世界を支える力
クライエンの工房は一目見て、汚い。不潔、って意味じゃなくて散らかってるって意味で。色んな道具や素材、試作品が石畳の床に投げ出されていた。
印象としては鍛冶場に似てる。大きな炉があって、壁際にはインゴットが山積みに、壁の一角は工作用と思われる機械が並んでる。ただ、鍛冶場と言えば終始火を絶やさずにしているような印象だけど、立派な釜は口にコークスを蓄えたままの姿で冷え切っていた。
「釜、冷えてるけどいいの?」
「ん、あぁ大丈夫じゃよ。その釜には強いデュナミスを使っておる。使うときにはすぐに暖められるんじゃよ」
そういいつつ、彼は工房の真ん中にある大きな作業机に座った。そこにはアーデインの持っていたクロスボウが置いてある。
金属製の、細やかな装飾が美しい武器。金属部分には複雑な模様が薄く刻まれていて、それがただの金属を組み立てただけのモノじゃないのは一目でわかる。光が反射していないのはそういう加工をしてあるからだと思うけど、わからない。金属ですらないのかも。
「さて、デュナミスは譲渡が可能。つまりは脱着が可能なんじゃ。ただし、強いデュナミスには強い武器が、弱いデュナミスには弱い武器でしか適合できん。アーデインのこの武器は弩としても上等で、デュナミスもかなり育っておる」
そう説明するクライエンは弟子か、それこそ客に対する態度。
「デュナミスが宿る道具には模様が浮かぶ。ほれ、この薄くて複雑なんがそうじゃ。デュナミスが宿った武具は形状を止めようとし、結果的に通常よりも硬質になる性質がある。そのため、武具の整備には一度デュナミスを取り出す必要があるんじゃ――が、通常デュナミスには解除の言葉が持ち主によって定められてるんじゃ。なんでかわかるかの?」
「……戦闘中に相手によって抜き取られないようにするため?」
真っ先に思いついたことを口にしたけど、クライエンは満足そうに頷いた。
「その通り。育った状態のデュナミスは高値で取引されるからの。それを防止するための機能じゃ。ただまぁ、このクロスボウについては修理の依頼で既に解除の言葉を受け取っておる。よいか、みておれ」
クロスボウから手を離して、一度咳払い。クライエンはクロスボウに語りかけるように、言葉を紡いだ。
『我、千里を見抜く魔眼の射主なり。我が力よ、今ここに姿を見せよ』
クロスボウに刻まれていた模様が、言葉に呼応して揺らめいた。そしてパズルのように細かい部品になると、小さな渦を巻きながら机の上で静かに形を作り上げていく。
魔眼がどうとか言ったから目玉か何かを想像したのに、できあがったのは一枚の青白い半透明の板だった。さらにその板からはなんの力も感じない。ちょっとがっかり。
「ばはは…そんな顔するでない。確かに見た目はちっこいカードじゃがな。これこそが今や人間ですら竜を倒す、力の根源なんじゃよ」
クライエンの大きな手から差し出されたカードは、私の手には収まりきらない大きさのもの。つなぎ目の無い綺麗なカードは、色つきガラスと言われても違和感はなかった。
手で触って、外に持ち出して日にかざしたりしてみたけど、やっぱり色つきガラス。文字や紋章すらない。叩いたら割れそう。割ってみようかな。
私がちょっと好奇心でうずき出していると、頭に三角巾をつけたお掃除ゴブリンがやってきた。彼は鼻歌を歌ってちりとりをもっていたけど、私の姿を見て噴き出す。
裸に白シャツの姿で、空にデュナミスをかざしたまま、両手で割ろうとした少女。伸ばした手に引っ張られて露出する、綺麗なふとももがセクシーポイント。
「ブハッ! おいポルタ! なんてかっこうしてんだよ! あとそれおれっちのデュナミスだよな? なんか割ろうとしてないかおい!」
「割ろうとした。割ってみたい。ダメ?」
「ダメだよッ! なんでそんなきらきらした目で言ってんの!? あ、ほら! 返せってば!」
アーデインは背が低いけどジャンプ力は結構ある。けど、私が上に手を伸ばすとぎりぎりで届かない。必死な姿におもわずにやりとしちゃう。背伸びしてちょっと意地悪もしてみた。
必死なゴブリンはいつだってかわいい。思わずにやける。このかわいいがはじけると、私はいつもこう、ぱくりとしたくなるんだけど。ゴブリンはおやつ。
「やめろってぇ、まじで、たのむよぉ」
あ、まずい涙目だった。弱いものいじめは趣味じゃない。アーデインはゴブリンだけどいいゴブリンだった。
「ご、ごめ――」
謝って返そうとしたけど、足がもつれた。バランスを崩した私はジャンプして腕を掴んだアーデインにさらに引っ張られて、草地に倒れそうになる。というか、倒れた。
「おわーッ!」
アーデインも巻き込んで。
幸い腕を掴んでいた彼にぎりぎり引っ張ってもらったおかげで頭を打ったりはしなかったけど、アーデインが上に覆いかぶさる形になっていた。デュナミスは無事だけど、それよりも彼が大きく見開いた目で私のあちこちちに視線をさ迷わせてる。
持ち上がった裾、よれた肩。何を見てるのかは、視線でもよくわかるね?
あ、鼻血。
「ごめぇぇえええん!」
大声で叫んで、アルビノゴブリンは飛びのいて草地を激しく転がった。
「眼福ですとか思ってまじごめえええん! うぉぉぉぉ! 忘れろ! 忘れろおれえええええ! うぇ、ヴえええええ!」
胸元を正して起き上がる。まぁ、私も悪いし何も言わない。ほんのり頬が熱いのは、この体でもすこし羞恥心というのが芽生えてきたからかもしれない。
立ち上がって傷一つ無いデュナミスを返そうとクライエンのところまで戻るけど、オーグルは真摯な顔で鼻血を流してた。
顔の前で手を立てて彼は言う。
「ごちそうさまです」
……何が?
閑話休題。
デュナミスは通常ではカードの状態で存在している。そして、この時はそこに宿ってるあらゆる力が不活性化しているために安全に取引できるのだそうだ。力の志向性を決定させる物質? とか言ってたけどよくわからない。
使用時には必ず道具に宿らせ、力の代価として『トークン』を支払う。今はそのトークンを見せてもらっていた。ただ――。
「…どうみても貨幣、みたいな」
正直な感想はそれ。渡されたのは丸い硬貨で、表と裏に模様が刻まれてる。種類は金、銀、銅と、模様違いで三種類。全部で九種類だ。
まだ再起不能なアーデインに対して、クライエンは鼻に使い捨ての鼻紙――ティッシュを詰めた顔で説明してくれる。
「この樹と地面に落ちた植物の種が刻まれてるのが『生命活性のトークン』。炎と水の模様が刻まれとんのが『現象操作のトークン』。そして歯車と天秤のやつが『物質操作のトークン』じゃ。デュナミスの力を使うには、対応した硬貨を支払う必要があるんじゃよ。トークンは精霊の力の根源と思えばよい。大陸共通紙幣が使えない場所では貨幣としてそのまま使われるからの。覚えておくとよい」
こくこくと頷く。トークンの方はコインの形をしているけど、こちらからはわかりやすいくらいに純粋に力を感じた。やっぱり銅が一番力がぼんやりしていて、金は逆に強い力を感じる。おそらく、魔力そのものが形になっているものだろう。なんだかおいしそうに見える。かじってみたけど金や銅の味はしない。無味無臭、本当に魔力そのままみたいだ。
魔力の結晶というと、以前クレバスの底に高濃度の魔力のクリスタルがあったけど、あれは結晶のくせに不安定で近くの精霊の影響を受けてすぐ爆発してた。私のように精霊の力がつよい魔族なんかは、いきなり爆発されてびっくりさせられていた。それに比べると、このコインは一定の純度を等しく保ったまま安定しているように見える。
あとは実際に魔法を使うところ見てみたいな、と思ったら、クライエンが並んでいたトークンのうち炎の模様が刻まれた『現象操作のトークン』の銀貨を手に取った。それを無造作に火の消えた炉に投げると、一言だけ呟く。
「燃えよ」
ぼんっ、と爆発するように炉の中が真っ赤に染まった。すぐに工房の温度が上がり、汗が滲むほどになる。熱いのを我慢して投げられたコインを探すけど、跡形も無く消えていた。炉の中は熱せられたコークスでいっぱいだった。
「デュナミスを使った道具は他にもたくさん世に出ておる。ちょっとずつ慣れていくんじゃな?」
「わかった。楽しみにする」
微笑むと、クライエンは大きく頷いて手元のクロスボウを解体し始めた。いい顔をしてるけど、なんでか血圧があがったようで、鼻につめていたティッシュがさらに赤くなる。
真っ赤に燃えたコークスは近くにいるだけで汗だくになる。激しい熱と炎は否応なしにプロペディアの炎を連想させて、その場に私を縫い付けた。感じるのは苛立ちと後悔。世の中は魔王が望んだ姿を手に入れたみたいだから安心したけど、そう思えば思うほど魔女に手も足も出なかった事が気に入らない。私を狙った理由も、魔王を巻き込んだ事も考えればむかむかしてきた。今の時代で強いデュナミスとやらを手に入れたら、あの魔女にも対抗できるのだろうかとも考えてしまう。
でも、復讐とか、仕返しとか、そんな事今更意味が無い。それに、殺される寸前に浮かべていた優しい表情がなぜだかそういう感情を撫で付けてくる。これもまた気に入らない事。
汗まみれになるころ、ようやく私は逃げるように外に出て、もう一回お風呂にはいろうかなとか考えた。胸の奥がむかむかする。汗でシャツが張り付いて気持ち悪い。こっちは狼には無い感覚だった。そもそも、魔狼の頃はよほどの事じゃないと暑さは感じなかったのだ。
「あ」
家のドアを空けると丁度アーデインがいた。私を見上げた彼は完全に硬直してる。なんでだろう。
「ね、アーデイン。汗かいたからもう一回着替え用意してほしいんだけど」
「………」
「アーデイン?」
屈んで視線を合わせたら、白目をむいて倒れてしまった。なんでかすごい勢いで鼻血が出てる。よくわからないけど放っておこう。幸せそうな顔してるし。
脱衣場に戻った私は、鏡を見てすぐに納得した。汗で濡れて肌に張り付いたシャツは、見事に透けて肌色になってる。それはなんというか、自分でも思うくらい扇情的で素敵な姿だった。
直後、私の顔は真っ赤になって、いじめたくなるくらい羞恥に満ちたくしゃくしゃの表情を浮かべた。ほんと、私は私から見てむちゃくちゃにいじめて食べたくなるくらい、おいしそうな女の子だと思う。




