第39話:泥臭いデバッグの夜! 偽装ログを1行ずつ剥ぎ取れ
「……くそっ、またここでエラーになる……っ」
王宮の寝室には、何十枚もの羊皮紙が散乱し、そのすべてに私がスマホの画面からノートに書き写した、不気味な黒い魔術コードがびっしりと並んでいた。
夜が明けても、私は一睡もせずに『異世界スマホ』の画面をフリックし続けている。
画面には【解析進捗:12%】の文字。
いつもなら一瞬で終わるスキャンが、信じられないほど遅い。敵の仕込んだウイルス(呪詛)は、まるでタマネギの皮のように、解析しようとするたびに新しい暗号の層が現れる、とてつもなく厄介な構造をしていた。
「ユキ、少し休め。お前の魔力残量が、さっきから危険な領域に入っている」
ギルバートが、痛々しそうに眉を寄せて私の肩を抱きすくめてくる。彼の美しい金髪は少し乱れ、眼帯の外れたアメジストの瞳には、レオを奪った敵への底知れない怒りと、私を倒れさせまいとする必死の光が混ざり合っていた。
「休めないよ、ギルバート……。だって、1分遅れるごとに、レオがどこに連れていかれるか分からなくなる。……あいつら、私のスマホの特性を完全に研究してる。位置情報(GPS)のログが、3秒ごとに東の砂漠と西の渓谷を交互に指し示すようにループ処理されてるの。どっちもフェイクよ」
カチカチと指先から火花のような聖魔力を流し込み、ウイルスのコードを直接解体していく。だが、数行を書き換えた瞬間、スマホが『ピピピピッ!』と甲高いエラー音を鳴らし、画面が真っ赤に染まった。
「しまっ……! トラップバグを踏んだ……っ。解析ログが強制リセットされた……!」
「ユキ!」
目の前が真っ白になり、脳が焼き切れるような疲労感で視界がぐらりと揺れる。
前世のブラック企業で、納期前日に予期せぬ重大エラーを突きつけられたあの絶望感。いや、それ以上だ。自分の知識が、愛する我が子を助けるための唯一の武器なのに、それが敵の高度なカウンターに阻まれて届かない。
『主よ、弱気になるな。我の魔力を回路の身代わりに使え』
足元で、まだ敵の仕掛けた拘束術式の残滓に苦しんでいたはずのランが、よろよろと立ち上がった。
子犬の姿のままだが、その瞳には聖獣としての誇りがぎらぎらと燃えている。
『あの泥棒どもめ、我の固有魔力を偽装の燃料に使いおったな。ならば、その偽装の「癖」を我が内側から逆探知してやる。主よ、我の魂を直接お前のスマホに同期しろ!』
「ラン……! でも、そんなことをしたら、ランの負担が――」
『舐めるな。我をただの愛玩犬だと思うてか! 行くぞ、主!』
ランが鋭く吠えた瞬間、彼の小さな身体から、透き通るような純白の魔力ラインが伸び、私のスマホへと直接吸い込まれていった。
ジジジジジ……ッ!!!
スマホの画面が激しく明滅し、ランの聖獣としての膨大な魔力情報が、ウイルスの暗号を凄まじい勢いで中和し始める。
「画面のノイズが消えていく……! すごいよ、ラン! 敵の暗号化キーのマスターデータが見えた!」
私はすぐさま魔導入力盤を叩き、トラップを回避しながら、ウイルスの核心部へと文字通り「力技」で突入していった。
(冗長なフェイクログの全消去! ランの魔力をナビゲーションのブースターに固定! 本物の現在地を割り出せ……ッ!!)
画面のマップが一瞬、激しくブレた後――世界地図の北端、我が国と他国の国境に広がる『迷宮の森』の、とある古い砦の座標に、ピキィィィィィィン! と一本の確かな光のピンが突き刺さった。
「見つけた……! 国境の『黒き霧の砦』。レオは、そこにいる!」
「……よくやった、ユキ、ラン。場所さえ掴めば、あとは俺たちの番だ」
ギルバートが静かに立ち上がると、王宮の床がミシミシと鳴り、彼の影から無数の闇の触手が狂暴に蠢き始めた。
「ただし、敵もこちらの追跡を予期しているはずだ。あの森は元々、強力な野生の魔獣たちが巣食う危険地帯。そこに砦を構えているということは、無数の防衛術式と魔獣の軍勢を配置して、俺たちを迎え撃つ算段だろうな」
「望むところよ。一瞬で終わるデバッグじゃないなら、正面から1システムずつ、確実に叩き潰して進むだけ。レオ、待ってて……ママとパパが、今すぐ助けに行くからね……っ!」
徹夜のデバッグを終え、ボロボロになりながらも、私たちの瞳には確かな反撃の炎が灯っていた。大切な我が子を取り戻すための、長く過酷な「砦攻略戦」の幕が、今上がろうとしていた。




