第61話(再構成):新しい命の予感と、天才幼児の涙の暴走
ある日の朝食時、エレノアが焼いてくれた完璧なキツネ色のパンケーキを口に運ぼうとした瞬間、急激な胸のムカムカ感が私を襲った。
「うっ……。……あ、あら?」
「ユキ!? どうした、顔色が悪いぞ。どこか体調でも悪いのか!?」
ギルバートがガタッと椅子を鳴らして立ち上がり、青い顔をして私の手を握る。相変わらず旦那様の過保護な心配性は一瞬で最大出力になってしまう。
「違うの、ギルバート。悪い病気じゃないわ。……これは、前世の医学知識や、今の私の魔力の変化から見ても……きっと、新しい命が宿ったんだわ」
私が自分のスマホの生体スキャン魔法を起動し、微かに二つの鼓動を刻む画面をギルバートに見せると、彼はアメジストの瞳を限界まで見開いて硬直した。
「……新しい命……。ユキ、俺たちの、二人目の子どもが……」
あまりの嬉しさと衝撃に完全にフリーズしてしまったギルバートの後ろから、「まぁぁぁ! お姉様!!」とエレノアが両手を叩いて飛び出してきた。
「二人目のご懐妊ですのね!? 素晴らしいわ! レオ様、おめでとうございます! あなたもお兄様になるのですわよ!」
エレノアが満面の笑みでレオを振り返った、その時だった。
「……いーやーだ」
さっきまで鏡の前で自分の前髪をいじっていた3歳のレオが、見たこともないほど冷たく、そしてドロリとした濃密な魔力を足元から立ち昇らせて呟いた。
「レオ……?」
私が声をかけると、レオはちっちゃな唇をぎゅっと噛み締め、アメジストの瞳に涙をいっぱいに溜めて私を睨みつけた。
「ママの隣は、僕だけの特等席なんだ! 新しい赤ちゃん(きょうだい)なんていらない! ママもパパも、僕の美しさと才能に飽きちゃって、新しい子の方へ行っちゃうつもりなんだろう!?」
3歳児ならではの、激しい嫉妬と「ママを奪われたくない」という寂しさの爆発。
だけど、悲しいかな、彼は規格外の魔法の天才だった。レオの激しい感情に同調して、王宮のリビングの家具がガタガタと浮き上がり、窓ガラスがパキパキと音を立ててひび割れ始める。
『おっと、これは手強いぞ。レオの魔力が、感情の昂ぶりで完全にコントロールを失って暴走している!』
ソファの下で丸くなっていた子犬姿のランが、危機を察知して防御壁を張りながら叫んだ。
「いーやーだ! ママのバカッ! 僕は一人で完璧なんだから、みんななんて大嫌いだ!」
レオが泣き叫びながらちっちゃな手を振ると、凄まじい空間歪曲の魔法が炸裂し、彼は自分の体を光で包み込んで王宮のどこかへと転移してしまった。
それと同時に、王宮内のあちこちの空間がぐにゃりと歪み、レオの寂しさが作り出した巨大な「魔法の迷宮」が展開されていく。
「レオ……っ!」
「ユキ、動くな! お前は身重の体だ。レオは必ず俺が連れ戻す!」
ギルバートが焦燥に駆られて闇の魔術を広げようとするが、私はそれを手で制した。
「待って、ギルバート。レオの魔法を優しく解いてあげられるのは、母親である私だけよ。……あの子の寂しさを置き去りにしたまま、新しい赤ちゃんを迎えるわけにはいかないわ。一緒に行きましょう」
エレノアにリビングの片付けを任せ、私とギルバート、 そしてランは、3歳の天才幼児が寂しさのあまり作り出してしまった、泣き虫な魔法の迷宮の中へと足を踏み入れるのだった。




