第20話 夜を裂く光
倉庫の中は、息詰まる静寂に支配されていた。
「外が…静かすぎる」
壁際の見張りが、無線を握りしめながら呟いた。
高窓からの光も、今はいつもより暗い。
外の仲間からの返事がない。
「構えろ。どこから来るかわからん」
リーダー格の低い声。
男たちが一斉に銃を握り直し、窓・扉・天井を警戒する。
十五丁の銃口が、死角を睨みつけた。
その瞬間――
ガシャン!ガシャン!
倉庫の窓ガラスが次々に割れた。
破片が床に降り注ぎ、男たちが銃を構え直す。
「どこだ!?」
混乱の中、正面の扉に視線が集まった瞬間――
そこに、不破蓮司が静かに立っていた。
夜の闇を背に、一人。
「不破…くん…?」
亜里沙の声が震える。
隣の千鶴は、瞳に光るものを溜めて、じっと見つめた。
「…信じてましたわ」
小さく、けれどはっきりと。
その一言が、闇を切り裂いた。
リーダー格の目が鋭く光る。
「何だお前…」
口では牽制しつつ、左手がわずかに動いた。
人差し指と親指が一瞬だけ交差する。
誰も気づかない、1センチにも満たない合図。
次の瞬間――
バババババババ!
倉庫内に銃声の嵐が炸裂した。
すでに構えていた男たちが一斉に引き金を引く。
真正面、下手、上手、三方向からの弾幕が蓮司を飲み込む。
だが蓮司は動いていた。
合図の0.05秒後、金属製の縦盾が跳ね上がり、彼はしゃがみ込む。
ガキン!ガキン!ガキン!
盾に無数の銃弾が叩きつけられ、火花が散る。
すでに周囲を確認済み。扉の後ろに敵はいない。
真正面だけを――完璧に防ぐ。
突然――
ポン!ポン!ポン!
換気口から白い煙幕が噴出した。
倉庫内が一瞬で視界ゼロの白い世界に変わる。
「見えねえ!」「クソッ!」
敵の射撃が止まる。
混乱する男たちの声が煙の中で反響した。
その隙に――
パン!パン!パン!
乾いた銃声。三発。
しゃがんだ蓮司が紫外線ゴーグル越しに、敵の銃身を正確に撃ち抜く。
バチッ!バチッ!
続けて電撃音二発。
シエラのスタンガンが、煙の中の二人の男を瞬時に無力化した。
「ぐあっ!」「うっ!」
すぐ近くで仲間が倒れる音が連続する。
煙の中で、リーダー格は冷静に音を聞いていた。
真正面の銃声。左右の金属破壊音。すぐ近くの倒れる音。
「こいつら…何者だ…」
亜里沙から3mの距離で、低く叫ぶ。
「嬢ちゃんを人質にしろ!」
すぐ近くの男が動くが――
「させへん!」
舞の竹槍が閃く。
「動かんとき!」
千夏が後ろから腕を極め、侍女たちが瞬時に取り押さえた。
「ぐあっ!」
男が地面に崩れ落ちる。
リーダー格は舌打ちし、出口へ向かおうとした。
煙の切れ目から、龍二が突然現れる。
「逃げまへんで」
関西弁がすぐ後ろから聞こえ、リーダー格の目が見開かれた。
煙がゆっくりと晴れ始めた。
仲間たちが全員地面に倒れている。
銃は破壊され、手足は不自然に捻じ曲げられていた。
蓮司は盾を下ろし、千鶴の元へ歩み寄った。
「千鶴」
低い声で名前を呼ぶ。
千鶴の瞳から、抑えていた涙が溢れ出す。
「蓮司様…!」
蓮司の腕の中に飛び込む。
蓮司は静かに、けれど力強く抱きしめながら囁く。
「大丈夫。もう大丈夫だ」
その言葉に、千鶴の震えが止まる。
「信じてましたわ…蓮司様」
「大好きですわ…」
「あなた様を…愛していますわ」
感情が次々に溢れ出す。
蓮司の腕の中で、千鶴は完全な安心を感じた。
亜里沙は呆然とその光景を見つめていた。
(私…死ぬかと思った)
さっきの男の手が自分に伸びた瞬間。
あの冷たい目。あの指先。心臓が止まりそうだった。
(なんで私が巻き込まれたの? 千鶴ちゃんを守るはずが…)
でも――舞の槍が閃いた。
千夏たちの連携が、自分を守ってくれた。
(翔太と別れてなかったら…)
(舞さんたちがこの場にいなかったら…)
(私、絶対に死んでた)
恐怖がまだ胸に残ってる。
でも同時に、救われた実感がじわじわと広がる。
千鶴を抱きかかえる蓮司の背中を思い出す。
あの静かな強さ。あの落ち着き。
(…頼もしい人だ)
(千鶴ちゃんがあんなに安心できるのも…わかる)
複数台の車の急ブレーキ音。
倉庫の外に、黒塗りのセダン三台が到着した。
剛田鉄也を先頭に十数人の男たちが降り立つ。
剛田の顔には驚きと怒りと呆れが混じっていた。
だが状況を見て、即座に切り替える。
「坊ちゃん」
「後始末、お願いします」
蓮司は千鶴をお姫様抱っこしたまま、静かに指示を出した。
「これだけの騒ぎを起こした連中だ。裏に強力な後ろ盾がいるでしょう」
「そのまま警察に渡すのはまずい。上条さんに引き渡してください」
「リーダー格だけはこちらで確保します」
剛田が深く頷く。
「承知しました」
蓮司は亜里沙と舞の方を向き、落ち着いた声で言った。
「如月さん、九条さん。今日のことは内密にお願いします」
「学校での私と、今の私。両方をご存知でしょう。正体は隠しています」
二人は小さく頷いた。
シエラが静かに微笑む。
「如月さん、無事で良かったですの」
蓮司を見送る、信頼に満ちた瞳。
蓮司は千鶴を抱えたまま、一台の車に乗り込む。
エンジン音が静かに響き、夜の闇の中へ消えていった。
倉庫の外、煙が夜風に流されていく。
舞がそっと肩に手を置いた。
「如月さん、大丈夫?」
少し慌てたような声。
「うん…ありがとう、舞さん」
夜空には星が見え始めていた。
亜里沙の胸の中で、何かが静かに動き出していた。
第20話 了




