第69話:ルナのよちよち歩き! 汚れるのはNGなお兄ちゃんの空中散歩システム
パパの涙のデバッグからさらに数ヶ月が流れ、ルナは無事に1歳の誕生日を迎えた。
体もしっかりしてきて、最近のルナのマイブームは、何かに掴まって立ち上がることだ。
「あぅ、うー!」
「あ、ルナが立ったわ! ギルバート、レオ、見て!」
リビングの絨毯の上で、ルナがソファーの端をちっちゃなおててでぎゅっと握り、ぷるぷる震えながらも自分の力で仁王立ちした。
私がスマホのカメラ機能を最大画質で起動したその瞬間、ルナはソファーからおててを離し、私のほうへ向かって「ち、ち」と小さな足を一歩、前へと踏み出したのだ。
「おお……! 歩いた! ルナが自分の足で歩行テスト(ファーストステップ)をクリアしたぞ……!」
ギルバートが感動のあまりアメジストの瞳を潤ませ、書類を放り出して床にスライディングする勢いでルナを迎えようとする。
「ルナ、危ないっ! 空間の座標維持が乱れているよ!」
だが、誰よりも早く動いたのは、今や4歳になったレオお兄ちゃんだった。
レオは凄まじい速度でルナの元へ駆け寄ると、彼女がバランスを崩して転ぶよりも早く、ちっちゃな指先をチッと鳴らした。
「――構築、『ルナのふんわり特等席』!――」
ピキィィィィィィン……!
ルナのちっちゃな足が床につく直前、彼女の体の周りに淡く光る空間魔法の座布団(浮遊バリア)が展開された。
ルナの体は床から数センチ浮き上がり、そのままフワフワと宙に浮いた状態でおててをパタパタさせている。
「うあー? ふわふわー♪」
宙に浮く感覚が楽しいのか、ルナはキャッキャとご機嫌に笑い声をあげた。
「ふぅ、危なかった……。ママ、パパ、ルナの初めての歩行は大成功だけど、王宮の床には目に見えない小さな埃やチリ(バグ)がいっぱい落ちているんだよ? 世界一可愛いルナの綺麗なお足が、そんなもので汚れたり、転んで痛い痛いになったりしたら大変じゃないか!」
レオは自分の前髪をサッと掻き上げ、これ以上ないほど誇らしげに胸を張った。
「だからね、僕が空間魔法の常駐プログラムをルナにリンクさせておいたよ! これでルナが歩こうとすると、足元に自動で反重力の空間が生成されて、常に床から5センチ浮いたまま移動できる『空中浮遊型・全自動お散歩システム』の完成さ!」
「あぅー、ぶーぶ!」
ルナが足を動かすと、その動きに同期して、フワフワとリビングの空中を滑るようにルナが移動していく。
「(……いやいやいや! 確かに安全だけど、これじゃハイハイもよちよち歩きも練習できないじゃないの……!)」
私はあまりの過保護すぎる新システムに、盛大に頭を抱えた。
「おい、レオ! 素晴らしい空間制御だが、それではルナの足腰の筋力(基礎スペック)が育たないだろう! 抱っこするなら、このパパの強靭な腕のセーフティがあれば十分だ!」
「パパのハグはルナの可愛いお洋服がシワになっちゃうからダメだよ! 空間魔法なら摩擦ゼロなんだから!」
「何だと……!?」
リビングの真ん中で、ルナの移動手段(仕様)を巡って本気で火花を散らし始める4歳児と一国の王太子。
「もう、2人ともそこまでにしなさい! ルナはね、自分の足で大地を踏みしめて、一歩ずつお散歩する楽しさをこれから学んでいくの。ほら、レオ、魔法を一度解除して?」
私が優しく諭しながらスマホのハッキング魔法でレオの浮遊術式をポンとタップすると、ルナの体はゆっくりと絨毯の上へと着地した。
「あぅ、ち・ち……。――おに、たん!」
床に足がついたルナは、よちよちと拙い足取りながらも、一生懸命に手を伸ばしてレオの服の裾をぎゅっと握りしめた。
「ルナ……っ!」
「ほら、ルナはお兄ちゃんに向かって、自分の足で歩いていきたかったのよ」
私が微笑むと、レオは顔を真っ赤にして大感動し、「うう、ルナ……! お兄ちゃんが悪かったよ、君の初めての歩行を邪魔しちゃってごめんね……っ!」と、今度はルナを床の上で優しくぎゅーっと抱きしめた。ルナもお兄ちゃんの首にしがみついて嬉しそうに笑っている。
『ふん、主よ。これでルナのリアルな歩行訓練も無事に再開だな。我の背中に乗るための足腰の鍛錬、我もしっかり見守ってやるぞ』
ランがソファの上からトコトコと降りてきて、兄妹の周りを嬉しそうに回り始めた。
よちよち歩きの一歩すら、お兄ちゃんの無敵の空間魔法とパパの過保護アラートで大騒ぎになってしまう我が家。
これからもたくさんのバグ(失敗)やドタバタはあるだろうけれど、世界一ルナを愛するシスコンお兄ちゃんと一緒に、私たちは一歩一歩、確かな幸せのログを刻みながら、どこまでも笑顔で歩んでいくのだった。




