第41話:砦内部の無限迷宮! 知育カードの微弱なログを追え
ドガァンと大きな音を立てて砦の重い石扉を蹴破り、私たちは内部へと突入した。
だが、一歩足を踏み入れた瞬間、肌を刺すような奇妙な感覚が全身を駆け巡る。
「……空間が歪んでいるな。ユキ、ラン、不用意に進むな」
ギルバートが私をランの背から降ろし、すぐに愛おしそうに、けれど隙のない動作で私の腰を抱き寄せた。眼帯の外れた彼のアメジストの瞳が、誰もいないはずの薄暗い回廊を鋭く睨みつける。
「うん。私のスマホのレーダーが、完全にバグを起こしてる。今歩いてきたはずの後ろの通路のデータが、さっきからマップ上から消えてるの。……これ、前世のゲームでいう『無限ループの迷宮』だわ」
画面をいくらスクロールしても、現在地を示すピンが同じ場所をぐるぐると回り続ける。敵の天才術式解体師は、私たちが結界を破って侵入することすら想定し、砦の内部そのものを巨大な「構造エラー(無限ループ)」に書き換えていたのだ。
「フハハハ! 気づいたか、アラカルト家の娘よ!」
誰もいない壁の奥から、あの男の不気味な声が反響となって響いてきた。
「貴様がどれほど優れた探知魔導を持っていようが、この砦の空間は3秒ごとに構造をランダムにシャッフルしている! 正しいルートを導き出すなど、神にすら不可能。大人しくそこで、我が組織が赤子の魔力を完全に抽出し終えるのを、指をくわえて見ているがいい!」
「レオの魔力を抽出するなんて、そんなこと……絶対に、させない……っ!!」
怒りで視界が熱くなる。だが、焦って進めば本当に空間の裂け目に迷い込んで、二度と戻れなくなるかもしれない。ギルバートの闇魔術で砦ごと消し飛ばそうにも、レオがどこに配置されているか分からない以上、広域破壊魔術は使えない。完全に相手の思うツボだった。
(どうする……? スマホのGPSはジャミングされてる。空間のシャッフル速度には私の手動デバッグじゃ追いつかない。何か、この狂った空間の乱数に影響されない、絶対に変わらない『一本の回線』はどこかにないの……!?)
その時、私のポケットの中で、カタカタと何かが小さく震えた。
それは、レオのためにハンスさんたちと作った、あの『知育マッチングカード』の試作品だった。
「――あ」
脳裏に、ひとつの仕様が閃く。
この知育カードは、特定の組み合わせが揃ったときにだけ、特別な魔力波形を出すシステムだ。そして、レオがいつも遊んでいたあの『星座のカード』は、私の『異世界スマホ』と、レオの『ベビーベッドのセンサー』に同時に同期するためのマスターキーとして、私の聖魔力を高密度で練り込んで作ってある。
「そうだ……! スマホの索敵ログじゃなくて、カードの『マッチング機能(条件分岐)』を逆利用するのよ!」
「ユキ? 何か閃いたのか?」
「ええ! ギルバート、私のスマホとこの星座カードの魔力を直結(同期)させる。レオが同じカードを持っていれば、空間がどれだけシャッフルされようが、『カード同士が引き合う魔力の引力』だけは、絶対にエラーを起こさない!」
私はスマホの画面を開き、知育カードの術式コードを強制的に書き換えた。
カードの【マッチング成功=効果音を鳴らす】という条件を、【マッチング成功=レオへの最短ルートを物理的に固定する】という強制コマンドへとリファクタリング(再構築)する。
「いくよ……! 星座マッチング、開始!!」
私が手元の『蠍座』のカードをスマホにかざした瞬間、カードからピキィィィィィィン! と純白のまばゆい光のラインが伸び、薄暗い回廊の「左の壁」へと突き刺さった。
【――マッチング完了。対象へのパケット(魔力ライン)を固定しました――】
「壁の向こうに、レオがいる……! 空間のシャッフルを、カードの引力で無理やりピン留めしたわ!」
「よくやった、ユキ。ならば、道を作るのは俺の仕事だ。――『黒炎斬』」
ギルバートが即座に右手を払うと、漆黒の闇の刃が、空間を固定したはずの頑丈な石壁を、豆腐のように一瞬で一刀両断に叩き割った。
ドガァァァァァン!!!
崩れ落ちた壁の向こうには、さらに奥へと続く新しい隠し通路が現れていた。光のラインは、その通路の奥へとまっすぐに伸びている。
「よし、このまま一気に突き進むぞ!」
『うむ、我の背にしっかり捕まっておれ、主よ!』
本来の姿を維持したランが、光のラインに沿って凄まじいスピードで通路を駆け抜ける。
通路の左右からは、敵の仕掛けた迎撃用の魔術トラップや自動防衛のゴーレムが次々と襲いかかってくるが、並走するギルバートの冷酷な闇魔術と、ランの神聖な爪が、それらを近づけることすら許さずにすべて正面から粉砕(強制終了)していく。
一歩、また一歩と、泥臭く、けれど確実に敵の包囲網を内側から食い破っていく。
光のラインの先から、微かに、けれど確かに私の愛しいレオの「魔力の産声」が聞こえ始めていた――。




