表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
二度目の春に、あなたを選ぶ  作者: FDケンジ
37/46

第36話 依存しない関係

蓮司くんの車は、驚くほど静かに、夜の街を走っていた。


ふかふかのシートに身を預けながら、亜里沙は、隣で運転する横顔を、そっと見つめた。


ハンドルを握る、長い指。前を見据える、落ち着いた眼差し。街灯の光が、その横顔を、ちらちらと照らしては流れていく。


(……綺麗な人だな)


ふと、そんなことを思って、亜里沙は、慌てて視線を逸らした。なんだか、見ていると、胸の奥がそわそわする。


「……ねえ、蓮司くん」


「ん?」


「今日いた、あの子……月島さんだっけ。あの後、どうなったの?」


「ああ」


蓮司くんは、前を見たまま、穏やかに答えた。


「駅まで送って、そのまま帰ったよ。──そういえば、結衣に連絡したら、結衣にも同じこと聞かれたな」


「ふふ。みんな気になるんだよ」


亜里沙は、少し迷ってから、思い切って聞いてみた。


「それで……あの子のこと、どう思ったの?」


蓮司くんは、しばらく考えるように、間を置いた。


「そうだね。正直、驚いたよ」


「驚いた?」


「昨日、みんなが帰った後、残ってた仕事を終わらせて、冴子と合流しようとしたんだ。そうしたら、前を歩いてた女の子が、急に転んでね」


蓮司くんが、その時のことを思い出すように、目を細める。


「手を差し伸べて、埃を払うのにハンカチを渡したんだけど……その時、彼女の顔を見たんだ。あの瞳に、吸い込まれそうになったよ。俺と同じで、髪で顔を隠してるみたいだったけど……すごく、綺麗な子だった」


「……それで、口説いたってわけ?」


亜里沙が、半ば呆れたように言うと、蓮司くんは、ふっと笑った。


「そうなるかな。あんまり自分を否定するから、もったいないと思ってね」


「彼女にしようとしてる、とかじゃないの?」


「はっきり言えば……欲しいね」


あまりにあっさりと言うので、亜里沙は思わず固まった。


「でも、それは、彼女と、結衣たち次第だよ」


「……聞きたいんだけどさ」


亜里沙は、ずっと気になっていたことを、口にした。


「どうして、そこまで彼女を増やそうとするの?」


「増やそうとは思ってないよ」


蓮司くんは、静かに首を振った。


「でもね。好きになった女の子を、常識にとらわれて手放して……その子が、他の誰かのところに行ってしまう。それは、やっぱり嫌なんだ」


「何それ」


亜里沙は、思わず噴き出してしまった。


「蓮司くんって、案外、子供なんだね」


「そうかもしれない」


蓮司くんは、悪びれもせず頷いた。


「だけど、我慢するのが大人だっていうのなら……俺は、子供のままでいいよ。彼女たちが許してくれる限り、俺はこの性格を、変えるつもりはない」


「後で、後悔するかもしれないのに」


「そこは……俺の、力の見せ所かな」


その横顔には、迷いがなかった。


「こういう話は、彼女たちともしてあるんだ。俺たちは、お互いに依存しない。それを、ちゃんと決めてる」


「依存しない……」


「うん。彼女たちには、ちゃんと自分のやりたいことをやってほしいんだ。だから、嫌なことがあったら、必ず言ってくれって、伝えてある。そこは、しっかりしてるつもりだよ」


その言葉を聞きながら、亜里沙の胸に、ふと、一周目の記憶がよぎった。


翔太に依存して。彼の言いなりになって。自分のやりたいことも、自分の意志も、全部明け渡して……そうして、何もかもを失った。


(……確かに、そうなのかもしれない)


依存し合う関係は、一見、深く結びついているように見えて、その実、どちらかがどちらかに呑み込まれてしまう。あの頃の自分が、まさにそうだった。


「そうなんだね……」


「千鶴にも話してあるけど」


蓮司くんが続けた。


「特に結衣と冴子は、増えることに大賛成、って感じだな」


「やっぱり、そうなんだ」


「結衣とは、あるルールがあってね。彼女にとっては、俺に彼女が増えると、自分も得をするみたいなんだ。冴子は……まあ、女の子が可愛ければ問題ない、っていう考えだね」


「シエラちゃんは?」


「あの子は、ちょっと俺を信仰してるところがあるかな。『マスターが喜ぶことなら、私も嬉しい』って言ってたよ」


亜里沙は、苦笑した。


「一番、一般的な考えを持ってるのは、千鶴ちゃんかと思ってたんだけど」


「それがね。この前のことで、考えが、冴子とシエラの中間くらいになったみたいなんだ」


「……やっぱり、そうなんだ」


亜里沙は、ため息をついた。


「前にも思ったけど、なんだか……蓮司くんを好きになる女の子って、普通じゃない気がする」


「俺にとっては、みんな可愛い子たちだけどね」


蓮司くんが、楽しそうに笑う。


「本当だよ」


亜里沙は、しみじみと呟いた。


「みんなと一緒にいると、自分の価値観が、どんどん変わっていくのがわかる。……末恐ろしいよ」


そんな話をしているうちに、車は、亜里沙の家の前に着いた。


「送ってくれて、ありがとう。蓮司くん」


「俺も、ありさと直接、こうやって話せて良かったよ」


シートベルトを外しかけた亜里沙に、蓮司くんが、静かに言った。


「君には、ちゃんと俺の考え方を、伝えておきたかったからね」


その声に、亜里沙は、ふと手を止めた。


「それを踏まえて……君が、本当はどうしたいのか。よく考えるといい」


蓮司くんの目が、まっすぐに亜里沙を捉えた。


「君の選択なら、俺は尊重するよ」


亜里沙は、その瞳を見返して、小さく頷いた。


「……うん。わかってる」


(……この人は、やっぱり)



「じゃあね。また明日」


「ああ。おやすみ、ありさ」


車を降りて、亜里沙は、走り去っていくテールランプを見送った。


蓮司くんが、どういう人物なのか。少しずつ、わかってきた気がする。そして彼もまた、なんとなく、亜里沙の考えていることを察しているようだった。


(……あれは、みんな惚れちゃうよね)


あれだけまっすぐで、揺るぎなくて、それでいて優しい人なら。周りの女の子たちが、次々と心を奪われていくのも、無理はない。


そして──。


ふいに、車の中で過ごした時間が、胸に蘇る。


不思議だった。あの助手席に座っている間、亜里沙は、ずっと穏やかだった。何も飾らず、何も怯えず、ただ静かに、息ができた。隣にあの人がいるというだけで、張り詰めていた心が、ゆっくりとほどけていくようだった。


(……そうか)


一周目の自分を、思い返す。


翔太の隣では、いつも怯えていた。機嫌を損ねないかと顔色をうかがって、すり減って、安らげる瞬間なんて、一度もなかった。あれを、恋だと思い込んでいた。


でも、蓮司くんの隣は、まるで違う。


ただ、安心する。ただ、落ち着く。そばにいるだけで、ここにいていいんだと、思える。


(……こんな気持ち、知らなかったな)


翔太とは、もう決別できた。だったら、無理にあの人と向き合う必要なんて、ないのかもしれない。そう思う自分も、確かにいる。


それなのに。


あの隣の、温かな静けさを、もう一度味わいたいと、心のどこかが願っている。


(……まいったな)


ほんのり火照った頬に、夜風を感じながら。亜里沙は、その胸の温もりを抱きしめるように、とことこと、我が家へと帰っていったのだった。


第36話 了

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ