逆さまの炎
「っ……ん………」
唇に何か押し当てられてる感触で、目を覚ます。ぼぅっとした頭が最後の記憶と現状を繋げる前に、僅かに開いた口に硬い何かが押し込まれた。
カロン、と歯に当たって音を立てたそれは舌を転がって味覚を刺激する。甘い。喉が渇くくらい甘い。オークにもらったハチミツ飴だ。目が覚める、とまでは行かないけど、ゆるゆると感覚が戻ってくる。
「…目覚めたかね?」
初めて聞く、少女の声。私はこんな不思議な声、知らない。
「やりすぎたとは此方にも思うが、彼方にも非はあると思われる。いずれにしても彼方は目を開け現状を確認されるのが望ましいと思われるが、如何に?」
「目を、開け…?」
そうしようとしたけど、精神は気だるさに負けそうだった。なんだか枕をしてるみたいに頭が持ち上がってる。そういえば、ヒヨコの波に飲まれて気を失ったのだった。という事は気を失ったまま運ばれて、ここは町のベッド……にしては、背中の感触がずいぶん硬い。草、それに土の感触。
ころころと口の中で飴を転がして、がんばって目を開けて、焦点を合わせて。
山吹色の髪の少女が、逆さまに私の顔を覗き込んでいた。
「………?」
その子は、とても綺麗な顔をしていた。
夕焼け空を思わせる奇妙な色彩の瞳。薄い桜色をした唇。健康的な肌色の頬には、朱色の花の刺青が彫られてる。髪は長く、色は目が惹き付けられるほどの見事な山吹色だけど、毛先だけがさらに濃く鮮やかな朱になっていた。
不思議な色彩の髪の、綺麗な少女。彼女は私の頬を撫で、笑う。
「起きられるかね? 怪我自体はしていないと思われるが、如何に?」
静かで抑揚の無い、女性にしては低くそれでいて心地よい不思議な音色を奏でる細い喉。私は現実離れした彼女に見とれながら、ゆっくりと体を起こした。どうやら、膝枕されていたらしい。
私がいる場所は森の外、ファソリを囲う草原地帯のどこかみたいだ。だいぶ傾いた太陽を見るに、かなり西側にいる事が推測できた。私達は森の東側から入ったけど、ざっと見たところ、ヒヨコに飲まれる前に居たはずの森の影はどこにも無い。
「立てるかね? 彼方は長い事眠っていた。此方の足も、痺れてしまったよ」
「え、あ。その、助けてくれてありが――」
お礼を言おうと体全部で振り返って、言葉が詰まった。
彼女は柔らかい笑みを口元に湛えたまま、長い前髪で片方の目を隠した顔を傾げた。
「如何したかな? 此方が何かおかしいかね?」
足が痺れた、と言った彼女は両足を投げ出して楽な姿勢をとった。それ自体には別に驚かない。ただ、彼女の容姿そのものが、私の思考を止めるには十分なものだった。
山吹色と毛の先が朱色になった奇妙な髪は背中に届く長さ。細く華奢な体に纏っているのは、白いシャツにこげ茶色のマント。胸元にはネクタイを締めていて、腰には丈の短い、裾がギザギザになったスカート。しなやかな足は縞模様のソックスをはいていて、硬そうな革の靴を履いてる。そこまでならなんとも思わない。まだ、何も思わない。せいぜい、派手な髪に合わない地味な服だな、くらい。
だけど、彼女の傍らにはマントと同じ色の、大きなトンガリ帽子と、古びた箒。
相手を理解して、警戒して、下がろうとして、尻餅をついた。その様子を、彼女は楽しそうに眺めてる。
そこにいたのは、魔女だった。
口の中が乾いていた。心臓が早鐘を打つ。
「おやおや。そんなに驚くとは。魔女を見るのは初めてかね? 自己紹介でもいたそうか」
彼女は立ち上がろうとしたけど、足が本当に痺れているようで顔をしかめ、結局座ったまま、片手を私よりはだいぶ育ってる胸に置いて朗らかに笑った。警戒しなくていい、とでも言いたげに。
「はじめまして。此方は『山吹の炎の魔女、ディアレクティカ』だ。ディーアと気軽に呼んでくれるとよいよ」
魔女。私が会う、二人目の魔女。彼女もまた、友好的な笑みで接してきた。
「彼方の名は何かね?」
差し出された手は、取る気にならない。けど、敵対心の無い声と表情、仕草が、対話をさせようとする。まるで暗示にかかってるみたいに、私の口は疑問を言葉にした。
「彼方って、私の事?」
聞くと、彼女はゆっくりと頷く。
「彼方は彼方だ。そして此方は此方になる。此方は彼方に名を尋ねたよ。助けたお礼に一つ教えてはもらえるかね?」
緊張でこわばっていた体が少しずつ解れていく。息をして、深呼吸をして、必死に頭を働かせた。
何を聞けばいいのか。何を答えればいいのか。突然の事で混乱してる頭から、順番に引っ張り出して、口にする。相手のペースに呑まれないように。十分に警戒して。
「あなたは何。なんで私の前にいるの?」
「此方は此方だ。彼方を助けたからここにいる」
助けた? 私を?
そういえば、アーデインとガッファスはどこだろう? 思い出してすぐに辺りを見回したけど、アルビノゴブリンもコボルトも見当たらない。あるのは風に揺られる青い草ばかり。
あの日もこんな草原で出会った。昼と夜、という差はあるけど。
「ゴブリンとコボルトなら、町の方へ押し流してしまったよ。安心したまえよ。怪我の一つも無い」
そう、それなら、安心だ。
近くにいないというのなら、安心してあれこれ聞ける。
「あなたが魔女なら、なんで私を助けたの? あのヒヨコモドキは、あなた達の手先のはず」
「いかにも。あの模造品は此方のギルドが作ったものだ。コストも安く、素直で、扱いやすい。味も良いのだよ。食べてみたかね?」
彼女は手の平を握り、開く。するとポンッ、と音がして小粒ヒヨコがその手の平に現れた。それをそのまま、友人にお菓子を勧めるみたいに私の方へ差し出す。
つい受け取ってしまい、微妙な表情をしてしまった。潤んだ瞳で見上げてくる小粒のヒヨコ。おいしいとは言われたけど、やっぱり食べる気にならない。というか今、口に飴が入ってる。
「助けた理由については、そうだね。此方が彼方に興味を持ったから……であろうね」
「興味……それはどういう――」
「興味は興味だ。心のままに生きる此方が、僕越しに彼方を見て、興味を引かれた。だから会ってみようと、少々強引な方法で場所を用意したのだよ。大変だったのだよ? 主にこちらの書類がね」
彼女の言葉は、よく、わからない。書類って何の書類だろう。
「会ってみて、その興味の理由はわかった?」
問うと、彼女は首を横に振る。髪がゆれ、炎が揺らめいたように見える。
「困った事にさっぱりなのだよ。彼方はどうだろうか。此方とこうして話し、何か感じる事があるかね?」
感じる事。ヒヨコモドキを手の中で捏ねて考えてみたけど、胸の中に渦巻いてるのはただひたすら、疑問だった。聞きたいことは山ほどあるけど、どれから聞けばいいのかわからない。いや、むやみに聞いてはいけない気がする。慎重にやらないと。
怒りや苛立ちのようなものは感じない。それも不思議だ。私が魔女に抱くべき感情は、された事だけを考えれば怒りや復讐といった物のはずなのに。
飴を転がし、その理由を考えてみる。でも、わからないから素直に答える事にした。
「わからない。疑問ばかりで何も」
「疑問かね。どんな疑問だね? 此方に答えられることなら答えてあげよう」
「……あなた本当に魔女?」
いろいろ聞くべき事はあるけど、ついそんな事を聞いてしまった。だって、数百年前まで人と争っていた魔女とは思えないくらいに、敵対心を感じない。
なんだか、まるで、ミデンと出会った時と同じのようで、その経験が私を余計に警戒させ、距離を作らせてくれる。決して踏み込ませない距離。
けど、私が空ける以上の速さで彼女は距離を縮めようとしてきた。
「此方は正真正銘の魔女だ。六歳の頃、別の魔女に誘われ、魔女となった。それまでは辺鄙な村で普通の子供をしていたのだよ。普通というにはいささか酷い目にも会ったがね」
あきれるくらいすらすらと答えた。どこか懐かしむみたいに。
「…そんな事喋っていいの?」
「何も問題などないのだよ。彼方が黙っていてくれればいいだけの事。秘密を守ってくれるね?」
指を唇にあてて笑う魔女。なぜだか、一方的に信頼されてる。警戒するのがばかばかしくなるくらいに。でも、それは、どうせまやかしだ。
まやかし、のはずなんだけど。
「あなたの事を信じればいいのかどうかわからない」
相手に問うべきでは無い事を、聞いてしまう。
「信じるのは難しいと思われるよ。お互いにそうだろうね。ここは一つ、お互いに秘密を教え合うのがよいと思われるが、如何か」
お互いの秘密。既にこの邂逅自体が秘密になりそうなのは、考えるまでもない。きっと彼女は、最初からそのつもりで来てる。だから平気で自分達の秘密を喋ってる。私が、秘密を守る事を前提にして。
今もそう。
「信頼の証にも此方から話そう。魔女はね、箒と杖がなければ基本的には何も出来ないのだよ。これらが魔法の道具なのだ」
いきなり弱点を無感情に吐露った。本当になんだろう、この魔女。油断させるつもりか。揚げ足をとってやる。
「さっきコレ出してた」
ヒヨコモドキをグニグニしながら見せると、彼女は口元に手を置いて考える仕草。
「うーむ…なんと言えばいいのだろうね。此方達、魔女はそういったヴォイド由来の人工生物の事を『模造品』と呼んでいるのだけども、模造品の召還は魔法とは違う別の操作で行っているのだよ。加えて此方はこれでもギルドの責任者でもある。そのため、他の魔女と比べると色々と融通が利くのだよ。彼方に会いに来る事も、書類一枚で済んだ。本当ならあれこれ手続きや手順も必要なのだけどね」
魔女について研究してる人からすればすごい秘密を言われたのだろうけど、意味がわからない。魔女にも階級みたいのがあるのはわかったけど。
「此方の秘密はとりあえずコレでいいかね? よろしければ、彼方の秘密を何か教えてほしいのだが、如何か」
「私の秘密? えー…あー…」
唸って考えて、どこまで何を言えばいいのかすごく悩んだ。
本当に、この山吹色の魔女が私に対して友好的に接してくれるなら、私の一番の秘密を打ち明けて、友好関係を築くのはとても利益のある事だ。はぐらかして、変に警戒して、せっかくのチャンスを不意にする訳にもいかないし。かといって教えられた秘密につりあうだけのモノを持ってない。私の秘密なんて、一つだけじゃないか。おまけに、普通にそれを言って信じられるかどうかが一番の問題。
舞台を整えるついでに、探りを入れてみようかな。
「……魔女ミデンは、知ってる?」
「…知っているも何も、ミデンは此方達にとっても伝説の存在なのだよ。ヴォイドを生み出し、今もミデンの屋敷に住んでいるとも言われてる。魔女の統率者、であるよ」
「じゃあ、魔女ミデンが千年前、プロペディア王国を炎に包んだ理由は?」
プロペディアの名前を出した途端、感じられなかった警戒心が一気に滲み出た。体を支えていた手が僅かにずれ、傍らの箒に触れる。
「………それは彼方の秘密に関わる質問かね?」
風が私の方から彼女の方へ抜けていく。夕焼け色の瞳から目をそらさずに、私は頷いた。
長い沈黙。彼女の指先がこつこつと箒の柄を叩く。
「此方は言ったね。此方は他の魔女よりは色々と融通が利く、と。つまり此方は他の魔女とは違う、特別であると言えるのだよ。故に、此方よりも遥かに力がある魔女でさえ知らない事も多く知っている。彼方が尋ねた事もそこに含まれるのだよ。此方は悩んでいる。興味を惹かれたとはいえ、彼方をそこまで信用していいかどうか」
どうやら、お互いの関係はこれでようやく吊り合ったみたいだ。
下手に信頼されるよりも『信頼されてない』ほうが、私としてはやりやすい。ここからは、お互いに条件を出し合って、距離を詰めて行くのだ。
「此方が危惧しているのは彼方が此方の興味を利用し、魔女の情報を引き出そうとしている事だ。信頼されていない以上十中八九そうであろうが、この情報はおいそれと触れ回られては困るのだよ。それこそ多くに知られれば、再び戦争の引き金となるほどにね」
「……なら、今すぐ私を殺せばいい。私は魔女ミデンがプロペディアを襲った本当の理由を、知ってる」
彼女の表情がより険しくなった。風が止み、殺意が一気に膨れ上がって、押さえ込まれて行く。濃縮された殺意に、ちりちりと肌が焼け付く感じがどこか懐かしい。
「なるほど。此方が彼方に興味を惹かれた理由。それがどうやらそこに繋がるようであるよ。彼方がなぜ、魔女を前にし、そこまで豪語できるのかが疑問ではあるがね。少し、尋問でもいたそうか」
化けの皮は剥がれた。
攻めるか守るか、その判断は一瞬だった。魔女ミデンとの経験に加え、今の私は距離をとられたなら何も出来ない。前に出て、首にでも掴みかかれば勝機はある。それでだめならがむしゃらに、逃げてやる。
だけど、彼女は飛びかかろうとした私よりも速く、私の首と肩に手をかけ、そのまま押し倒した。背中は草に受け止められたけど叩きつけられた衝撃に息が詰まった。おなかの上に乗られ、何かする前に両腕を膝で押さえられる。動かそうとしたら体重をかけられて、骨が軋んだ。
「ぐぅッ…!」
「暴れるものではないよ。今の此方は彼方の腕くらい折ってしまうぐらいの気持ちはあるのだよ。失礼」
頬を両側から掴まれて、顎を無理やり開けられてしまう。痛みを堪えて無理やり閉めようとしたけど、反対の手の指が口の中に入って、舌の裏側に転がっていた飴を拾い上げた。
つぅ、と糸を引くハチミツ飴を、彼女はそのまま自分の口に入れ……た?
時間が止まったような感覚。彼女はおいしそうな表情で舌を転がす。なにやってんのこの人。
「な――」
ボッ、と体に火が付いたみたいだった。羞恥心と戸惑いが一気に駆け抜け、顔が真っ赤になったのがよくわかった。
唾液がたっぷり絡んだものをどこかおいしそうに転がす彼女。飴そのものよりも、まるで私の唾液がおいしいとでも言うように、ぬれた指先まで舐めていた。それがひどく、恥ずかしい。
「ななななな、何を!」
「あぁ、誤解しないでくれたまえよ? 確かに彼方は同性からみてもいろいろしてしまいたくなる容姿をしているが、此方は甘いものに目が無いのだ。ハチミツの溶けた彼方の唾液もなかなか美味であるよ。直接舐めとりたいくらいだ」
妖艶な笑みを浮かべる彼女に、ぞくりと背筋が凍る。羞恥と悪寒で私の体はむちゃくちゃな温度になった。
「尋問するとはいえ、相手を傷つけるのは此方の趣向では無い。飴をとったのは、喉に詰まらせたくないからであるよ。此方は昔、ガラス玉を舐めていて喉に詰まらせて死に掛けた事がある。あれは苦しいものだ」
突けばいくらでも話してくれそうなエピソードを懐かしそうに語る彼女は、どこからか見覚えるのある小瓶を取り出した。
それは、私がこっそり持っていた、おもちゃ捕獲用の痺れ薬。クライエンに使って半分ほど無くなってるけど、いざという時のためにポーチに忍ばせて置いたのだ。えっと、あ、やばい。
キュポ、と栓を抜き、彼女はそれを持ち主である私の口に近づける。嫌な予感的中。口をきつく結んで、顔を背けた。
「んーッ!」
「ふふふ、抵抗するものではないよ。それ」
さっきと同じ要領でこじ開けられ、いやな味のする液体を注ぎ込まれた。
喉を絞めて飲み込まないようにするけど、今度は口をふさがれ、鼻をつままれ、体が勝手に飲み込んでしまった。なんて事を。私め。
そこでようやく腕に乗っていた膝がどいて、薬が効く前に彼女を突き飛ばした。むにゅんとスライムをどついたような感触。起き上がってきつく睨んだのもつかの間、ちりちりとした感覚が全身に広がって行き、私は再び仰向けに倒れた。
「う……ぁ………」
飲まされたのは麻酔じゃなくて痺れ薬。全身がびりびりと痺れて、触られるとすごく痛くなる薬。動けない事はないのだけど、すごく痛い。神経が敏感になる薬のようだった。
傍に再び寄った彼女が、私の顔に手を伸ばす。
「ぴっ!?」
頬に触れた瞬間、びりびりして涙が滲んだ。
「ちゃんと効いているのだね。即効性のあるいい薬だ。何故彼方がこのような薬を携帯していたのかは不思議ではあるが、ふむ。すごく柔らかい頬だ」
ふにふにびりびり。
「や、やめりゃッ」
「それ」
「ッ!?」
おなかを軽く叩かれ、痛みに全身が跳ね、動かした事でさらに痺れ、のた打ち回る。私は身悶えしながら最終的に体を横にして丸まって、悪循環を止めるべく、駆け巡る痛みに耐えてぶるぶると震えた。この魔女、許すまじ。
「ふふふ、このまま彼方をいじめ続けるのも悪くないのかもしれないのだがね。質問に戻ろうか。彼方の秘密を教えてはくれないか?」
「――ぅ、はぁ…ッ………きっと、そのまま言ってもあなたは信じない」
「それは此方が決める事だ。てい」
つん、と魔女は私の太ももをつついた。ものすごく痛いけど、動くと余計酷くなるから我慢。いた、痛ッ! このッ!
「うーん。では質問を変えよう。彼方は何の根拠があって、魔女ミデンがプロペディアを燃やした理由を知っている、と言ったのかね?」
「ぅ………んにゃッ――つ、つつくのやめ…」
「そのまま喋ってくれて構わないよ。顔を赤くして涙を湛え、必死に声を押し殺す様はなかなか魅力的であると此方は思う」
睨んだら、すごいニヤニヤしてた。絶対楽しんでる。本当は私がそういうのをやる側だったのに…ッ! うらやましい!
「お互い知りたい事があるのだよ。ここは一つ、素直に話した方が彼方の名誉的にもいいと思われるが、如何に」
「それは、同意……でもその手は何?」
彼女はこう、手をわきわきとさせていた。全身揉みしだいてやる、みたいな。そんな事されたらショックで死んでしまう。
「私は、千年前のプロペディアが燃えたときの、関係者」
「ふむ。あまりはぐらかすとそのささやかな胸を揉んで大きくする手伝いをしてしまうよ?」
ゆっくりと腕を動かして胸元を死守。揉んで大きくするとか言うのは、人間に伝わる豊胸術だった気がする。
「少しは自分で考えたらいい。結論を急ぐと互いの認識の差異が、大きな誤解を生む事もある。今もそう。私は別に喋らないつもりじゃなかったのに」
「なるほど。一理ある。しかしこの状況については、此方にとっての保険と思ってほしいのだよ。嘘を言うのなら、ね」
つん、と背中を突かれて体を反らした。痛みの連鎖開始。声にならない悲鳴を上げながら再びのた打ち回り、今度はうつ伏せでびくびくと震える。彼女が楽しそうに笑った。
「そんなに痛いのかね?」
「痛くなかったらこんな動きしないッ!」
ゆっくりと体を横に向けて、息を整える。死ぬかも、と思っていたら、彼女が私のすぐ後ろにまで移動して、そっと頭を持ち上げた。
「失礼」
そしてそのまま折りたたんだ自分の膝、というか脚に乗っける。
膝枕再び。すごい柔らかい。上から顔を覗き込まれ、なぜかどきどきしてしまう。魔女である以前に、この少女はやたらと、綺麗な容姿をしている。それこそ、町で見かけてたら捕獲の対象にするくらいに。
「さて、話に戻ろう。此方の今の推測では、彼方は千年前のあの日に纏わる子孫である、というものだ。文献なりなんなりで彼方は何かしらの情報を掴んでいるのであろう。如何か?」
優しい目に戻っていた彼女の顔を見てはいられず、傾いた太陽の方角を見て答えた。
「魔女があの日目的を言いふらしていたなら、聖王伝説はもっと違う形で広まってる。炎に巻かれ逃げるので精一杯だった人間が、正しく認識できるとは思えない」
「……まるで見てきたように語る目であるね。いや、まさか、本当に見てきたのではあるまいね?」
「見てきた。それに、魔女ミデンが最初に現れ、接触した場所も知ってる」
魔女が、息を呑む。目を見ると、夕焼け色の瞳は驚愕に見開かれていた。彼女のペースは崩された。ここからは私の番。さらに追い討ちをかける。
「最初に現れたのは氷樹の森。そこで魔女ミデンは片足を失い、一刻以内にプロペディアを炎に包んだ。カボチャのワンピースに機械仕掛けの箒を手にして。氷樹の森ではまだ箒は普通だった。他にも――ングッ」
口元を押さえられて痺れが突き抜ける。顔のびりびりは涙が出るくらい辛い。頭の中にまで達して変な感じになる。恨みの篭った視線を向けると、彼女は顔色を変えて焦ったような表情を浮かべていた。
「ま、まちたまえ。なぜ、魔女でもない者がミデンの千年前の――原初の姿を知っているのだね? それを知ってるのは魔女の中でも一握り、屋敷に入る事を許された者だけだ。彼方はなぜ――」
口をふさがれて、答えるに答えられない。もごもごと動かすと、ようやく離してくれる。
「予言………転生…? そうか………まさか、彼方はフェンリル…?」
「………ん」
「う、噂に聞くにはずいぶんとかわいらしい姿をしてるが…」
声が震えてる。いい感じ。
「私もこの姿は不本意。けど、なってしまったものは仕方ない。本当ならあなたなんてとっくに凍り付いて粉々になってる」
「…………」
夕焼け色の瞳がゆれ、彼女は考えを巡らせたようだけど、最後には体の力を抜いて、気の抜けた声で呟いた。
「戻らなければ」
「え――いだっ!」
いきなり立ち上がられて頭が落ちる。おまけに痺れも。
「おぉ…ぅ…」
痛がってる隙に魔女は帽子を被り、箒を拾い上げた。トンガリ帽子を装備するだけでずいぶん印象が違う。まるで逆さまに揺れる炎が服を纏ってるだけのように見えた。
彼女は転がる私を見据えると、早口ではっきりと告げる。
「聞くだけ聞いて逃げるようで申し訳ないが、此方は用事が出来てしまったのだよ。だが安心してくれたまえ、彼方の秘密は他言しない事を約束する。敵対した訳でもない事を明白にしておこう。その代わり、ここでの会話は他の魔女含めて誰にも言ってはいけないよ。また近いうちに会いに来る。話の続きはその時にでよろしいか?」
「よ、よろしくない! あと町まで連れてかえ――」
「では」
魔女が箒の柄で足元を叩くと、山吹色の炎が蕾のように彼女を包み込み、すぐに消えてしまった。後にはなんの痕跡も無い。夢でも見てたんじゃないかって思ってしまう。
結局、知りたかった事は何一つ知れなかった。話の内容一つ一つを思い出して整理する必要もありそう。ミデンの最初の姿を知っている…というのが、琴線に触れたようだけど。
なんにせよ、今、言えることは一つだけ。
「これ、どうしてくれ、る……」
びりびり。
その後きっかり一時間、私の体は痺れ続け、草原のどこぞに放り出されたまま放置される事になった。
みんなフェンリル様の扱いが雑な気がする。
誰か一人だけが物語の中心では無いのです。
展開の都合上、余裕を持って見直し、加筆をしたい部分に差し掛かっているので、少しだけお時間頂きたいです。一日だけ。
*次回更新は6/18日、土曜日にさせて頂きます。よろしくお願いします。




