第62話:君は最初の宝物。お兄ちゃんの覚醒
ぐにゃぐにゃとねじ曲がった廊下、上下が逆転した階段。レオの不安な心がそのまま形になったような魔法の迷宮を、私たちは進んでいた。
スマホのマップ機能でレオの魔力の中心地(居場所)を特定し、ギルバートが優しく道を切り開いていく。
「見つけたわ。――レオ!」
迷宮の最深部、ひときわ分厚い光の障壁に囲まれた空間の真ん中で、レオはちっちゃな膝を抱えて座り込んでいた。
その美しいアメジストの瞳からは、大粒の涙がぽろぽろと零れ落ちている。
「……来ないで! パパもママも大嫌いだ! 新しい赤ちゃんが生まれたら、僕のことなんてどうでもよくなるんだ! 僕がどれだけ完璧な魔法を使っても、みんな新しい子ばかり可愛がるんだ!」
「そんなわけないだろう、レオ!」
ギルバートがたまらず前に踏み出し、レオの張った鋭い光の結界を、自分の手が傷つくのも厭わずに無理やりこじ開けた。
「パパ……? 手が痛い痛いになっちゃうよ、何で……」
「これくらいの傷、レオの心の痛みに比べれば何でもない。……すまなかった、レオ。お前にそんな寂しい思いをさせていたなんて、パパ失格だ」
ギルバートは結界を突き破ると、呆然とするレオを力いっぱい、きつくきつく抱きしめた。
「レオ、よく聞きなさい。お前がどんなに大きくなろうと、新しいきょうだいが出来ようと、お前が俺とユキにとって『世界で一番最初の、最高に愛おしい宝物』である事実は、永遠に変わらない。俺の命に代えても、それは絶対に保証する」
「パパ……」
私もギルバートの隣にそっとしゃがみ込み、レオのちっちゃな涙の顔を両手で優しく包み込んだ。
「そうよ、レオ。ママもね、あなたがお腹の中にいると分かった時の嬉しさも、生まれてきてくれた時の感動も、今でも全部ハッキリ覚えているわ。あなたのその美しい髪も、天才的な魔法も、ちょっとおませなところも、ママは世界で一番大好きなのよ?」
「ママ……。でも、でもね……新しい赤ちゃんが生まれたら、ママ、大変になっちゃうでしょ? 僕の特等席、なくなっちゃう……」
レオが私の服の裾をぎゅっと握りしめて、しゃくりあげる。その素直な本音に、私は胸がいっぱいになりながらも、微笑んで首を横に振った。
「特等席はなくならないわ。むしろ、席がもう一つ増えるだけよ。……ねえ、レオ。ママから、世界一カッコよくて、完璧なあなたにしか頼めない、特別なお願い(ミッション)があるの」
「僕にしか、できないお願い……?」
レオが涙目をパチクリとさせて私を見上げる。
「ええ。ママのお腹の中にいる赤ちゃんはね、まだとっても小さくて、魔法も使えないし、自分を守ることもできないの。だからね、世界一強くて完璧な魔法が使えるお兄ちゃんに……この子を一緒に守ってほしいのよ。レオがお兄ちゃんになってくれたら、ママもパパも、これ以上ないくらい心強いわ」
「僕が……赤ちゃんを守る……お兄ちゃん……」
レオはちっちゃなおててを、私のまだ平らなお腹にそっとあてた。
その瞬間、レオの足元から立ち昇っていたトゲトゲした不機嫌な魔力が、すうっと穏やかな、温かい光へと色を変えていく。
「……うん。分かったよ、ママ。赤ちゃんは僕みたいに完璧じゃないんだね。しょうがないなぁ、世界一美しくて優秀な僕が、最高にカッコいいお兄ちゃんになって、その子をいっぱーい守ってあげる!」
レオは涙を袖でゴシゴシと拭くと、いつもの不敵で少しドヤ顔な、愛らしい笑顔を取り戻した。
『ふん、ようやくいつもの小生意気なレオに戻ったな。我の毛並みを整える魔法の練習相手も、これできょうだい2人分に増えるわけか』
背後で待機していたランが、安心したように小さく鼻を鳴らす。
レオが完全に納得した瞬間、王宮を包んでいた魔法の迷宮は、まるで幻だったかのように綺麗に霧散し、いつもの明るいリビングの景色へと戻っていった。
「よし! じゃあお兄ちゃん、エレノアが焼いてくれたパンケーキ、今度こそみんなで一緒に食べましょう!」
「イエス、マイ・マザー! 赤ちゃん、見ていてね。お兄ちゃんのご飯を食べる姿も、とっても完璧だからね!」
まだ見ぬ我が子に向かって、さっそくお兄ちゃん風を吹かせながらポーズを取るレオ。
戸惑いや不安のバグを乗り越え、我が家には「世界一ナルシストで頼もしいお兄ちゃん」という、最強の新しいプログラムが、確かにインストールされたのだった。




