第66話:ルナの初めてのお言葉!? 兄バカの期待とまさかの結末
知育カードのパーティーから数ヶ月が経ち、ハーフバースデーを迎えたルナは、ますます表情が豊かになっていた。
最近のルナは、お口を「うにゅうにゅ」と動かして、熱心に言葉の練習(音声出力のテスト)をしている。
「ルナ、おいで。さあ、言ってみて? 『マ・マ』よ。あなたが最初に発音する言葉は、やっぱりママが一番美しいと思わない?」
私がルナを膝の上にのせ、スマホの音声ログ機能を起動しながら優しく語りかける。前世のエンジニア魂が騒ぐというか、我が子の「初めての言葉」は絶対に最高品質で記録しておきたいのだ。
「いや、ユキ。そこはやはり『パ・パ』だろう。ルナ、パパと言ってごらん。パパがいつでも、お前のために美味しい離乳食を用意してあげるからね」
隣からギルバートが、これまでにないほど必死な顔でアメジストの瞳を輝かせながら割り込んできた。外では氷の王太子と恐れられる男が、娘の前ではただのデレデレな父親である。
「パパもママも、まだまだ甘いね」
そこへ、流れるような動作で前髪をサッと掻き上げながら、3歳半のレオが不敵に微笑んで進み出てきた。その手には、自作した例の『光るどうぶつ合わせカード』がしっかりと握られている。
「ルナが最初に呼ぶのは、世界一完璧でカッコいいお兄ちゃんの『れ・お』に決まっているよ。さあ、ルナ。僕の目をじっと見てごらん? 君の大好きな、おにいたんだよ?」
レオがベビーカーのルナに顔を近づけ、全力のナルシストオーラを放ちながらお兄ちゃんアピールを開始した。
「あぅ……、うにゅ……」
パパ、ママ、お兄ちゃん。3人からの熱烈なプレッシャー(システム負荷)を感じたのか、ルナはちっちゃなおててをパタパタと動かし、大きな瞳をキョロキョロと輝かせた。
そして、小さなお口を「すぅ」と開いて、はっきりとその言葉を紡ぎだしたのだ。
「……え、ええ……。……えれ、あ!」
シーン……と、部屋の中が一瞬で静まり返った。
【――音声ログ検知:『えれあ(エレノア)』。解析結果:特定のシッターへの親愛の情を検出――】
私のスマホが、無情にもその初音を正確に分析して画面に表示する。
「え……? い、今、ルナ様、私の名前を……『えれあ』と……っ!?」
部屋の隅で、お茶の準備をしていたエレノアが、持っていたトレイをガタガタと震わせながら目を見開いた。その縦ロールが、歓喜のあまりバネのように跳ね上がっている。
「きゃあああああお姉様ーーーっ!! ルナ様が! 生まれて初めてのお言葉に、このエレノアの名前を選んでくださいましたわーーーっ!!! ああ、毎日一生懸命おむつを替え、パンケーキの横で子守唄を歌い続けた甲斐がありましたわ!!」
エレノアは感極まって床に膝をつき、ハンカチをボロ切れのように濡らしながら男泣きならぬ「王女泣き」を始めた。
「そんな……っ! ママでもパパでもなく、まさかのエレノアだと……!? 完全に我が家のセッションの優先順位を書き換えられてしまった……!」
ギルバートがガハッと胸を押さえてソファに崩れ落ちる。
「い、いやだぁぁぁ! 嘘だ、バグだよママ! 完璧な僕の名前じゃなくて、どうして縦ロールのエレノアなんだよー!」
レオも「僕のプライドが……!」と言わんばかりに、頭を抱えてゴロゴロと床を転がり始めた。天才ナルシスト児、3歳にして初めての敗北である。
「う、あうー! えれあ、ぶーぶ!」
当のルナは、自分の放った一言が大騒動を引き起こしているとも知らず、エレノアに向かってちっちゃなおててを振り、キャッキャとご機嫌に笑っている。
「ふふ、エレノア。それだけあなたが、毎日ルナにたくさんの愛情を注いでくれたって証拠よ。最高のシッター(アシスタント)さんね。ありがとう」
私がクスッと笑いながらエレノアの肩を叩くと、エレノアは「お姉様……っ! 私、一生このアラカルト家(過保護システム)のパシリとして骨を埋めますわ!」と、さらに涙を爆発させた。
『ふん、主よ。初音レースはまさかの伏兵の勝利だったな。まあ、我の『らん』という響きも、ルナにとっては発音しやすそうだから、次は我の勝ちだがな』
足元でランが、負け惜しみのようにフンスと鼻を鳴らす。
初めての言葉がパシリの王女の名前という、予想外のシステムエラーから始まったルナの成長ライフ。
パパとレオお兄ちゃんのショックは大きかったけれど、これで我が家の絆(過保護ネットワーク)は、また一歩、賑やかに、そして誰も切り離せないほど強固にアップデートされていくのだった。




