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二度目の春に、あなたを選ぶ  作者: FDケンジ
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第25話 扉の向こうの真実

三階の廊下の突き当たりに辿り着いたとき、一人の女性が静かに立っていた。


上条冴子だった。


「皆さん、揃いましたね」


落ち着いた声でそう言い、全員を見渡す。


舞が、冴子の隣に立つ結衣へ視線を向けた。


「あの……小鳥遊さんと上条さんがご一緒というのは、どういったご関係で?」


「中でお話しします。まずは入りましょう」


冴子はそう言って、扉に手をかけた。


舞は一瞬だけ迷い、それから静かに頷く。


扉の先は、使われていない空き教室だった。机が端に寄せられ、どこか寂れた空気が漂っている。


「こちらです」


さらに奥の扉が開かれる。


その瞬間、空気が一変した。


重厚な木目の壁。落ち着いた間接照明。窓際には一枚板の机が置かれ、そこに不破蓮司が座っている。中央には白いソファとローテーブル。上には上品な菓子が並び、壁には大型のテレビ。


ここが校舎の中だという感覚が、すっと遠のいた。


「……すごい。本当に学校の中なんですか?」


思わず漏れた亜里沙の声に、結衣が笑う。


「でしょ! 最初びっくりするよね。ほら、座って!」


そう言ってソファに座り、隣をぽんぽんと叩く。


「千夏ちゃん、ここ!」


「え、あ……はい」


戸惑いながら腰を下ろす千夏に、結衣は自然な仕草で菓子を差し出した。


「はい、あーん」


「え……っ」


一瞬ためらいながらも口を開ける。


「……美味しい」


「でしょ!」


場の空気が、少しだけ和らぐ。


「コーヒー、紅茶、ジュースなどご用意できます。お好きなものをどうぞ」


冴子の言葉に、それぞれが飲み物を選び始めた。


「紅茶をいただけますか」


舞が答えながら、改めて部屋を見渡す。


(この人は、一体……)


そう思いながら蓮司へ視線を向けた、その瞬間。


胸の奥が、わずかに揺れた。


(……何、この感覚)


言葉にできない何かが、静かに残る。


その時、蓮司がノートパソコンを閉じた。


「皆さん、来てくれてありがとう」


それだけで、場の空気が引き締まる。


「話しやすく話しますね」


自然と全員の視線が集まった。


「まず、先日の件で巻き込んでしまって申し訳なかった。特に亜里沙さんと千鶴には怖い思いをさせてしまった」


「いえ……それより」


舞が静かに口を開く。


「あの人たちは、何者だったのですか?」


「傭兵集団だと思われる。かなりの額で千鶴ちゃんの誘拐を依頼されていた」


「傭兵……」


亜里沙が息をのむ。


「そんな人たちが……」


「依頼主は不明。ただ、千鶴のお父さんの会社を狙ったものだろう。弱みを握るための手段として」


千鶴は静かに頷いた。


「……怖いですわ」


小さな声だった。


そこで冴子が口を開く。


「お父様から聞いた話なのですが、捕らえていた男たちからも新しい情報は特に得られなかったそうですよ。それと、リーダー格の引き渡しを求められているみたいで……少し困っている様子でした」


全員に向けた、自然な共有だった。


「そっか……まあ、あのリーダーからはこれ以上は出なさそうだよな」


蓮司が軽く息をつく。


「じゃあ、引き渡しでいいと思う。そっちに任せても大丈夫そう?」


「ええ。問題ありません」


「ならお願いしていい?」


「はい。あとで父に連絡しておきますね」


「ありがとう、冴子」


その一言に、冴子はわずかに口元を緩めた。


「……あの」


亜里沙が口を開く。


「冴子さんのお父さんって……?」


「警察官です」


「え!?」


「内部でも上の立場にいる方です。今回の件も任せて問題ありません」


「すごい……」


「父が、というだけの話ですから」


そして、蓮司が静かに続けた。


「それと、俺自身のことも少し話しておきたい」


視線を巡らせる。


「ここで聞いたことは外に出さないでほしい」


全員が頷く。


「俺は今、いくつかの企業グループをまとめている立場にある。千鶴の家とも関係してる」


「……それって」


結衣が身を乗り出す。


「改めて聞くとすごいよね」


「まあ、そうなるかな」


軽く肩をすくめる。


「元々は家のものだけど、そのまま残ってたわけじゃない」


一拍置く。


「俺が小さい頃に、両親が殺されてる」


空気が静かに張り詰める。


「そのあと、財産も全部まとめて持っていかれそうになってた」


「……それで?」


舞が静かに問う。


「そのまま取られるのは嫌だったから、動いた」


淡々とした口調。


「執事と一緒に残ってるものを集めて、本家に戻って、会社を立て直して……グループをまとめ直した」


誰も口を挟めない。


「時間はかかったけどな。ようやく、ここまで来た」


その言葉には、積み上げてきたものの重みがあった。


「今は、その延長で動いてる。これから先、もっと大きくするつもりでいる」


静かだが、はっきりとした意思。


「……すご」


亜里沙の口から、思わず漏れる。


(ここまでとは思ってなかったな……)


ある程度は分かっていた。


でも、実際に聞くと――想像よりずっと大きい。


「いや、そんな綺麗な話でもないよ」


蓮司が少しだけ笑う。


(ほんと、変わらないな)


「……それで」


蓮司が亜里沙を見る。


「小学生の頃、急にいなくなった理由なんだけど」


亜里沙の視線が揺れる。


「さっきのことで手一杯だった。余裕もなかったし、何て言えばいいかも分からなかった」


少しだけ間を置く。


「結果的に、何も言わずにいなくなった」


まっすぐに見る。


「ずっと気になってた。謝りたかった」


「ごめん」


短く、それだけ。


亜里沙は少しだけ俯いた。


「……そっか」


それでも、その声は穏やかだった。


(あの時の言葉も、やっぱり本当だったんだ)


“ずっと好きだった”


あの記憶が、静かに重なる。


(……なのに)


最初は利用するつもりだった。


でも今は――


「……ちゃんと聞けてよかった」


自然と、そう言っていた。


「本当の苗字はまだ明かせない。立場的に、周りに影響が出る可能性があるから」


亜里沙は静かに頷いた。


「九条さん」


蓮司が舞を見る。

「勝手ながら 君の家のことは調べさせてもらった」


「今回接触したのは、協力関係を築きたいと思ったからだ。可能であれば、ご両親との会談の機会をいただきたい」


舞は一瞬驚き、それから真っ直ぐに頷いた。


「……分かりました。伝えます」


「ありがとう」


そのやり取りを見ながら、亜里沙は思う。


この人は、遠い存在じゃない。


自分でそこまで行った人だ。


だから――


そばにいたいと思う。


けれど同時に。


(私は、本当に――)


その隣に立てるのかという不安が、静かに胸の奥で揺れていた。


第25話 了

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