それぞれの予定
「はーい。おれっち町にいきたいでーす。ポルタの服買いに行きたいでーす」
昼食の時間、キッチンのある食堂の方で野菜タップリのスープを食べていると、アーデインがどこか悟ったような顔で言った。
まだ作業中で少し汗臭いクライエンはタオルで汗を拭ってから、アーデインの作ったスープを口に運ぶ。
「んむ。素朴な味じゃ。あぁ、町に行くのは却下じゃ。お前さんには二階の掃除を頼んだはずじゃからな」
「そんなんとっくに終わったよ。シーツも洗ったしマットレスもやっといた。わけのわかんねーガラクタは別の部屋に突っ込んだからな!」
工房のある建物の二階には、小さいけど昔クライエンの師匠が使っていたという部屋がある。私がここで常識を身につけている間、そこで寝泊りさせてくれるそう。ありがたい。
だから、倉庫になっていたそこを片付けてくれたアーデインに私は素直な気持ちを表した。私えらい。
「アーデイン、ありがとう」
ここで少し頭をさげるのがポイント。フェンリルともあろう者がゴブリンに頭を下げるなんて! とはちょっと思うけど、そうしていいくらいにアーデイルは顔が赤くなった。ふふ。彼はすぐに机の角に頭をぶつけ始める。
「なんで、ポルタは、また、そんな格好してるん、だよッ!」
そんな格好とはつまり、ぶかぶかの前空きじゃない黒シャツのこと。これもクライエンのもの。屈んだときに見える私のささやかなふくらみは、さぞかし黒によって際立ってるはず。わざとなんだけど、羞恥で顔が赤くなるのと狼な私がそんな自分を想像してにやにやする気持ちが同時に襲う。なにこれ、癖になりそう。まだ気持ちは狼の方が勝ってる。変な方向に進化して自虐癖なんてつかなければ良いけど。
「はぁ、とにかく。おれっちは服をいくらか買ってもってくるからさ。ついでにちょっと冒険者組合の方に顔を出してくる。だから今日はあっちで泊まって、明日朝一で帰ってくるよ」
「うむ、わかった。なら武器の方は今日中に仕上げるとしよう。すまんがポルタ。そういう訳でおんはあんまり見てやれん。放っておく事になるが大丈夫かの?」
私は頷いて答える。
「大丈夫。子供じゃないよ。本とか読んでる」
調べたい事もあるし。でも、字とか変わってるかも?
こうしてそれぞれ予定が決まったところで昼食は終わり。使ったお皿は水にひたして、クライエンは工房に、アーデインは彼の馬を借りて近くの町に行く事になった。
そして裸シャツという格好の私も、自分で束ねた髪を揺らして家の中を散策する。アーデイルが掃除してくれた二階の、すぐ左の部屋が書斎だって言っていたので、階段で転ばないように慎重に進んで目的地へ。
少し埃っぽい書斎は狭かった。机が真ん中にひとつと、窓以外の壁を埋め尽くす本棚。それと、床にも机にも積み重ねられた分厚い革の本。クライエンは歴史が好きだと言っていた通り、ここにあるのは全てが過去に関する書物みたいだ。
幸い、文字は私が読めるものが引き継がれているみたいだ。読めるものは半々といったところだったけど。人間と魔族のもの、だろうか。
私は部屋に踏み入ったところで口元に手を当てて少し考える。こういう人間らしい仕草もなれてきた。
本を読む、とは言ったけどつまりは調べ物だ。そして調べ物は常に焦点を絞らないと無駄が多くなってしまう。私が何を知りたいかが大事。
ひとつは魔王の手がかり。復活の兆しである血の色の夜か、朽ちた日輪がポイント。どちらも過去五回の復活で観測された異常気象になる。
二つ目は魔女について。私を襲ってきた魔女ミデンがまったくもって意味がわからない。だから、魔女の軍勢とその目的について調べる。これは『魔女戦争』とかいう本があったからまずはここから入ればよさそう。
三つ目。世界について。千年間で何が変わったのか、何が起こったのか、おおまかでいいから把握しておけば、この先いきなり驚かされる事も少なくなる。これは年代記で十分。あわよくば魔王の手がかりもあるかもしれない。
私は埃を被ってる本の中から『年代記』『魔女戦争』『魔女の生態と出現について』『異常気象と地形の関係』という本を手に下へ戻った。部屋を出るとき『アーティファクトとデュナミスの違い』も興味が引かれたからとっておく。山積みになった。ちょっと危ない。
分厚い本を持ったまま階段を下りるのはだいぶ怖かったけど、何事も無く一番下へ。そのままリビングのソファーで年代記から広げた。そこに書かれていた箇条書きの文章はなんとも退屈で、お腹も膨れていい感じに眠かった。
年代記自体は前半部分で終わり、残りは関係資料のようだった。気になったことを順番に調べていくと、穏やかな陽気も相まって意識は夢の中に落ちていった。
夢の中では狼の私に人間の私がやんわりいじめられる。そんな不思議なものになっていた。




