反抗の理由
タエニアの経営する服飾店は、少し前に流行した服が当たり前に並んでいる、という田舎特有の品揃えの店だ。冠婚葬祭に使う地味だったり派手だったりするアクセサリーと、売るつもりがあるのか不明な服が並ぶ小さな店舗。
それでも下着や人間向けの服位は扱っており、それを着る少女を頭に浮かべながらアーデインは商品を物色していた。ワンピースやズボン、シャツにチュニック、寒いときに簡単に着れるローブやジャケット、やはりモデルがいいとどれを着せても様になりそうなもので、その中でも特に着易い部類のものを選んで行く。
「――それでね。ってあんた。まだ服選んでんの? そんな人間の女物ばかり真剣に……やだ、下着まで買って。あたしゃあんたを紳士だと思ってたけど、やっぱりゴブリンなんだねぇ」
「いやちょっとまってくれよタエニアさん。誤解を生むのはわかってっけどさ。とりあえずゴブリンのせいにするのやめないかい? あと一応おれっちだって男の子なんだぜ?」
「だからってあんたね。使ってない下着なんてただの布なんだよ。下着泥棒は例え洗ってあっても誰かが使ってるからリスクを犯して盗むんだ。うちの旦那みたいにね」
「それで出会ったのがきっかけだっけか……まぁ、今本人が幸せなら別にいいんだけどさ。そうじゃなくてさ。今クライエンのとこに女の子が厄介になってんだよ。あいつこういうのに疎いだろ? おれっちが代わりに選んでやってんの」
カウンターの奥で頬杖を付いているタエニアはふん、と鼻を鳴らした。
「あたしゃこのスパッツだけは許せないね。こんな肌にぴっちりくっつくなんて、下着じゃないかい。はしたない」
「いやだなタエニアさん。いいかい。この旅人向けのチュニックはこの細いパンツであわせてもいいけどさ。やっぱり足の線が綺麗な子にはこいつが必要なんだよ。チュニックの裾からちらちら見える足とか尻は男心をくすぐるもんなんだよ。女のあんたにはわかんねーだろーなー……あの隠されたトライアングルの良さは、さ」
と、語ってはいるものの、実際にポルタが気に入らなければ話にならない。たまたま最初の一着目は気に入ってくれたが、次がそうとも限らないのだ。数打てばあたる、という事である。
こうして結構な量の衣類を購入したアーデインは、紙袋に入れてもらう間に強引なコボルトが手荒な手段に入らないうちに話題を振ることにした。
「でさ、あんたんとこの息子どうしちゃったわけ? おれっちから見るとどっからどう見ても反抗期にしか見えないんだけど」
「ふん。別に大したことじゃないさ。昔のあんたと一緒だよ」
昔のおれっち?
いきなり自分を引き合いに出されて疑問符を浮かべたアーデインだったが、すぐに手槌を打って理解した。
「別にいいじゃんか、それくらいさ。本人がそうしたいって言うんならそうさせてやろうぜ?」
楽観的なアルビノゴブリンに、コボルトの母は激昂して返す。
「冗談じゃないよッ! きっとあんたの母親も同じ気持ちだったろうさ! 冒険者なんてね、いつ死ぬかわかんないんだ! そうでなくてもろくに帰ってきやしないッ! 故郷で待たされるこっちの身にもなってごらんよ!」
アーデイルは今にも殴りかかってきそうな彼女を「まぁまぁ」となだめる。
「怒るのはむりないけどさ。でもおれっちの母親はむしろ世界を見て来いって追い出そうとしたくらいだかんなぁ説得力ねぇや……とはいえ、あいつだってもう大人じゃんか。おれっちびっくりしたぜ。最初に声かけられた時、どこのコボルトのおっさんかと思ったもん」
「はぁ。まだ十六だよ? 見てくれだけさ。でも、あたしだってわかっちゃいるんだよ? あの子にはこの町は狭すぎるって。いっそ行商人にでもなるってんなら止めやしないさ。でも冒険者みたいに命を常に危険に晒すのは嫌だよ」
「心中お察しするよ。世の中の冒険者の母親なんてみんな同じ事考えてるさ。ましてや憧れてた奴等に助けられてんだしさ。このまんまじゃ、夜中にでも勝手に出てかれて、それこそどっかで死んじゃうかもしれないぜ?」
アーデインの言葉にタエニアはうな垂れた。少しだけ袋詰めする手が止まったが、悲しそうな目をしたまますぐに再開する。
「わかってるけどね。踏ん切りがきかないのさ。背中を押してやろうとすると、いつだって最悪が浮かぶんだよ」
深いため息をつく彼女を見て、アーデインも天井を仰いで息を吐いた。視界の端ではそう広くない店の入り口が見える。そこには縦長の窓から中の様子を伺うコボルトの姿があるのだ。
耳も動物並みにいい種族であるから、扉越しでも会話は聞こえてるだろう。
アーデインは二つの問題を天秤にかけて、どちらがより重いか考えた。しかし考えてみれば今一番に抱えているポルタについての問題は、彼女が今すぐどこに行きたいという言葉でもない限りは深刻化しないものだった。
なら、やろうとしている事との両立はできるだろう。
「あーぁ。おーけー、わかったよおーけー。タエニアさん。ようは簡単に死なない冒険者になればいいんだろう? おれっちで良ければ協力するよ。息子さんに教えてやるよ。いつだって生きて帰る方法って奴をさ」
「ほんとかい? それはつまり、あの子に冒険者のノウハウとか戦う方法を教えるって事かい?」
「あれ、そう言ったつもりだけど伝わんなかった? ま、どっちにしても金は稼がなきゃいけねーし。そのついででいいなら請け負ってやるよ」
契約成立の握手のために手を差し伸べたら、間髪射れずに彼女は手を取った。
「ほんとだね? 信じていいんだね? 絶対に、絶対に二言は無いね?」
身を乗り出さんばかりの勢いにアーデインは少し後ろに引く。
「お、おう。まぁ任せといてくれよ」
そして、そう口にすれば、狐顔のコボルトはにやりと口の端を持ち上げる。その顔はまさしく狡猾な狐そのもの。
「言ったね。よしっ、うまくいったよ! ドラ息子!」
「は?」
カランコロンとベルが鳴る。ドアを開けて入ってきたのは様子を伺っていた子犬顔のコボルト、ガッファスだ。
「さぁ、挨拶しなガッファス。この人が今日からあんたの師匠様だ」
「…ども」
軽く頭を下げる彼に、アーデインはまだ理解できないまま口を開いた。
「え? いや、まってくれ。今うまくいったとか言ったか?」
「あぁ言ったさ。まんまとだまされたね、ゴブリンが。あたしがこの子が冒険者になるのを反対してる、っていうのは嘘さ!」
「は? はぁああ!?」
どこか勝ち誇った様子のタエニアは腕を組んで威圧的にアーデインを見下ろす。
「安心しな。授業料はちゃんと払ってやるさ。あたしはね。息子が冒険者になるまえに、ちゃんとした手ほどきを受けさせてから、冒険に出させてやりたいのさ」
「だったら最初からそう言えよ! っていうかそれだったら組合で授業してくれるだろッ! それでいいじゃんっ!」
冒険者組合では実態の知れない冒険者のアレコレを丁寧に教えてくれる授業が存在する。アーデインも最初はそこから始めたのだが。交わした約束を取り消す勢いのアーデインに、ガッファスが口を挟んだ。
「ごめん、アーデインさん。ほんとはおいら、あんたの事覚えてるんだ」
「あ? なに?」
「前に助けてもらったときさ。誰も死ななかったじゃん。それで、リーダーを務めてたのがあんただって聞いてさ。おいら、冒険者になるんだったらあんたに手解きを受けてからなろうって、ずっと思ってたんだ。会えなかったらここで店継ぐつもりだったけど」
魚のように口をぱくぱくさせていたアーデイン。やがて大きくため息をつき、それから手で顔を拭って、疲れきった表情で言う。
「まさかそのために三年も夢を先延ばしにしてたわけ? お前ばかじゃねーの?」
ゴッ!
「うちの息子にバカとはなんだい! ばかとは!」
いきなり拳で頭を殴られたアーデイン。蹲った彼は、叫びたくなるのを堪えて言った。
「……あのな。冒険者ってのは自分でアレコレ考えてやるから冒険者なの。カカシ相手でも剣振って、毎日努力した奴が生き残れんだよ。お前はそれをちゃんとやったか?」
ガッファスは目を伏せたりはせず、しかし少しだけ視線をアーデインから逸らした。その先にいたのは母、タエニア。二人が目配せすると、アーデインは何か起こるのをすぐに察した。
タエニアがカウンターの死角から鞘に入った剣を投げる。左手で受け取ったガッファスは流れるような動きで柄に手をかけ、引き抜いた。
「やッ!」
気合と共に翻る銀閃。首を狙って振りぬかれた一撃は、急所を守るために出した腕によって防がれた。ガァイン、と金属同士がぶつかる音が響く。
「…あっぶねぇ。今振りぬいてたろ?」
流血は無かった。剣が防げたのは、アーデインの服の袖に隠されている金属板のおかげだった。冒険者用の服にはこういった細工がされているものが多いのだ。
「あ、ごめんなさい。ちょっと熱くなって」
言って、剣を鞘に収めるガッファス。そこでようやく緊張の解けたアーデインはやれやれと頭を振った。
「わかったよ。合格だ。ただ、やるからには厳しくやるから覚悟しておけよ?」
その言葉にファッガスは嬉しそうにその場で飛び跳ねた。
「よし。じゃ明日かあさってには来るから、準備しとけよ?」
「はい師匠!」
うれしそうに尻尾を振るあたり、まだまだ子供だな。そう思ったアーデインはカウンターに向き直って紙袋を手にしようと伸ばす。
「え?」
そこには木剣を大上段で構えるタエニアの姿が。
「すきありぃ!」
アーデインは笑みを浮かべたまま、まったく反応できなかった。
「し、ししょおぉぉぉぉぉ!」
一撃で気絶したアルビノゴブリンに勝利した狐顔のコボルトはカッカッと笑う。それから受け取った服の代金を割り増しで彼の懐にねじ込むのだった。




