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フェンリルさん、おいしそう  作者: ひなみそら
第三話:時、風の如く過ぎ行く。心、彼方に在りけり。
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繰り返す夢

 満月は好き。だって、私に無限の力を与えてくれる。いつもより何倍も早く走れるし、精霊の力を行使しても息切れしない。疲れても少し休めば元気になる。それに何より綺麗だ。夜がこんなにも明るくなって、星も見えなくなって、草原を走ってると、月と二人きりになったみたいで。

 険しい山だって駆け抜けられる。狭い林だって縫って走る。多少曇ってたって、そこに満月があるって考えるだけでうれしいのだ。

 楽しい時間。大好きな時間だからこそ、水を注された気分。

 林を走ってたら嫌な匂いがした。いくつかの匂いの後は何日も体を洗ってない不潔なモノ。鼻がもげそうになる。

 走りながらでも匂いの主はすぐにわかった。そういえば、この辺りは最近キュクロプスが人間の村を度々襲うヴァンパイアとオーグルを殲滅するために派遣された土地のすぐ近くだ。大方、オーグルの生き残りが逃げてきたのだろう。

 魔王も彼らの種の根絶までは命じてない。分を弁え大人しく暮らすのであれば、見逃してもいいと。だからまぁ、私だって気持ちよく散歩してるだけだから見逃してあげようかな、とは思った。

 一瞬だけ。

 林の中で彼らに追いついた時、茂みから出たゴブリン達が武装して村に向かってたからその考えは捨ててしまった。大きな斧を持ったオーグルの腕を、口の触れる場所だけ凍らせてそこに噛み付き、引き千切って走り抜ける。血が流れるよりも早くオーグルの汚くて醜い腕は凍りつき、その次の一瞬でゴブリン達の前に私は降り立っていた。

「ひぃぃい!?」

 十数匹はいるゴブリンの一団。そいつらが軒並み腰を抜かした。緑色の肌にぼろぼろの服。オーグルの奴隷でしかない彼らはどこか欲望に染まってた瞳を白黒させてた。

「ふぇ、フェンリルだぁ!」

 一匹が慌てて逃げ出した。私は腕を放り捨てて、そのゴブリンに向かって短く吠える。私の声を合図に氷の矢が下草を凍らせながら飛んで行き、無防備な背中に深々と突き刺さった。

「ひ、ひぃ!」

 視界の端から矢が飛んでくる。そんなものは当たらない。体をいなすと同時に強く踏み込んでの体当たり。魔王も空気の壁にぶつかって残念な事になる勢いの一撃は、ゴブリンを背後の林まで吹き飛ばしていた。

 私の力があればこの場にいるゴブリン全部を同時に殺す事だって簡単。けど、それじゃ戦場と変わらない。きっと彼らはこれから後ろの村にある人間達にひどい事をしようとしてた。キュクロプスに負けて反省もしてない。それじゃ、ダメ。

 最初に死ねたゴブリンは幸福。二番目も、今ナイフで襲ってきた奴もまだ幸福。不幸なのは、恐怖に駆られた奴。

 いい。それでいい。もっと怖がるといい。泣き叫んで許しを請う奴は後に回す。でも私を見ないのはダメ。目をそらしたらダメ。怖がって、泣き叫んで、それでも尚謝り続けて反省するなら許す。

 私が始めた裁きに、最後まで立っていられたゴブリンはいなかった。残念だ。彼らは結局、オーグルに従うだけのゴブリンだった。魔王だったら即殲滅だったものを、機会まで与えたのに。

 残ってるのは、林の中で呆然としてるオーグルだけ。彼はなかなか見込みがある。最後まで目を離さなかった。部下の死に目も背けなかった。私が彼の前まで行くと、傷を抑えたままその場で跪いた。

 抵抗はしない。いい感じ。反省してる? わからない。まだわからない。

 彼の体は震えていた。よかった。怖がってる。反省もしてる。彼はこれからまともに生きるかもしれない。私は許してやろうと彼の肩に前足を置いた。

(…ん?)

 こちらの意志が伝わったらしく、顔を上げた彼は希望に満ちていた。けど、その首に人間の頭蓋骨で作ったネックレスがある。それに、丸々と肥えた腹は見事に張っていた。垢やできもので汚れてなければ、大きな果実に見える。こんなやつちっともたべたくないけど。

 オーグル族は丸く肥えた腹ほど裕福。そして、獲物の首のネックレスは数の分だけ地位が高いという事。

(キュクロプス……オーグルのリーダーを取り逃がしたのか…)

 鈍重だけど優しく怪力自慢の巨人を思い出す。私を子犬みたいに扱う彼は優秀だけど作戦が荒い。リーダーや幹部を捕らえられずに逃がしたのだ。

 ここでこのオーグルを逃がして、キュクロプスが魔王に怒られる姿は見たくない。確かに、今まで人間を相手にしていた頃と違って地味で退屈なのはわかるけど、だからこそ失敗はしてほしくないのだ。それも、人間との和平を前にした今は。

 調印式を前に、別の村がオーグルに襲われたなんて、人間がどんな文句を言うかわかったものじゃないし。

 仕方ないから、キュクロプスの尻拭いは私がしよう。追っているならそれでいいけど、これ以上逃げられたら面倒だろうし。

 爪を立てて、落とす。腕が落ちて血と叫び声が林に溢れた。

 そういえばまだオーグルが魔王軍の下で戦っていた事を思い出した。巨人に匹敵する戦力の彼らは魔王軍でも重宝してた。けど、彼らは生きた人間を生きたまま料理して食べるのだ。あぁいう弱い奴をいじめるのって楽しいのだろうか?

 せっかく反省してもらったオーグルで試してみる。ただで死ぬんじゃ勿体無い。私の実験に付き合ってもらう。

 実験結果は『つまらない』。村も救ったし、私は自分が楽しい事を再開することにした。




 夢。長く生きてると、ずっと昔の事だったり、今に関係する記憶が再生されたりする。大切な事に気付く前触れだって、先代のフェンリルは言ってた。過去の自分からの宣託だって言ってたけど、厄介な事もある。

 大丈夫。何度も経験してる。この手の夢で一番厄介なのは、起きた後で夢に引きずられる事。魔王と出会った時の夢を見て、起きてすぐに噛み付いた事がある。

 今日の夢はまだ最近の記憶をありありと思い返してくれた。薄い感情まで丁寧に。それは意識が同調する危険な兆し。だけど理解してれば大丈夫。今の私はずっと、感情豊かになってる。

 まだ一昨日の事。だったけど。

(……でも千年経ってる)

 それこそ夢のような話だけど、こうして目を開ければかわいらしくふかふかのクッションを腕に抱いて眠ってる。ソファーで横向きに寝ていた私には、かけた覚えの無い毛布が肩にかかっていた。

「朝……起きる………」

 自分に言い聞かせて体を起こしたけど、そのまま反対側に倒れてしまった。柔らかい肘掛に頭を乗せて、そのまま勝手に目蓋が落ちてくる。

 意識は……すぐに薄くなって――。


「起きよポルタ。何を寝ぼけておる」


 ぱち、と目を開けたら魔王がいた。私の頭に手を置いて、どこか呆れた風。あれ?

「まったく。そなたには興味がない事かもしれぬがな。式の直前に眠るなど呆れてものも言えぬぞ?」

 式? なんの事だろう?

 見れば、魔王はいつもより着飾ってる。捩れた角は艶が出るまで磨かれているし、長い黒髪は油で後ろに撫で付けている。丸渕の眼鏡は指紋ひとつないし、着ているのは戦場で使う鎧に、真っ赤な刺繍が目立つ裾の長いマント。見れば、私の体もいつも以上に丁寧に毛が漉かれていてふわふわだ。

 私達がいるのはどこかの通路。石造りのここは奥から光が差し込んでいるだけで味気ないけど、向うからたくさんの声が聞こえてる。耳を澄ますと、キュクロプスの声も聞こえるみたいだ。

「聞こえるかポルタ。人間と魔族の声が。我等が夢が今日、ついに叶うのだ。今日この日、全ての人間と魔族が手を取り合う。新しい世界が幕を開けるのだぞ? ぞくぞくしないか?」

 魔王は威厳も何もない子供みたいな顔で言った。あぁ、そうか。今日は和平条約の調印式だった。人間の主だった国の王がやってきて、魔王の登場を今や今やと待っているのだ。私は彼の隣に立つにふさわしい者として、他の魔族の代表として式に最も近い場所で立ち会うのだ。

 そろそろ時間だ。私は横たえていた体をゆっくりと起こそうとする。それを、魔王が手で制した。

「無理をするなポルタ。そなたの足はもう、動かんのだ。余が支えてやる」

 ……そうだった。私はもう、立つ事もできないのだ。最後の戦いで、立つ力を失った。

「目も鼻も、耳ももうほとんど感覚がないのであろう? 本当に今日までよく戦ってくれたな。余は、心から感謝している」

 感覚。そう、感覚がない。私はほとんど死んでいるみたいなもの。視界もぼんやりしてるし、味覚も聴覚もはっきりとしない。なんとか耳だけが、魔王の声を拾ってる。

 でも、それもそろそろ限界かも。感覚がどんどん薄れてく。

「おい、ポルタ? だめだ、眠ってはならん。死ぬな! 死んではならん! そなただけが余の、唯一の―――」

 唯一の、何だっけ?


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