第15話 揺れる心、決まらない答え
放課後、千鶴は結衣ちゃんと冴子さんに短いメッセージを送った。
『今日、少し時間ありますか。話したいことがあって』
返信はすぐに来た。二人とも空いているという。千鶴はシエラちゃんにも連絡を取って、学校近くのカフェで待ち合わせることにした。
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カフェに着くと、三人はすでに席についていた。
結衣ちゃんがストローでジュースをかき混ぜながら、千鶴の顔を見るなり言った。
「ちーちゃん、なんか顔が赤いけど大丈夫?」
「大丈夫ですわ。ただ……少し緊張していて」
「緊張? 珍しいじゃん」
冴子さんが静かにカップを置いた。
「座って。ゆっくり話しなさい」
千鶴は椅子を引いて腰を下ろした。シエラちゃんがテーブルの向こうで、いつも通りの無表情でケーキを食べていた。
「実は……蓮司様をデートにお誘いしようと思っていて」
一瞬の沈黙。
結衣ちゃんが身を乗り出した。
「ちーちゃん! やっとじゃん! もうずっと待ってたんだから!」
カフェの中に響きそうな声だった。周りのお客さんが何人かこちらを見た。
「結衣、声」
冴子さんが静かに制した。結衣ちゃんが慌てて口を押さえる。
「ごめんごめん。でも嬉しくて。ちーちゃんずっと悩んでたもんね」
「ええ……踏み出せなくて。でも、このままじゃいけないって思って」
冴子さんが千鶴を真っ直ぐに見た。
「よかったわ。ちゃんと伝えなさい。あなたの気持ちは本物だもの」
千鶴は少し目を潤ませながらうなずいた。
「シエラちゃんは?」
結衣ちゃんが聞くと、シエラちゃんはケーキのフォークを置いて、ぽつりと言った。
「……遅すぎるくらいです」
三人が同時に吹き出した。シエラちゃんだけが、真顔のままだった。
「もう、シエラちゃんったら」
千鶴が笑いながら目元を拭った。緊張していた体が、すっとほぐれていく。
「ありがとうございます、みなさん。勇気が出ましたわ」
「絶対うまくいくよ! 応援してる!」
結衣ちゃんが力強く言った。冴子さんも静かに微笑んでいる。シエラちゃんはまたケーキを食べ始めていたけれど、その口元がかすかに緩んでいた。
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同じ頃、舞は一人で校舎の裏庭に出ていた。
授業が終わってから、翔太に声をかけられた。今日で三日連続だった。
放課後空いてるか。どこか行かないか。せっかく同じ学校なんだから。
毎回同じような言葉で、毎回同じように断った。翔太は不満そうな顔をするけれど、今のところはまだ引き下がっている。
舞は石のベンチに腰を下ろして、空を見上げた。
翔太さんが、あの子のはずだ。
自分にそう言い聞かせながら、でも心のどこかがずっとざわついていた。
あの日、迷子になって泣いていた私の隣に来てくれた子。怖くないよ、と言ってくれた静かな声。手を握ってくれた時の、落ち着いた温かさ。あの子が成長して、今の翔太さんになったのかもしれない。人は変わる。子供の頃と大人になってからでは、性格だって変わる。
そう思おうとしていた。
でも、本当のことを言えば。
もしあの子が翔太さんじゃなければ、と思ってしまう自分がいた。
私はずっと、あの日の記憶に縛られている。あの子をずっと探してきた。あの日、静江さんに「瀬戸家のお坊ちゃんですよ、将来あの方と共になれますよ」と教えてもらってから、ずっとそう信じてきた。翔太さんと一緒になれれば、あの時の初恋が報われると思っていた。なのに、実際に会えば会うほど、何かが違う。
あの子は、こんな目で人を見なかった。
翔太さんの視線が体に触れるたびに、胸の奥がざわりと冷える。はっきり言って、気持ち悪いと思ってしまう。そう感じるたびに、自分を責めた。婚約者なのに。あの子のはずなのに。
でも。
嘘であってほしい、と思う自分もいた。
静江さんが嘘をついているとは思いたくない。あの人はずっと私のそばにいてくれた人だ。そんなことをする理由もわからない。でも同時に、嘘であってほしかった。そうじゃなければ、あの記憶が壊れてしまう気がして。
不破蓮司の顔が、ふと頭に浮かんだ。
なぜだろう。あの人とあの子は、全然違う。あの子はもっと子供らしくて、でも不思議な落ち着きがあって。不破くんは静かで、どこか遠くを見ているような人で。
なのに、なぜか重なる。
手の温かさが、同じだった気がして。
「お嬢様」
千夏の声がした。振り返ると、千夏が心配そうに立っていた。
「こんなところにいらしたんですか。探しましたよ」
「ごめんなさい、少し考え事をしていて」
千夏は舞の隣に座った。しばらく二人で、空を見上げていた。
「翔太さんのことですか」
「……うん。翔太さんのことも、それ以外のことも」
千夏は何も聞かなかった。ただ隣にいてくれた。
「千夏、あのね」
「なんでしょう」
「あの子が翔太さんじゃなかったら……って思うのは、おかしいかな」
千夏はしばらく黙っていた。それから静かに言った。
「……お嬢様の気持ちが本物なら、それは止められないと思います」
「でも筋が通らないでしょう」
「筋と気持ちは、別のものだと思います」
千夏の声は静かだった。でも、どこかに確信があった。
舞はしばらく自分の手のひらを見つめていた。
筋と気持ちは、別のもの。
その言葉が、胸の中でゆっくりと広がっていった。
答えは、まだ出なかった。
でも、自分の気持ちから目を逸らすのをやめようと、その時初めて思った。
夕暮れの空が、裏庭をオレンジ色に染めていた。
第15話 了




