第37話 シンデレラ計画
朝の教室。
亜里沙が登校すると、すでに千鶴ちゃんと舞が来ていた。
「おはよう、二人とも」
「おはようございますわ、亜里沙さん」
挨拶を交わしてから、亜里沙は、ふと舞の方を見た。
「舞さん、昨日は大丈夫だった? なんだか、急に帰っちゃったから」
「……っ、その節は、お恥ずかしいところを」
舞が、ぽっと頬を染めて、目を伏せた。
「大丈夫です。ただ……昨日は、驚かせてしまって、すみませんでした」
「ううん、いいんだけどね」
その初々しい様子に、亜里沙と千鶴ちゃんは、顔を見合わせて、くすりと笑った。
そんな時だった。
教室の扉が、おずおずと開いて、月島さんが入ってきた。相変わらず、肩をすぼめて、周りをうかがうように、おどおどとしている。
「あら」
千鶴ちゃんが、すっと立ち上がって、月島さんの方へ歩み寄った。
「月島さん、おはようございます」
「ひゃっ……!」
月島さんが、びくっと身を縮める。
「し、白鳥さん……あ、あの、昨日のこと、は……」
「大丈夫ですわよ」
千鶴ちゃんが、安心させるように、にっこりと微笑んだ。
「昨日のことは、誰にも言っていませんから。ご心配なさらないで」
「ほ、本当ですか……。よかった……」
月島さんが、ほっと胸を撫で下ろす。
「それで、もしよろしければなんですが」
千鶴ちゃんが続けた。
「今日、一緒にお昼なんて、いかがでしょう?」
「えっ……!? そ、そんな、私なんかが、白鳥さんとお昼だなんて……!」
「そんなの、気にしなくていいよ」
亜里沙も、そばに来て、笑いかけた。
「ほら、ちょっと聞きたいこともあるしさ。ね?」
「……そう、ですか。わ、わかりました」
月島さんは、少し迷ってから、おずおずと頷いた。
「でしたら……図書室に、私がいつも使っている部屋があるので、そこでいかがでしょうか」
「え、図書室でお弁当、食べられるの?」
亜里沙が驚くと、月島さんは慌てて補足した。
「だ、大丈夫です。本を持ち込まなければ、問題ないので……。普段、先輩方も使っていない部屋で、私が個人的に使わせてもらっているんです。鍵も預かっているので、誰も来ません」
「そうなんだ。じゃあ、わかった。お昼に案内、よろしくね」
「は、はい……!」
月島さんが、ぺこりと頭を下げて、自分の席へ戻っていく。
その背中を見送りながら、千鶴ちゃんは、スマホを取り出して、結衣ちゃんと冴子さんに、昼の集合場所を手早く伝えた。
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そして、昼休み。
結衣ちゃんと冴子さんと合流して、七人で図書室へと向かった。
「図書室、初めて来ましたけど……結構、広いんですね」
舞が、感心したように見回す。
月島さんに案内された部屋は、図書室の奥にあった。そこそこの広さで、真ん中に白い机が置かれ、折りたたみ式の椅子が並んでいる。
「どうぞ、お座りください」
みんなが席に着くと、まず亜里沙たちが、一人ずつ簡単に自己紹介をした。月島さんは、それを緊張した面持ちで聞いている。
そして、最後に、おずおずと自分も口を開いた。
「つ、月島小夜です。あの……ふ、不束者ですが、よろしくお願いします……!」
ぎこちない挨拶に、みんなが、ふっと表情を和らげる。
お弁当を広げて、しばらく和やかに食べていた時だった。
「ねえねえ、月島ちゃん」
結衣ちゃんが、待ちきれないとばかりに、ずいっと身を乗り出した。
「ずっと聞きたかったんだけどさ。──昨日の、あれ。不破くんとは、どういう関係なの?」
「ぶっ……!?」
月島さんが、お茶を吹き出しそうになった。
「ど、どういう関係って……そ、そんな……!」
「えー、だって、二人っきりでカフェだよ? あやしいなあ」
「いつの間に、お付き合いされてたんですの?」
千鶴ちゃんまで、楽しそうに乗っかる。
「つ、付き合ってなんて、そんな……! ち、違うんです、私はただ、先日のお礼に、お茶をご一緒しただけで……!」
月島さんが、顔を真っ赤にして、ぶんぶんと首を振った。
「ふふ。実はね」
結衣ちゃんが、少し声を和らげた。
「私たちも、前から不破くんのこと、気になってたんだ。ほら、あの人、いつも教室で一人でいるでしょ? なんだか不思議な人だなあって。だから、どんな人なのか、知りたくてさ」
その言葉に、月島さんの動きが、ふと止まった。
(……え?)
胸の奥が、すっと冷たくなる。
この人たちも、不破くんのことが、気になっている。──こんなに綺麗で、華やかで、誰もが振り返るような人たちが。
月島さんは、自分の手元に視線を落とした。
地味な制服。手入れもしていない、ぼさぼさの髪。俯いてばかりの、冴えない自分。
昨日、不破くんに優しくしてもらって、ほんの少しだけ、舞い上がっていた。もしかしたら、自分でも、あの人と仲良くなれるかもしれない、なんて。
でも──。
(……そうだよね)
目の前の、眩しい人たちを見て、思い知る。
こんな素敵な人たちが、不破くんを気にかけている。だったら、自分なんかの出る幕は、どこにもない。最初から、勝負にすらなっていなかったのだ。
「……あの」
月島さんの声が、消え入りそうに小さくなった。
「やっぱり、私……不破くんとは、釣り合いません」
「え?」
「皆さんみたいな、綺麗な方が、不破くんのことを気にされているのなら……私なんかが、隣に並ぶなんて、おこがましいです。私、こんなに地味だし……不破くんだって、きっと、皆さんみたいな人の方が……」
しゅんと、肩を落とす。
その俯いた横顔を見て、結衣ちゃんが、ふと表情をやわらげた。
「……あー、違う違う。月島ちゃん、勘違いしてる」
「え……?」
「私たちはね、月島ちゃんを蹴落とそうとか、そういうつもりで来たんじゃないの。むしろ、その逆」
「逆……?」
月島さんが、おそるおそる顔を上げる。
「うん」
結衣ちゃんが、にっこりと笑った。
「私たちね、月島ちゃんの恋を、応援したいんだ」
「……っ、え?」
月島さんが、ぽかんとした。
「昨日、カフェで会ったのも、何かの縁でしょ? それに、月島ちゃん、なんだか放っておけないんだもん。だからさ、正直に聞きたいんだけど。──月島ちゃんは、不破くんのこと、好きなの?」
「そ、そんな……っ」
月島さんが、真っ赤になって俯いた。
「す、好きとか、そんな……。でも……」
それから、ぽつりぽつりと、言葉を絞り出す。
「不破くんは……すごく、素敵な人だと思います。入学式の日から、ずっと気になっていて。あの時は、周りを避けているみたいで、ちょっと不思議で……怖い感じもしたんですけど」
その言葉に、亜里沙は内心、はっとした。
(……すごい。そういうところ、最初から気づいてたんだ)
「でも、昨日、初めてちゃんとお話しして。とても、優しい方だって、わかりました。……だから、もっと、仲良くなれたらって、思っていて」
そこまで言って、月島さんは、また顔を曇らせた。
「でも……やっぱり、私なんかじゃ、無理です。こんな地味な子、隣にいたって、不破くんに恥をかかせるだけですから……」
「だから、それが違うんだってば」
結衣ちゃんが、にっと笑った。
「昨日ね、ちょっとだけ、聞こえちゃったんだ。不破くん、あなたの瞳のこと、褒めてたでしょ?」
「なっ……!? き、聞いてたんですか!?」
月島さんが、ぼっと火を噴いたように赤くなった。
「あはは、ごめんごめん。でもね、あれ、本当だと思うんだ」
結衣ちゃんが、優しく続ける。
「あなたには、ちゃんと素質があるの。今は、隠れちゃってるだけ。──だから、髪をちゃんとセットして、メイクも私たちが教えるから。一緒に、頑張ってみない?」
「メ、メイク……っ」
月島さんが、ごくりと喉を鳴らす。
「今日の放課後、私たちと一緒に、イメチェンしよう。美容院も、私の使ってるところなら、対応してくれるから」
「で、でも……」
月島さんの顔が、また曇った。
「お姉ちゃんから……私は醜いから、そういうところには行っちゃダメって、言われていて……」
「……は?」
結衣ちゃんの眉が、ぴくりと動いた。
「醜いって……誰がそんなこと言ったの」
「お、お姉ちゃんです……。モデルをやってる、綺麗な人で。私は、お姉ちゃんと違って顔も見にくいから、目立たないようにしてなさいって……」
「……ふうん」
結衣ちゃんの声が、すっと低くなる。普段の明るさとは違う、静かな怒りのこもった声だった。
「そんなの、聞かなくていいよ」
「で、でも……」
「いい? どんな子だって、可愛くなる権利はあるの。おしゃれする楽しみを、誰かに取り上げられる筋合いなんてない」
結衣ちゃんが、ずいっと手を差し出した。
「大丈夫。あなたには素質があるって、私が保証する。だから……騙されたと思って、一回だけ、私たちに任せてみてよ」
月島さんは、その手と、結衣ちゃんの顔を、おろおろと見比べた。
「で、でも、私……」
「大丈夫です、行きましょうよ」
そう言ったのは、意外にも千夏だった。
「私も、正直……」
何か言いかけて、けれど、それをぐっと飲み込む。
「……いえ。なんだか、楽しそうじゃないですか」
「ち、千夏さん……」
「ほら、月島さん」
舞も、柔らかく微笑む。
「皆さん、こうおっしゃっているんですもの。一度くらい、流されてみても、いいのでは?」
四方八方から、優しく背中を押されて、月島さんは、もう逃げ場がなかった。
そして、何より──。
差し出された結衣ちゃんの手の、その温かさ。それが、ずっと一人だった月島さんの心を、そっと溶かしていく。
「……わ、わかり、ました」
おずおずと、その手を取る。
「よ、よろしく……お願いします……っ」
「よし、決まり!」
結衣ちゃんが、ぱっと顔を輝かせた。
「偶然、昨日いろいろ化粧品を買い足したんだ。覚悟しててよ、月島ちゃん。──あなたを、見違えるようなレディーにしてあげる!」
緊張に強張っていた月島さんの顔に、ようやく、小さな笑みが浮かんだ。
そうして、放課後の〈シンデレラ計画〉は、ひっそりと幕を開けたのだった。
第37話 了




