第14話 湯気の向こうの本音
エステの個室は、静かで柔らかい光に満ちていた。
アロマの香りが漂って、外の喧騒が遠い世界のことのように感じられる。みんなで横並びになって、フェイシャルのトリートメントを受けながら、自然と会話が始まった。
「……これ、すごく気持ちいいですね」
舞が目を閉じたまま、しみじみと言った。
「でしょ! ここのトリートメント、本当に最高なんだよね」
結衣ちゃんが嬉しそうに答えた。
「お嬢様、お顔の力が抜けてきましたよ」
千夏が隣から小声で言った。舞が少し照れたように「そう?」と返した。
「シエラちゃん、どう?」
私が聞くと、シエラちゃんはしばらく黙ってから答えた。
「……悪くないです。こういう場所に来たのは初めてなので」
「え、初めて!?」
「はい。必要なかったので。でも……マスターの方がマッサージはうまかったですが」
さらっと言った。
結衣ちゃんと冴子さんが、思わず同時にこくりと頷いた。
「ちょ、ちょっと! 今何て言ったの!?」
結衣ちゃんが身を起こしかけて、施術師さんに「お客様、動かないでください」とやんわり止められた。
「冴子さんも頷いてたじゃないですか」
「……聞こえなかったわ」
冴子さんが涼しい顔で言った。でもその耳が、かすかに赤かった。
千夏が困ったように、でもどこか楽しそうに微笑んでいた。舞はクスクスと笑いを堪えている。
「シエラちゃん、今日は初めてなんでしょ。なのにマスターって誰なの」
「……内緒です」
シエラちゃんがそれだけ言って、また目を閉じた。結衣ちゃんがぷくっと頬を膨らませた。
「もう、シエラってばいつもそうなんだから」
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しばらくして、順番にマッサージへと移動した。
私と千鶴ちゃんが隣同士のベッドに横になった。施術が始まって、しばらく二人で黙っていた。
「亜里沙さん」
千鶴ちゃんが静かに呼んだ。
「なあに?」
「少し……聞いてもらえますか」
いつもと違う声だった。柔らかいけれど、どこか緊張している。
「もちろん。どうしたの?」
千鶴ちゃんはしばらく天井を見つめていた。アロマの香りが、静かに漂っている。
「私、蓮司様のことが好きなんですわ」
静かな告白だった。でもその言葉の重さは、十分に伝わってきた。
「……うん」
私は黙って続きを待った。
「亜里沙さん、驚かないんですの?」
千鶴ちゃんが少し不思議そうに私を見た。
「なんとなく、気づいてたから」
嘘じゃなかった。1周目でも千鶴ちゃんと蓮司くんは一緒になった。今回もそうなるかもしれない。それはわかっていた。
「そうですか……」
千鶴ちゃんは少し照れたように視線を落とした。
「ずっと、気持ちを伝えられなくて。踏み出せなくて。でも最近、このままじゃいけないって思うようになって」
「何かきっかけがあったの?」
千鶴ちゃんは少し間を置いた。
「……舞さんのことがあってから、かしら。蓮司様の周りに新しい風が吹き始めているのを感じて。私だけ立ち止まっていたら、どんどん置いていかれてしまう気がして」
胸の奥で、何かがざわりと動いた。
千鶴ちゃんと同じ気持ちだった。蓮司くんの周りにいる人たちを見るたびに、自分はどこにいるのかわからなくなる。あの輪の中に、本当に自分が入っていいのか。みんなみたいに、蓮司くんのそばにいる覚悟が、私にはあるのか。
「千鶴ちゃんは、蓮司くんのことをずっと好きだったんだね」
「ええ。でも……私なんかで、本当にいいのかしらって、ずっと不安で」
「千鶴ちゃんがそんなこと言ったら、みんな驚くよ。千鶴ちゃんほど素敵な人、なかなかいないよ」
「亜里沙さん……」
千鶴ちゃんの声が、少し震えた。
「応援してるよ。ちゃんと伝えてみて」
しばらく沈黙が続いた。アロマの香りの中で、千鶴ちゃんが静かに息をついた。
「……ありがとうございます。決めましたわ。蓮司様をデートにお誘いしてみます」
その声は、さっきより少しだけ強かった。
私はその言葉を聞きながら、胸の中で静かに思った。
千鶴ちゃんが踏み出す。それは素直に嬉しかった。でも同時に、自分はどうなんだろうという問いが、ぽつんと残った。
蓮司くんのそばにいる人たちは、みんなちゃんと覚悟を持っている。千鶴ちゃんも今、その覚悟を決めた。
私は……まだ、その入り口にも立てていない気がした。
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エステを出ると、夜の空気が頬に触れた。
みんなで並んで歩きながら、結衣ちゃんが大きく伸びをした。
「あー、最高だった。肌つるつるじゃん」
「本当ですわね。また来たいですわ」
「シエラちゃんはどうだった?」
「……次も来たいです」
シエラちゃんがぽつりと言った。結衣ちゃんが「やった!」と飛び跳ねる。
舞が隣に来て、小声で言った。
「亜里沙さん、今日はありがとうございました。こんなに楽しい一日になるとは思っていなくて」
「こちらこそ。また行こうね」
舞が微かに微笑んだ。その横顔が、転校してきた頃より、ずっと柔らかくなっていた。
夜の街を、みんなで歩く。
千鶴ちゃんが私の隣に来て、そっと囁いた。
「亜里沙さん、もし……うまくいかなくても、後悔しないかしら」
「後悔するかどうかは、やってみないとわからないよ。でも伝えない後悔より、伝えた後悔の方がずっといいと思う」
千鶴ちゃんは少しの間私を見て、それからふわっと微笑んだ。
「……そうですわね。ありがとうございます」
前を歩くみんなの笑い声が、夜の道に溶けていく。
千鶴ちゃんの決意が、静かにそこに灯った。
私の胸には、まだ答えの出ない問いが残っていた。
でもそれは今夜は、そっとしまっておくことにした。
第14話 了




