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フェンリルさん、おいしそう  作者: ひなみそら
第四話:ファソリへ
39/54

強い魔物(希望)

今回は少々長いです。

 強襲は突然だった。

 私が感傷的になり、アーデインが斥候から戻るよりも早く、そいつは木々の合間を縫い、それぞれ思考に浸る私とガッファスの隙をついてきた。

 ガッファスの姿はみすぼらしくても、革の鎧に腰には剣という武装状態だった。対して、私は冒険者用とはいえ布製の服に武器らしいものは持っていない無防備な姿。

 だから、そいつが私を先に狙ったのは、正解。一撃で仕留められる自信が無いなら、人質を取った方がよっぽどうまく立ち回れる。

 不覚にも、私が反応できたのは、そいつが武器を振り下ろしてからだった。


 ぺしっ。


「みゃっ!? な、なに?」

 乾いた音に身を竦ませてしまうけど、痛みは一切無い。辺りを見回しても、私に危害を加えるような相手はいなかった。

 けど、音だけがする。


 ペシッ、ぺしっ。


「……姉ちゃん。足元」

 誰がお前の姉ちゃんか。じゃなくて、足元?

 視線を下げると、ガッファスの言うとおり、そこには妙なものがいた。

「ぴっ、ぴよッ!」

 ペシッ、ぺしっ!

 意識を向けないと聞こえないような気合と共に、私の靴に木の枝を振り下ろしていたのは、黄色くてふわふわしてる小さな生物。おそらくそいつは幼体で、成体になると体は白くなりけたたましい声で人々の安眠を妨害し、毎日のように卵を産む異常な繁殖力を持ち、しかしその卵は主に人々においしく頂かれ、成体そのものも解体されておいしくなる類の、哀れな生き物。その幼体。

 ヒヨコだった。

「ぴッ、ぴよッ! ぴよぉッ!」

 ビシィッ!

 小さな襲撃者は小振りな体に良く似合う棒を私の足に叩きつけ、やってやったぜ、みたいに人間臭いしぐさで額を拭った。

「ぴっぴっぴ。ピヨ、ピヨピヨピヨ」

 腕――手羽を組んで満足そうに頷くヒヨコ。ぴよぴよちよちよ鳴いてる姿はかわいいような、うるさいような。

 とりあえず、しぐさがなんか、うざい。

「てや」

「ピッ!?」

 足元にいたからそのまま蹴ってやると、ヒヨコは柔らかい地面の上を転がって、うつ伏せに倒れた。

「ぴッ……ぴよぴ、ぴよ、ぴぴぴぴぴぴよぴぴ、ピヨピヨピヨ………」

 何か喋ってるらしいそいつを指でつまみ上げると、弛緩した姿で神妙にしてしまう。ちょっと小突いただけでかなりダメージがあるみたい。顔が青ざめていた。弱い。

「……ガッファス。これなに?」

 聞くと、ガッファスはなんとも無いような感じで答える。

「さぁ? おいらもわかんないけど、たぶん、ヴォイドの魔物だと思うけど」

 へぇ。ヴォイドの魔物。

 ヴォイド。ヴォイド? ヴォイドの魔物?

「……………え?」

 知識との相違にくらりと来て、手を離してしまった。地面に落ちたヒヨコは見事な受身を取り、洗練された動きですぐに立ち上がり、極小の枝で私の靴を叩き始めた。

「ピピピピピピピ!」

 乱打乱打乱打乱打。

 私はヒヨコを無視して停止しかけた頭から知識を引っ張り出す。

「まって。ヴォイドの魔物って、魔女の手先? 魔女は、あの魔女、だよね?」

「う、うん。あ、そっか。ポルタ姉ちゃん魔物の定義も知らなかったもんな。なら、ヴォイドの魔物について知らなくても無理ないと思うよ」

 珍しくガッファスが鼻にかけないでそう言い、ヒヨコを拾い上げて説明してくれる。

「姉ちゃんもさすがに魔女戦争は知ってるだろ? 約四百年前に終結した魔女戦争だけどさ、別に魔女を全部やっつけたわけじゃないんだ。人間とおいら達魔法族が手を取ってからも、魔女は『ヴォイド』って場所から攻めてきてたんだ。その度に犠牲を出しながら追い払ってたんだけど、ディミウルギアが『デュナミス』を人々に授けてからはより少ない犠牲で抑えられるようになったんだよ。それから時間が経って戦争で傷ついた精霊の力が戻ってくると、ヴォイドからの影響も少なくなって、昔ほどあちこちで争わなくなったってワケ。でも、魔女はそれでも諦めず、精霊の力が弱まってる場所からこういう『ヴォイドの魔物』を送って悪さをしてるんだ」

 ガッファスはヒヨコが大事そうに持っている枝を摘んで持ち上げる。ヒヨコは必死にそれを掴んで、落ちまいと足をばたつかせた。

「……魔女の手先? これが…」

「ぴよぉぉぉぉぉ!」

 おちるぅぅぅ、と叫んでる気がした。ガッファスはそれを楽しそうに眺めてる。

「ディミウルギア――つまり、精霊が言うにはさ。魔女の力が強くなると精霊の力は弱くなって、世界のバランスが崩れるんだって。そうすると世界は崩壊しちゃうから、ディミウルギアは人々に魔女の手先を倒してほしくて、デュナミスの成長の条件をヴォイドの魔物の討伐に限定したんだよ。冒険者はこいつ等と戦うのが、一番の仕事なんだ」

 こいつら、と言われても緊張感がまるで無い。

 私はあまりの衝撃に頭を抑えて、今はガッファスの情報を整理する事に集中した。

 えっと、つまり、魔女は現代でもヴォイドにいて、そこから魔物を送り込んでいる。そうするとヴォイドの影響で精霊の力が弱くなってしまうから、精霊の代弁者ディミウルギアは、ヴォイドの魔物を倒す事が、デュナミスの成長の条件にした。

 デュナミスは今では様々な分野に利用されるモノだから、人々は必死になって、ヴォイドの魔物と戦う。そして、魔女全てを倒してしまうと、それはそのまま文明の崩壊に繋がってしまうので今では出来ない、という事。皮肉なものだ。

(……別に、魔女ミデンに復讐したいわけじゃないけど)

 私にとってはそんな事よりも、千年前に突然現れたモノが、すっかり定着し、癒着までして生活の一部に組み込まれてる事がショックだった。あと、私を圧倒して殺した魔女の手先が、こんなショボイのも。

「ヴォイドの魔物って全部こういうのなの…?」

「はは、まさか。ヴォイドの影響が弱いところはショボイのしか出ないんだってさ。逆に強すぎると、魔女だって出んだって。魔女も色んなヤツがいるらしいよ」

 それは、なんだか安心した。魔女がミデンしかいなくてふざけてこういうのを送り込んでるんだったら、ちょっとヴォイドまで文句言いに行くところだった。

「ポルタ姉ちゃんもこいつもっと弄ってみる?」

 両手を受け皿にして受け取ったけど、正直、なんだろう、これ。

 確かにヒヨコとして見るとかわいいし、どことなく一口で食べてみたくもあるけど、なんだか弾力がブニブニしてるし、ヒヨコっぽいけどヒヨコじゃないし、ヒヨコモドキって感じだし、何より、なんか、本能的に感じる。まずそう。

 片手でもにょもにょしてたら、つい力が入ってしまった。


「モギュルッ」


 ヒヨコモドキがそんな微妙な音だか声だかを出して、くたりとしてしまった。そのまま頭から真っ白になって、さらさらと砂のように崩れて消えて行く。

 弱い。

 跡形もなくヒヨコモドキが消えた頃、体中に折れた枝をくっつけたアーデインが戻ってきた。

「戻ったぜ。ここから少し行ったところに魔物の群れがいた。あ、そういやポルタにはまだヴォイドの魔物って話してないっけか?」

 魔物の群れ……ヒヨコモドキの群れ。

「話してない。けど、今ちょうど潰した」

「へぇそうか。え? 潰した?」

 潰したというか潰れたというか。

 えっと、私はこの森に何しに来たんだっけ。

 山菜取りだっけ?



======



 森をさらに奥深く進んだ場所に、伐採によって開けた場所があった。開けた、と言っても湿った土はむき出しだし、伐採されたのも五本か六本。その程度なら間引いたとも言えるけど、明らかに場所を作るためにそこだけ集中して伐ったような、そんな広さ。切り株も残ってていい感じのキャンプになりそう。

 枝を落とした丸太が横たわるその場所に、アーデインが見つけた魔物の群れはいた。私達は気配を殺して接近して、近くの茂みから様子を伺ってる。


「ぴっぴっぴ。ピヨ、ピヨピヨピヨ」


 本当はここでもっとちゃんとした姿の魔物がいるのを期待していたのだけど、案の定というかなんというか、そこにいたのはヒヨコモドキの群れだった。なんだか気が抜ける。けど、がっかりする私にもほんの少しだけ救いがあった。

 少し前に私が手で握りつぶした奴とは違って、その場所にいたのはアーデインやガッファスの半分ほどの大きさ、私で言うと腰くらいの大きさのヒヨコモドキが、革のベルトを巻いた腰に、殴られたら痛そうな太い木切れを挿していたのだ。持ち手の所に花も咲いていて、不思議とそこから価値を感じる。名木『白花』と名付けよう。ただの木の棒だろうけど。

 群れの中で一番大きいそいつは、さらに小さい膝くらいの大きさのヒヨコモドキ五匹と、小粒のヒヨコモドキ二十匹を綺麗に整列させて、なにやら手振り素振りで演説みたいのをしてる。

「……あれ、何してるの?」

 ちよちよぴよぴよやかましいのをいい事に、小声でアーデインに聞いてみると「さぁ?」と肩をすくめられた。

「おれっちもさすがにあそこまでファンシーなのは久々に見たぜ。正直、あぁいうのはかなりレアだ。魔女にも遊び心があるのかもな」

 もしそうだったら残念だ。もっとおぞましい姿の魔物をばんばん送ってくれてもいいと思う。世界は混沌に飲まれるべき。あれについてはカワイイ外見で油断させてるだけ、という案を採用して私の心の平穏を保つ事にする。


「ぴよぴよぴよ――ぴよ、ピヨピヨピヨ?」


 リーダーヒヨコモドキは悩むしぐさをして、積まれた丸太を手羽で指した。

「ぴよ、ピヨピヨピヨ、チヨ?」

 整列した小粒ヒヨコモドキが手羽を挙げる。

「ぴよ、ぴよぴよ!」

 何か意見を言ったらしい。リーダーヒヨコは首を振って「ぴよぉ…」と再び悩むしぐさ。整列したヒヨコモドキ達は沈黙を破り、それぞれチヨチヨと囁きあって意見を交換し始めた。どうやらあの鳴き声は非常に複雑な言語として確立しているみたい。

「なぁガッフ。お前はあれ、なにやってると思う?」

「さぁ…なんかあの丸太を運ぶ方法を探してるんじゃないの?」

 ガッファスはめんどくさそうに答えた。

 そうだとして、どこに運ぶかよりもどうやって切り倒して積んだのかの方が、私は気になる。それだけの力があのふざけた形状の体にあるのなら、運ぶのなんて簡単そう。

「……切り株、切り口が結構古いみたい?」

 私が言うと、二人も気付いた。

「お、本当だ。ってことは、あいつらが伐ったんじゃないのかもな。誰かが伐っておいたのを、あいつらが見つけて運ぼうってとこか」

「そうだとして、目的は何? 家でも建てるの…?」

 確かにあれだけの丸太があれば、彼らが集落を作るには十分な量の木材になりそうだけど。

「あいつらが何喋ってるのはわかんねーけどさ。運ぼうとしてる理由はわかる」

 なに? と続きを促すと、アーデインは隣のコボルトに視線を向けた。説明して見せろ、という事。ガッファスは軽く咳払いをして、簡単に話した。

「あいつらがやってくる場所、魔女の住処のヴォイドって、本当に何もない場所って噂があるんだ。空気も水も無くて、魔女は魔法の力で少しの間生きていられたけど、戦争に負けてそこに住まなきゃいけない状況になったから、自分達の王国を作るために土や木、鉱物や水をこっちの世界から持っていく必要があるんだってさ」

「…ヴォイドはどこかにある土地の名前じゃなくて、異空間の事なの?」

 尋ねると、アーデインが頷いた。

「その見方が一番強い。ヴォイドなんて誰も行った事無いし、魔女に会っても話になる前に問答無用で殺しに来るからさ。土だの種だのを、ヴォイドの魔物が運んでるのを見て、推測してるだけにすぎないんだ。『望月湖(もちづきこ)』って場所は綺麗な丸になった湖でさ。魔女ミデンが一番最初に大地を持って行った場所って言われてる」

 ミデン。ふざけた力を持つ魔女。魔王の魔力を持ち去ったのなら、それくらい簡単にやってくれそうだ。

「おいらそんなのより店に来た奴がいってた事が今でも怖いよ。魔女は仲間にできそうな奴をヴォイドに引き込んで、そいつを魔女にしちゃうんだってさ。それで、石とか土とかに魔法をかけて魔物を作って、大切な人を殺させるんだ」

 ガッファスは青ざめて――たかは毛皮に覆われたコボルトだからわからないけど、声だけは本当に畏れているようだった。子供っぽい。昔、魔王が選択肢の一つとして相手の大事なものを、本人に壊させ服従させる、というのを口にした事がある。あの時は、どうしたのだっけ。忘れてしまった。

「ガッフ。それは迷信だろ。がきんちょを黙らせたりからかったりする迷信だよ」

「でも、こわいもんは怖いんだいッ…! それよりあれ、どうすんだよ…ッ!」

 ヒヨコモドキ達はまだ私達に気付かず、相変わらず会議を続けている。ヒヨコリーダーはパンッ、と手羽を叩くと、中ヒヨコモドキの一匹を指して「ぴよぴよ、ちよぴよちよ」と鳴いた。中ヒヨコモドキは敬礼らしきものをして列を離れ、森の奥へと走って行く。

「…応援よんだっぽいな。なんにしても今のうちにあいつらだけでも叩くぞ。ポルタはおれっちについててくれ」

「ん、わかった。息を潜めるのは得意。まかせて」

「まぁ、あれなら怪我する事は無いと思うけどな。ガッフ、お前のタイミングで出てみろ」

 ガッファスは口元を引き締めて、真剣な表情で私達のいる茂みを離れて行く。その背中を見送って、アーデインは普段帽子を留めるくらいにしか使ってないゴーグルを装着した。

 不意打ちの場合、アーデインのクロスボウみたいに死角から打ち込むのが有効だと思うのだけど、そういえば今回はガッファスの魔物に対する立ち回りの訓練だった。彼が常に行動の中心になる。

 さすがにアーデインみたいに完全に気配を消したりはできないみたいで、姿が見えなくても彼の位地がありありとわかった。ガッファスが下手、というわけじゃなく、気配を感じる私の方が上手なだけ。感覚の問題だから、これだけはしっかり受け継がれてる。流石に魔狼だった頃ほどの範囲は感じられないけど。

 茂みから木の陰、そして、リーダーヒヨコの背後へ。殺気というか、意識が膨れ上がり、剣に手をかけたのが、わかる。

 ヒヨコモドキの群れはまだ気付いてない。まだ。もう少しだけ。それ以上膨らむと、さすがに誰でも気付く。

 部下の冗談が気に入ったのか、ピヨピヨと高笑いをしていたヒヨコリーダーの背後からガッファスが飛び出す。腰を低く落としていてすごくいい感じ。「ピヨォ!?」と並んでいたヒヨコモドキの群れが息を呑み、一拍遅れてヒヨコリーダーが振り返った。

「セヤァ!」

 十分な間合いから抜かれた剣はヒヨコリーダーの脇腹を薙いだ。衝撃によろめき、傷を押さえたヒヨコリーダーは、つぶらな瞳に憎しみの感情を宿し、膝を付く。

「ぴ……ぴよぴよぴ、ぴぴょうぴ(訳:ふ……不意打ちとは、卑怯な)」

 切られた腹からは血の一滴も出ていない。けど、ぱっくりと割れていて、やはり致命傷になってるらしく、ヒヨコリーダーは名木『白花』を抜くことなく、白目を剥いて地面にばたりと倒れた。ちなみに翻訳はフェンリルのイメージ。


「ぴ、ぴよおおおおお!」


 色を失いさらさらと解けて消えてしまうヒヨコリーダーを見て、ヒヨコモドキの群れはパニックになった。小粒ヒヨコは完全に戦意を喪失して四方八方へ逃げ惑い、中粒ヒヨコ四匹のうち、二匹は腰を抜かしていた。残りの二匹はガッファスに立ち向かうべく剣というか、木の枝を抜いたけど、対格差は巨人族を前にする人間並み。腰が引けていた。

「ぴ、ピヨ! ピピヨチヨピ!(訳:こ、こら! 逃げるんじゃない!)」

 パニックになった一匹が私とアーデインのいる場所に逃げてきた。茂みに頭から飛び込んで事なきを得たと思ったら、そこには二人の巨人。絶望しかない。

 アーデインはさすがとでも言うべきか、即座に矢を装填したクロスボウに向けていた。

「……ぴよ…」

 特にこちらが何かをしたわけじゃないのに、ヒヨコモドキはその場で泡を吹いて気絶してしまった。そのまま真っ白になって消え始めてしまう。心的要因で死んでしまう、弱い生き物だった。

 小粒ヒヨコモドキはかわいそうなくらい弱い。だから無視してもよさそうだ。問題は中粒――と思ったけど、少し目を放した隙にそっちの方も決着がつきそうだった。

 ガッファスの剣は小柄な体からは信じられないほど速く、力強い。戦う姿勢を見せていた中粒二匹のうち、一匹は振り下ろされた剣に対して自分の獲物で受け止めようとした。しかし、金属製の剣に対して彼らは原始的な木の枝。綺麗に両断され、一匹目が崩れ落ちた。

「ピヨォ!」

 ガッファスが一匹目を切り捨てた直後、半狂乱になった二匹目が枝を振り上げていた。決死の攻撃は姿勢を低くしていたガッファスにあっさりと盾で防がれ、下から切り上げられて二匹目は仰向けに倒れ、消えて行った。流れるような動き。見てて思わず声を漏らしそうになる。

 腰を抜かしていた残り二匹は、一匹は泡を吹いて痙攣し、そのまま白化。もう一匹は逃げようとしたところをガッファスの容赦ない追撃であっさり倒されてしまった。

「んー…弱すぎてどうにもなんねぇな」

 クロスボウに矢を装填した状態で構えていたアーデインは、矢を外すとそのまま引き金を引いて空打ち。別人のような顔をしていたガッファスも、剣を鞘に収めて警戒を解いた。

「なんだか弱い者いじめしてる気がしてきたよ…」

 切り伏せたやつ、勝手に死んだやつ、いずれも真っ白になって緩やかに形を崩し、空気に溶けるように跡形も無く消えていってしまう。最初からいなかったみたいに。

 不思議なやつらだ。

「あれ、ポルタ姉ちゃんまだ隠れてんの?」

 その目は「怖がってんの?」と言ってる。けど、私は茂みから腰を浮かした状態で言ってやった。

「油断大敵」

「へ?」

 間抜け面を晒した直後、森の置くから風を切る音が聞こえた。


「いだッ!」


 ガッファスの兜が何かに弾かれて転がった。

「伏せろッ!」

 アーデインがそう指示した時には私は既に茂みに身を隠すどころか、兜を弾いたものの正体を見破って太い幹の後ろに隠れていた。茶色い卵型の兜を落としたのは、石のつぶて。とても原始的。

 ガッファスは詰まれた丸太の陰に隠れ、アーデインは茂みから様子を伺いつつもクロスボウを操作して弦を引き、矢を番えた。戦う力の無い私は、息を浅くして、神経を尖らせて行く。


『出て来い。魔女にアダナす、救イようのない愚シャヨ』


 そいつらは、さっきまでのふざけた姿をしたただのヒヨコモドキではなかった。

 丸太の陰にコボルトと、茂みにはクロスボウを構えたゴブリンがいる事をわかっているのかいないのか、そいつらは奥の茂みを踏み倒して堂々と姿を現した。

「……………ふっ…」

 木陰から覗いていた私はそのシュールな光景に失笑。出てきたのはやっぱり、ヒヨコモドキをベースにした生物だった。

 ただ、さっきまでのヒヨコモドキと違って、現れた五匹は全てがリーダーヒヨコ以上の、特大のヒヨコだった。アーデインやガッファスの半分くらいだったリーダーヒヨコに対して、こちらはその倍、二人と同じ身長だ。前の二匹はそれぞれ銘のあると思われる立派な枝を刺していて、体には木製の鎧を纏ってる。明らかに戦闘タイプ。その後ろに控えているのは、こちらも木製の鎧と、石投げ縄(縄を編んで作った口に石を装填し、振り回した勢いで石を投げる原始的だけど強力な武器)を手に持った遠隔攻撃が得意そうなヒヨコモドキ。

 そして、四匹に守られるように堂々と胸をそらしているのは、王冠を被り、立派なマントを体にかけた、私と同じ大きさの超特大ヒヨコだった。

 私の感覚が麻痺しているのか、これまであっさりと倒されていた分、この五匹からは不思議な強さというか、威圧感がある。もしこの印象が本物で、実力もそうなのだとしたら、魔女の外見で油断させる、という作戦は完璧。私の中の魔女の名誉は完全に回復する。是非、期待したい。

 王冠ヒヨコは辺りを見回しながら、独特の発音で語りかけてきた。

『出てコイ、と行ったハズだぞ。愚シャよ。我々にハ話し合イの準備がある』

 …話し合い?

 アーデインの方を見ると、彼も予想外の事のようで茂みからクロスボウを構えながらも表情を険しくしていた。

『互いノためだ。無益に命ヲ散らす必要もあるマイ。我等ノ要求を受け入れる、というので在れバ、その命、見逃してやらん事もなくなくなくもナイ』

 追い詰めた気になってるヒヨコ王。なくなくなくもない、ってどっちだろう。ここで私達を弓とかで取り囲んでるならともかく、目で見て、気配を探ってみたけどそういうのはいないみだいだ。それだけ実力があるのか、それとも頭の中身が無いのか。個人的には前者であってほしい。

『……恐怖で声もでぬか。ならばそのままデ聞くガよい』

 まずい、喋れば喋るほど小物っぽく聞こえてくる。もっとがんばってほしい。外見って大事。

『我等の要求はこの丸太。そして森の木の実。出来れバ腹一杯になるクライ。それト、栗の砂糖漬ケ、この辺りデ売ってイルというハチミツを使った菓子。オムレツとアトは――』

 だめだった。聞けば聞くほど気が抜けていく。私はもちろん、アーデインも、かなり近い距離にいるガッファスまでへなへなと脱力してしまった。

 本人が食べたいらしい食べ物を真剣に告げていたヒヨコ王。もう終わらせていいんじゃないかな、と思ったところで、最後にとんでもないのを要求してきた。


『青い髪の娘』


 警戒心が再び戻ってくる。

『斥候の話ニよれバ、なかなか美しイそうだな。我等に渡セ。さすれば、命は助けテやろ――』

 カァン! と、ヒヨコ王の頭に載っていた王冠が弾けとんだ。地面に転がるわけではなく、粉々に。

「…魔物が話し合いとか言うから期待したおれっちが馬鹿だったよ。おい、デカイの。その要求は断るぜ」

 立ち上がったアーデインがクロスボウに矢を装填しながら威圧的に言った。

『……でかいノ、ではない。我はピヨピヨチヨ――』

 特大ヒヨコの名前はかなり長いらしくて、ピヨチヨと延々と鳴き始める。その間にお供のヒヨコモドキが新しい王冠を頭に載せ、消え失せた威厳のようなものが戻ってきた。

「おいガッフ。一人でどのくらいやれそうだ?」

「全部――っていってやりたいけど、たぶん、二匹、かな。木の棒だけど」

 むぅ、以外。あのコボルトならもっと強がりを言いそうだったけど。

 私が感心している間にガッファスも相手に姿を見せて、腰を低く落として柄に手をかけた。それを見て、前の二匹も腰の棒を抜いて、構える。


 スラリ、と。金属のすれる音がした。うん?


「……へ?」

 木漏れ日に照らされて、鈍い光が煌いた。二匹の大粒ヒヨコモドキが持っていたのは、どうやら木の枝に偽装した、金属製の細剣だったらしい。ガッファスの持つ剣に比べたらずっと細い直刀だけど、受けた時のダメージが殴られたら痛い、が切られてヤバイになった。魔女に対する私の評価が上昇。思わずガッツポーズ。

「――おいガッフ。一人でどのくらいやれそうだ?」

 アーデインが何事も無かったみたいに聞きなおす。

「一匹!」

 潔かった。そのタイミングで王冠ヒヨコの自己紹介が終わったらしく、すごい満足そうな顔で再び声を発した。

『我に歯向かうトハ、愚カな事ヨ。ピイヨよ、血ヲ見せてやレ』

「ピヨ!」

 名前を呼ばれた剣持ちのヒヨコモドキが前に出た。もう一匹の方は剣を鞘に納めて、腕(手羽)を組む。傍観するつもりみたい。二対一にすればいいのに。

「…気のせいかな…おれっち、ポルタがすっげーがっかりした目だった気がすんだけど」

「気のせい。ガッファス、がんばれー」

 石投げ縄を持ってる後衛のヒヨコモドキも完全に観戦の雰囲気。私も木陰から顔だけ出して応援する事にした。


 対峙したコボルトとヒヨコモドキの体格はほぼ同じ。武器のリーチも互角……いや、心なしかガッファスの剣が短い。それに、既に武器を抜き身で構えているヒヨコモドキに対して、ガッファスは剣を鞘に収めたままだった。

「ぴっぴっぴ。ぴよ、ピピヨピヨ?」

『ふっふっふ。さァ、剣を抜くがよい』

 王冠ヒヨコが律儀に翻訳してくれた。ますます残念さが増す。

「…いいよ別に。おいら構えたまま戦うのって苦手だ――シッ!」

「ピヨ!?」

 刹那に抜かれた剣が、ヒヨコモドキの細剣の先を打った。ぶれた剣先は、元の位置に戻る前にガッファスの剣に絡みつかれ、あっという間に円を描く動きで巻き上げられてしまった。そして、宙を舞った剣に呆気に取られている間に、ガッファスは容赦なくヒヨコモドキの首に一閃。鎧の隙間を狙った、鮮やかな一撃。

 剣が地面に刺さると同時に、ヒヨコモドキは地面に倒れこんだ。あー…。


『ひ、卑怯ナ!』


 顔色を変えた王冠ヒヨコ。しかし、ガッファスは意地の悪い顔で言いのけた。

「あっさり決められる方が悪いんだよ。うまくいったの初めてでビックリしたくらいだ」

『ぐぬゥ……我等ノ手は物を掴ムのには向いていないノダ』

 憎らしげに自分の手羽を握ったり開いたりする王冠ヒヨコ。

「なぁ、おれっちがいう事じゃないかも知れないけどさ、お前等ってあんまり戦闘向けじゃないんじゃないのか?」

 クロスボウを構えたままのアーデインに指摘され、王冠ヒヨコは悔しそうに震える。

『いかニも。そうでなけれバ、このような過疎地域ニ来ぬワ! 冒険者ドモの定期討伐の時期も調査シ、ズラシタと言うのに! 我等ニも生活が懸かっているのダゾ!』

「…じゃぁもう、とっとと帰りゃいいじゃん。こっちも別の魔物探すからさ。ぶっちゃけガッフの腕試しにもなってねぇよ」

『ゴブリン、傷ツク事を普通にイイヨルな……だが、素直に引けト言われて引けヌ理由もアル』

「なんだよ。何か文句でもあんのかよ」

 と、その時。ちょこちょこと小粒ヒヨコモドキが私達の前を横断して行き、王冠ヒヨコの足元で転んだ。ヒヨコモドキは息を乱したまま「ピヨ…」と言うと、王冠ヒヨコモドキが満足そうに頷いた。

『くっくっク。確かニ、我等ハ弱い。しかし、その分我が主ハ知恵ヲ与えタ。これハ、我ガ策を成すための時間稼ギに過ぎヌ! 全てハ我が主ノためにアルノダ!』

 不穏な空気。剣持ちの一匹が前に出てガッファスの前に立ち塞がり、後ろの二匹も石投げ縄を振り回し始めた。

『ヤれ!』

 王冠ヒヨコの合図で二つの石が同時に放たれた。一つはガッファス、もう一つはアーデインに。

 ガッファスは左腕についた盾で防ぎ、アーデインはその場で一歩も動かずにクロスボウの引き金を引いた。放たれた矢は見事に石を迎え撃ち、粉々に砕いたばかりでなく石を放ったヒヨコモドキの胸に風穴を開けて森の中に消えて行った。木の鎧ごと貫通していて、撃たれたヒヨコモドキは胸元を押さえながら倒れた。

「ピヨッ!」

 盾で石を防いだガッファスの隙を突くべく、剣持ちのヒヨコモドキが大上段から勢いよく剣を振り下ろした。四つん這いになりそうなほど姿勢を低くしていたガッファスは、全身のばねを使って剣を跳ね上げ、襲い抱える相手の剣を弾き返す。ヒヨコモキはよろめきながらもすぐに体勢を整え、襲い掛かるガッファスの剣を受け始めた。

 二度、三度剣を打ち合い、四度目の剣撃で相手を押したのはガッファスだった。体格は同じでも、全身を使って繰り出す剣は力強く、それでいて速い。鍔迫り合いになり、姿勢の低いガッファスがヒヨコモドキに押されたのは、ほんの一瞬だけ。

「グルァアッ!」

「ピヨッ!?」

 剣を押し返すばかりか(くちばし)をかすめ、ヒヨコモドキは信じられない、とでも言いたげにたたらを踏んだ。

「へへ、どうだよポルタ姉ちゃん。ちょっとは見直したか?」

「……まぁ少しは」

 敵を前にして振り向かないけど、彼の嬉しさが爆発しそうなのはわかった。一部毛のない彼のチャームポイントが激しく振られてる。

「やいヒヨコ! コボルト族の伝統剣術を舐めんなよ!」

 剣を相手に突きつけて、ガッファス完全に有頂天。楽しそうなのは何より。

 コボルト族の伝統剣術、というのはよく知ってる。コボルトはかつて魔族の間でも厄介な盗賊だった。私の故郷には古代人の遺跡を荒らすコボルトの盗賊団がいて、度々襲われていた。

 妖精の力を色濃く継いでる彼らは、見た目以上に力強く、素早い。さらに長い戦いで確立した彼らの剣術は、達人になれば力強さを残したまま曲芸じみた動きにまで達する。宙を舞い、地を這い、重い一撃で相手の急所を狙う。ガッファスのそれは見事ではあるけど、私が故郷で戦った盗賊団に比べればひよっこ。敵がヒヨコだけに。

 カシュン、と音がして、石投げ縄を振り回していたヒヨコモドキが倒れる。ヒヨコモドキが柔らかいのか、アーデインのクロスボウの威力がすごいのか、矢は貫通して、幹に深々と突き刺さった。あれもデュナミスの効果の一つだろうか。

「ガッフ、さっさと決めちまえ。そのデカイのが何かやらかす前に」

「わかったッ!」

 ガッファスが一気に畳みかけた。剣持ちのヒヨコは後ろに下がりながら応戦したけど、切り株につまずいて最後はあっけなく喉を裂かれ、消えてしまった。

 残ったのは王冠ヒヨコ一匹だけ。

『ふん。言ッたであろう。所詮、時カン稼ぎダト』

「ならそれも無駄だった、なッ!」

 ガッファスがあっさり袈裟懸けに切りつけ、返す刃で十字を刻む。さらに額をクロスボウの矢が突き抜けて行き、勝負は完全についた……と思われた。

『ムダ、だ……我が策、ここ、に、こここここここコココココココココ』

「へ?」「あ?」

 アーデインとガッファスがそれぞれそんな声をあげた。離れてた私はなんだか嫌な予感がして、いつでも木陰に逃げられるように準備。

 王冠ヒヨコは内側から大きく膨らみ、『コココココ』と言う度に体中から光が漏れ始める。徐々に体が光で白く染まって行き、頭に載っていた王冠が真っ赤に変色した。そして、一際大きく膨らんだ瞬間に、事は起こった。


『コォケェェェェェェコッコォォォォォォ!』


 歪に変形し、ニワトリと化した王冠ヒヨコは、けたたましい鳴き声と同時に、炸裂した。


 ドパァン!


 身を竦めるほどの爆音。

 けど、爆風や熱は一切無かった。代わりに、王冠ヒヨコがいた場所には真っ黒い穴が開いた。私達三人はそれぞれ身を竦ませたり爆風に備えていたけど、まるで無駄だった。

 そしてすぐにそこから『ポロリ』と小粒のヒヨコモドキが転がってくる。

「ぴよ」

 ぽろぽろ。

「ピヨ」「ぴよ?」

 ぽろぽろぽろぽろ。

「ぴよ」「ちよ」「ぴよ」「ぴよ」「ちよ」

 出てくるのは小粒のヒヨコばかり。けど、徐々にその勢いは強くなり、ガッファスも、アーデインも青ざめた表情をしていた。私は大きく伸びをして、彼らから背を向け、手足をぶらぶらさせて走る準備。よし。今こそ日ごろの成果を見せる時。


 ぽろぽろぽろぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽボボボボボボボドドドドドドッ!。


「に」

 誰が最初に言ったのか。


「にげろおおおおお!」


 ドパッ、と黄色い波が押し寄せた瞬間に、私達は一目散に逃げ出した。

 黄色いヒヨコの波は木々や草木を倒すことなく、けれど鉄砲水のような勢いで私達の背中を追って来る。

「ぎゃああああ!」

 最初に飲まれたのはガッファス。

「うわああ、な、なんだこれ、わぷッ、もちもちで、ふわふわで――うぎゃあああああ!」

「ガッフー!」

 哀れなコボルト。弱小生物の波に飲まれて、彼は犠牲になったのだ。倒れた者に向ける慈悲はない。

「くそ、ってかポルタむちゃくちゃ走るフォームいいなおい! しかもはえぇ!」

 アーデインちょっとうるさい。集中できない。

 倒木を飛び越え、茂みを蹴散らして、必死に手足を回す。私は風。世界を渡る風。私は――ッ!?

「みゃ!?」

「ポルタ!?」

 意地悪な根っこが私の足をひっかけ、そのまま前にごろごろと転がった。視界がかき回され、止まったときには視界がぐるぐるしてた。振り返ったアーデインが私に手を伸ばす。

 そのときにはもう、ヒヨコの波は追いついていた。

「あ…」「う…」

 覆いかぶさるように迫った黄色い波。ドッパァン! と音を立ててモチモチの感触に包まれた私達は、そのままもみくちゃにされてどこぞへと流されて行った。


 どんなに弱くても魔女の手先。束になったらものすごく強かった。


ここではもっと恐ろしい外見の魔物が出るはずだったんです。ほんとです。気がついたらこんなのになってました。おかしいです。誰かの陰謀かもしれません。

次回更新は6/15の夜を予定してます。


更新済みです

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