第26話 見透かす瞳
「あの……こんな大事な話、私たちにしてしまってよかったんですか?」
亜里沙が思い切って聞くと、蓮司くんは静かに微笑んだ。
「構わないよ。君たちを見ていれば、言いふらすようなタイプじゃないことはわかる。それに、もし誰かに話されても、対処のしようはあるしね」
さらりとした言い方だった。でもその一言に、彼が立っている世界の重さがにじんでいた。
「俺が正体を隠しているのは、彼女たちに余計な迷惑がかからないようにするためなんだ。俺の周りにいるというだけで、危険に巻き込まれることもある。だから……まあ、ここだけの秘密にしてもらえると助かる」
「……わかりました」
舞が静かに頷いた。亜里沙も、千夏も頷く。
「ありがとう」
部屋の空気が、少し和らいだ。
しばらくして、舞が思い切ったように口を開いた。
「あの……あの日から、ずっと気になっていたことがあって」
「うん」
「シエラちゃんと、この場にいる小鳥遊さんや上条さんは、蓮司くんとどういったご関係なのですか? それに……あの夜助け出された千鶴さんは、あの後どうなったのか」
蓮司くんと千鶴ちゃんが、一瞬だけ顔を見合わせた。
千鶴ちゃんが、頬を染めながら静かに口を開いた。
「……実は、わたくし、あの夜に蓮司様に助けていただいて。その後……お付き合いさせていただくことに、なりましたの」
「えっ……」
舞の声が、止まった。
「蓮司くんと、千鶴さんが……?」
「はい」
千鶴ちゃんが恥ずかしそうに頷いた。
舞はしばらく、その事実を受け止めるように黙っていた。隣で千夏も、目を丸くしている。
「そう……だったんですね。おめでとうございます」
舞が、少し驚きを残したまま微笑んだ。
「ありがとうございます」
千鶴ちゃんが、嬉しそうに微笑み返した。
その温かいやり取りを、亜里沙は静かに見守っていた。
「……それで、シエラちゃんや、小鳥遊さんたちは」
舞が改めて聞くと、結衣ちゃんがあっけらかんと笑った。
「うん、実はね。私も冴子さんもシエラちゃんも、みんな蓮司くんと付き合ってるんだ」
「……え」
舞の動きが、再び止まった。
「……えっ?」
千夏が思わず聞き返した。
「だからあの日のことも、みんな知ってたんだよ」
結衣ちゃんがけろっとした顔で言う。
舞は、ゆっくりと指を折って数え始めた。
「小鳥遊さんと、上条さんと、シエラちゃんと……千鶴さんも入れて……」
「四人だね」
蓮司くんが少し気まずそうに言った。
「四人……!?」
舞と千夏の声が、見事に重なった。
「驚くよね。私も最初はびっくりしたもん」
千鶴ちゃんが苦笑いした。
「でも、みんなちゃんとわかった上で一緒にいるんですの。誰かに無理強いされたわけでもなくて」
舞はしばらく言葉を失っていたけれど、やがて小さく息をついた。
「……世の中には、わたくしの知らないことがたくさんあるんですね」
「ふふ、舞さんは真面目ですわね」
千鶴ちゃんが優しく笑った。
その時、結衣ちゃんがふと思い出したように口を開いた。
「あ、そういえばさ。昨日の夜も――」
「結衣ちゃん!」
千鶴ちゃんが、はっとして声を上げた。
でも、結衣ちゃんは止まらなかった。
「みんなで蓮司くんのお家に集まったんだけど、千鶴ちゃんったらすっかり――」
「結衣ちゃん、それ以上は!」
千鶴ちゃんが真っ赤になって遮った。
「……あ」
結衣ちゃんが、ようやく自分の口を押さえた。でも、もう遅かった。
「……夜を、一緒に明かしたってこと……?」
亜里沙が、思わずぽつりとつぶやいた。
その瞬間、舞と千夏が、はっと息をのんだ。
「よ、夜を……!?」
「みんなで、ですか……!?」
二人の顔が、みるみる赤くなっていく。
千鶴ちゃんは、もう何も言えずに両手で顔を覆ってしまった。
「ちょ、ちょっと結衣! なんてことを言うの!」
冴子さんが慌てて結衣ちゃんを止めようとした。
「あはは、ごめんごめん!」
結衣ちゃんは全く悪びれずに笑っている。
「もう……とにかく、そういう話はこのへんにしましょう」
冴子さんが必死に話を切り替えようとした、その時。
結衣ちゃんが、話を逸らすつもりで、にっこりと口を開いた。
「あ、そうだ。言っとくと、ここにいる中で、そういうことで一番ノリノリなのって冴子さんなんだよ」
「……結衣?」
冴子さんの動きが、止まった。
「この子ね、可愛い女の子が大好きなの。だから舞さんも千夏ちゃんも気をつけないと」
「結衣、変なことを言わないで」
冴子さんが慌てて遮った。
「私はそんなことしないわよ。……ただ、可愛いものが好きなだけで」
最後の一言で墓穴を掘ったことに気づいたのか、冴子さんが気まずそうに口をつぐんだ。耳が、かすかに赤くなっている。
「ほら、やっぱり」
「結衣、後で話があります」
冴子さんがジト目を向けると、結衣ちゃんがぺろっと舌を出した。
舞と千夏は、少し身を強張らせながらも、顔を見合わせて小さく笑った。
張り詰めていた空気が、ふっと緩んだ。
亜里沙も、その和やかさにそっと息をついた。
なんだか、不思議な人たちだ。でも、嫌いじゃない。
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しばらくして、結衣ちゃんが思い出したように手を叩いた。
「あ、そうだ。蓮司くん、あの話は?」
「ああ、そうだな」
蓮司くんが頷いた。
「実は、来週末にみんなを招待したいと思っているんだ。先日の件のお詫びも兼ねて」
「招待?」
亜里沙が聞き返すと、千鶴ちゃんが嬉しそうに口を開いた。
「うちの会社が、新しく遊園地を立ち上げましたの。よろしければ、皆さんで楽しめたらと思っていて」
「遊園地!?」
「やった! 私、新しいアトラクション全部乗りたい!」
結衣ちゃんが目を輝かせた。
「結衣、はしゃぎすぎよ」
冴子さんが呆れたように言ったけれど、その口元は少し緩んでいた。
「舞さんと千夏さんも、もちろん一緒に」
蓮司くんが二人を見た。
舞が少し驚いた顔をして、それから静かに微笑んだ。
「……ありがとうございます。ぜひ」
千夏も小さく頷いた。その隣で結衣ちゃんが「やった、千夏ちゃんも一緒だ!」と嬉しそうに肩を組んだ。
「千夏ちゃん、一緒にジェットコースター乗ろうね!」
「え、わ、私は遠慮しておきます……」
「えー、なんで!」
「高いところは、その、少し……」
「意外! 千夏ちゃん、戦えるのに高いところ苦手なんだ!」
舞がくすっと笑った。
「千夏は昔から、そうなんですの」
「お、お嬢様……!」
千夏が顔を赤くした。部屋に、和やかな笑い声が広がった。
亜里沙はその光景を眺めながら、不思議な気持ちになった。
この人たちといると、なんだか心が温かくなる。学校とは違う、もう一つの居場所みたいに。
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しばらくして、空が茜色に染まり始めた頃。
「さて、今日はこのへんにしておこうか」
蓮司くんがそう言うと、結衣ちゃんたちが鞄を持って立ち上がった。
亜里沙も帰り支度を始めた、その時だった。
「亜里沙」
蓮司くんの声がした。
「少し、残ってもらえるかな。話したいことがある」
亜里沙の心臓が、小さく跳ねた。
結衣ちゃんが「おっ」と何か言いたそうな顔をしたけれど、冴子さんが「行きましょう」と促して、みんなを連れて部屋を出ていった。
扉が閉まる。
部屋に、蓮司くんと亜里沙の二人だけが残された。
茜色の光が、部屋を静かに染めている。
「……話って?」
亜里沙が聞くと、蓮司くんはしばらく亜里沙を見つめた。
それから静かに口を開いた。
「はっきりさせたいことがあるんだ。君は、俺に何を求めているのかな」
亜里沙の心臓が、跳ねた。
「……どういう意味?」
「そのままの意味だよ」
蓮司くんの目が、真っ直ぐに亜里沙を捉えた。
「君が俺を見る目は、普通じゃない。恋している、という感じとも少し違う。何か別のものを、俺に求めているように見える」
亜里沙は何も言えなかった。
「それに……千鶴から聞いたけど、君は翔太くんと付き合って間もないのに、急に態度を変えて離れて、別れたらしいね」
蓮司くんは静かに続けた。
「それだけなら、まあそういうこともあるだろうと流していた。でも、君からはどこか……男慣れした雰囲気を感じるんだ」
亜里沙の顔から、血の気が引いていく。
「うまく言えないけど、普通の高校生とは違う何かを纏っている。正直に言うと、俺はそういう雰囲気の女性が、あまり得意じゃない」
蓮司くんの言葉は、責めるようなものではなかった。ただ事実を確かめるような、静かな声だった。
「なのに、君のことは放っておけない。だから、確かめたかったんだ。君が俺に何を求めているのか」
知られている。何かを、見透かされている。
何を言おうか、必死に頭を巡らせた。何も知らないふりをしようか。でも蓮司くんのその目を見ていると、嘘がすべて見抜かれてしまう気がした。
「……」
言葉が、出てこない。
すると蓮司くんは、ふっと表情を和らげた。
「まあ、いいや」
「え……」
「君の狙いが何であろうと、君に対する俺の感謝は変わらない」
蓮司くんの声が、静かに響いた。
「子供の頃、両親を亡くして悲しんでいた俺に、前を向く勇気をくれたのは君だった。あの頃の君がいなかったら、今の俺はいないと思う」
亜里沙は息をのんだ。
「だから、君が何かを俺に求めているなら、できる限り叶えてあげたい。それだけ、伝えておきたかったんだ」
茜色の光の中で、蓮司くんが穏やかに微笑んだ。
その笑顔を見て、亜里沙の目の奥が、じんと熱くなった。
利用しようとしていた。最初は、確かにそうだった。彼の力を使って、もう一度の人生をやり直そうと。
でも、この人は。
何もかも見透かした上で、それでも手を差し伸べてくれている。
「……ありがとう」
それだけしか、言えなかった。
でもその一言に、たくさんの気持ちが込もっていた。
第26話 了




