第51話:1歳半の成長と嵐の予感! 隣国からの美しき侵略者
あの地下迷宮の激戦から、月日は流れて――。
「あう、あーじゅ! ぱぱ、ばぶっ!」
「おいで、レオ。今日も一段と発音が良くなったな。お前の言葉のデータベースは毎日本当に素晴らしい成長を遂げている」
王宮の広々としたリビングで、1歳半を迎えてトコトコと元気に歩き回るようになったレオを、ギルバートが至高の笑顔で抱き上げていた。
現在のレオは、私が開発した『知育マッチングカード・バージョン2』の音声認識システムのおかげで、単語の出力スピードが爆発的に向上している。
「ふふ、本当ね。最近はスマホの画面をタップして、自分で子守唄のプレイリストを再生しちゃうんだから。ママのエンジニアとしての遺伝子が暴走気味だわ」
私はそんな二人の愛らしい姿を眺めながら、極上のハーブティーを口に含む。
裏組織の脅威を物理的に消し飛ばして以来、王宮には平和で穏やかなデバッグ(育児)の日常が戻っていた。
――だが、その平穏は、隣国『レジスタス帝国』からの外交使節団の来訪によって、一瞬で破られることになる。
「――お久しゅうございますわ、ギルバート王太子殿下。……あら、随分と、その……『見違え』てしまいましたのね?」
王宮の謁見の間。
艶やかな極上の縦ロールの金髪を揺らし、扇子で口元を隠しながら傲慢な笑みを浮かべているのは、隣国の王女、エレノア・フォン・レジスタス。
かつてギルバートが全身を醜い闇の呪いに蝕まれていた頃、「呪われた不気味な王子など、見るだけで反吐が出ますわ!」と大見得を切って婚約話を一方的に破棄し、彼を激しく毛嫌いしていた張本人だった。
だが、現在のギルバートは、私の聖魔力によって呪いが完全にデバッグ(解呪)され、眼帯の奥に妖艶なアメジストの瞳を輝させる、世界一美しいと称される最強の王子だ。
「……エレノア王女か。外交の代理人として来られたのであれば歓迎しよう。我が妻であり、この国の王太子妃であるユキを紹介する」
ギルバートは完全にビジネスライクな冷淡な声で言い、私の腰をそっと引き寄せた。
「お初にお目にかかります、エレノア王女。王太子妃のユキです」
私が一歩前に出て、王族としての品格を保ちつつ完璧な淑女の礼を披露すると、エレノアは私を一瞥し、フンと鼻で笑った。
「あら、あなたが例の『異端の魔導(SE)』を使うという、成り上がりの聖女様? ギルバート殿下の隣に立つには、少々華が足りなくてよ。――殿下、このような地味な女を正妃に据えておくなんて、この国の損失ではなくて? 我が帝国の最高峰の美と権力を持つ私の方が、今の美しい貴方に相応しいとは思いませんこと?」
「(……は?)」
初対面でいきなりのマサカの略奪愛(システム乗っ取り)宣言。
エレノアの目は完全にマジだった。昔あれほど嫌っていたくせに、呪いが解けて絶世の美男子になったギルバートを見た瞬間、手のひらを返して「私のものにしたい」という強欲なOSが起動してしまったらしい。
「エレノア王女。言葉が過ぎるぞ。不快だ、今すぐ我が国から退去しろ」
ギルバートの瞳が激しい怒りで漆黒に染まり、周囲の空間がミシミシと軋み始める。だが、エレノアは怯えるどころか「まぁ、怒ったお顔も素敵……!」とうっとりとした目を向けている。完全に話が通じないタイプ(重篤なバグ)だ。
◇◇◇
その日の夜、王宮の私室。
「……ユキ、怒っているのか? すまない、あのような不届きな女の戯言、俺は一ミリも相手にしていない。俺の心には、お前とレオしか存在しないんだ」
ギルバートが焦った様子で、ベッドの上の私を背後からきつく抱きしめてくる。
いつもなら「分かってるよ」と笑えるはずだった。だけど、昼間のエレノアの、ギルバートを見る肉食獣のようなギラギラとした視線が頭から離れない。
(……何これ。私、もしかして……嫉妬してるの……?)
前世のブラック企業では感情を殺してコードを叩くだけのマシーンだった私が、異世界で家族を得て、初めて知る「誰かを奪われたくない」というドロドロとした独占欲。スマホの画面を見つめる私の指先が、微かに震える。
『主よ、珍しく魔力波形が乱れているな。あの縦ロールの女など、我の爪で一瞬で物理削除してやろうか?』
子犬の姿のランが心配そうにベッドの端から念話をしてきたが、「大丈夫だよ」と返す声も少しだけ沈んでしまった。
夜中。
なかなか寝付けない私は、頭を冷やそうと冷たい水を求めて、ギルバートの寝室(最近はレオの夜泣きデバッグ用に、私の部屋と隣り合わせになっている彼の執務室兼寝室)へと向かった。
ガチャリ……。
薄暗い部屋の扉を開けた、その瞬間。
「――あぁ、ギルバート殿下……。やはり夜の貴方も、吸い込まれそうなほど美しいわ……」
「……何をしている、エレノア」
そこには、月明かりが差し込む寝室の中、薄いネグリジェ姿でギルバートのベッドに忍び込み、困惑と怒りで凍りついているギルバートの胸元に、妖しく指を這わせようとしているエレノア王女の姿があった。
正式な王太子妃である私という妻がいながら、深夜の寝室侵入という暴挙。
そして、扉の前に立つ私と、エレノアの目が真っ正面からバチリと鉢合わせた。
「――っ、ユキ……!?」
「あら……邪魔が入りましたわね、泥棒猫さん? 殿下の隣は、私がアップデートして差し上げますわ」
最悪のタイミングでの、深夜の修羅場(鉢合わせ)。空間のテンションが、一瞬で一触即発の泥沼エラーへと叩き落とされる。
だが、激しい嫉妬と怒りでスマホを握りしめた私のレーダー(索敵ログ)は、エレノアの背中の裏――彼女のペンダントの奥に仕込まれた、不気味な『裏組織の監視呪詛コード』の光を、見逃さなかった。
(……待って。この王女、ただの略奪愛じゃない。――裏組織に、都合のいい『捨て駒(操り人形)』にされてる……!?)
恋の嵐と裏組織の陰謀が複雑に交錯する、最悪の泥沼の夜が幕を開けた。




