おいしいの基準
一度寝たら気分がすっきりする……なんて言うほど、私は単純じゃない。
私の皮を使ったローブも大概気に入らないけど、もっと気に入らないのは魔王についての手がかりが一切見つからない事。
年代記、気象記録、地方の伝説や逸話、偉人についても片っ端から調べたけど、そこには魔王らしき人物は一切ない。唯一、聖王伝説に出てくる魔法族の王という形で残ってるだけ。
捩れた角を持つ人物、というところに焦点を絞ってやっていたけど、あの角は折ることも出来るし、もしかしたら人間に紛れて生きているのかもしれない。それはもちろん可能性のひとつではあるのだけど、魔女戦争の終わりまで生きていたというキュクロプスが、復活の証である『血の色の夜』、『朽ちた日輪』を見逃すはずが無い。見逃してたら、全身氷付けにしてあの愚鈍な体をバラバラに引き千切ってやる。
(…そもそも復活したら記憶の混濁でまず最初に暴れ出す。そうしたら天変地異の一つや二つ起こってるはずだし、一切記録が無いのはおかしい。今回は違ったのかな……それで静かに人間に混じってるならまだいいけど)
バキッ、ゴリ、ゴリ。
(死ぬ直前に魔女に魔力を奪われてた。それでも魂は滅んでないはずだから、復活するのは確実。という事はやっぱり、魔力が不足してて、復活すらしてない?)
「…ポルタよ」
(私でも劣化した転生の能力で千年かかったんだから元となった魔王はとっくに復活してる――と思ったけど……最初の契約の時点で転生の力も半分私に譲渡してたとしたら……条件は同じ)
「おーい。ポルタよ」
(転生の能力自体が互角なら、転生に必要な魔力が一定値なのか、器全体の割合なのかが重要になる。魔力の器は考えるまでも無く魔王のほうが多いし、仮に器全体の約一割の魔力が必要だとすれば、千年どころか一万年かかっても、おかしくない)
「ポルタ? おーい。フェンルさまー?」
(うぅ、考えれば考えるほど復活してない可能性のほうが多くなってきた。全部あの魔女が悪い。もう、強制的に復活させる儀式でも見つけた方が早いんじゃないかな…)
ふに。
「………なに?」
思考の海から上がると、すぐ横に立っていたクライエンが私の頬を摘んでいた。ふにふにの柔らかな頬はさわり心地抜群、癒し効果抜群。本人のお墨付き。ただし有料。一回一かじり。
デュナミスが宿って気軽に調理が出来るコンロや流しがある、少し狭いキッチンで、私達はお昼を食べていた。今はほとんど食事が終わり空のお皿が多くなったところ。
「あまりおんが言う事でも無いかもしれんがの、外でそういうことすると、周りの視線を集めるぞい?」
ふにふに。
そういう事、というのが最初わからなかったけど、今私がやってるのは骨付き肉の骨を食べる事だった。人の姿だと顎の力もそんなにないし、狼だった頃みたいにバリバリと気持ちよく食べれない。それでも端のほうはもうなくなってる。
「んぐッ」
細かくなった骨を飲み込むとさらさらしたものがおなかへと流れてくのを感じる。この喉越しがたまらない。
「…骨食べるの普通じゃない?」
聞くと、クライエンは私の頬をふにふにしながら答えた。
「そうじゃのう。オーグルやオークみたいに顎の強い奴は肉ごと骨も食うがの。少なくとも人間のかっこうした奴は滅多にやらんわい」
「そうなんだ」
ごりごり。
「みはふっへ」
「おん?」
一回口を離す。
「味覚って、よくわかんない」
クライエンがやっと手を離した。見ると、彼は信じられないとでも言うような顔をしていた。
「おいしいものはおいしいと思うけど、それって舌が勝手に感じてるだけでしょ? 私には、ちょっとよくわかんない」
「……おんはお前さんの言ってる事の方が意味がわからんわい」
「んー…」
バキッ、と音を立てて尖ってた端を噛み砕いた。
「牙がうずく」
奥歯で噛み砕き、さらさらになるまですり潰す。
「噛み付いて、牙を立てて、皮を裂いて、肉を引き千切って、食べる。肉がまだ震える状態で食べられるのは族長や称号を与えられたフェンリルだけ。ふふ」
思い出して、よほどな表情をしてたみたいでクライエンが一歩後ろに下がった。
「うっわーひくわぁ、オーグルじゃけどひくわぁそれぇ」
「む、オーグルのほうがよっぽどひどい事してた。聞かせる?」
「いや、いやいやいややめとくれ。おんは人の肉なんか喰ったことないんじゃ。おまけに痛い話もキライじゃ」
クライエンは食べ終わったお皿を片付け始める。私の前には綺麗に骨だけになったものだけが残った。
「なんとなく思っとったが、フェンリル様は猟奇的じゃのぅ……守護神の話が嘘のようじゃ」
「そんな偶像崇拝なんてやめるべき。こっちが本物のフェンリル。あと、昔の私には味覚がほとんど無かったから、食感とか喉越しとかがおいしいの基準だった。今もそう。噛み応えが大事」
骨を握って胸を張る。クライエンは頭を掻いてから、お皿を洗い始めた。
骨は何も言わないけど、歯に伝わる感触がいい。今の私は生きてるものを噛み殺して食べる事はできない。それが残念で仕方ない。だから甘噛みして色々試してる。
さっき噛み付いたクライエンは噛み応え良し。けど、今のところ一番噛み付いてみたいのは、自分自身だった。
「ふふふ……私と同じ、いや、私と同じくらいかわいい子がいればいいのに…」
そうしたらその子を押し倒して舌で舐めて牙というか八重歯を立てて嫌がる顔を楽しんで撫で回してまた噛んで強く噛んで声を出させて許してと言わせてふふ、なんていうかこう、狼的な欲求不満をぶつけてあげるのに。私専用のおもちゃとか手に入らないかな。そうしたらこの狼の心も満たされるのに。
バキッ。
「…フェンリルさま? なんかすごい悪巧みっちゅうか、色んな意味で怖い顔しとるんじゃが…」
「きのへい」
なんだか、魔王じゃないけど私も綺麗な女の子ほしくなってきた。男じゃだめ。女の子じゃないと嫌。フェンリル様、おもちゃ募集中。骨で我慢できなくなる前にお願いします。
「この骨もらっていい?」
「別に構わんけどの。油でよくないもんが繁殖して汚くなるからの。よーく洗っておくんじゃぞ?」
「ん」
お皿を洗い終わったクライエンと交代で流しへ。骨に付いた肉の破片や油を流水で落とし、最後に残ったお皿も綺麗に洗う。ここにも食器洗い用のスライムがいて、流しの隅の専用のケースから伸ばした触手で油や肉を綺麗に舐めとっていた。便利。
「そうじゃ、ポルタは明日何か予定があるかの?」
雑巾で食卓を拭き始めたクライエンがそう言った。
予定。私の予定なんて調べものか、お風呂か、寝るか、あとは体力作りに外を走るかくらいしかない。首を振って答えると、彼は口の端に笑みを浮かべる。
「そうか。よかったらじゃが、明日町に行ってみんか? 馬が無いから歩きにはなるがの。なに、二時間くらいの距離じゃ」
「……?」
彼は体を起こして、ポケットから何か取り出した。両手を出して受け取ると、それは黒曜石を使った小さなネックレスだった。
石を中心に細かい細工がされた金が撒きつくようにあしらわれたもの。黒曜石の形状は天然の水晶を思わせる形になっていて、デュナミス特有の幾何学模様が灰色の線になって下のほうに浮かんでいた。
「ほんとはもっといいものにしたかったんじゃがの。いつでも身につけられるものを、と考えとったらアクセサリーくらいしか思いつかんかったわ。宿っとる『破魔のデュナミス』は常時発動型の魔除けじゃ。おまえさんが本当に危険になった時に守るよう組んどいたぞい」
「心配なんて」
いらない、と口にしそうになったけど、今は魔狼の体じゃない。身を守る道具は大事だった。そうでなくても、魔女に負けた地点で最強を名乗れない。
「ありがと」
だから素直にお礼を言う。その事がなんか恥ずかしい。私プライド高い。でも捨てない。
感じた恥ずかしいという気持ちを忘れるためにもさっそく身につけてみる。自分で結べるかな、と少し心配したけど、革の紐には簡単に付けられるように金具がついていた。紐を首の後ろに回して、胸元で金具をパチリとつけるだけ。とても簡単。
黒曜石の水晶のネックレスは私のささやかなふくらみの上にのっかる形になった。つけただけじゃ何も感じないけど、目を細めたクライエンは満足そうに頷く。
「うむ。お前さんに見えてた精霊はうまく覆い隠せてるの。これなら精霊が見える奴等に見られても誤魔化せるじゃろう」
「本当? ちゃんと普通の女の子に見える?」
「うむうむ。まぁ『見た目』はの」
それはよかった。中身まで普通の女の子じゃ、フェンリルの名折れ。
それにしても町。町か…一ヶ月もかかったけど、ようやく平和になった世界がどんなのか見れる訳だ。ちょっと楽しみ。
「明日の朝早くに出るからの。二、三日向うに泊まるつもりじゃから、その分の着替えとか用意してくれるかの。鞄はこっちで探しとく」
「わかった。本とか持っていっていい?」
「構わんが歩きなんじゃ。ちょっとした旅なんじゃし、軽い方が良いと思うぞ」
確かに、彼の言うとおりだ。毎日走ってはいるけど、慣れてない道を歩くのはそれはそれで大変なはず。荷物は少しでも軽い方がいい。私の荷物なんて着替え以外には――…あ、そうだ。
「クライエン。縄ってどこにある?」
「うん? 縄なら裏の倉庫にあると思うがの」
「あと口に詰められそうな布」
「……?」
「こう、痺れ薬みたいのとかはある?」
「ま、まてまて。お前さん何しようとしてるんじゃ? なんでそんなに真剣な目をしとるんじゃ!?」
「え、おもちゃになりそうな子がいたら確保しようかなって」
「何をいっとるんじゃ!?」
「大丈夫、壊したりしない。ちょっと味見するだけ」
「何をいっとるんじゃ!」
べしっと頭を叩かれた。
その後、私達はそれぞれ明日の準備をするんだけど、クライエンは縄と布と怪しそうな瓶をこっそり工房の一角に隠してた。気配を殺してその様子を見てた私は、当然もらった鞄にそれらをちゃんと詰め込んでおいた。
ふふ。明日が楽しみ。




