第42話 はじまりの遊園地
土曜日。よく晴れた、絶好の行楽日和だった。
待ち合わせ場所に着いた亜里沙は、思わず目を見張った。
いつも制服姿しか見ていないみんなが、思い思いの私服で集まっている。それだけで、なんだか、別世界に来たみたいだった。
千鶴は、上品な白のワンピースに、柔らかなカーディガン。深窓の令嬢、という言葉が、そのまま似合っていた。結衣は、ピンクを基調にした、ふんわりと可愛らしい装い。元気いっぱいの彼女に、ぴったりだった。冴子は、すらりとしたパンツスタイルに、シックなブラウス。大人っぽくて、かっこいい。
そして──。
「あ、シエラちゃん……!」
亜里沙が、思わず声をあげた。
いつもメイド服のシエラが、今日は、ふりふりとした、お人形のような私服を着ていた。小さな体に、よく似合っている。
「……変、ですか?」
シエラが、こてんと首を傾げる。
「ううん、すっごく可愛いよ!」
「……マスターが、選んでくれた」
そう言うシエラの頬が、ほんのり、嬉しそうに緩んでいた。
舞は、淡い色合いの、上品なお嬢様らしいコーディネート。千夏は、きちんと感のある、清楚な装い。二人とも、育ちの良さがにじみ出ていた。
「みんな、おはよう……!」
そこへ、最後に、小夜が駆けてきた。
その姿に、亜里沙は、また驚いた。
シンプルだけれど、きちんと考えられた、清潔感のある服装。派手すぎず、地味すぎず、小夜の柔らかな雰囲気に、よく合っていた。
「わあ、小夜ちゃん、その服、すごく似合ってる!」
「ほ、本当ですか……っ」
小夜が、ほっとしたように、胸を撫で下ろす。
「あ、あの、私、おしゃれって、まだ全然わからなくて……。だから、いただいた服の中から、どれがいいか、ずっと悩んで。結局、結衣さんに、相談に乗ってもらったんです」
「うんうん。昨日の夜、電話でね、あれこれ一緒に選んだんだ」
結衣が、得意げに微笑む。
「小夜ちゃん、すっごく真剣でね。雑誌まで買って、勉強したんだって。偉いよね」
「そ、そんな……っ。私なりに、頑張っただけで……」
小夜が、恥ずかしそうに俯く。その健気な様子に、みんなが、ほっこりとした。
「お待たせ。みんな、揃ったかな」
そこへ、蓮司が、ゆったりとした足取りで現れた。
ラフだけれど、品のある装い。長い髪を、今日も緩く下ろしている。学校での控えめな雰囲気とは違い、どこか、解き放たれたような、自然な空気をまとっていた。
「蓮司くん、おはよう」
「ああ、おはよう。──みんな、今日はよく集まってくれたね」
蓮司は、ぐるりと、みんなの顔を見渡した。
そして、一人ひとりに、目を留めていく。
「千鶴は、その白いワンピース、よく似合ってる。清楚で、君らしいよ」
「まあ……ありがとうございます、蓮司様」
千鶴が、ぽっと頬を染める。
「結衣は、相変わらず、元気が出る色だね。見てるだけで、楽しくなる」
「えへへ、でしょー?」
「冴子も、今日は、ぐっと大人っぽいな」
「……べ、別に、普通よ」
そう言いながらも、冴子の耳は、ほんのり赤かった。
蓮司は、順に褒めていって──最後に、小夜の前で、足を止めた。
「……っ」
小夜が、緊張で、ぴくりと身を硬くする。
蓮司は、しばらく、小夜の姿を、優しい目で眺めていた。
「うん。──すごくいいよ、小夜」
「……っ、え」
「派手すぎず、君の柔らかい雰囲気に、ちゃんと合ってる。自分で、よく考えて選んだんだろう? ……君の、丁寧なところが、出てる。とても、素敵だ」
その言葉に、小夜の顔が、ぼっと、真っ赤に染まった。
「あ、ありがとう、ございますっ……!」
頑張ったことを、ちゃんと見てくれた。その嬉しさで、胸が、いっぱいになる。
(……見ててくれたんだ。私の、頑張り)
その瞬間、小夜の心の中で、蓮司への想いが、また一つ、確かに深まっていった。
「さ、それじゃ、行こうか」
蓮司が、にっこりと笑う。
「今日は、思いっきり楽しもう」
「「「おー!」」」
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園内に足を踏み入れると、亜里沙は、思わず歓声をあげた。
真新しい、ぴかぴかの遊園地。色とりどりのアトラクションが、青空の下に、きらめいている。けれど、不思議なことに、人は、それほど多くなかった。
「あれ……なんか、空いてるね」
亜里沙が言うと、千鶴が、微笑んで答えた。
「ええ。ここは、まだ正式には、オープンしていませんの。今日は、招待されたお客様だけが、来ているんですわ」
「えっ、そうなの?」
「お父様の会社が、立ち上げた遊園地ですから。──正式オープンの前に、ご縁のある方々を、ご招待しているんですの。だから、こんなにゆっくり、楽しめますのよ」
「すごい……贅沢だね」
ほとんど貸し切りに近い、広々とした遊園地。並ぶ必要もなく、好きな乗り物に、好きなだけ乗れる。
「さ、まずは何に乗る?」
結衣が、わくわくした顔で、みんなを見回した。
「私、あれがいい! あのジェットコースター!」
「えっ、いきなり、あれ……?」
舞が、見上げて、顔を青ざめさせる。巨大なコースターが、轟音を立てて、急降下していくところだった。
「大丈夫、大丈夫! 行こうよ!」
結衣に手を引かれて、みんなで、コースターへと向かう。
「お嬢様、大丈夫ですか……?」
「だ、大丈夫よ、千夏……たぶん」
舞が、ぎゅっと、千夏の腕にしがみつく。
コースターが、ゆっくりと、頂上へ昇っていく。
「ひ、ひぃ……っ」
「お、落ち着いてください、お嬢様……!」
そして──。
「きゃああああ!」
急降下。みんなの悲鳴と歓声が、青空に響き渡った。
「あはははっ、最高ー!」
結衣は、両手を上げて、大はしゃぎ。
「も、もう……っ、心臓が、止まるかと思いましたわ……!」
舞は、すっかり腰を抜かして、ふらふらだった。
「ふふ。舞さん、顔、真っ青ですわよ」
「わ、笑い事じゃ、ありませんわ、千鶴さん……っ」
降りた後も、わいわいと、笑い声が絶えなかった。
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それから、みんなで、いろいろな乗り物を、めぐっていった。
メリーゴーラウンドでは、シエラが、白馬にちょこんと乗って、ご機嫌だった。
「マスター、見て。わたし、お姫様みたい」
「ああ、よく似合ってるよ、シエラ」
蓮司が、隣の馬から、その頭を、優しく撫でる。シエラは、嬉しそうに、目を細めた。
コーヒーカップでは、結衣が、ハンドルを全力で回して、みんなを目まわしにさせた。
「結衣ちゃん、回しすぎ……! 目が、回る……!」
「あはは、ごめんごめん! でも楽しいでしょ?」
蓮司も、今日は、いつもと違った。
学校では、いつも控えめで、物静かな彼が。今日は、声をあげて笑い、みんなと一緒になって、はしゃいでいる。冴子に肩を抱かれ、結衣に腕を組まれ、シエラに手を引かれ。されるがままに、穏やかに笑っている。
「……なんか、蓮司くん、いつもと違うね」
亜里沙が、ぽつりと言うと、千鶴が、微笑んだ。
「ふふ。そうですわね。蓮司様、こういう場所だと、リラックスなさるんですの。学校では、ずっと気を張っていらっしゃいますから」
「そっか……。こういう顔も、するんだ」
みんなに囲まれて、心から寛いでいる蓮司。その横顔は、年相応の、優しい青年のものだった。
小夜も、その姿を、まぶしそうに見つめていた。
(……素敵な人)
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そして、午前中も、半ばを過ぎた頃。
「ねえ、次、お化け屋敷、行かない?」
結衣が、にやりと笑って、提案した。
「お、お化け屋敷……?」
その単語に、ぴくりと反応したのは、意外にも、冴子だった。
「冴子さん、もしかして……苦手ですの?」
千鶴が、くすりと笑う。
「べ、別に、苦手なわけじゃ……」
冴子が、目を泳がせる。学校では、何があっても動じない、あの生徒会長が。
「ふふ。行きましょうよ、冴子さん」
「……っ、わ、わかってるわよ」
強がりながらも、冴子の足取りは、明らかに、重かった。
薄暗い、お化け屋敷の中へ、みんなで足を踏み入れる。
「きゃっ……!」
最初の脅かしで、早くも、冴子が小さく悲鳴をあげた。
そして、気づけば──。
「れ、蓮司くん……っ」
冴子は、しっかりと、蓮司の腕に、しがみついていた。
「ふふ。冴子、大丈夫だよ」
「だ、だって……っ、こ、これは、仕方ないでしょ……っ」
普段の凛とした姿は、どこへやら。すっかり怯えて、蓮司にぴったりとくっついて、離れない。
「あらあら。冴子さん、ずるいですわ」
「私も、蓮司くんにくっつきたーい」
「だ、だめっ、今は、私の番なんだから……!」
涙目で、それでも蓮司を独占しようとする冴子に、みんなが、くすくすと笑った。
「ふふ。冴子さん、可愛いですわね」
学校では絶対に見られない、冴子の意外な一面。亜里沙も、思わず、ほっこりしてしまった。
「ひっ……!」
そんな中、突然現れたお化けに、今度は小夜が、悲鳴をあげて、近くにいた蓮司の、もう片方の腕に、思わずしがみついた。
「……っ、あ、ご、ごめんなさい……!」
慌てて、離れようとする小夜を、
「いいよ、怖いだろう? 掴まってて」
蓮司が、優しく、受け止めた。
「……っ」
小夜の心臓が、お化けのせいだけじゃなく、どきどきと、高鳴った。
両腕に、冴子と小夜を抱えて、蓮司は、苦笑する。
「やれやれ。──二人とも、大丈夫だから。怖くないよ」
その、頼もしくて、優しい声に。
二人は、こくこくと頷きながら、すっかり、彼に身を委ねていた。
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ようやくお化け屋敷を抜け出すと、冴子は、ぐったりとしていた。
「……つ、疲れた……」
「ふふ。お疲れ様でしたわ、冴子さん」
「……今の、誰にも言わないでよ。特に、龍二には……」
息も絶え絶えに言う冴子に、みんなが、どっと笑った。
「さて、と」
蓮司が、空を見上げる。お日様が、高く昇っていた。
「そろそろ、お昼にしようか。お腹も、減ってきただろう」
「賛成ー!」
「お昼は、園内の、特別なレストランを、予約してありますの」
千鶴が、嬉しそうに言った。
「眺めも、お料理も、最高ですのよ。ぜひ、楽しみにしていてくださいまし」
賑やかに笑い合いながら、みんなで、レストランへと向かう。
午前中だけでも、もう、思い出は、いっぱいだった。
楽しい一日は、まだ、始まったばかり。
第42話 了




