親切心か下心か
冒険者。それはこの世界で最も重要な職業と言っても過言ではない。
いや、確かに毎日食べるパンの材料の麦や豆、他にも鉄や銅などの鉱物、山から切り出す木だって大事なのはわかってる。ファソリの町じゃハチミツがなかったらやってけないくらいで、常在する冒険者なんて十人もいない。
でも、それでも冒険者は、大事だ。彼らが戦い、トークンを流通させてくれるおかげで、人々は安定した便利な暮らしが送れるのだ。彼ら以外にトークンを生み出せるのは、国に仕える兵士くらいだろう。
トークンは、世界そのものが人々の勇気を称える勲章だ。
その昔、恐ろしい力を持った魔女とその軍勢に最後まで抗い、互いに手を取り合う決意をした人々に、精霊の代弁者、ディミウルギアが授けてくれたもの。それが一番最初で、今も、恐ろしい魔物と戦う冒険者達の勇気を称えて授けてくれている。
憧れていた。世界そのものに認められる、という事に。それはすごい事だと昔から思っていた。だから、もうじき本物の冒険者になれると思うとワクワクして夜も眠れない。初めてトークンを手に入れる日が、楽しみで仕方ない。
仕方ない、のに。
「あんのダメ師匠があああ!」
町に響く叫び声。
ファソリの町の東大通り。町を十字に切る通りの東側は、通り抜ける旅人のために消耗品を扱う店が多い。傷薬や町の特産であるハチミツ、トークンの両替など、とにかく旅の途中でちょっと困った時に助かる品揃え。新しいものを売る、というよりは本当に手助けしてやろうくらいのものしか置いていないが、欲を出さないで商売をするのがこのファソリのいい所でもあった。
そんな旅人向けの店のいくつかを回っているのは、子犬の顔をした二足歩行の亜人、コボルトのガッファスだ。先日憧れていた冒険者のアーデインに出会い、弟子入りしたまではいいものの、この一ヶ月、基礎訓練ばかりでまったく実戦に出ていない。
そして今日、なんとか及第点をもらえて、いよいよ明日から魔物相手に戦う事になるのだが、何が必要かと聞いたら自分で考えろといわれてしまったのだ。
傷薬、包帯、止血剤。治療のデュナミスが宿ったアクセサリーは高価すぎなのでなし。代わりに、錬金術で生み出された回復薬の小瓶を二本。あとは、師匠であるゴブリンが使う矢を一束。それだけでなけなしの小遣いはなくなった。ついでに頼まれた酒については完璧に無視してる。あのゴブリン、師弟関係をいい事に時々関係ないことまでやらせようとするのだ。
それらを抱えてずんずんと歩くコボルトに、すれ違う人間の女はカワイイだのなんだの言ってくる。太陽はすっかり西に傾き、今日中に次の町にたどり着けないと悟った旅人が早々に宿をとって町を歩いているのだ。こんな何もない、せいぜいコボルトがちょっと多いくらいの町を歩いても面白くもないだろ、と思うガッファスだったが、一部の旅人がそれを目当てで来ている事を彼は知らない。
東大通りが西大通りになる場所、つまり四つの通りがぶつかる場所は、飲食店が多い。南は完全に町人向けだが、それ以外の場所は見たことない顔でいっぱいになる。人が通り抜けるばかりのこの町でも、飯時になればたくさんの人で溢れる。ただ、ここ最近はそれが尋常じゃない。普段の二倍から三倍は人がいて、店の数が明らかに足りていないのだ。
今日も中央の十字路は馬車が通るのも難しいくらい人で溢れていた。
背の高い奴等は人間に加え、尖った耳と長身が特徴のエルフだ。珍しく、牙が突き出た猪のような顔をしたオーク族の旅人もいる。筋肉質の肉体を晒し、最低限の衣服しか纏わない野蛮な種族だが、目が光に弱いため、彼らは色付きのゴーグルをしていてそれがどこかシュールである。すれ違う時、カタコトで何を食べるか相談しているのが聞こえた。
背の高い人々の合間を移動するのはゴブリンやコボルトだ。ちらほらと筋肉だるまとでも言うべきドワーフ族もいる。ドワーフも大概背が低いが、がちがちの筋肉は存在感が違う。
(なんか今日はいろんな種族がいるなぁ。でも世界にはもっとたくさんの種族がいるんだよなぁ。はやく見てみたい)
既に田舎町でもこんな混沌とした様であるが、この世界にはもっと多くの種族がいる。ガッファスは全ての種族の友達を作るのが、冒険者になるのと同じくらい夢だった。
中には秘境で静かにくらす種族もいて、巨人族や人魚族は独自の都市をもっているくらいだ。中でも、魔狼族とも呼ばれるフェンリルがいた一族は外界との関わりを一切絶っているとも聞いている。神話に纏わる種族は考えるだけで背中がぞくぞくした。
(いつか会って見たいな。けど、あの師匠じゃ先が思いやられる…)
人々の合間を縫って、目的の酒場へと向かうガッファス。そんな彼の目に、人間たちの中でも頭一つ分飛びぬけた巨漢が見えた。
「あれ? クライエンだ。山から降りて来たのかな」
芽が出た玉ねぎみたいな頭をしたクライエンは、人を喰う事で有名なオーグル族にしては温厚な性格で、この町の人気者だ。でかい太鼓腹を隠すシャツは今にもはちきれそうで、その巨体からか人でごった返す通りで身動きが取れないようだ。
彼は額に手を当てて、困り果てた表情で何かを探しているような仕草をしている。
(クライエンさんっていつも北のポポル婆ちゃんの宿使ってるよな。食事はシトリ姉ちゃんのとこだし。誰か探して――あ、師匠かな?)
クライエンとアーデイン、それにシトリの仲がいいのは結構有名だ。三人が町にそろうと、いつだってバカ騒ぎが起こる。前にあったのは三年前だ。今夜辺りシトリの酒場は騒ぎを見るためにたくさんの町の人が訪れるだろう。
ガッファスは誰かを探す様子のクライエンに近寄って、その腹を叩いてやった。
「んおっ、おお、ガッファスか。久しぶりじゃのう」
クライエンは自分の腰にも及ばないガッファスをみつけて、すぐに人懐っこい笑顔を浮かべた。ガッファスも不機嫌だった事を忘れて自然に笑みになる。
「久しぶりです。えっと、もしかして師匠――じゃなかった、アーデイン探してる?」
「ん、あぁあやつも探しとるが、ちょっと連れとはぐれてしまっての……なんじゃこの人混みは。祭りでもあるんかの?」
結構前からこうなんだけど、と口にしそうになったが、ガッファスは別のことに興味があってそちらを優先した。
「連れってもしかして厄介になってるって言う女の子?」
「うむ。そうじゃよ。ばは、あのお喋りゴブリンめ。これじゃ町中の人が知ってそうじゃのぅ…」
クライエンは心底困ったような顔をしたが、別に隠すような事でもないだろうとガッファスは思う。ただ、この一ヶ月アーデインと一緒に行動していたガッファスには、その子が『ちょっとその辺にはいないくらいかわいい』という事を知っているので、気になったのだ。そんな子なら、一目見てみたいと思っていた。
ガッファスはこれも冒険者の仕事だ、と思い一度咳払いをしてから言う。
「おいらも手伝ってあげるよ。その子どんな子?」
「そうじゃの。深い雪のとこにある青い髪をした人間の女の子じゃ。首の後ろで髪をまとめとる」
「…ごめん、深い雪の青って何色?」
ガッファスは生まれてこの方、積もった雪を見たことがない。雪色なら白、とわかるが、深雪の青はよくわからない。
「えぇっと、とにかく薄くて綺麗な水色の髪じゃ。青空に近い色じゃよ。一目見りゃわかる。名前はポルタじゃ」
「わかった! まかせて!」
荷物をクライエンに押し付けて、ガッファスは駆け出した。
アーデインがかわいいと絶賛する女の子。クライエンより先に見つけて、是非話して見たいものだ。
ただ、そのやる気のせいで彼はひどい目に会うのだが、そんな事は誰も知らない。
今回は閑話でした。




