表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
二度目の春に、あなたを選ぶ  作者: FDケンジ
35/46

第34話 尾行作戦

放課後、駅前。


亜里沙たちが集まっていると、小さな人影が駆け寄ってきた。


「お待たせしました」


シエラちゃんだった。中学の制服姿で、ぴょこんと頭を下げる。


「シエラちゃん、久しぶり!」


亜里沙が笑顔で迎えると、シエラちゃんは小さく頷いた。


「如月さん、お久しぶりです。……これ、みんなの分、あるので」


そう言って、シエラちゃんは小さなイヤホンを人数分、配り始めた。


「これは……?」


亜里沙が首を傾げると、冴子さんが答えた。


「私が、シエラちゃんに頼んで蓮司くんの家から持ってきてもらったの。それはね、蓮司くんのスマホから音を拾って、会話が聞こえるのよ。それに……イヤホンをつけている人同士でも話せるから、離れていても便利なの」


「え、これ……完全に盗聴なんじゃ……」


亜里沙が引きつった顔をすると、結衣ちゃんがけろっと言った。


「大丈夫。蓮司くんも知ってて、納得してるから」


(……それ、納得する話なのかなあ)


そう思いつつ、亜里沙はイヤホンを受け取って、ポケットにしまった。


そこへ、結衣ちゃんのスマホが軽く震えた。


「あ、蓮司くんからメール。お店の場所、わかったって」


画面を覗き込んで、結衣ちゃんが続ける。


「『客も少ないから、ゆっくり見ていいよ』だって」


「ふふ。蓮司様、ノリノリですわね」


千鶴ちゃんが、くすりと笑った。


「ほら、行くよ」


結衣ちゃんに促されて、一行は店へと向かった。


---


その店は、大通りから一本入った、目立たない路地の奥にあった。


古びた木の看板。控えめなランプの灯り。知らなければ、まず素通りしてしまうような佇まいだった。


扉を開けると、深く焙煎された珈琲の香りが、ふわりと鼻をくすぐる。落ち着いた照明に、磨き込まれた木のカウンター。風格のある老夫婦が、静かにコーヒーを淹れていた。


「わあ、素敵なお店……」


亜里沙が思わず呟く。


店の一番奥に、蓮司くんと月島さんが向かい合って座っているのが見えた。月島さんは、こちらに背を向けている。


千鶴ちゃん、結衣ちゃん、冴子さん、シエラちゃんは、その一つ手前の席に。亜里沙、舞、千夏は、斜め横の席に腰を下ろした。


冴子さんが、すっと立ち上がって、カウンターのマスターに歩み寄る。そして、分厚い封筒を、そっと差し出した。


「申し訳ありませんが……しばらく、この店を貸し切りにしていただけませんか」


マスターは、封筒と、店内の少女たちを見比べると、何かを察したように、静かに頷いた。


「……かしこまりました」


「相変わらず、強引ですね……」


亜里沙が小声で言うと、冴子さんは平然と席に戻ってきた。


それぞれ注文を済ませる。シエラちゃんは、いつものように甘いものを二人分頼んでいた。


「シエラちゃん、二人分……?」


「一つは、後で食べます」


涼しい顔で言うシエラちゃんに、亜里沙は苦笑した。


それから、みんなでイヤホンを耳につける。


──途端に、蓮司くんと月島さんの会話が、はっきりと耳に流れ込んできた。


『不破くん、今日来てくれて、嬉しいです』


月島さんの、弾んだ声だった。


『ここ、私がたまにバイトしてるお店なんですけど、とっても美味しいコーヒーが飲めるんです。ぜひ、不破くんにも味わっていただきたくて。……あ、もちろん、私が払いますから!』


『本当にいいお店だね。じゃあ、遠慮なくいただくよ』


『はい! あ、これもおすすめです。甘いケーキで、私も大好きなんです』


『そうなんだ。確かに、すごく美味しそうだね』


イヤホンの向こうで、月島さんが照れたように笑う気配がした。


『あの……この前は、転んだところを助けてくれて、ありがとうございました。私、どんくさくて、よく転んじゃうんですけど……すごく、嬉しかったです』


『気にしないで。たまたま通りかかっただけだから。怪我がなくて良かったよ』


『そんなふうに、誰かに手を差し伸べてもらえたの、初めてで……。だから、ぜひ、不破くんと仲良くなりたくて』


月島さんの声が、少しずつ熱を帯びていく。


『ほら、私ってこんなんで……あんまり、友達もいなくて。今回は、勇気を出して声をかけたんです。不破くん、いつも教室で一人でいたから……迷惑じゃないかな、とも思ったんですけど』


『そんなことないよ。誘ってくれて、嬉しかった』


蓮司くんの、穏やかな声が返る。


『月島さんみたいな素敵な人と話せて、楽しいよ』


斜め横の席で、亜里沙はぴくりと反応した。


(……え?)


『そ、そんな……! 私なんて、いつも暗いって言われるし……地味だって、よく』


『そんなことない』


蓮司くんの声は、まっすぐだった。


斜め横の席から見ていた亜里沙は、思わず息を止めた。蓮司くんが、月島さんの隣に座り直して、その目元にかかった前髪を、そっと横にどけたのだ。


『……ほら。やっぱり、いい目をしてる。落ち着いていて、優しい目だ』


『ふ、不破くん……っ』


『今は、自分の殻に閉じこもってるだけだよ。磨けば光る、宝石みたいな人だ。もっと、自信を持っていい』


「────っ」


イヤホン越しに、少女たちが、ぴくりと反応した。


月島さんの声が、完全に裏返っていた。


『ふ、不破くん……っ、そんな……』


「えっ、ええっ……!? あ、あんなこと、面と向かって言うんですか……!?」


舞が、頬を真っ赤にして、わたわたと慌てた。


「す、すごいですね……心臓に悪いです……」


千夏も、耳まで赤くしてうつむいている。


亜里沙も、思わず顔が熱くなった。直接言われたわけでもないのに、聞いているこっちまで照れてしまう。


一方で、千鶴ちゃん、結衣ちゃん、冴子さんは、慣れた様子で平然としていた。


その中で、冴子さんが、ふっと目を細めて呟いた。


「……蓮司くん、あの子のこと、かなり気に入ってるようね」


「え?」


亜里沙が聞き返すと、冴子さんは、コーヒーを一口含んで、静かに続けた。


「あの人、誰にでもああするわけじゃないの。気に入った子にだけよ。……あれは、本気で口説いてるわね」


その隣で、なぜか結衣ちゃんが、らんらんと目を輝かせていた。


「……はあ、蓮司くん、今日もかっこいい」


「結衣、あなたねえ……」


冴子さんが、呆れたように呟く。


「だって、ああいう蓮司くん、好きなんだもん」


結衣ちゃんが、うっとりと頬を押さえる。冴子さんは、もう何も言うまいという顔で、コーヒーをすすった。


---


やがて、二人の食事も終わりに近づいた。


『とっても美味しいコーヒーでした。このケーキも……高級店にも負けない美味しさだよ。さすが、月島さんのおすすめだ』


『ほ、本当ですか!? 嬉しい……!』


『そういえば、ここでバイトしてるって言ってたね』


『はい、そうです』


『いつか、その制服姿も見てみたいな。きっと、似合うんだろうね』


『そ、そんな……っ! でしたら、ぜひ、私がバイトの日に来てください! またサービスしますから!』


『嬉しいな』


蓮司くんが、柔らかく笑う気配がした。


『今日は、本当にありがとう。素敵な時間だった』


『い、いえ……! あの、お会計は私が済ませておきますから、不破くんは外で待っていてください』


『そっか。じゃあ、お言葉に甘えて。ごちそうさま、月島さん』


『は、はい……!』


月島さんが、嬉しそうに頷く。それから、ぱっと立ち上がった。


『あ、その前に、ちょっとお手洗いに……!』


ぱたぱたと、こちらへ向かってくる足音。


「っ、来る……!」


亜里沙が身を縮めた、その時だった。


月島さんが、ふと顔を上げて──店内に集まる少女たちに気づき、ぴたりと足を止めた。


「……え?」


その、明らかに動揺した顔を見て、千鶴ちゃんが、すかさず立ち上がった。


「あら、偶然ですわね、月島さん」


にっこりと、完璧な微笑み。


「私たち、たまたまこの素敵なお店を見つけて、寄ってみたんですの。月島さんは、このお店の常連でいらっしゃるの?」


「え、え……? は、はい、そうですけど……」


月島さんが、おどおどと周りを見回す。


結衣ちゃんが、にこやかに手を振った。冴子さんが、上品に会釈する。舞は、苦笑いを浮かべた。


「……偶然だね」


「す、すみません、お手洗い、行ってきます……!」


月島さんは、真っ赤になって、逃げるようにお手洗いへ向かっていった。


その隙を、シエラちゃんは見逃さなかった。


すっと立ち上がると、とととっと蓮司くんの隣に滑り込む。


「マスター、これ、美味しかったから、分けてあげる」


そう言って、自分のお皿のケーキを、スプーンですくい、蓮司くんの口元へ運んだ。


「ありがとう」


蓮司くんが、慣れた様子で、ぱくりとそれを食べる。


その時、シエラちゃんの口の端に、小さくクリームがついているのに気づいて、蓮司くんは、ふっと笑って、その頬に、ちゅっと軽くキスをした。


「……っ、ずるい!」


結衣ちゃんが、頬を膨らませる。


その甘いやり取りに見入っていた千夏は、いつの間にか、自分の指でケーキのクリームをすくって、ちょこんと頬につけていた。


「……あ」


自分の無意識の行動に気づいて、千夏が、かあっと赤くなる。


「ち、違うんです、これは、その……っ」


「あら、千夏。頬にクリームがついてますわよ」


舞が、ふふっと笑って、ティッシュでそっと拭き取ってあげた。


「うう……お嬢様ぁ……」


千夏が、消え入りそうな声で俯く。


「ふふ」


そんな騒ぎを眺めて、蓮司くんが、くすりと笑った。


「さて。彼女が戻ってくると気まずいだろうから、俺は先に出てるよ。──また後でね、みんな」


「はーい」


少女たちに見送られて、蓮司くんは静かに店を出ていった。


ほどなくして、月島さんがお手洗いから戻ってきた。蓮司くんの姿がないことを確認して、ふと、こちらに集まる少女たちに振り向いた、おずおずと近づいてきた。


「あ、あの……えっと。このこと、なんですけど……」


月島さんが、ぺこぺこと頭を下げる。


「明日、改めて説明しますので……ど、どうか、秘密にしてくれませんか。お願いします、お願いします……!」


「言いふらしたりはしないわよ。気にしないで」


冴子さんが、穏やかに微笑んだ。


「さあ、相手を待たせているわよ。……よかったら、また明日、ゆっくり話しましょう」


「ひひひ。覚悟しといてね」


結衣ちゃんが、いたずらっぽく笑う。


「は、はい……っ」


月島さんは、震えながら頷くと、マスターに代金を払い、ぺこりと一礼した。


「で、では……また、学校で……!」


そう言い残して、月島さんは、ぱたぱたと店を出ていった。


外で待っていた蓮司くんと合流して、何やら言葉を交わす。その横顔は、今日一日の幸せを噛みしめるように、ほんのりと赤らんでいた。


やがて、満ち足りた表情で、二人は帰っていった。


その背中を、窓越しにそっと見送りながら、亜里沙は、ぽつりと呟いた。


「なんだか、不思議な子だったね」


千鶴ちゃんが、ふふっと笑う。


「でも……まあ、悪い子では、なさそうですわね」


その声は、どこか優しかった。


第34話 了

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ