3章 水攻め
翌日、ナツカゲは高松城下に入った。そこは猫一匹だ。誰も気に止めない。
「嫌な風だねえ。近いうちに雨が降るぞ。」
村人たちの声を背に、ナツカゲは城に近づいた。なるほど、城兵たちが城の周りをぐるりと取り囲んでいる。入り込めそうな隙間はどこにもない。おまけに、城の周りはぬかるんでいる。この城は三方を川に囲まれた湿地に建っているのだ。秀吉は、信長の救援を請う前に一度、正面からこの城を攻めたが、兵がぬかるみに足を取られ、大敗したという。ならば背後は?ナツカゲは城の裏手に回ってみたが、そこには沼があった。高松城は、四方を川と沼という自然の要塞に守られていたのだ。まさに守るに安く、攻めるに難し、だ。
(一体、どうすればよいのだ)
ナツカゲは、兵法書の内容を頭にめぐらせてみた。しかし、よき案は見つからない。こんな地形に建つ城など、書物に出てきた記憶がない。結局ナツカゲは、見てきたままを報告するほかなかった。
「そうか。やはりな。」
官兵衛がうなずく。ろうそくの灯に、官兵衛の穏やかな顔が浮かび上がる。
「どういたしましょう。近々雨が降ると申している者もおりました。野営のこちら側にとって、雨は大敵。士気が落ちるやもしれません。」
そう、ナツカゲが言った時だった。
「雨?川・・・沼・・・水か。それだ!。」
信長以上に野太い声に、ナツカゲはびっくりして官兵衛を見つめた。官兵衛の顔からは、先程までの穏やかさが消え、その目は突き刺さるような暗い光をたたえている。この目は信長様の・・・いや、それ以上に鋭い目だ。
「いかがなさいました?」
おそるおそるナツカゲが聞いた時には、官兵衛は既に席を立っていた。
「水攻め?」
秀吉が官兵衛に問う。
「はい。城の周りに土手を築き、川の水を城に向けて流すのです。ナツカゲ殿の報告によると、近々雨が降るとのこと。増水すれば、城は一気に水につかるでしょう。」
ナツカゲは驚いた。水攻めと言えば、古来、籠城している敵の城の、井戸に通じる水の手を切ることだ。ところが、官兵衛の策は、城を水没させようというのである。官兵衛の奇想天外な発想に、ナツカゲは脱帽するしかなかった。
「そのような方法は聞いたことがない。」
秀吉も茫然としている。しかし、今はそれが最善の策であろう。
「よし、諸将に命じて、急ぎ工事に取り掛かろう。官兵衛、ナツカゲ、頼むぞ。」
「はっ。」
前代未聞の策略が実行にうつされた。




