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二度目の春に、あなたを選ぶ  作者: FDケンジ
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第43話 特別な一日


園内の特別なレストランは、千鶴の言葉通り、素晴らしいところだった。


大きな窓の向こうに、遊園地が一望できる。運ばれてくる料理は、どれも目を見張るほど美しく、味も絶品だった。


「わあ……っ、美味しい!」


結衣が、頬を押さえて、声をあげる。


「お料理も、最高ですわね」


千鶴が、満足そうに微笑んだ。


賑やかな昼食を終えると、みんなは、再び園内へと繰り出した。


午後も、たっぷりと遊んだ。乗り物に乗り、ゲームに興じ、甘いお菓子を食べ歩いて。笑い声が、絶えることはなかった。


そして、午後も半ばを過ぎた頃。


園内に、軽やかな音楽が鳴り響いた。


「あ、パレードだ……!」


結衣が、ぱっと顔を輝かせる。


大通りの向こうから、色とりどりの山車が、ゆっくりと近づいてくる。きらびやかな衣装のダンサーたちが、音楽に合わせて、華やかに舞っていた。


「すごい……! 綺麗だね……!」


亜里沙も、思わず見入ってしまう。


風船が舞い、紙吹雪がきらめき、楽しげなキャラクターたちが、手を振りながら通り過ぎていく。


「小夜ちゃん、見て見て、あれ!」


「は、はい……! わあ、可愛い……!」


小夜も、目を輝かせて、夢中になっている。ずっと俯いてばかりだった少女が、今は、子供のように、無邪気にはしゃいでいた。


蓮司は、そんなみんなの様子を、優しい眼差しで、見守っていた。


パレードが通り過ぎると、結衣が、ふと、蓮司の袖を、ちょいちょいと引いた。


「ねえねえ、蓮司くん。ちょっと、あっちのお店、見てきていい? 千夏ちゃんと」


「ああ、いいよ。気をつけてね」


「うん! じゃ、千夏ちゃん、行こ!」


結衣が、千夏の手を引いて、人混みの中へと消えていく。


その背中を見送りながら──亜里沙は、気づかなかった。それが、結衣の、さりげない計らいだったことに。


---


人気のない、園の外れ。


大きな木の陰で、千夏は、蓮司と二人きりで、向かい合っていた。


結衣が、「ちょっとだけ、二人にしてあげる」と、気を利かせてくれたのだ。


「……千夏? どうかした?」


蓮司が、穏やかに尋ねる。


千夏は、しばらく俯いて、それから、意を決したように、顔を上げた。


その頬は、ほんのりと、赤らんでいた。


「蓮司様……。私……お嬢様の手前、まだ、正式には……お付き合いを、申し込むことは、できません」


「ああ。わかってるよ」


「でも……っ」


千夏の瞳が、潤む。


「私、もう……我慢、できません」


そう言って、千夏は、そっと、蓮司の手を取った。


その、震える指先に、想いのすべてが、込められていた。


蓮司は、しばらく、その手を見つめて──やがて、ふっと、優しく微笑んだ。


「……君の気持ちは、嬉しいよ」


そして、千夏の手を、そっと握り返す。


「隠れてこういうことをするのは、あまり好きじゃないんだけどね。──でも、結衣たちも、もう知ってるみたいだし。今日は、特別だ」


その言葉が、終わるか終わらないかのうちに。


二人の唇が、そっと、重なった。


「……っ」


長く、深い口づけだった。


千夏の、ずっと抑え込んでいた想いが、堰を切ったように、あふれ出す。


唇が離れると、千夏は、もう、たまらなくなって、蓮司の胸に、ぎゅっと抱きついた。その目は、すっかり、とろけている。


「蓮司様……っ、蓮司様……」


「ふふ。よしよし」


蓮司も、その華奢な体を、優しく抱きしめる。


そして、もう一度──二人は、深く、口づけを交わした。


しばらくして。


ようやく落ち着いた千夏は、まだ赤い顔のまま、こくりと頷いた。


「……ありがとう、ございました。私、もう、大丈夫です。お嬢様にお伝えして……正式に、もう一度、申し込みます」


「ああ。待ってるよ」


そうして、二人は、何事もなかったかのように、みんなのもとへと戻っていった。


合流すると、千鶴が、すっと千夏に近づいて、そっと耳打ちした。


「……うまく、いきましたの?」


千夏は、ぽっと頬を染めて、小さく頷く。


「……はい。ありがとうございます」


「ふふ。よかったですわね」


千鶴が、わが事のように、嬉しそうに微笑んだ。


---


夕方が、近づいてきた頃。


「ねえ、最後に、観覧車、乗らない?」


結衣が、提案した。


園のシンボルである、大きな観覧車。ゆっくりと、夕暮れの空に、回っている。


「いいですわね。──でも、一つのゴンドラには、何人まで乗れるのかしら」


千鶴が、首を傾げる。


「えっとね、四人乗りだって。だから、何組かに分かれなきゃ」


「では……どうやって、組を決めましょうか」


「くじ引きにしよっか! 蓮司くんと乗れる組と、そうじゃない組ってことで」


結衣が、いそいそと、くじを用意する。


「はい、じゃあ、引いて引いて!」


みんなが、わいわいと、くじを引いていく。


その結果──蓮司と同じゴンドラに乗ることになったのは、冴子と、結衣だった。


「やったー! 私、当たり!」


結衣が、大喜びで、飛び跳ねる。


「……あら。私も、ね」


冴子も、平静を装いながら、その口元は、隠しきれず、ほころんでいた。


「いいなあ、二人とも」


亜里沙が言うと、千鶴が、くすりと笑った。


残りのメンバーは、二つのゴンドラに分かれて、観覧車へと乗り込んだ。


ゴンドラが、ゆっくりと、上昇していく。


亜里沙のゴンドラからは、夕日に染まる、園内の景色が、一望できた。


「わあ……綺麗……」


「本当ですわね」


茜色の空。きらめき始める、園のイルミネーション。幻想的な光景に、みんなが、うっとりと見入った。


やがて、観覧車が、一周して。


ゴンドラから降りてきた、蓮司と、冴子と、結衣を見て──亜里沙は、おや、と思った。


なんだか、三人とも、少しだけ。


結衣の髪が、わずかに乱れていて。冴子の、シャツの襟元が、ほんの少し、整っていなくて。


「……あ、あれ?」


亜里沙が、何か言いかけると。


「……ふふ」


千鶴が、意味ありげに、微笑んだ。


「あらあら。……これなら、五人一組にすれば、よろしかったですわね」


そう言って、ちょっと、悔しそうに、頬を膨らませる。


「えっ……ご、五人って」


亜里沙が、目を丸くする。


「……ねえ、それって。もし、私が、蓮司くんのグループに、入ってたら……どうなってたの?」


おそるおそる尋ねると、千鶴は、にっこりと笑って、こう答えた。


「ふふ。──ご想像に、お任せしますわ」


「なっ……!?」


亜里沙の顔が、ぼっと赤くなる。それ以上、何も聞けなくなってしまった。


冴子と結衣は、涼しい顔をしていたけれど、その頬は、ほんのりと、上気していた。


---


日が暮れて。


一行は、遊園地に隣接する、高級ホテルへと、移動した。


ロビーに足を踏み入れた瞬間、亜里沙は、思わず息をのんだ。


きらびやかなシャンデリア。磨き上げられた、大理石の床。見上げるほど高い、吹き抜けの天井。何もかもが、別世界のようだった。


「す、すごい……。こんなホテル、初めて……」


「ふふ。今夜は、ゆっくり休んでくださいまし」


部屋割りは、あらかじめ、決められていた。


亜里沙、小夜、千夏、舞の四人で、一つの部屋。そして、蓮司と、千鶴、結衣、冴子、シエラが、もう一つの部屋。


「じゃあ、また明日の朝ね」


廊下で、いったん、別れることになった。


千鶴たちが、蓮司と共に、部屋へと消えていく。その後ろ姿を見送りながら──亜里沙は、なんとも言えない気持ちになった。


(……今夜は、あっちの部屋、賑やかになるのかな)


そんなことを、ふと、考えてしまって。慌てて、首を振った。


---


四人の部屋も、驚くほど豪華だった。


広々とした空間に、ふかふかのベッドが、ゆったりと並んでいる。大きな窓からは、夜景が、きらきらと輝いて見えた。


「うわー、この日、すごいね……! こんなホテル、泊まったことないよ……!」


亜里沙が、はしゃいで、ベッドに、ぽふんと倒れ込む。


「ふふ。亜里沙さん、子供みたいですわ」


舞が、おっとりと笑った。


しばらく、みんなで、部屋のあちこちを探検して、はしゃいでいた、その時だった。


ふと、小夜が、そろり、そろりと、壁際に近づいていった。


その壁の向こうは──蓮司たちの、部屋だった。


「……」


小夜が、そっと、壁に耳を寄せようと──。


「小夜さん」


舞が、くすりと笑って、声をかけた。


「こういうホテルの壁は、防音対策が、しっかりしていますの。──ですから、何も、聞こえませんわよ?」


「ひゃっ……!? ち、違っ、私、そんなつもりじゃ……!」


小夜が、ぼっと真っ赤になって、ぶんぶんと首を振る。


「あ、あの、ただ、お部屋の作りが、気になっただけで……っ」


そのあからさまな慌てように、みんなが、くすくすと笑った。


亜里沙は、その様子を見て、これは話をそらすのは無理そうだな、と苦笑した。そして、ふと、小夜の方を向いた。


「ねえ、小夜ちゃん。──今日、一緒に過ごしてみて、どうだった?」


「え……?」


「蓮司くんのこと。……改めて、近くで見て」


その問いに、小夜は、しばらく、もじもじとしてから、こくりと頷いた。


「……素敵な、方だなって。改めて、思いました。お優しくて、頼もしくて……みんなのことを、本当に、大切にされていて」


それから、ふと、不安そうに、目を伏せる。


「でも……私、まだ、心の準備が……。皆さんは、もう、その……蓮司くんと、そういう関係、なんですよね。私も、いつかは……と思うと、なんだか、どきどきして……」


「ふふ。気持ちは、わかりますわ」


千夏が、優しく微笑んだ。


「行こうと思えば、今夜だって、あちらのお部屋に、行けるんですよ。──五人の、熱い夜を、見せられるかもしれませんけど」


「ご、五人の……っ!?」


小夜が、湯気が出そうなほど、赤くなる。


「あ、頭では、理解しているんです……っ。でも、まだ、心が、追いつかなくて……」


その初々しさに、みんなが、ほっこりと笑った。


「……あの」


小夜が、おずおずと、尋ねた。


「皆さんは……どうして、蓮司くんと、一緒にいることに、決めたんですか?」


その問いに、亜里沙が、まず口を開いた。


「うーん……私はね、最初は、千鶴ちゃんと、親友だったの。それで、自然な流れで、こうなったって感じかな。みんなと、仲良くしてるうちに、ね」


「そうですわね」


舞も、懐かしむように、頷いた。


「私も……気づいたら、皆さんと一緒に、ここにいましたわ」


「千夏さんは……?」


小夜が、尋ねると、千夏は、少し迷ってから、頬を染めて、答えた。


「私は……マイお嬢様、次第です。ですが……もう、皆さんには、お分かりだと思いますので、正直に申し上げますね。──私も、蓮司様に、惹かれております」


「……っ、やっぱり、そうなんですね」


「ふふ。やっぱり、ね」


亜里沙が、くすりと笑う。


「ということは……舞さんも、なの?」


その問いに、舞は、しばらく黙ってから──静かに、頷いた。


「……認めます。はい。私も、蓮司様を、お慕いしております」


「この前、言ってたよね。──蓮司くんが、子供の頃に助けてくれた、初恋の相手だって、わかったって」


「はい」


舞の頬が、ほんのりと、染まる。


「図々しい、想いだとは、思います。でも……もう、諦めることは、できません。お父様に、ご報告をしたら……正式に、お伝えしようと、思っています」


「そうだったんですか……。すごいです」


小夜が、感心したように、呟いた。


そして、舞が、ふと、亜里沙の方を向いた。


「──亜里沙さんは、どうなんですか?」


「え……」


「今、ここにいる中で……亜里沙さんを除いて、皆、蓮司様を、想っている状況です。亜里沙さんは……蓮司様のこと、どう、思っていらっしゃるんですか?」


まっすぐな問いに、亜里沙は、一瞬、言葉に詰まった。


けれど、ごまかすのも、違う気がして。亜里沙は、正直に、答えた。


「……そうだね。私も、はっきり言って、蓮司くんのことは、好きだよ」


その言葉に、みんなが、少し、驚いたように、亜里沙を見る。


「お金もあるし、かっこいいし、しっかりしてる。……付き合ったら、私のことも、ちゃんと愛してくれるんだろうなって、なんとなく、わかる」


「では、どうして……お伝えしないんですか?」


千夏が、不思議そうに、尋ねた。


「やっぱり、この関係に、疑問が……?」


「ううん。なんて言うかな……」


亜里沙は、少し、考え込んだ。


「この関係自体は、もう、いいと思ってるんだ。みんなのことも、大好きだし。……だけど」


そこで、亜里沙は、言葉を止めた。


──だけど。


その先を、亜里沙は、口に出せなかった。


(……私が、前に進めない、本当の理由)


それは、男性と、体の関係を持つこと。


一周目で、翔太との間に子を宿し、すべてを失った、あの記憶。男に縋り、依存し、堕ちていった、あの日々。


また、あんなふうに、なってしまうんじゃないか。


そう思うと──どうしても、足が、すくんでしまう。


その恐怖に、亜里沙は、今、はっきりと、気づいてしまった。


けれど、それを、口に出すわけには、いかない。


「……まだ、ちょっと、怖いんだと思う」


亜里沙は、そっと、自分のお腹を、さすりながら、ごまかすように、笑った。


「そういう関係になったら……ほら、できちゃうかも、しれないじゃん? まだ、そういうの、覚悟が……」


「ああ、それなら」


すると、千夏が、何でもないことのように、言った。


「気をつければ、大丈夫だと思いますよ。──実は、前に、聞いた話なんですけど」


千夏が、少し、声をひそめる。


「結衣さんが、いつだったか……その、避妊具に、こっそり穴を、開けたことが、あるそうなんです。蓮司様の、子供ができたら、いいなって」


「えっ……!?」


亜里沙が、目を丸くする。


「それで、さすがに、蓮司様に、こっぴどく叱られたらしくて」


千夏が、苦笑する。けれど、その奥には、結衣の、一途すぎる想いが、にじんでいた。それだけ、結衣は、本気で、蓮司を愛しているのだ。


「それ以来、蓮司様が……まだ、世間には出回っていない、特別なお薬を、飲んでいらっしゃるそうなんです。一年間は、子供ができなくなる、お薬らしくて」


「えっ、そんな薬が……? でも、それ、大丈夫なの? 将来的に……」


「問題ない、とは、おっしゃっていたそうですよ。一年ごとに、効果が切れるお薬で。──この三年間は、それを飲まれる、おつもりだとか」


「……そっか」


亜里沙は、その話を聞きながら、ふと、一周目の記憶を、たどった。


(……そういえば。将来、千鶴ちゃんとの、子供も、いたっけ)


だとすれば、その薬に、問題はないのだろう。蓮司は、ちゃんと、先のことまで、考えているのだ。


「……すごいね、蓮司くん。そこまで、考えてるんだ」


「ええ。本当に、お優しい方ですわ」


舞が、しみじみと、頷いた。


「もう……皆さんで、蓮司くんと、お付き合いすることに、なるんですよね」


小夜が、ぽつりと、言った。


「なんだか……考えると、すごいです。想像も、したことのない、世界というか……」


「そうですわね」


舞が、優しく、微笑む。


「でも……だからと言って、この想いを、否定はしたくありませんの。将来、どうなるかは、わかりません。でも、今のこの気持ちは、変わりませんもの。……それに」


舞は、みんなの顔を、ぐるりと見回した。


「皆さんとなら……これからも、ずっと、一緒にいられる気が、しますわ」


その言葉に、みんなが、温かく、微笑み合った。


「あ、そういえば」


ふと、千夏が、思い出したように、言った。


「これも、結衣さんに、聞いたんですけど。──蓮司様、女性が、一人増えるごとに、お小遣いを、百万円、増やすって、約束されているそうですよ」


「ひゃ、百万……!?」


亜里沙が、素っ頓狂な声をあげる。


「ということは……ここにいる、全員で、お付き合いすることになったら」


千夏が、少し、計算するように、指を折る。


「月に……八百万円ほど、お小遣いになる、計算ですわね」


「は、八百万……っ!?」


亜里沙は、その、とんでもない金額に、頭が、くらくらした。


そして──なんだか、妙に、納得してしまった。


(……あ。結衣ちゃんが、やたら、女の子を増やそうとする理由、ちょっと、わかった気がする……)


もちろん、それだけが理由ではないのだろうけれど。あの、ちゃっかりした結衣のことだ。きっと、半分くらいは、本気だ。


そう思うと、亜里沙は、思わず、噴き出してしまった。


「あはは……っ、なにそれ。結衣ちゃんらしいなあ」


つられて、みんなも、くすくすと、笑い出す。


ひとしきり笑って、部屋の空気が、ふわりと、和らいだ。


---


それから、四人は、夜遅くまで、語り合った。


他愛のない話。好きな食べ物。将来の夢。子供の頃の思い出。


不思議だった。出会って、まだ間もないのに。まるで、ずっと昔からの、友達のように、心を開いて、話すことができた。


「……なんだか、楽しいですね」


小夜が、ぽつりと、呟いた。


「私、こんなふうに、夜遅くまで、誰かと、お喋りするの……初めてです」


その横顔は、心から、幸せそうだった。


「これからは、いっぱい、できるよ」


亜里沙が、笑いかける。


「うん。私たち、もう、お友達だもんね」


「……はい……っ」


小夜の目が、じわりと、潤んだ。


やがて、夜も更けて。


一人、また一人と、ベッドに潜り込んで、眠りについていく。


すやすやと、寝息を立てる、みんなの顔は、安らかだった。


けれど──亜里沙だけは、なかなか、寝つけなかった。


そっと、ベッドを抜け出して、窓辺に立つ。


きらめく、夜景。その遠くを、ぼんやりと、眺める。


胸に、さっきの、舞の言葉が、よみがえった。


──亜里沙さんは、蓮司様のこと、どう思っていらっしゃるんですか?


「……好き、なんだよね。それは、もう、わかってる」


小さく、独りごちる。


蓮司の、優しさ。隣にいる時の、あの、安心感。一周目では、決して、得られなかったもの。


それでも、最後の一歩が、踏み出せない。


その理由を、亜里沙は、もう、知っている。


(……怖いんだ。私は)


また、堕ちてしまうことが。男に縋って、自分を、見失ってしまうことが。


そっと、自分の胸元の、赤い宝石に、触れる。


蓮司が、くれた、ルビーのネックレス。守ってくれる、という、その想いの、証。


(……でも)


その温もりが、なぜか、亜里沙の、強張った心を、少しだけ、ほぐしていく。


(蓮司くんは……翔太とは、違う)


それは、わかっている。頭では、ちゃんと、わかっているのだ。


「……もう少し、考えてみよう」


焦る必要は、ない。蓮司も、言ってくれた。君の選択を、尊重するよ、と。


だから、今は。ゆっくりと、自分の心と、向き合えばいい。


亜里沙は、もう一度、宝石を、そっと握りしめると──静かに、ベッドへと、戻っていった。


窓の外では、夜景が、いつまでも、優しく、きらめいていた。


第43話 了

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