第46話:超高速の暗殺者! スマホを狙う影とピクニックの危機
「まぁ、レオちゃん! 芝生の上で寝返りが打てるようになったのねぇ!」
「お母様、危ないですからあまり顔を近づけすぎないでください。レオの無意識の魔力パルスで、お母様の髪飾りがまた浮き上がってしまいます」
王宮の厳重な闇結界の内側にある広大な私有庭園。
今日は、新しく構築した『防衛OS:バージョン2.0』のフィールドテストを兼ねて、アラカルトの頼もしい両親と一緒にピクニックを楽しんでいた。
レジャーシートの上ではレオが、元気に寝返りを打ってキャッキャと笑っている。
「ユキ、お茶の温度はこれで大丈夫か? ほんの少しでも温いと感じるなら、俺の闇魔術の摩擦熱で完璧な適温に再構成するが」
「ギルバート、お茶に闇魔術を混ぜないで。普通に美味しいから大丈夫だよ」
隣に座るギルバートは、眼帯を外したアメジストの瞳で周囲の空間を1秒ごとに走査しつつ、私に極上のハーブティーを注いでくれる。相変わらず過保護の限界突破は継続中だ。
『ふん、平和なことだな。だが主よ、お前が仕込んだあの防魔石のワクチンプログラム(自動検知システム)、バックグラウンドでの魔力消費が少々激しいぞ。我が常に魔力を供給していなければ、スマホの充電が半日で切れるのではないか?』
私の足元で、お父様から貰った高級干し肉を咀嚼しながら、子犬姿のランが呆れたように念話をしてきた。
「あはは、ごめんラン。でも、これくらい強固にしておかないと、またあの裏組織みたいなバグが侵入してきたら困るでしょ?」
私は『異世界スマホ』の画面を開き、庭園全体の防衛ログ(レーダー)をチェックした。
【エリア内セキュリティ:良好。不審なアクセス:0】
お父様の防魔石と私のスマホ、そしてギルバートの魔力を同期させた新システムは、完璧に稼働しているように見えた。
――だが、その「完璧」こそが、最大の盲点だったのだ。
ピキィィィィィィン……ッ!!!
スマホの画面が、一瞬だけ、本当に一瞬だけ処理落ち(フリーズ)を起こした。
エラーログすら出ない。ただ、空間の『光の屈折』が、ほんの数ミリだけ歪んだ。
「――ユキ、伏せろっ!!」
ギルバートの悲鳴のような絶叫と同時に、私の視界を凄まじい「風圧」が襲った。
魔力の気配が、全くない。
感知レーダーにも、魔術のログにも一切引っかからない――完全な『無魔力の物理速度』だけで空間を駆ける、裏組織の暗殺者が、私の目の前に突如として出現したのだ。
ターゲットは、レオではない。
男の狙いは、私の手にある『異世界スマホ』――私たちの防衛システムの核そのものだった。
「(しまっ……! 画面を操作する暇が――!)」
男の放つ超高速の抜き手(物理攻撃)が、私のスマホの画面へと肉薄する。
相手は、私のハッキング技術が「スマホを操作して術式を書き換える」というプロセスを必要とすることを、完璧に研究していた。操作する時間を与えず、物理的にシステムを破壊、または強奪する算段だ。
キィィィィィィン!!!
金属が激しくぶつかり合うような鋭い音が、庭園に響き渡った。
「な……にっ!?」
驚愕の声をあげたのは、暗殺者の男だった。
男の指先は、私のスマホに届く直前、不可視の『硬質な膜』によって完全に阻まれていた。
「ふん……! 我がアラカルト家の最高位の防魔石は、魔術だけではなく、物理的な衝撃をも『位置エネルギー』に変換して相殺する特性があるのだよ、不届き者め!」
レジャーシートの端で、お父様が鋭い眼光で魔導杖を地面に突き立てていた。
お父様が仕込んでくれたハードウェア(防魔石)の物理防御仕様が、スマホを守る外付けのプロテクトケース(物理障壁)として、コンマ数秒の時間を稼いでくれたのだ。
「我が娘の宝物に、気安く触れるなぁぁぁ!!」
お母様が激怒し、持っていた特製スープの入った魔法瓶(魔導温熱器)を、凄まじい剛腕で暗殺者の顔面に向けてフリスビーのように投げつけた。凄まじい風切り音を立てて飛んでいく魔法瓶。
「チッ……!」
暗殺者は超人的な反射神経でそれを避けたが、そのわずかな足止め(ディレイ)こそが、彼にとっての致命傷だった。
「――よくも、俺の目の前で、ユキに手を伸ばそうとしたな」
ゴォォォォォォッ!!!
背後から、世界の終わりを思わせるようなドロドロとした暗黒の魔力が噴き上がる。
ギルバートの両の瞳が、怒りで完全に漆黒に染まっていた。彼の影から伸びた無数の闇の触手が、暗殺者の両足を物理的にがっちりと捕らえ、地面へと縫い付ける。
『主よ! スマホのロックは解除したぞ! 奴の隠蔽迷彩の周波数を我の内側から逆算した、今すぐカウンターを叩き込め!』
ランが鋭く吠え、私のスマホへ純白の魔力を一気に流し込む。
お父様の防御、お母様の妨害、ギルバートの拘束、そしてランのバックアップ。
全員が繋いでくれたこの数秒、元システムエンジニアの私が、無駄にするわけがない!
「スマホを奪えば勝てると思った? 残念、バージョン2.0には『物理的な接触に対する自動反撃』も実装済みよ!」
私は画面のエンターキー(実行コマンド)を、力強くタップした。
「喰らいなさい! 不正アクセスに対する、最大出力の強制送還――!!」
ピキィィィィィィン!!!
スマホの画面から解き放たれた純白の聖魔力と、ギルバートの闇魔術が融合した、超高密度のエネルギー波が、暗殺者の胸元へとダイレクトに炸裂した。




