第5話:初めての温もり、初めての家族
しばらくランの背に揺られて到着したアラカルト公爵邸は、目を見張るほど巨大で立派なお屋敷だった。
だけど、ランのサイズが大きすぎる。どうしようか悩んでいると、ランが私の影から声をかけてきた。
『主の魔力なら、私を小さくすることも容易いのではないか?』
「小さく……? むむむ、小さくなれー!」
ランに触れて強くイメージすると、なんと家一軒ぶんもあった身体が、一瞬で子犬ほどの大きさに変化した。
「きゃーー! 可愛い!! モフモフ!」
思わず小さくなったランを抱きしめて撫で回す。その様子を見ていたダリオス様やフェリア様、使用人の皆さんは驚愕していたけれど、すぐに大急ぎで宴の準備へと戻っていった。
◇◇◇
案内された応接間で待っていると、着替えを終えた公爵夫妻が戻ってきた。
「改めて、私達を救ってくれたことに感謝する。私はこの屋敷の主人ダリオス・アラカルト。そして妻のフェリアだ」
「私は……零崎 雪と申します」
「黒髪に黒い瞳、あるいは桁外れの魔力……。ユキ、まさか君は、この国に伝わるおとぎ話の『聖女』では……?」
ダリオス様の言葉に私は首を傾げ大。聖女だなんて、私はただの一度死んだ人間だ。
すると、隣のランを見て、ダリオス様がさらに目を見開く。
「ま、待て。その神々しい白い毛並みにエメラルドの瞳……。ユキ、君の膝にいるのは、聖獣様の中でも王と呼ばれる『聖獣王』ではないか!?」
二人は慌てて片膝をつき、ランに頭を下げた。
『よい、頭を上げよ。私は主のもの。主が信じる人間を、私も信じるだけだ』
ランの威厳ある言葉に、二人は恐縮しながらも深く感謝していた。前の世界では誰からも必要とされなかった私が、聖獣王と契約しているなんて、本当に不思議な気持ちになる。
◇◇◇
「さぁ、堅苦しい話は終わりにして食事にしよう!」
案内された食堂の大きな扉を開けると、そこには百人以上は座れそうな長テーブルに、山盛りの豪華な料理が並んでいた。
壁際には、メイドや護衛騎士たちがズラリと並んでいる。
「あの……使用人の皆さんは、一緒に食べないのでしょうか?」
私の素朴な疑問に、公爵夫妻はキョトンとした。どうやらこの世界では、貴族と使用人が同席することはあり得ないらしい。
前の世界ではみんなで食べるのが当たり前だったこと(と言っても、私はいつも一人ぼっちだったけれど、大人数での食事にずっと憧れていたのだ)を伝えると、ダリオス様は快活に笑った。
「そうだったのか! 皆、席についてくれ! 今日は命を救われた記念だ、皆で食べようじゃないか!」
「乾杯ーー!!」
その一言で、食堂は一気に賑やかな宴の席へと変わった。
次々と目の前に運ばれてくる、温かくて美味しい料理。騎士やメイドたちの楽しそうな笑い声。
(あぁ……食事をするのって、こんなに楽しいものだったんだ……)
気付けば、ポロリと目から涙が溢れ落ちていた。
「ユキ!? どうしたの、口に合わなかったかしら!?」
「すみません、違います……。こんなに温かくて優しいお料理、食べるの初めてで。嬉しくて……っ」
涙が止まらない私に、フェリア様が寄り添って涙を拭いてくれた。ダリオス様も大きな手で、私の頭を優しく撫でてくれる。人に頭を撫でられるのなんて、本当に、本当に初めてだ。
「ユキ様、お肉食べて元気になってください!」
「ご主人様達を救ってくれて、本当にありがとうございました!」
使用人のみんなからも、次々と温かい言葉と料理が贈られる。胸の奥が、これ以上ないほど幸せな気持ちで満たされていった。
◇◇◇
宴が落ち着いた頃、ダリオス様が優しい声で私に問いかけた。
「ユキ、差し支えなければ、君の家族や生まれについて教えてくれないか? これほどの力を持つ君が、なぜあの危険な森に一人でいたのか、気になってね」
私は少し躊躇したけれど、目の前の優しい人たちになら、本当のことを話してもいいと思えた。
「驚かれるかもしれませんが……私はこの世界の人間ではないんです。日本という、ここから遥か遠くの違う世界から来ました」
「違う、世界……?」
公爵夫妻が顔を見合わせる。私はゆっくりと言葉を紡いだ。
「あちらの世界で、私は一度死にました。幼い頃に両親を亡くしてからは親戚の家をたらい回しにされ、邪魔者扱いされて、冷水を浴びせられる毎日で……。友達も一人もいなくて、大人になってからも、生きるために朝から終電まで必死に働く日々でした。でもある朝、車に轢かれそうになった小さな女の子を庇って、私は命を落としたんです。そうしたら、神様という存在に会って、この世界に今の姿のまま転移させられました」
私の着ているリクルートスーツがイメージで変わったこと、帰る家も家族も、あちらの世界にもこちらの世界にも、どこにもないことを静かに打ち明ける。
「ずっと、天涯孤独だったんです。誰の温もりも知らず、誰からも愛されないのが、私にとっての『当たり前』でした」
淡々と語る私の声は、自分でも驚くほど冷静だった。
しかし、ふと顔を上げると、フェリア様が、ボロボロと大粒の涙を流していた。
「なんてこと……。そんな過酷な運命を背負って一度命を落とすなんて。誰の愛も知らずに、たった一人で耐えてきたのね……っ」
フェリア様は席を立ち、私の小さな身体を壊れ物を扱うように、ぎゅっと優しく抱きしめてくれた。
ダリオス様も、拳を強く握りしめ、目元を真っ赤に腫らしている。
「ユキ。世界から拒絶されるような理不尽な境遇にありながら、君はなぜ、見ず知らずの私達のためにあれほどの奇跡の力を使ったんだ? 世界を恨んでもおかしくないはずなのに……」
「それは……目の前で大切な人を失って、私みたいに悲しい思いをする人を、これ以上見たくなかったからです。ただ、それだけですよ」
私が少しはにかんで答えると、ダリオス様は深く、深く胸を打たれたような表情を浮かべた。
そして、フェリア様の手をそっと握り、真っ直ぐな目で私を見つめた。
「ユキ。私達には子供がいなくてね。……君さえ良ければ、私達の『娘』になってくれないだろうか。私達を救ってくれたからではない。異世界から一人きりでやってきた君を、今度は私達が全力で愛し、世界一幸せな女の子にしてあげたいと、心から思ったんだ」
「私達と、本当の家族になってちょうだい。ユキ、前の世界での悲しい思い出は、私達が全部上書きしてあげるわ。もう貴方を一人になんて絶対にさせない」
「か、ぞく……? 私なんかを、娘に……?」
驚きで喋れなくなり、嗚咽が漏れて俯いてしまう私。
そんな私の両手を、二人が優しく包み込んでくれた。
「私なんか、じゃないわ。ユキ、貴方は私達の、アラカルト公爵家の宝物よ」
前の世界では、愛情なんて一度も貰えなかった。
いつも一人で、耐えることしか知らなかった。そんな私に、こんなに温かい言葉をくれる人が現れるなんて。
「私の……お父様と、お母様になってくれるのですか……っ?」
「あぁ、可愛い私達の娘だ」
二人にきつく抱きしめられ、私は子供のように声を上げて泣いた。
膝の上でランが「私のことも忘れるな!」とぴょんぴょん跳ねるのを見て、三人で顔を見合わせてクスッと笑い合う。
新しくできた、大好きなお父様とお母様。
この世界で、私は本当の「家族の愛」を知ったのだった。




