終わる物と始まる物
文字が詰まりすぎの部分をちょこっとだけ改行してあります。
アルビノゴブリンのアーデインは、クライエンの家に帰る度に、自分が拾ってきた女の子が日に日に機嫌が悪くなっている事を聞いて焦っていた。確かに、いつまでも旅立ちの目処が立たないのだから、機嫌が悪くなっても仕方ないとは思い、それならいっそ町に連れてきたらどうだ、とアーデインは提案していたのだ。だから今日、突然つれてきた事自体は驚かなかったが、まさか迷子になるとは。
幸い、ガッファスも含めた三人で町中を探して見つけることができたが、慣れない人ごみや一人にされた事による不安でだいぶ参っているようだった。合流したものの口もそれほど利かず、ふらふらと宿の部屋に向かった時は思わずクライエンに突っかかりそうになった。
そうできなかったのは、原因が自分にもある、と思ったからだ。
「あの、アーデイン。あの子さ…」
簡素な宿の狭いロビー。そこにあるソファーに深く腰掛けてうな垂れていたアーデインは、所在無さげに立っていた弟子のコボルトの言葉を聞く気にならなかった。
「お前は今日は帰っていいよ。ご苦労だったな。帰ったら明日の準備して、早めに寝ろ。朝の九時には組合の方で待っててくれ。迎えに行くから」
何かいいたげなガッファスだったが、口をつぐんで「わかった」と短く返事して出て行った。
ロビーには立派な柱時計があり、時刻は夜の九時を示している。白狐のコボルトであるポポルが経営するこの宿は、他の宿と違って食堂が無いため、静かなものだった。花瓶に飾られた花が柔らかい匂いを放っていて、シンプルながらも上品な印象すらある。
「悪かったの、目を離して」
二人きりになったところで、向かいに座ったクライエンがそう言った。大きな体を受け止めるソファーが歪んでいるように見える。
「いいよ、無事に見つかったんだし。最近東の町の商館が鉄を大量に買ってるみたいでさ、運び屋と冒険者がすっげー増えてるんだよ。町のやつらもびびってたよ、ハチミツが飛ぶようにうれてるってさ」
沈んだ顔をしていたクライエンは、アーデインの軽口に少しだけ表情を明るくした。
「それであの様子なんじゃの。びっくりしたわい。道を渡るのもやっとじゃった」
「へへ、その体じゃそうだろうな。でもまじめな話、夕方のあの混雑でトラブルも多いらしくってさ。おれっちもこの一ヶ月で三回くらい喧嘩の仲裁にいったぜ。それで今度食堂を南に集中させるっていう話もあんだってよ」
この町の食堂は主に中心に集まっているため、ただでさえ人が行きかう場所が余計に混雑してしまっている。おまけに急激に人が増えたために順番待ちでさらに混み、立ち止まっている人や店を探してさ迷う人で溢れてしまうのだ。馬車との接触事故や乱闘騒ぎ、ひったくりなど、無視できない問題も続出している。
「まぁ、その方がいいじゃろうの。それならシトリも店を移さなくても済むじゃろ」
シトリ、という名前が出てアーデインはぞくりと背筋が凍る。あの人間の娘、今でこそ酒場の女主人として細々とやっているが、元々はアーデインと同じ冒険者だった。実力もそこそこ、というより恐ろしいぐらいにあり、実力試しという名目で素手で魔物を倒す猛者だ。縁があり、一緒に行動をする事も多かったが、ある日両親が病気に倒れて故郷にとんぼ返りし、それ以来あの場所で一人で酒場を切り盛りしている。それが無ければ今頃は冒険者としてかなり有名になっていただろう。
アーデイン、シトリ、クライエンは元々冒険者として同じ時期に知り合ったのだ。今や本格的に冒険者を続けているのはアーデインだけだが。
「のぅアーデイン。お前さん、いつになったらポルタを連れて行ってやれそうなんじゃ?」
それは暗に、もう限界だぞ、と言っているが、限界なのはポルタなのか、クライエンなのかはわからない。時折刺激的な姿を見せるあの少女は、クライエンの手に余るのかもしれない。きっと両方だ。アーデインは頭を掻いてから、深くため息をついた。
「一応ガッファスに教える事は全部教えたさ。明日実際に魔物相手に立ち回ってどうか、ってとこ。ポルタには悪いけど、あと一週間はかかるかもな」
町に降りてきたなら一週間くらい大丈夫、とアーデインは思うが、ガッファスの話だと暗がりで一人で泣いていたそうだ。助けた当初は戸惑いの方が多かっただろうが、落ち着いてきた最近は、いろいろと思うこともあるのだろう。特に、プロペディアが燃え行く場面に居たというなら、辛い事もあったはず。それも考える限り残酷なものだ。
例えポルタが全て打ち明けてくれたとしても、アーデインには何も言う事ができないのだが。
「…ポルタはどうしても知りたい事があるようじゃ。十中八九昔の事じゃろうが、おんは怖くて理由まできけんかった。情載都市に行ってもすぐには図書館に入れんという事も理解しとるようじゃが、何より同じ場所で踏みとどまってるのがきっと気に入らんのじゃよ。あの子はほれ、お姫様じゃからの」
お姫様、という言葉にまさかプロペディアの姫じゃないのか、という仮説が生まれたが、今は気にしないでおく。
「お姫様ね。ならさしずめおれっちは騎士ってとこだな。でもまぁ町に降りれるくらい本人が落ち着いたんならさ。いっその事クライエンが連れてくか?」
ダメもとで聞いてみたが、案の定彼は首を振った。
「できるものだったらとっくにやっとる。お前さんの事じゃ、もうあの噂は知っとるじゃろ? そもそも、ポルタは旅の伴侶にはお前さんをご所望じゃよ」
最後の言葉に思わず顔がにやけた。ついでに照れながらの「頼りにしてる」という場面も頭に浮かぶ。それだけでもう今すぐ旅立ってしまいたいくらいだが、ガッファスの事を蔑ろにするわけにもいかない。放り抱いたら、あの母コボルトが地の果てまで追ってきそうだ。
「ガッファスも連れてったらどうじゃ? 遅かれ早かれあやつも旅立つんじゃろ?」
「ん、あー…そっか。その手があるのか。でもなぁ」
言って、アーデインは腕を組んで天井を見上げた。思い浮かべるのはこれからの旅程。
情載都市に行くまでの道のりはそれほど厳しいものじゃない。アーデインにはそこそこの資産があるし、大陸横断列車を使えば目的地にはすぐに着くだろう。滞在費や旅費を大雑把に計算してみても、十分すぎるくらいだ。
ただ、アーデインにはアーデインなりの下心があった。綺麗な女の子と二人旅、なんてそうそう出来る物じゃない。そこにがきんちょのガッファスが混じるなんて考えたくも無い。本当に彼女の事を考えるなら、それも仕方ないのかもしれないが。
「…ま、付いてくるかどうかはガッファス次第だろ。ポルタがそれでいいってんなら、おれっちもそれでいいや。どっちにしても明日魔物の実戦を経験させて、冒険者になる覚悟を確かめてやるさ。あいつ剣の腕だけはやたらといいし。そだ、ついでにポルタにも魔物の恐ろしさを見てもらったほうがいいかな?」
思いつきの提案だが、クライエンはすぐに頷いて答えた。
「そうじゃの。できたらそうしてくれるか? 実はおんもやる事がありそうでの…今日も知り合いの職人に話しかけられた時に、ポルタを見失ったんじゃ」
クライエンの言葉にアーデインは声を抑えて尋ねた。
「なぁ、さっきの口ぶりもそうだけどさ。国王が人を集めてるった話本当、だよな…だとしたらやっぱり、山を離れるのか?」
「あぁ。噂は本当じゃ。国王自らの推薦もたまわっとる。おんが首を縦に振るのも時間の問題じゃ。一月後にはおそらく、山も出ているじゃろう」
「……そか。寂しくなるな」
少し心苦しそうな彼の表情に、アーデインも複雑な心境だった。
冒険者を辞めたクライエンは魔法道具職人として今ではすっかり有名人だ。その腕前は大陸一、とは言わないが、腕は確かでここイメロニア王国では現国王の招致を断った頑固な職人として知られている。国王の頼みを断るというのは反逆の罪に問われる事もあるそうだが、クライエンはどういう訳かこうして目の前にいる。
ただ、ここ最近は特にイメロニア王国が主体となって様々な分野の職人を集めている、という噂があった。耳の早い友人によれば、事業が成功すれば世界は新時代に突入し、誰も見たことの無い世界が待っているとまで言っていた。そしてその噂は、ここファソリを通過する鉄の量が爆発的に増えた事で、裏が取れている。さっきは軽口で話題に触れた程度だが、本当は他の町でも、似たような事が起きているのをアーデインは知っていた。
その新時代とやらがやってくるのは、アーデインの孫の時代かもしれないが、その先駆けとして友人のクライエンの活躍があるならば親友としても鼻が高い。しかし、本人の気持ちを考えれば単純に喜ぶわけにもいかないのだ。
アーデイン、シトリ、クライエンは同じ時期に知り合った冒険者だったが、シトリが冒険者を辞めた後、一ヵ月後にクライエンも引退をしている。三人で一緒にいたころは怖いもの知らずだったが、アーデインとクライエンだけでもそこそこいけると思っていた。ただ、三人で居た時もなんとなく、シトリとクライエンがいい雰囲気だった場面は何度もあるし、彼女がいなくなってますます本人が実感するようになり、アーデインも、クライエンが彼女のそばにいる事を強く薦めたのだ。酒場でも手伝ってやれ、と。
そのまま素直に結婚でもすればよかったものの、クライエンは近くの山に住んでいた鍛冶職人にわざわざ弟子入りして、偶然を装って再会するという回りくどい方法を選んだのだ。本人がそれでいいなら別に構わないのだが、めんどくさいやつだと思う。
それからちょくちょくアーデインも様子を見に来ているが、進展があったようには見えない。それどころか、中途半端に開眼した才能のせいで今や再び距離ができようとしているわけだ。
クライエンには後の偉人として活躍してほしいという気持ちもあれば、かつての冒険仲間が結ばれて幸せになってほしいという気持ちもアーデインにはある。むしろ、後者の方が好みだ。結ばれたとして、その後ゆっくり田舎町で過ごす、という未来はもう無くなっている様だが、このまま何もなく二人の関係が終わってしまうのはつまらない。あの日終わった冒険は、まだ最後のフィナーレを前にして今日も続いているのだ。それをなんとしても見届けてやりたい。
欲を言えば、自分が新しい冒険に出る前に。
「…あのさ。明日の事なんだけど、おれっち午前中と午後に分けて魔物狩りに行くつもりでさ。昼には組合の方で飯食いに戻ってくる。その時にポルタも連れてこうかと思うんだよ」
「む。朝から連れて行くんではないのかの?」
「別にそれでもいいけどさ。ほら、今日の事もあるし、少し休ませた方がいいと思うんだ。クライエンも忙しいんだろ? だったら午前中はシトリに頼むってのはどうよ?」
クライエンはむむ、と短く唸る。
「…悪くない考えじゃが、シトリが頷いてくれるかどうかがのう」
「まぁね。急に言われたら誰だって困るだろ。だから、今から行って頼んでこようぜ。それでお詫びとしてさ、お前がちょっとお茶でも手伝いでもすればいいじゃん」
アーデインの言いたい事が伝わったようで、クライエンは「いや、しかし」と視線をさ迷わせた。今更互いの気持ちなんて考えるまでも無いのに、その優柔不断なところが、アーデインを苛立たせる。
「あぁもぅ、めんどくせぇな! 国王からの命令を二度も無視できるとは思ってないんだろ? だったらさっさとやることやれって話なんだよ! お膳立てしてやるって話だよ! 言わせんなよ! ポルタの事で少ない時間が余計少なくなった事は謝るけどさ、お前がいつまでももたもたしてるのもいけないんだからな!」
「いや、ポルタの事は別じゃ。わかった。お前さんのいうとおりじゃ。はやめに職人組合の方の用事は済ませるとするわい」
クライエンは意外とあっさりと承諾した。ファソリの町には職人組合が無いので、何か手続きがあるのなら隣町まで行かなければいけない。おそらく、正式に職人の招集をうけるつもりだろう。
「明日は徒歩でいける距離の魔物を探すからさ。馬は返すよ。あいつなら行って帰ってもすぐだろ?」
「そうじゃな。夜明けに出れば昼過ぎに帰ってこれるじゃろ」
あの馬は力強いが、大柄のオーグルを乗せて何時間も走らせて潰れないかが少し心配である。
予定が決まったところで、アーデインは立ち上がる。
「それじゃ、とりあえず腹も減ったし飯食いに行こうぜ。町のやつらもそろそろ集まってるだろ」
「そうじゃの。本当ならポルタも連れて行ってやりたかったが、仕方ないのぅ」
確かに。知り合い連中にポルタを助けたのは自分だぞ、と自慢するのは楽しそうだ。だが、夕飯を食べに行くという理由だけで再び人の多い場所に連れて行くのはさすがにかわいそうである。子供でもないのだし、今は一人にしてやるのが一番だろう。
「ついでにシトリに告白してもいいんだぜ?」
酒の勢いでも伝えてくれればこっちも心配しないですむんだけどな、と思ったが、クライエンはなんともいえない微妙な表情で笑うだけだった。
案外、あのでかい腹の内はどうするのか決めてるのかもしれない。
少し昔の冒険の結末が近づいているようです。




