第40話:黒き霧の森の進軍! 立ち塞がる魔獣と多重結界
『異世界スマホ』が指し示した座標――それは、我が国の北端に位置する、不気味な暗雲に閉ざされた『黒き霧の森』だった。
普段から強力な野生の魔獣が巣食う危険地帯であり、その最奥に、敵の潜む古い砦がある。
「ユキ、ここから先は野生の魔獣の縄張りだ。絶対に俺の後ろから離れるな」
金髪を風に揺らし、眼帯の外れたアメジストの瞳を険しく光らせるギルバート。彼の周囲には、主の怒りに呼応するようにドロドロとした高密度の闇魔術が渦巻いており、近づく草木がそれだけでパラパラと黒い灰に変わっていく。
「うん。私のスマホの広域レーダー(索敵ログ)を常に同期させておくから、敵の接近は3秒前にアラートを出すよ!」
寝不足で頭はズキズキするけれど、元OLの執念でスマホの画面を凝視する。
画面のマップ上には、私たちの周囲を取り囲むように、無数の『赤い警告アイコン(魔獣の生体反応)』が高速で接近してきていた。
グルルルル……ッ!!
霧の奥から姿を現したのは、通常の倍以上の巨体を誇る、3つの頭を持った魔獣『ケルベロス』の群れだった。さらに、その後方からは不気味な鳥型の魔獣が空を埋め尽くすように急降下してくる。
「ちっ、敵の息がかかった個体か。数が多すぎるな……!」
ギルバートが片手をかざし、漆黒の魔力弾を放って先頭の魔獣を爆破するが、森の奥から無限に湧き出てくるかのように次々と新しい影が現れる。敵は、この森の魔獣たちを「防衛スクリプト(自動防衛システム)」として利用しているのだ。
『ふん、雑魚どもが。我が主の行く手を阻むなど、100年早いわ!』
その時、私の足元から、いつもより一段と低いランの咆哮が響き渡った。
子犬の姿だったランの身体が、まばゆい純白の光に包まれる。
パキィィィィィィン!!!
光が弾けた瞬間、そこにいたのは、いつもの可愛い子犬ではなかった。
体長は数メートルを超え、背中には神々しい一対の白い翼、そして周囲の霧を一瞬で吹き飛ばすほどの神聖な威圧感を放つ――本来の『聖獣』としての姿を、一時的に一部解放したランだった。
「ラン……! すごい、本来の力が戻ってきてる……!?」
『完全体には程遠いが、主のデバッグのおかげで、あの薄汚い拘束術式のコアは破壊したからな。――金髪王子! 背後は我に任せろ、お前は前方の結界を叩き割ることに集中しろ!』
「あぁ、助かる、聖獣! ユキ、ランの背に乗れ!」
ギルバートが私を抱き上げ、ランの大きくて温かい背中へと乗せる。
ランは力強く地を蹴ると、その神聖な爪と翼から放たれる烈風で、迫り来る魔獣の群れを次々と一網打尽に蹴散らしていった。さすがは伝説の聖獣、マスコットの時とは比べ物にならない圧倒的な戦闘力だ。
しかし、砦が近づくにつれ、今度は空間そのものが歪み始めた。
ピキピキピキ……ッ!
「ギルバート、止まって! 前方に、12層に重なった『多重防衛結界』が張られてる! 物理的にも魔術的にも、正面から突っ込んだらこちらの魔力が相殺されて拒絶されるわ!」
敵の『天才術式解体師』が用意した、最後の防衛ライン。
それは、ギルバートの闇魔術の波長を徹底的にシミュレートし、それを「打ち消す」ように組まれた、極めて悪質なアンチ・システム(対抗結界)だった。
「なるほど……俺の魔力を逆位相で相殺する術式か。小賢しい真似を……っ」
ギルバートが術式を強引にこじ開けようと魔力を高めるが、結界に触れた瞬間、パチパチとエラーの火花が散って弾かれてしまう。世界最強の彼が、明確に「足止め」を喰らっていた。
(相手はギルバートの魔力を研究してる。……だけど、私の『異世界スマホ(未知の魔術配列)』の波長までは、完璧にシミュレートできていないはず!)
私はランの背の上で立ち上がり、スマホの出力を120%まで引き上げた。
「ギルバート、結界のすべての接続点を、私のスマホで一時的に『ハッキング(乗っ取り)』して、一瞬だけ回路を書き換える! 12層の結界が同時にエラーを起こす『0.5秒の隙間』を作るから――そこに、あなたの最大出力を叩き込んで!」
「分かった。お前の合図に合わせよう、ユキ!」
指先が熱くなるほどの聖魔力をスマホに注ぎ込み、多重結界の制御コードへと突入する。
敵が仕掛けた複雑な魔力迷路。私はその回路の脆弱性を瞬時に見抜き、一括の強制書き換えコマンド(パッチ)を走らせた。
(ポート1から12まで、全エラーログを強制インジェクション! ――今よ、ギルバート!!)
ピキィィィィィィン!!!
12層の美しい結界が、一斉に不協和音を奏でてエラーの赤色に染まった、まさにその刹那。
「――消え失せろ。我が子を奪った咎、その身で贖うがいい。――『滅界の闇』!!」
ギルバートの両手から放たれた、限界突破した超巨大な暗黒の魔力奔流が、エラーを起こした結界を正面から文字通り「粉砕」した。
ドガァァァァァァン!!!
天地を揺るがす大爆発と共に、頑強だった多重結界がガラス細工のように粉々に砕け散り、霧の向こうから、黒い石造りの不気味な『黒き霧の砦』がその姿を現した。
「結界の強制解除、成功……っ! 待ってて、レオ……っ!」
私たちはランの俊足のまま、ついに敵の本拠地へと突入する。しかし、砦の奥からは、さらなる不気味な魔力の鼓動がドクドクと響いてきていた――。




