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フェンリルさん、おいしそう  作者: ひなみそら
第三話:時、風の如く過ぎ行く。心、彼方に在りけり。
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恩と約束

「――つーことで、ガキのお()りすることになったってわけ」


 朝。予定通りたくさんの服と食材を買って戻ったアーデインは、なんでか頭に傷を負っていた。不機嫌そうなアーデインと食材をチェックするクライエンを横目に、私はソファーのある方で服を一つ一つ確認してた。

「そうか、あのコボルトの子供がの。まぁでも、お前さんも旅費を稼ぐにはちょうどいいじゃろ。最近、トロールのいる森のほうは魔物の活動が活発になってるしの」

 コボルトとか、トロールという言葉に反応してしまう。コボルトは魔族の山賊。犬、もしくは狐の顔をした魔族でかなり好戦的な性格。妖精の血を引いてるから魔法の扱いに詳しかった。聖剣を作ったのは確かコボルトと、ドワーフだったかな。トロール族は巨人族の中でも残忍な性格の魔族だ。キュクロプスの配下にもいたけど、外見は人型というより怪物に近い姿をしていて、頭がそんなによくない。簡単にだまされる。

「で、ポルタの方はどうなんだ? 何がどうなのかわかんねーけど」

「彼女なら最初の行き先が決まったところじゃよ。のう?」

「ん」

「へぇー。どこ?」

 頬杖をついたアーデインが聞いて来る。えっと。

「要塞都市プラ、テカ?」

 名前が独特で覚えられてない。

「プラシティニカ。要塞じゃなくて情載(じょうさいじゃな」

 そう、それ。変な名前。

「ふーん」

 一通り服を見終わった私は、気に入ったやつとそうでないやつに分け始める。その様子をアーデインがちらちらと見てるけど、彼の気持ちは一切考えないで選ぶ。

 着ない、に分けられたヤツをクライエンが見て低く唸った。

「アーデイン。お前さんなんであんな服を選んだんじゃ?」

「いや、まぁほら。買ったら着てくれるかなーって思ってさ」

 ちらりと大きな目が私を見た。ちなみに今の私はよれたシャツ。鎖骨とか見えてるけど気にしない。アーデインは気にしてるみたい。

 確かに、彼が私に似合うと思って選んでくれた服なら文句は言わない。文句は、言わない。

 そう思った矢先に現れたのはメイド服。人間が誰かに奉仕するときに着る服。黒くてエプロンとセットになってるそれは、私が知ってるやつよりもスカートの丈が短い。すごくかわいい。はい却下。

 アーデインが机に突っ伏した。これを着てほしいという事は奉仕してほしいという事? 私に? この私に? 今は人間だけど心は魔狼、しかもフェンリルである私に? ふぅん……。

「…な、なぁ。なんかポルタ怒ってないか? おれっち、ちょっとした冗談のつもりで混ぜといたんだけど」

「…まぁ、いくらお前さんが恩人でも許せん事はあるんじゃろ……おんは次の服のほうが怖いわい」

 次の服はなんというか、布と羊毛で動物から剥いだ皮を再現しました、みたいな服。

 バリエーションは、ウサギ、黒猫、白犬。簡略化された顔がかわいくはある。間抜け面。あとまずそう。それにいじめても表情すら変えなさそうなウサギだ。

 はい却下――したらアーデインが椅子から身を乗り出した。

「まてまてポルタ、そいつはな、パジャマ代わりだ!」

「…ぱじゃま?」

「えっと寝る間に着る服だよ。ほら、普通の服で寝ると体が窮屈だったりするだろ?」

「んー……」

 思い返してみるけど初日は毛布に包まってた。一昨日は、普通の服だったけどたしかにズボンとかちょっと寝苦しかった、かな?

「……わかった。これは着る」

 ほっ、と胸を撫で下ろすゴブリン。確かに、動物の格好をして寝るのは落ち着くかもしれない。ただしウサギはダメ。ピンクのウサギとか気持ち悪い。基本的に捕食される側だし。

 次は薄着だった。ゆったりとした白の上下。素材も肌触りも気持ちがいい。これこそなんだか、寝るときに着るやつみたい……。

「………」

 アーデインを見ると視線を逸らしてた。なるほど。彼の意図がわかってきた。きっと私を言いくるめて何か着せようとしてる。

 本物のパジャマは着る。次は――。

「それはバニーだっ!」

 却下。

「それは魔法少女だ!」

 却下。着にくい。キラキラしすぎ。

「それはセクシー盗賊なりきりセットだ!」

 はい却下。お腹冷えそう。

 そうやってアーデインが声を上げるものを片っ端から却下していく。結局、私が採用したのは半分だけだった。

「ばはは。こっちは燃えるゴミじゃのぅ」

 クライエンが却下にされた服を抱えて行く。そんな彼にアーデインがすがり付いていた。

「まってくれよぉ、おれっちが何かいい事した時に着てくれりゃいいからさぁっ!」

「…だそうじゃぞ、ポルタ」

「……わかった。とっとく」

 アーデインの顔に希望の光。私優しい。女神のよう。そういえば守護神だった。

 にっこりと微笑んで、クライエンに告げる。

「クライエン。倉庫の一番奥にしまっておいて。埃が被りそうなところ」

 光は絶望に飲まれた。

「ち、ちくしょおおぉぉぉ! なぁッ! 思ったんだけどクライエンに会ってからポルタちょっとおれっちに冷たくないか!? 助けてやった恩はどうしたんだよぉぉぉぉッ!」

 両手で床を叩いて慟哭するゴブリン。むぅ。確かに、助けてもらった事とか、ここまで連れてきてもらって良くしてもらってるのに冷たかったかもしれない。別にキライになったわけじゃないのだけど。

「アーデイン。そういうのを言うと本当にポルタから信頼を失いかねんぞ?」

「う、うるせぇ! お前だって二人きりでドキドキしやがって! おれっちなんて明日からコボルトのお世話だぞ! うらやましいだろこのやろぉぉぉぉ、お、おぅッ、うぐ、ぐす……」

 ………完全に錯乱してる。

 ゴブリンが泣くのって結構見たことあるけど、やっぱり知り合いが泣くのはなんか、もにょもにょする。

 私はため息を一つついて、彼に告げた。

「そんなに言うなら、アーデイン。クライエンの持ってるほうから好きなの一つ選んで」

「!?」

 顔を上げた彼はすぐにメイド服を選んだ。即決。だけど、そんな彼に私は少し冷たく言う。

「それを私が着たら、助けてくれた事も服を買ってくれた事もみんな清算した事にする。それでもいい?」

「え? あぁ、別にいいけど。まぁ元々おれっち、助けた云々は恩に着せたつもりはないんだけどな」

 だめだ。言いたい事が伝わってない。ちょっとそれは悲しかった。

 ため息一つ。

「そうしたら、アーデインが町に降りている間に、私がどこか行っても文句言えない。私がどうしようと、私の自由」

「あぁ、まぁ、な。プラシティニカに行くんだっけ? でもすぐには出ないんだろ?」

 クライエンと私、二人分のため息が重なった。クライエンは私の言いたい事を察したみたいだ。アーデインが気付かないのは私の言い方もわるい? でも、この誇り高きフェンリルがそんな事をいうのはちょっと……。

「……のぅアーデイン。お前さんの用事は何年も続くもんじゃないじゃろう」

「は? まぁそうだな。一ヶ月か、二ヶ月くらいだろうな。長くても――あ」

 ようやく気付いたみたいだ。

 私が、彼を旅に誘ってるのを。

 気付かれて途端に顔が熱くなってきた。

 正直な話、一人旅をしてもいいけど、護衛や道案内はほしい。それに、喋る事に慣れてきた私に今更無言の旅は辛そうだった。何より、認めたくないけど、ゴブリンである彼を信頼してる。強さとか、関係なしに。

「えー…でも、その。いいのか? おれっちで?」

「……最初から頼ってる」

 言うと、彼は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を袖で拭いて、嬉しそうに笑った。私、燃えそう。

「へへ。うれしいじゃねぇか。クライエン、聞いたかおい? うらやましいだろ?」

「まぁよかったの」

「へへへ。よしわかった! あのコボルトに一週間で冒険のノウハウを仕込んですぐに戻ってくるからな! おいらの恩を忘れずに待ってろよ!」

 恩を着せるような事を言って、アーデインは外に飛び出していった。まぁ、彼の言っていた事は期待半分で信じることにした。ここで恩を清算したとしても、私は彼の手が空くのを待っただろうけど。

 穏やかな春の日。それからの日々は風のように過ぎて行った。


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