第13話 水色の世界で
待ち合わせは、水族館の入り口前だった。
約束の時間より少し早めに着くと、すでに結衣ちゃんとシエラちゃんと冴子さんが来ていた。
「ありさちゃん、おはよー!」
結衣ちゃんが手を振った。今日はふわっとしたピンクのワンピースに、小さなバッグ。いつも通り可愛い。シエラちゃんは白いブラウスに淡いブルーのスカート。冴子さんは黒のシンプルなワンピースで、それだけなのにどこか凛として見える。
「おはよう。千鶴ちゃんたちはまだ?」
「今来たとこ連絡きたよ」
結衣ちゃんが言った瞬間、黒い車が静かに止まった。千鶴ちゃんと舞と千夏が降りてくる。
舞の私服を見て、思わず声が出た。
「舞さん、すごく可愛い」
淡いクリーム色のワンピースに、細い帯を模したような腰のリボン。どこか和の雰囲気を残しながらも、今どきの女の子らしい可愛さがある。
「そ、そうでしょうか……」
舞が少し照れたように俯いた。
「めちゃくちゃ可愛い! その帯っぽいリボン、どこで買ったの?」
結衣ちゃんが目を輝かせて近づいた。舞がさらに赤くなる。千夏が隣で「お嬢様、喜んでいただけましたね」と静かに微笑んでいた。
「さあ、行きましょうか」
冴子さんがまとめるように言って、一行は中へと入った。
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入った瞬間、シエラちゃんの足がぴたりと止まった。
目の前に広がる青い世界。大きなトンネル水槽の中を、無数の魚が泳いでいる。光が水面に揺れて、床にまで青い模様を作っていた。
「……綺麗」
シエラちゃんが、珍しく感情のままに呟いた。いつものクールな表情が、すっかり消えている。目がキラキラしていた。
「シエラちゃん、初めて来たの?」
「はい。こんな場所があるとは……」
シエラちゃんはそのままゆっくりと歩きながら、水槽に顔を近づけた。大きなエイが頭上をゆったりと泳いでいく。シエラちゃんの目が、エイの動きを追った。
「シエラちゃん、あっちにクラゲもいるよ」
結衣ちゃんが手を引っ張った。シエラちゃんが珍しく素直についていく。
その様子を見ていた舞が、隣に並んだ。
「私も初めてなんです。水族館」
「え、本当に?」
「ええ。京都にも水族館はあるのですが、なかなか機会がなくて」
舞が水槽をじっと見つめた。小さな魚の群れが、一斉に方向を変えてきらめく。舞の目が、その動きを追った。
「……綺麗ですね」
「でしょ。あ、シエラちゃんと一緒に見てきなよ。二人とも初めてなんだし」
舞は少し迷ってから、シエラちゃんの方へと歩いていった。
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クラゲの水槽の前で、シエラちゃんは動けなくなっていた。
淡い光に照らされて、クラゲがふわふわと漂っている。青、紫、白。幻想的な光景だった。
「綺麗……ずっと見ていられます」
舞が隣に立った。二人でしばらく、黙ってクラゲを見つめた。
「シエラさんは、こういう場所は初めてですか」
「はい。育った環境が……あまり、こういう場所とは縁がなくて」
シエラちゃんが静かに言った。舞はそれ以上聞かなかった。でも隣に立ったまま、一緒にクラゲを見続けた。
しばらくして、シエラちゃんがぽつりと言った。
「舞さんも、初めてなんですよね」
「ええ」
「……よかった。一緒で」
シエラちゃんらしくない、素直な言葉だった。舞が微かに微笑んだ。
「私もです」
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深海のコーナーに差し掛かった頃、結衣ちゃんが大きな水槽の前で足を止めた。
「ここ好きなんだよね。前に来た時も、ここだけずっと見てた」
さらっと言って、水槽に顔を近づけた。
「前に来たの? 誰と?」
私が聞くと、結衣ちゃんは少し間を置いてから、ふわっと笑った。
「内緒」
それだけ言って、また水槽を見つめた。その横顔が、どこか遠くを見ているようだった。
千鶴ちゃんが私の隣に来て、小声で言った。
「あまり聞かない方がいいですわよ」
「……うん」
二人でそっと視線を逸らした。
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イルカショーのエリアに移動すると、冴子さんが久しぶりに見るような顔をした。
「ここは両親と来た時に一番好きだったわ。父がイルカに夢中になって、母と二人で呆れたの」
珍しく、冴子さんが笑った。凛とした顔が、その瞬間だけ年相応の女の子に見えた。
「冴子さんのお父さん、イルカが好きなんですね」
「子供みたいに喜んでたわ。警察官なのに」
千鶴ちゃんがクスクスと笑った。舞も小さく微笑んでいる。
ショーが始まった。イルカが高く跳び上がるたびに、シエラちゃんが小さく息をのんでいた。舞は夢中で目で追っている。結衣ちゃんは隣の千夏と肩を並べて、一緒に歓声を上げていた。
私はその光景を眺めながら、胸が温かくなるのを感じた。
みんながここにいる。こんな日が来るなんて、1周目には想像もしていなかった。
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水族館を出ると、夕方の空気が柔らかく包んだ。
「楽しかったね」
「ええ、とても」
舞が静かに微笑んだ。シエラちゃんも、珍しく満足そうな顔をしていた。
「ねえねえ、この後どうする? まだ時間あるじゃん」
結衣ちゃんがくるりと振り返った。
「そうですわね……みなさん、この後エステはいかがかしら? 近くにとても素敵なお店があるんですの」
千鶴ちゃんがにこっと微笑んだ。
「エステ!?」
結衣ちゃんの目が輝いた。
「行く行く! 絶対行く!」
「私も……行ってみたいです」
舞が少し迷いながらも言った。千夏も小さくうなずいている。
「じゃあ決まりですわね」
千鶴ちゃんが嬉しそうに言った。シエラちゃんは無言だったけれど、その口元がかすかに緩んでいた。
みんなで並んで、夕暮れの道を歩き出した。
第13話 了




