第1章 もう一度、桜の下で
目が覚めたら、春だった
「亜里沙、亜里沙! 早く起きなさい。入学式に遅れるわよ」
声が聞こえた。
遠い声だと思ったら、だんだんはっきりしてきた。知っている声だった。
「何言ってるの、入学式……」
「そうよ、入学式よ。何寝ぼけてんの。早く起きなさい」
お母さん。
飛び起きた。
あの頃のお母さんが、そこに立っていた。何も変わっていない、高校の入学式の頃のお母さんが。周りを見回した。ここは、私の部屋だ。家出する前の、実家の、私の部屋だ。
壁に掛けてあるカレンダーに視線が走った。日付を確認した。目を疑って、もう一度確認した。
「嘘……」
鏡を探して、立ち上がった。そこにいたのは、痩せ細った二十五歳の私ではなかった。つやつやした肌。張りのある頬。健康的な体。まだあどけなさの残る、十五歳の顔。
戻ってきた。入学式の、あの日に。すべてが始まったあの日に、戻ってきた。
頬に、一粒だけ涙が伝った。指でそっと拭いた。
これは神様がくれたチャンスだ。あの惨めな人生を送った私への、最後のチャンス。
今度は間違えない。
今度こそ選択を間違えない。そして——蓮司くんに選ばれる女性になる。あの人の隣に立てる女性に、今度こそなってみせる。
「もう間違えない」
声に出してみると、本当のことのように感じられた。制服に着替えた。鏡でもう一度自分の顔を確認した。今度こそ間違えない目をした私が、そこにいた。
「行ってきます」
玄関を出ると、桜並木が続いていた。足元に落ちた花びらが、風に乗ってゆっくりと転がっていった。その先に、一人の人影が見えた。
背が高い。静かな立ち姿。後ろ姿だけでもわかる、あの存在感。
不破蓮司。
花びらが、彼の足元へと辿り着いた。
あなたが握っている、私の幸せのチケット。今度は必ず、受け取ってみせるから。
私は静かに深呼吸をして、一歩を踏み出した。
第1章 了
ここから、亜里沙の二度目の春が始まります。最後まで付き合っていただけると嬉しいです




