第41話 守るための贈り物
放課後。
亜里沙、千鶴、舞、千夏、月島の五人は、連れ立って校門を出た。これから、蓮司の家へ向かうのだ。結衣と冴子、シエラは、先に行っているという。
「あれ、千鶴ちゃん。今日は、車じゃないの?」
亜里沙が、ふと尋ねた。千鶴は、いつも車で通学している。
「ええ。運転手には、先に帰ってもらいましたの」
千鶴が、にっこりと微笑む。
「たまには、こうして皆さんと歩くのも、いいでしょう?」
「ふふ、いいですわね」
舞が、嬉しそうに頷く。
五人で並んで、夕暮れの道を歩く。他愛のないおしゃべりが弾んで、足取りも軽い。
ところが──校門を出て、しばらく歩いた、その時だった。
「……っ、月島さん」
ふいに、一人の男子生徒が、物陰から、ぬっと現れた。
冴えない、地味な印象の男だった。同じクラスで、図書委員の当番も、月島と一緒だった、笠井。
「か、笠井くん……?」
月島が、戸惑ったように立ち止まる。
「ちょっと、話が、あるんだけど」
笠井は、おどおどとしながら、けれど、その目には、どこか粘りつくような光があった。
「月島さん……なんで、そんなに、変わっちゃったの」
「……え?」
「君、そんな子じゃなかったよね。地味で、目立たなくて……いつも、図書室で本ばっかり読んでて。そういう、静かな君が、良かったのに。なのに、なんで……あんな、派手な連中と、つるむようになって」
その言葉に、月島の表情が、こわばった。
「あんなやつらといても、君は幸せになれないよ。やめなって。──ほら、こっち来て。前の君に、戻ろうよ」
笠井が、ぐっと、月島の腕に手を伸ばした。
その瞬間。
「──お待ちなさい」
凛とした声と共に、舞が、すっと月島の前に立ちはだかった。
「彼女に、気安く触れないでくださいまし」
「な、なんだよ、お前……」
「それは、こちらのセリフですわ」
舞の隣には、千夏も、静かに、けれど鋭い眼差しで控えている。
「彼女に、これ以上近づくなら……それなりの覚悟を、していただきますよ」
千夏の、ぴしりとした声に、笠井が、たじろいだ。
けれど、その時──。
「……笠井くん」
月島が、自分の足で、一歩、前に出た。
舞と千夏に守られながら、けれど、もう、怯えてはいなかった。
「私……自分の意志で、変わったんです。誰かに、流されたわけじゃ、ありません」
その声は、震えながらも、まっすぐだった。
「前の私が良かったって……ありがとうございます。でも、それは、あなたが見たかった私であって……本当の、私じゃ、ないんです」
「な……」
「私は、これからも、私の意志で生きていきます。だから……もう、こういうことは、やめてください」
月島の、初めての、はっきりとした拒絶だった。
笠井は、その変わりように、ぽかんと、言葉を失っていた。
「……っ、く……」
何か言いかけて──けれど、舞と千夏の、揺るがぬ眼差しに気圧されて、笠井は、ぐっと唇を噛んだ。
「……覚えてろよ」
捨て台詞を残して、足早に去っていった。
「……月島さん、大丈夫でしたか?」
舞が、気遣わしげに振り返る。
「は、はい……。ありがとうございます、舞さん、千夏さん」
月島は、ほっと息をついた。けれど、その顔には、自分で立ち向かえたことへの、小さな誇らしさも、にじんでいた。
「ふふ。立派でしたわよ」
千鶴が、優しく微笑んだ。
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蓮司の家に着くと、玄関で、にぎやかな声が出迎えた。
「あ、来た来た! おかえりー」
結衣が、ぱたぱたと駆けてくる。
リビングに通されると、そこは、すっかり寛いだ空気に包まれていた。
ソファには、素顔の蓮司。その足元のクッションに、メイド服姿のシエラが座り込んで、彼の膝に、こてんと頭を預けている。蓮司が、その髪を、何気なく撫でていた。
「……マスター、今日は、ずっとここにいる?」
「ああ。今日は、ゆっくりできるよ」
「……ん。よかった」
シエラが、ふにゃ、と表情をゆるめる。
その傍らで、冴子は、ソファに深く腰掛けて、紅茶を片手に、文庫本を読んでいた。学校での張り詰めた様子とは違う、すっかり寛いだ横顔だった。
月島が、その光景に、ぽかんとする。
「……あ、あの、あちらの方は……」
「ああ、紹介するね」
蓮司が、穏やかに言った。
「シエラ。挨拶できる?」
シエラが、ぴょこんと立ち上がって、月島の前に来た。
「シエラです。──あなたが、マスターの気に入った人」
「ま、マスター……?」
「蓮司さんのこと。わたしの、ご主人様」
淡々と言うシエラに、月島が、目を白黒させる。
「ふふ。シエラは、蓮司様のこと、そう呼んでいますの」
千鶴が、くすりと笑った。
「ほら、月島さんも、座って。緊張しなくて、大丈夫ですわよ」
促されて、みんながソファに腰を下ろす。月島は、おずおずと、その端に座った。
すぐ目の前で、寛ぐ蓮司。その素顔を、こうして間近で見るのは初めてで、月島の心臓は、どきどきと、忙しなく高鳴っていた。
(……ほ、本当に、写真の人と、同じ……)
ちらちらと、つい盗み見てしまう。その視線に気づいた蓮司が、ふっと笑って、月島を見た。
「改めて、よく来てくれたね、月島さん」
「ひゃ、ひゃいっ……!」
裏返った返事に、みんなが、どっと笑った。月島は、耳まで真っ赤になって、俯いてしまう。
「もう、月島さんったら、可愛いんだから」
結衣が、けらけらと笑いながら、月島の肩を、ぽんと叩いた。
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お茶を飲んで、ひとしきり、和やかな時間が流れた頃。
「あ、そうだ。──ねえ、ちょっといい?」
結衣が、ぱんと手を叩いた。
「あのさ、前から思ってたんだけど。もう私たち、みんな友達じゃん? なのに、いつまでも苗字で呼び合うの、なんか、よそよそしくない?」
「あら、確かに、そうですわね」
千鶴が頷く。
「だからさ、月島ちゃん。──これからは、小夜ちゃんって、呼んでいい?」
「……っ、え」
月島が、目を見開く。
「あ、もちろん、私のことも、結衣でいいよ! ね、みんなも」
「そうですわね。では、私も……小夜さん、と」
千鶴が、にっこりと微笑む。
「私も、小夜さん、とお呼びしますわ」
「私もです。──小夜さん」
舞と千夏も、続く。
「私も。これからは、小夜ちゃんって呼ぶね」
亜里沙も、笑いかけた。
月島は──小夜は、みんなの顔を、順に見回した。
ずっと、一人だった。誰にも、名前で呼んでもらえなかった。それが今、こんなにたくさんの人に、囲まれている。
「……っ、は、はい……!」
ぽろりと、涙がこぼれた。
「ありがとう、ございます……! あの、私も……皆さんのこと、お名前で、呼ばせて、ください……! 結衣さん、千鶴さん……みんな……っ」
「もう、小夜ちゃんったら、泣かないの」
結衣が、笑いながら、その涙を、そっと拭ってあげる。
「……よろしくね、小夜ちゃん」
シエラも、ちょこんと、小夜の手を握った。
温かな空気が、部屋いっぱいに広がった。
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その光景を、穏やかに見守っていた蓮司が、おもむろに口を開いた。
「さて。──今日は、みんなに渡したいものがあるんだ」
そう言って、テーブルに、いくつかの小さな箱を並べる。
「これは、君たちを守るための、装置なんだ」
「装置……?」
舞が、首を傾げる。
「ああ。前に渡したものには、問題があってね。自分で押さないと、反応しなかった。──あの倉庫の時みたいに、とっさの場面じゃ、間に合わない」
みんなが、あの事件を思い出して、静かになる。
「だから、改良した。今度のは、AIを積んでいる。危険かどうかを、自動で判断するんだ」
そう言って、蓮司は、箱を開けた。
中には──美しいネックレスが、入っていた。繊細な細工に、それぞれ違う宝石があしらわれている。どれも、思わず見惚れるほど、上品なものだった。
「日常生活には、まったく支障がない。それでいて、これを着けていれば、写真を撮られても、君たちの姿は写らない。──だから、俺と出かける時も、安全だ」
「写らない、んですか……?」
「ああ。それに、普通の男が触れれば、痛みを覚える程度の電流が走る。もちろん、君たちには無害だ。それでも、なお近づいてくるなら──相手を、気絶させるほどの電流になる。もう、あの誘拐の時のようなことは、起きないよ」
その説明に、亜里沙は、はっと顔を上げた。
「……これ、もしかして。あの事件の、後すぐに作ってくれたの?」
「いや。前々から、準備していたものなんだ」
蓮司が、穏やかに答える。
「本当は、今度の遊園地の時に、渡そうと思っててね。でも──昨日のことを、結衣から聞いて。少し、早めて用意したんだ」
「そんな……私たちのために、そこまで」
舞が、胸を打たれたように呟いた。
「それぞれ、違う宝石で作ってもらったんだ。みんなに、似合いそうなものを、選んでね」
その言葉に、みんなが、わっと箱を覗き込んだ。
「わあ、見て見て! 私の、このピンクの! モルガナイトだって。さくらんぼみたいで、可愛い〜!」
結衣が、真っ先に、ぱっと顔を輝かせる。
「あら。私のは、これですわね」
千鶴が、そっと手に取ったのは、無色透明に、きらきらと輝く石だった。
「ダイヤモンド……ふふ。蓮司様らしい、選び方ですこと」
「私のは、これかしら」
冴子が、落ち着いた深い緑の石を、手のひらに乗せた。
「エメラルド。……ええ、気に入ったわ」
「まあ……っ、綺麗な、紫……」
舞が、うっとりと見つめたのは、深い紫の宝石だった。
「アメジストですわね。──私、この色、大好きですの」
「お嬢様に、よくお似合いです」
千夏が微笑んで、自分の石を手に取る。それは、太陽のように、あたたかな黄金色に輝いていた。
「私のは……シトリン、でしょうか。なんだか、見ているだけで、元気が出る色ですね」
「シエラのは、これ」
シエラが、すっと指したのは、澄んだ水色の石だった。
「アクアマリン。……マスターが、わたしに似てるって」
「ふふ。涼しげで、シエラちゃんにぴったりだね」
亜里沙が言うと、シエラは、こくりと頷いた。
そして、亜里沙が、自分の箱を開けると──そこには、深い紅の宝石が、静かに輝いていた。
「亜里沙さんのは、ルビーですわね」
千鶴が言う。
「鮮やかで、芯のある赤。──素敵ですわ」
「……うん。なんか、嬉しいな」
亜里沙が、そっと、その赤い石を撫でた。
「あ、あの、私のは……」
小夜が、おそるおそる、自分の箱を開ける。中には、優しいピンク色の石が、入っていた。
「わあ、小夜ちゃんの、ローズクォーツだ!」
結衣が、嬉しそうに言った。
「私のと、ちょっと近い色だね。お揃いっぽくて、嬉しいな」
「……っ、こ、こんな、素敵なものを……いいんでしょうか……」
「もちろん」
蓮司が、優しく頷いた。
「君さえ、よければ。──受け取ってほしい」
「……っ、ありがとう、ございます……!」
小夜は、ピンクの石を、大切そうに、胸に抱きしめた。
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それぞれが、ネックレスを身につけ、はしゃいでいた頃。
蓮司が、ふと、声のトーンを落とした。
「……それと、小夜」
「は、はい……っ」
名前を呼ばれて、小夜が、ぴんと背筋を伸ばす。
「さっきのこと、千鶴から聞いたよ。──大変だったね」
「あ……」
「笠井、だったかな。あの男のことだけど。──どうする? 退学にすることも、できるけど」
その、あまりにさらりとした言葉に、小夜は、ぎょっとした。
蓮司なら、本当に、それができてしまう。そのことが、言葉の重みから、伝わってきた。
「そ、そんな……っ」
小夜は、慌てて首を振った。
「そ、そこまでは……しなくて、大丈夫です。彼も、ただ……戸惑っていただけ、だと思いますから。退学だなんて、可哀想です」
その答えに、蓮司は、ふっと目を細めた。
「……そうか。わかった。君が、そう言うなら」
それから、静かに続ける。
「でも、もしまた、君に何かしようとするなら。その時は、こっちで対処する。──それは、いいね?」
「……はい。ありがとうございます」
小夜が、こくりと頷く。
その優しさと、その背後にある、揺るぎない力。
小夜は、改めて、この人という存在の、大きさを感じていた。
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賑やかな時間は、まだまだ続く。
結衣とシエラが、ケーキを取り分け、舞と千夏が、ネックレスを見せ合って微笑み、千鶴が、小夜に、宝石の手入れの仕方を教えている。
その輪の中で、小夜は、ピンクの石を、そっと握りしめた。
ずっと、一人だった自分が。こんなにも、温かい場所に、いる。
(……夢みたい)
胸が、いっぱいだった。
そんな小夜の様子を眺めながら、亜里沙も、自分の胸元の、赤い石に、そっと触れる。
(……あったかいな、ここ)
理屈じゃなく、そう思えた。
夕暮れの光が差し込むリビングに、いつまでも、賑やかな笑い声が、響いていた。
第41話 了




