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二度目の春に、あなたを選ぶ  作者: FDケンジ
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第27話 決別の放課後

蓮司くんとの話を終えて部屋を出ると、廊下で三人が待っていた。


千鶴ちゃん、舞、千夏だった。


「あれ、結衣ちゃんと冴子さんは?」


亜里沙が聞くと、千鶴ちゃんが微笑んだ。


「結衣ちゃんは用事があるからと、先に帰られましたわ。冴子さんは生徒会のお仕事を終わらせに行かれて、先に帰っていて大丈夫だとおっしゃっていました」


「そっか」


「お話は終わりましたか?」


舞が、少し気遣うように聞いてきた。


「うん。……大したことじゃなかったよ」


亜里沙がそう答えると、舞は一瞬だけ亜里沙を見て、それから静かに頷いた。


「そうですか」


深くは聞かない。その距離感が、舞らしかった。


「では、帰りましょうか」


千鶴ちゃんの言葉に、四人で昇降口へと向かった。


---


下駄箱に着いた時だった。


そこに、一人の男が壁に寄りかかって立っていた。


翔太だった。


「……っ」


千鶴ちゃんが小さく息をのんだ。亜里沙も思わず足を止める。千夏が、すっと舞の前に出た。


舞だけが、呆れたように小さくため息をついた。


「よう、舞。こんな時間まで何してたんだよ」


翔太が、けだるそうに口を開いた。


「あなたには関係のないことです」


舞が冷たく答えた。


翔太の眉が、ぴくりと動いた。隣の下駄箱を、苛立ったように手で叩く。


「なあ、俺たちって婚約者だよな」


「そうですね」


「その態度はなんだよ。この婚約はお前ん家から求めてきたものだって聞いてるぜ。なのに、いくら誘ってもいちいち理由つけて断りやがって。同じ家に住んでんのに、部屋に近づくこともできねえ。これのどこが婚約者だよ」


舞は表情を変えなかった。


「殿方が女性の部屋に近づこうとするのは、いかがなものかと。いくら婚約者とはいえ、常に一緒にいる必要はありません。私たちはまだ、お互いを知らない状態です。ですから、ご理解ください」


「ふざけるなよ」


翔太が一歩踏み出した。


その瞬間、千夏が前に出て、舞をかばうように立ちはだかった。


「くそが。なんだよ、いつもいつも邪魔しやがって」


翔太が、千夏を睨みつけた。


「お嬢様を守るのが、私の仕事です」


「俺は将来この女と結婚する男だ。つまりお前の主でもあるんだよ。なんなら、お前が俺の相手してくれよ」


その下品な言葉に、舞も、千鶴ちゃんも、亜里沙も、絶句した。


亜里沙は、背筋が冷たくなるのを感じた。


こんな人と、私は付き合っていたんだ。一周目で、この男を信じて、すべてを捧げて、人生を壊された。


改めてその事実が、重くのしかかってくる。


千夏の顔に、はっきりとした嫌悪が浮かんだ。


「ふざけたことを言わないでください」


舞の声が、静かに、でも鋭く響いた。


「彼女は私の従者であり、大切な親友です。そんなことをさせるわけがないでしょう。彼女に命令する権利は、あなたにはございません」


舞が、翔太を真っ直ぐに見据えた。


「お帰りになってください」


「そんなこと言っていいのか? この婚約、解消したっていいんだぜ。それが嫌なら、俺の言うことを聞け」


翔太がにやりと笑った。


舞は、しばらく翔太を見つめた。


それから、静かに口を開いた。


「構いません」


「あ?」


「あなたがこのような方だとは思いませんでした。もう、無理です」


「……おい、本気で言ってんのか? 家同士の結婚だぞ。お前の親父に叱られるんじゃねえのか」


「構いません」


舞の声には、もう迷いがなかった。


「この婚約は、私から求めたものです。子供の頃に助けてくれたあなたが、私の初恋でした。……でも、こんな人だったとは思いませんでした。あなたと関わるのは、もう限界です」


「は?」


翔太が、心底わけがわからないという顔をした。


「何わけのわからないこと言ってんだ。助けた? 俺がいつお前を助けたってんだよ」


舞の表情が、一瞬だけ揺れた。


(……え?)


でも今は、それを考えている場合ではなかった。舞は首を振って、まっすぐに翔太を見据えた。


「……とにかく、お帰りになってください。お帰りにならないなら、力ずくで帰らせますよ」


翔太の顔が、歪んだ。


「……これだから、暴力女は。こっちから願い下げだよ」


吐き捨てるように言って、踵を返す。


「いいよ、帰ってやる。だけどな」


翔太が、振り返らずに言った。


「お前が帰れる場所なんて、もうないと思うぜ」


その言葉だけを残して、翔太は去っていった。


しばらく、誰も口を開かなかった。


---


「……舞さん、大丈夫?」


亜里沙がそっと声をかけると、舞は小さく息をついた。


その横顔が、ふと悲しそうに曇った。


「……夢を見ていた私が、悪いのです。こんなことなら、ここに来なければよかった」


ぽつりとこぼれた言葉。


でも舞は、すぐにはっとして首を振った。


「いえ……違いますわね。皆さんに出会えたのは、本当に良かった。この学校に来たこと自体は、間違いではありませんでした」


舞が、少しだけ笑った。


それから千夏を振り返って、申し訳なさそうに言った。


「千夏、ごめんなさい。あんな男の相手をさせてしまって」


「大丈夫です」


千夏が、静かに微笑んだ。


「お嬢様が私を守ってくださったことが、何より嬉しかったですから」


「……そう」


舞の表情が、ようやく和らいだ。


「あの……お二人、これからどうするの?」


亜里沙が思い切って聞いた。


「まさか、翔太くんと同じ家に住んでいたなんて思わなかったけど……」


「大丈夫です」


舞が答えた。


「学校の近くのホテルに泊まりますから」


すると、千鶴ちゃんが口を開いた。


「でしたら、わたくしの家に来られてはいかがです?」


「え?」


「部屋もたくさん空いていますし、何人で来られても大丈夫ですわ」


「そんな、ご迷惑をおかけするわけには」


舞が慌てて首を振った。


「迷惑だなんて、とんでもない。それに……お父様に、新しいお友達を紹介したいんですの」


千鶴ちゃんが、嬉しそうに微笑んだ。


「よかったら、亜里沙さんも今日、泊まっていきませんか?」


「え!?」


亜里沙が驚いて声を上げた。


「さすがに、迷惑じゃない?」


「そんなことありませんわ。実は……お友達をお家に呼ぶのが、ずっと夢でしたの」


千鶴ちゃんが、少し照れたように言った。


「ですから、今日はみんなでパジャマパーティーをしませんか? ご迷惑でなければ、ですけれど」


その言葉に、亜里沙の胸が温かくなった。


「私は全然大丈夫だよ。舞さんと千夏ちゃんは?」


舞が、少し考えてから、静かに微笑んだ。


「……わかりました。それなら、お言葉に甘えさせていただきます」


「やった!」


千鶴ちゃんが、ぱっと顔を輝かせた。


「あと、二人ほど使用人を連れて行きたいのですが、構いませんか?」


舞が申し訳なさそうに付け加えると、千鶴ちゃんが頷いた。


「もちろんですわ。この前、助けてくださったお二人ですよね? お礼も言いたいですし、ぜひお連れになってくださいませ」


「ありがとうございます」


舞が、ほっとしたように笑った。


「お荷物は大丈夫ですか?」


千鶴ちゃんが聞くと、舞は頷いた。


「後ほど、使用人に荷物と一緒に向かわせます」


「でも……」


亜里沙が、少し心配になって口を開いた。


「そのまま出てきて大丈夫なの? 翔太くんの家に、何か言われたりしない?」


舞は、静かに首を振った。


「大丈夫です。今の瀬戸の家では、九条に表立って喧嘩を売ることはできませんから」


その一言には、九条という家を背負う者としての、静かな自信があった。


「では、わたくしの車でみんなで参りましょう」


千鶴ちゃんが微笑んだ。


千夏がスマホを取り出して、使用人に連絡を入れ始めた。



亜里沙は、その光景を眺めながら思った。


ついさっきまで、舞は居場所を失いかけていた。でも今、こうしてみんなで笑っている。


そういえば、一周目の時には、千鶴ちゃんの家に行ったことなんてなかったな。友達と過ごす時間が、こんなに幸せだなんて知らなかった。


あの頃の私、本当にバカだ。


少しずつ、何かが変わり始めている。


「じゃあ、行きましょうか」


千鶴ちゃんの明るい声に、四人は昇降口を出た。


夕暮れの空が、優しく街を包んでいた。


第27話 了

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