第18話 動き出す歯車
車の中は、暗かった。
目隠しをされていて、どこに向かっているのかわからない。体が揺れるたびに、恐怖が波のように押し寄せてくる。
隣に千鶴ちゃんの気配がある。手を探すと、すぐに見つかった。千鶴ちゃんの手が、ぎゅっと握り返してきた。
「大丈夫ですわ」
千鶴ちゃんが、耳元で囁いた。声が震えていた。でも握る手は、しっかりしていた。
私はただ、うなずいた。
男たちの話し声が聞こえる。内容はよく聞き取れない。どこかに向かっている。それだけはわかった。
千鶴ちゃんは暗闇の中で、静かに手を動かした。
——装置を、押した。
蓮司様から持たされている緊急用の装置。押せば場所と音声が伝わる。必ず来てくださる。そう信じていた。
あとは、待つだけだった。
二人の手が、暗闇の中で繋がったまま、静かに揺れ続けた。
その頃、蓮司の手元の端末が静かに反応した。
画面に、小さなシグナル。
GPSが示す場所を即座に確認する。音声が拾えている。車内の雑音の中に、かすかな声が混じっていた。
「大丈夫ですわ」
千鶴の声だった。
そしてもう一つ、別の気配。千鶴の隣に、誰かいる。音声に耳を傾けると、かすかに息遣いが聞こえた。
「……亜里沙さんの声も拾えている」
「龍二」
その一言を言った瞬間、すでに繋がっていた。
「はい、信号は受け取りました。場所の特定、完了してます。今すぐ動きましょか」
龍二の声は、いつも通りのんびりしていた。でもその奥に、研ぎ澄まされた何かがある。
「頼む。俺も今から動く」
「了解です。お気をつけて」
通信が切れた。
蓮司は立ち上がった。その瞬間、部屋の隅からシエラが静かに立ち上がった。
「私も行きます」
「危険だ。家にいろ」
「行きます」
シエラの目は、動かなかった。蓮司はしばらくシエラを見た。それから小さくため息をついた。
「……わかった。でも絶対に俺のそばを離れるな」
シエラがうなずいた。
蓮司はシエラの目をまっすぐに見て、静かに言った。
「シエラ。もう人を殺すな」
一瞬の沈黙。
「……わかっています」
シエラの声は静かだった。でもその目に、覚悟と、かすかな痛みが混じっていた。
蓮司はうなずいて、次の呼び出し先を呼んだ。
「剛田さん、千鶴が攫われた。応援を頼みたい」
『……了解しました。すぐに向かいます』
低く、落ち着いた声が返ってきた。それだけで十分だった。
端末をポケットにしまって、蓮司は歩き出した。シエラが一歩後ろについてくる。
玄関を出ると、夜の空気が冷たかった。
音声からは、まだ千鶴とありさの気配が聞こえている。
二人とも、生きている。
GPSが示す場所まで、それほど遠くない。
蓮司は夜の道へと踏み出した。
第18話 了




