわいい女の子とかに言わせてやりたい。あの山吹色の魔女とか。
ほどなくして私達は大通りを埋め尽くす人混みにまで辿り付いた。大型の亜人に含まれるケンタウロスに多くの人が興味を示し、さらに背中に少女を乗せてる事に驚いてるみたいだった。すぐに私達はざわめきの中心になる。私も、私を乗せてる彼も、ちょっと得意になって背筋を伸ばし、その中を割って進んだ。
「みてごらんぽるたん。僕たちの愛に人々が羨望の眼差しを送ってくるよ。自慢してあげよう」
「あなたは勘違いしてる。これは私の持つ魅力がケンタウロスを従えるという形になって、より明確に示されているから。私には隠しきれない特別な魅力があるのは、私自身も気付いてた」
「そうだろうね。君はきっと道行くだけで多くの人を魅了してしまう綺麗な宝石なんだろう。でも安心して、迫り来る盗人の狼はみんな僕が追い払ってあげる」
「そう? でも本当は私が狼かもしれない。狡猾な狼はあなたを利用するだけして最後には骨も残さず食べてしまうかも」
「一向に構わないよ。君が望むなら、僕は桜肉になる事も惜しくない。喜んでこの身を差し出すよ」
ケンタウロスの彼は人混みを割って進み、実に堂々と南大通りに抜けた。痛いくらいの視線だけど、明らかに羨望と嫉妬の眼差しが多い。懐かしい。
アーデインとガッファスも縫うようにして魔境を抜け、追いつき、深いため息をつく。
「ポルタ……まじで冷たくあしらわないと面倒な事になると思うぜ…そいつ」
「おやおやおや、嫉妬かな、ゴブリン。君がぽるたんとどんな関係かは知らないけども、下心だけの君と違って僕には忠誠心があるんだ。一緒にしないでくれるかな」
「下心なんてねぇよ。おれっちは純粋にポルタの助けになりてーから助けんの。お前みたいな事情も知らない奴に任せんのが不安なんだよ」
「事情か……確かに、その辺りは大切だねぇ。よかったら食事がてら聞かせておくれよ。お互いの事を知り、それから旅の事をきめてもいいだろう。ねぇぽるたん」
「ぽるたんって呼ばないで」
その呼び方はキロンも使ってたからますます思い出す。言われる度に生傷を作ってやった。
私達はそのまま閑散とした南通りを進んで行き、ほどなくしてシトリの酒場が見えてくる。すると、向うから見知った影が頭を掻きながら歩いてきた。
猪と人を混ぜ合わせた顔をし、最低限の衣服しか身にまとってない亜人、オーク。暗くなった今はゴーグルをしてないから意外と柔らかい目元のせいでだいぶ印象が違うけど、おそらく彼はグラッツと呼ばれてた奴。彼は私達に気付いて立ち止まった。
「おう、アーデー。娘っこ。それにガフ。今帰り、か?」
「おうグラッツ。お前こそもう帰るのか? 見た感じ酒も飲んでねぇみてーだけど」
アーデインが言うと、彼はため息をつき、こちらが立ち止まるのを待ってから残念そうに言った。
「楽しみ、だった。が、臨時休業、なら仕方、ない。見てみろ」
長く太い爪が、明かりの灯ってない建物を示す。そこは間違いなくシトリの酒場のはずなんだけど、人の気配はまったくなかった。
「シトリの、気紛れにも困る。皆、楽しみにしていた。特に、娘っこと、会う、が」
グラッツの言葉に私は微妙な感情を抱く。けど、なぜかケンタウロスの彼は嬉しそうだった。
「わかるよ。ポルタンは妖精のように美しく、かわいらしい。風の噂に聞けば金貨を払ってでも見に来る者が絶えないだろうね」
「人を見せ物みたい言わない」
「はい」
私達のやりとりに、グラッツはケッケと笑った。ガッファスはそれをよそに、心配そうに言う。
「シトリ姉ちゃん具合でも悪いのかな……この間も体調悪そうだったし」
朝は元気だったしそれはないかなー…いや、でも。そうか。そういう事かな?
アーデインの方を見ると、彼は顎を大きな手でこすりながらにやにやしていた。なるほど、私を魔物狩りに連れて行ったのは、二人きりにするため?
二人きりになって、決闘で、血祭り?
「んんッ、なぁグラッツ。シトリのうまい飯が食えなくなったのは残念だけどさ、ここは一つどっか別のところでやろうぜ?」
「あー? 何か知ってる、風だな。それはいい。が、この時間、店、埋まってるぞ?」
「冒険者組合の食堂ならすぐ座れると思うぜ。ポルタもそれでいいか? 味は落ちっけど、量は食えるからさ」
「私はどこでもいい。強いて言うなら食べ応えのあるやつ」
「その辺は大丈夫だ。ガッフも来いよ。あ、お前は来なくてもいいぞ?」
最後の言葉はケンタウロスに向けたもの。
「もちろん、お邪魔させてもらうよ。というか僕は基本的に普通の食堂には入れてもらえないんだ。来るもの拒まずの冒険者組合の食堂が基本なのさ」
「……ケンタウロスも大変だな」
「まぁね……宿とっても、絨毯の上で寝てたりするよ……草原の方が寝やすかったりする」
「……………大変だな」
アーデインがちょっと同情してた。
私からは彼の表情は見えなかったけど、背中が小刻みに震えていた。結構切実な問題らしい。
世界は平和になってるけど、全てが平等に暮らすにはまだまだ問題は山積みみたいだ。
多種多様な種の暮らす世界なので、たくさんの問題があります。
*心に余裕を持たせて頂きたいため、次回更新も三日後、21日火曜日にさせて頂きます。段々更新ペース遅くなってますがこれ以上は遅くするつもりありません。ひとまず区切りのいいところまではがんばります。




